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10.未知の世界へ
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あの日から、晴輝との関係は変わった。呼び名も『津山くん』から『晴輝くん』に変わり、『片野』から『凛香』と呼ばれるようになったのだ。付き合い始めたからといって、あからさまにベタベタすることはしないが、
「ようやく付き合ったの?」
と、周囲から聞かれないということは、そういうことだったのだ。
並んで歩くことすらしなかったというのに、二人の距離は次第に近付いていった。人ひとり分ほど空けて歩くようになり、大学では半分くらいに縮まって、今では手を繋ぐのでほぼゼロである。クライヴは護衛という立場上、後ろからついてくることが多かったし、一緒にいることは多かったけれどそれなりに距離はあった。彼とは結局それ以上縮まることはなかったが、晴輝とは違う。手だけでなく、このままいけば身体も繋がるのだろう。
(恥ずかしいけれど嫌じゃなくて、寧ろ……)
未知の領域に不安はあるけれど、それでもいいと思えるなんて、昔の自分が知ったらビックリするだろうか?
卒論に追われた日々を経て無事大学の卒業式を終えた。晴輝と付き合い初めて半年になったので、お疲れ様と祝いを兼ねて二人で卒業旅行をしようと計画を立てた。もちろん泊りで。これから先、関係がどうなるかは分からないけれど、レベッカと違い責任や義務もない凛香がもったいぶるものでもないだろう。好きな相手と添い遂げられなかったレベッカごとひっくるめて幸せになりたい。『もしかして晴輝はクライヴなのでは?』という思いがどうしても消せないから。
辺境の二人暮らしでは、屋敷で使用されていた料理を乗せるワゴンほどの小さなテーブルで、向かい合って食事をしていた。最初の頃はレベッカだけ先に食べていたけれど、一緒に食べて欲しいとお願いしたのだ。晴輝と向かい合っていると、その光景が脳裏に浮かぶ。懐かしくて温かくて切なくて、胸をかきむしりたくなる衝動に駆られる。
偶然似た所があるだけで、クライヴのような男性がタイプなのだから重ねてしまうのも無理はないと、そう冷静に考えている部分もあって。それこそ今世まで一緒なんて、クライヴにとってなんの得もならないし、解放してあげたかった気持ちと矛盾している。ただのレベッカの希望的観測でしかない。存在しない人を思い浮かべるなんて晴輝に申し訳なくて、あまり前世のことは考えないようにしていた。
* * *
海沿いのリゾートホテルに宿泊をした凛香たちのディナーは、夜景の綺麗な高層階にあるレストランだった。料理はフルコースで雰囲気もとてもいいけれど、ホテル内にある宿泊者向けなので程々にカジュアルだ。それでも少し気後れしていたが、料理が始まるとレベッカのお陰でテーブルマナーを身体が覚えていた。食事を進めていると、ふと晴輝の視線を感じた。たまに彼は凛香とジッと見つめることがある。初めの頃は見て見ぬふりをしていたけれど、もうそんなによそよそしい仲ではない。
「どうしたの?」
「流石だな、と思って」
「え?」
「とても綺麗だから……」
「え……」
まさかの直球で褒められて、言葉に詰まる。
「あ、そうじゃなくて、っていや、もちろん見た目だっていつも綺麗だけど、仕草がとても綺麗で……」
珍しくしどろもどろになる晴輝に、思わず笑いが零れた。普段あまり動じないタイプの人が慌てる姿は新鮮だ。
「フフッ」
「悪い……変なこと言ったな」
「ううん。褒めてもらえて嬉しいよ」
普段通りを装っていても、このまま初めて二人で夜を過ごすことに緊張していたから、お陰で肩の力が抜けた。白身魚のポワレを口に入れれば、カリッと香ばしく焼かれた表面とふんわりと柔らかな身。それからバターと柑橘系のソースの香りが広がる。すでに何口か食べたはずなのにこんな味だったかな? と思ってしまうくらい、心ここにあらずだったようだ。
「晴輝くんも、綺麗に食べるのね」
緊張が解け、改めて晴輝を見て気付いた。そういえば彼もカトラリーの使い方に躊躇はなかった。幼い頃から母や教師に実践を交えて教えられてきたレベッカならまだしも、男子大学生がそこまでこなれているだろうか? 何度か晴輝の家にもお邪魔したことがあり両親にも挨拶をしているが、凛香のところと同じ一般家庭で、特別マナーに厳しそうではなかった。実際のところは分からないけれども。
「見よう見まねだけどな」
「そうなの!? すごいのね」
でもこのホテルを予約したのは晴輝だ。その時点でフルコースだと知って、練習してくれたのかもしれない。変に真面目なところがあるので、その可能性が高い。そういうところを可愛いと思えるほど彼のことを好きになっていた。
真面目なだけでなく、晴輝は意外にも穏やかな性格だった。意外、というと彼に申し訳ないが、上背があるので高い位置から無表情で見下ろされれば、無意識に威圧感を覚えていたのは凛香だけではない。口数も多くなく、騒がしいタイプでもないから尚更だ。けれども実際付き合ってみると、高校時代の印象はいい意味で裏切られた。
凛香を優先しすぎるところには申し訳ない気持ちにもなるが、大事にされているようで嬉しくもある。好きになった人と生きていくことで、レベッカが諦めた未来を歩んでいけたら報われるだろうか。
けれど今はそれよりも。いつしかコースもデザートに差しかかり、再びソワソワとしてしまう。レベッカとして食事のマナーは完璧だったが、部屋に戻ってからのことは未知の世界だ。なんせ殿方に任せましょうという時代である。カップルの誰もが通る道だし、付き合ってからの期間を思えば寧ろ遅いくらいだ。ああ、どうしよう。ぶり返した緊張感のせいで、見た目にも凝っているデザートの味がちっともしなかった。
「ようやく付き合ったの?」
と、周囲から聞かれないということは、そういうことだったのだ。
並んで歩くことすらしなかったというのに、二人の距離は次第に近付いていった。人ひとり分ほど空けて歩くようになり、大学では半分くらいに縮まって、今では手を繋ぐのでほぼゼロである。クライヴは護衛という立場上、後ろからついてくることが多かったし、一緒にいることは多かったけれどそれなりに距離はあった。彼とは結局それ以上縮まることはなかったが、晴輝とは違う。手だけでなく、このままいけば身体も繋がるのだろう。
(恥ずかしいけれど嫌じゃなくて、寧ろ……)
未知の領域に不安はあるけれど、それでもいいと思えるなんて、昔の自分が知ったらビックリするだろうか?
卒論に追われた日々を経て無事大学の卒業式を終えた。晴輝と付き合い初めて半年になったので、お疲れ様と祝いを兼ねて二人で卒業旅行をしようと計画を立てた。もちろん泊りで。これから先、関係がどうなるかは分からないけれど、レベッカと違い責任や義務もない凛香がもったいぶるものでもないだろう。好きな相手と添い遂げられなかったレベッカごとひっくるめて幸せになりたい。『もしかして晴輝はクライヴなのでは?』という思いがどうしても消せないから。
辺境の二人暮らしでは、屋敷で使用されていた料理を乗せるワゴンほどの小さなテーブルで、向かい合って食事をしていた。最初の頃はレベッカだけ先に食べていたけれど、一緒に食べて欲しいとお願いしたのだ。晴輝と向かい合っていると、その光景が脳裏に浮かぶ。懐かしくて温かくて切なくて、胸をかきむしりたくなる衝動に駆られる。
偶然似た所があるだけで、クライヴのような男性がタイプなのだから重ねてしまうのも無理はないと、そう冷静に考えている部分もあって。それこそ今世まで一緒なんて、クライヴにとってなんの得もならないし、解放してあげたかった気持ちと矛盾している。ただのレベッカの希望的観測でしかない。存在しない人を思い浮かべるなんて晴輝に申し訳なくて、あまり前世のことは考えないようにしていた。
* * *
海沿いのリゾートホテルに宿泊をした凛香たちのディナーは、夜景の綺麗な高層階にあるレストランだった。料理はフルコースで雰囲気もとてもいいけれど、ホテル内にある宿泊者向けなので程々にカジュアルだ。それでも少し気後れしていたが、料理が始まるとレベッカのお陰でテーブルマナーを身体が覚えていた。食事を進めていると、ふと晴輝の視線を感じた。たまに彼は凛香とジッと見つめることがある。初めの頃は見て見ぬふりをしていたけれど、もうそんなによそよそしい仲ではない。
「どうしたの?」
「流石だな、と思って」
「え?」
「とても綺麗だから……」
「え……」
まさかの直球で褒められて、言葉に詰まる。
「あ、そうじゃなくて、っていや、もちろん見た目だっていつも綺麗だけど、仕草がとても綺麗で……」
珍しくしどろもどろになる晴輝に、思わず笑いが零れた。普段あまり動じないタイプの人が慌てる姿は新鮮だ。
「フフッ」
「悪い……変なこと言ったな」
「ううん。褒めてもらえて嬉しいよ」
普段通りを装っていても、このまま初めて二人で夜を過ごすことに緊張していたから、お陰で肩の力が抜けた。白身魚のポワレを口に入れれば、カリッと香ばしく焼かれた表面とふんわりと柔らかな身。それからバターと柑橘系のソースの香りが広がる。すでに何口か食べたはずなのにこんな味だったかな? と思ってしまうくらい、心ここにあらずだったようだ。
「晴輝くんも、綺麗に食べるのね」
緊張が解け、改めて晴輝を見て気付いた。そういえば彼もカトラリーの使い方に躊躇はなかった。幼い頃から母や教師に実践を交えて教えられてきたレベッカならまだしも、男子大学生がそこまでこなれているだろうか? 何度か晴輝の家にもお邪魔したことがあり両親にも挨拶をしているが、凛香のところと同じ一般家庭で、特別マナーに厳しそうではなかった。実際のところは分からないけれども。
「見よう見まねだけどな」
「そうなの!? すごいのね」
でもこのホテルを予約したのは晴輝だ。その時点でフルコースだと知って、練習してくれたのかもしれない。変に真面目なところがあるので、その可能性が高い。そういうところを可愛いと思えるほど彼のことを好きになっていた。
真面目なだけでなく、晴輝は意外にも穏やかな性格だった。意外、というと彼に申し訳ないが、上背があるので高い位置から無表情で見下ろされれば、無意識に威圧感を覚えていたのは凛香だけではない。口数も多くなく、騒がしいタイプでもないから尚更だ。けれども実際付き合ってみると、高校時代の印象はいい意味で裏切られた。
凛香を優先しすぎるところには申し訳ない気持ちにもなるが、大事にされているようで嬉しくもある。好きになった人と生きていくことで、レベッカが諦めた未来を歩んでいけたら報われるだろうか。
けれど今はそれよりも。いつしかコースもデザートに差しかかり、再びソワソワとしてしまう。レベッカとして食事のマナーは完璧だったが、部屋に戻ってからのことは未知の世界だ。なんせ殿方に任せましょうという時代である。カップルの誰もが通る道だし、付き合ってからの期間を思えば寧ろ遅いくらいだ。ああ、どうしよう。ぶり返した緊張感のせいで、見た目にも凝っているデザートの味がちっともしなかった。
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