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16.恋心
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真由子はその薄紙に包まれた写真に写っている人は、靖之がひそかに愛していた人なのだろうと確信した。そして、その人とはきっと……。
真由子はゆっくりと薄紙を外していった。
写真に写っていた人を見た時、真由子はさほど驚かなかった。稚子から話を聞いた時から、すでに予感があったからかも知れない。写真に写っていたのは、今よりも小さな白椿の木の前に立っている、母の雪江だった。急に写真を撮ったのか、雪江はエプロンを着たままの姿で、少し困ったような顔をして微笑んでいた。
写真を裏返すとかすれたように、薄く鉛筆で「最愛」と書かれていた。それは父の実之の筆跡ではなかった。真由子の勉強をみてくれ、そして旅先から絵はがきを送ってくれた、見覚えのある靖之の筆跡だった。そして薄紙には歌が三首、書かれてあった。
白鳥の無心に水浴びするや良し告げてはならぬ思ひ抱けば
ただ一度と願ふ心のおろかさよ一度は二度をあやまたず呼ぶ
白椿咲く日を待ちぬかの人の白き面輪を重ねて我は
名高い歌人だった父、水上実之の四人の子らは、誰一人として父の血を引かず、歌を詠まないと言われていたが、一番実之に似ていないはずの靖之が歌を詠んでいたのだった。愛する人を思いながら、ひっそりと。
真由子は丁寧に写真を薄紙に包み、写真立てにしまい込んだ。そして写真立てを元の場所に戻すと、ちいさなため息をついた。靖之の恋心はいつからだったのだろう。
雪江は父、実之の妻であり、また血のつながりがないとは言え、靖之にとっては母に当たる人である。靖之の恋の相手としては、到底許されない関係だ。靖之の書きつけたどの歌にも行き着くところのない恋の、苦しい胸のうちが透けて見えるのも、当然と言えば当然だった。そんな靖之が白椿の木に掛けた願とは、はたして何だったのだろうか。雪江に思いだけでも伝えることだったのか、それともただ一度だけという、何かを願うことだったのか。
しかしすぐに真由子は頭を軽く振った。もう靖之はこの世におらず、それを知る手だては何もないのだ。またそれは、人が土足で踏み込んでよいものでは、けっしてない。
確かなことは、白椿の木がこれからも毎年、春がめぐりくるたびに花を咲かせていくことだけなのだろう。もう雪江しかいないこの家の庭で、雪江の人生に寄り添うように静かにずっと。
日は翳り、白椿の木のまわりにも影を落とし始めていた。やがて日が暮れ、夜の帳が下りるだろう。
すると突然、真由子の脳裏に、あざやかによみがえってきた光景があった。それは靖之の三回忌が過ぎた春の夜、闇の中で妖しいほどに美しく咲く庭の白椿の花を無残に切り、声を殺し泣いていた雪江の後ろ姿だった。
お母さんも、靖之兄さんのことを――?
思い返せば靖之が事故で亡くなった日も、雪江の様子には何か心当りがあったようだった。靖之の思い、そして願掛けのことも雪江は知っていたのではないか?
玄関の戸を開ける音が聞こえた。
真由子はゆっくりと薄紙を外していった。
写真に写っていた人を見た時、真由子はさほど驚かなかった。稚子から話を聞いた時から、すでに予感があったからかも知れない。写真に写っていたのは、今よりも小さな白椿の木の前に立っている、母の雪江だった。急に写真を撮ったのか、雪江はエプロンを着たままの姿で、少し困ったような顔をして微笑んでいた。
写真を裏返すとかすれたように、薄く鉛筆で「最愛」と書かれていた。それは父の実之の筆跡ではなかった。真由子の勉強をみてくれ、そして旅先から絵はがきを送ってくれた、見覚えのある靖之の筆跡だった。そして薄紙には歌が三首、書かれてあった。
白鳥の無心に水浴びするや良し告げてはならぬ思ひ抱けば
ただ一度と願ふ心のおろかさよ一度は二度をあやまたず呼ぶ
白椿咲く日を待ちぬかの人の白き面輪を重ねて我は
名高い歌人だった父、水上実之の四人の子らは、誰一人として父の血を引かず、歌を詠まないと言われていたが、一番実之に似ていないはずの靖之が歌を詠んでいたのだった。愛する人を思いながら、ひっそりと。
真由子は丁寧に写真を薄紙に包み、写真立てにしまい込んだ。そして写真立てを元の場所に戻すと、ちいさなため息をついた。靖之の恋心はいつからだったのだろう。
雪江は父、実之の妻であり、また血のつながりがないとは言え、靖之にとっては母に当たる人である。靖之の恋の相手としては、到底許されない関係だ。靖之の書きつけたどの歌にも行き着くところのない恋の、苦しい胸のうちが透けて見えるのも、当然と言えば当然だった。そんな靖之が白椿の木に掛けた願とは、はたして何だったのだろうか。雪江に思いだけでも伝えることだったのか、それともただ一度だけという、何かを願うことだったのか。
しかしすぐに真由子は頭を軽く振った。もう靖之はこの世におらず、それを知る手だては何もないのだ。またそれは、人が土足で踏み込んでよいものでは、けっしてない。
確かなことは、白椿の木がこれからも毎年、春がめぐりくるたびに花を咲かせていくことだけなのだろう。もう雪江しかいないこの家の庭で、雪江の人生に寄り添うように静かにずっと。
日は翳り、白椿の木のまわりにも影を落とし始めていた。やがて日が暮れ、夜の帳が下りるだろう。
すると突然、真由子の脳裏に、あざやかによみがえってきた光景があった。それは靖之の三回忌が過ぎた春の夜、闇の中で妖しいほどに美しく咲く庭の白椿の花を無残に切り、声を殺し泣いていた雪江の後ろ姿だった。
お母さんも、靖之兄さんのことを――?
思い返せば靖之が事故で亡くなった日も、雪江の様子には何か心当りがあったようだった。靖之の思い、そして願掛けのことも雪江は知っていたのではないか?
玄関の戸を開ける音が聞こえた。
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