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28.それまでのこと
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中学の入学式で、凛香を初めて見た瞬間に頭の中に流れてきた記憶。それは凛香に語ったような幸せな思い出ばかりではなかったのだ。レベッカとの突然の別れでクライヴの精神状態がかなり悪くなり、幸せな日々との落差を中学生が抱えるには重すぎた。入学早々に寝込んでしまうくらいには。晴輝は原因不明の熱で二日ほどうなされたのである。
晴輝にとって、エルバートのことは言えないくらいクライヴの執着も恐ろしかった。けれどやはりクライヴは自分でもあるからか、彼の気持ちは痛いほど理解できたし、幼い頃から赤い髪の美女を必死で探していたことへの合点がいった。
なんとかクライヴの記憶との折り合いもついたころには、無意識で凛香を目で追うことが日常になっていた。凛香は真面目で努力家で周囲に流されないところがレベッカにそっくりで、同じ時代に生まれ変われたのだ確信できてクライヴが報われた気がしたし、悲しい結末を迎えた二人が再び巡り合えたことが嬉しかった。お洒落を意識する年頃なのに徹底して地味で大人しく、彼女の美しさに気付くような者はいない。そのことに安堵をしていた中学生時代。クライヴとしての意識下でレベッカを愛しているのとは別で、晴輝は片野凛香という少女に恋に落ちていた。クライヴと似た執着心が芽生え、それからはなんとかしてこれからの人生、彼女の近くにいるかが課題となった。
まずは凛香がどこの高校に進学するかだが、比較的彼女とよく話している女子に探りを入れながら同じ塾に通えば志望校が分かった。同じ高校を受験したとしても凛香が入学するのかは説明会までは安心できなかったが、無事彼女の姿を見つけることができ、これで三年間は近くにいられると内心ガッツポーズをしていた。
高校生になっても相変わらず彼女の周りに誰もいないことに仄暗い安堵を感じていたなんて、つくづく自分勝手だと思う。けれど凛香の良さは誰にも知られたくなかった。しかし高校生にもなると、たかが眼鏡くらいでは彼女の美しさに気付く者も出てくるようになる。
そこからは如何にして凛香に近付こうとする男を排除するかに躍起になった。ここで人当りがいい性格ならば、彼女の友人になって誰よりも近くで守れたのに。クライヴも晴輝も人付き合いに頓着してこなかったことが裏目に出てしまった。
どうしたらいいのか、考えていたところで偶然駅で凛香と鉢合わせた。これはチャンスだと近付けば、凛香も晴輝を認識してくれていたようで嬉しかったが、共通点なんてほとんどない。一方的に晴輝が知っているだけだ。一から関係を始めたことがないのはクライヴと晴輝も同じで、何も覚えていない様子の凛香に近付く方法が分からなかった。かといって離れることもできなくて迷っていると、彼女の髪飾りが視界に入った。あの日、レベッカが大切にしていたものにとてもよく似ている。その瞬間、クライヴが心の中で叫んだ。絶対に彼女と共に歩む未来を手に入れてくれ、と。晴輝としてもその頃になると凛香が好きで仕方がなかったから、必ず恋人になってみせると心の中のクライヴに誓った。
決意したのも束の間、突然凛香は眼鏡を外し、長かった前髪を整えて美貌を露わにしたのだが。
今まで浮いた話もなく、告白されても素っ気なく断ってきた男の視線の先に、最初に気付いたのは晴輝の友人たちだった。
「もしかして、晴輝も片野のギャップにやられた感じ?」
「ギャップというか元々あのような……人だ」
「えっ! 昔から知ってんの? 俺、騒ぎになって初めて存在知ったんだけど」
驚いた声を上げる友人の反応で、話しすぎてしまったと内心で舌打ちを落とす。凛香に注目して欲しくなくて、彼女の話題は避けていたというのに。
「……ああ、中学が同じ出身だからな」
当たり障りのない返事をしたつもりだったが、そう話す晴輝の表情は今まで見たことがないほどに柔らかく、周囲は皆んな察した。
「もしかしてそれ以上の関係があるとか……?」
面白がった友人たちがカマをかけるも、否定も肯定もしなかったのだ。何となくそれ以上は聞き出せない雰囲気で、晴輝と凛香は現在進行形で付き合っているか、過去系なのか分からぬまま。しかし晴輝が並々ならぬ想いを向けているのは確実だというのが友人たちの認識となった。ありがちなきっかけだが、そういうところから噂が独り歩きしていった。おかげで高校時代は凛香に悪い虫がつくことはなかった。しかし彼女も噂を知ったのだろう。なんとも言えない表情でたまに目が合うようになり。
クライヴのように献身的に尽くすこともできない今、どうしたら前世のように愛してくれるのだろうか? クライヴに誓ったことを実現するためには、やはり友人から始めなくてはと、徐々に距離を詰めることにしたのだった。
クライヴの意識がそうさせているのか、晴輝が常に近くにいないと誰かにさらわれそうで心配で仕方がなかった。強引だったと自覚はしているが、大学生になると一番の友人になれた。護衛と令嬢とも、恋人とも夫婦とも違う新しい関係だ。今のところはまだ弱い関係でも、常に近くにいることで誰かに入り込む隙は与えずにいられる。しかしそれも卒業するまで。社会人になれば今ほども傍にいられないから晴輝の存在に関係なく言い寄ったり、世界も広がって凛香に好きな男ができてしまうかもしれない。それまでになんとか恋人の座を獲得しようと、好意をあからさまにして凛香に意識してもらえたおかげで、晴れて恋人となれた。ここからがスタートだ。
クライヴ譲りの酷い執着心はあれど、晴輝としても凛香を長年見続けてきて、抜け出せない程どっぷりと惚れていた。誰にも邪魔をされないから、ゆっくりと関係を深めていけたのは良かった。念願叶って初めて抱いた凛香は堪らなく可愛らしく、レベッカを重ねているクライヴとしても、晴輝としても満たされた。重い男二人に好かれて、さすがに凛香が可哀想になるが、一生大切にして幸せにするから許して欲しいと願うばかり。あとは貯蓄を増やして結婚すれば、少しはこの言い知れぬ焦りとも解放されたらいい。それでもエルバートのような男が出てくるかもしれない恐怖はずっと消えてはくれないだろうけれど。
そんな不安を増長するかのように、初めて繋がれた日を境に凛香がよそよそしくなってしまった。仕事に慣れ始めた時期に加えて繁忙期が始まったし、気のせいかと初めは思っていた。しかし嘘のつけない凛香の態度に嫌な考えが頭を過る。もしかして誰かに言い寄られているのだろうか? それとも他に好きな男ができた? 無理矢理近付いて恋人にまでなった自覚があるから不安しかない。
レベッカのように凛香も連れ去られてしまうのだろうか? 平和な時代だから完全に気を抜いていたが、今世だって物騒な事件は沢山ある。彼女がまた被害に遭わないとも限らない。それなのに距離を取られては守ることすらできないじゃないか。それなのに話し合いたくても、逃げられてしまって埒があかない。凛香に嫌われるのが一番恐ろしいから常に彼女の気持ちを優先してきたが、そんなことも言ってられなくなるほどに追い詰められた晴輝は行動に移した。
果たして凛香は他の男に言い寄られているわけでも好きな男ができたわけでもなく、前世の影に怯えていたのだと知れたのだった。不安を感じていただろう彼女には申し訳ないが、心底ホッとした。と同時に凛香からレベッカとしての記憶があると知り、新たな不安が過った。なんせ彼女はクライヴの妻になったせいでエルバートに刺され、亡くなってしまったのだから。それを思い出してなお晴輝と一緒にいたいと思うだろうか?
しかし凛香には薬を飲んでからのレベッカの記憶がないことが分かり、杞憂に終わった。わずかな時間だったが、クライヴとレベッカが夫婦として過ごしたあの幸せな日々は晴輝だけが覚えていればいい。来世でもレベッカと繋がりを持たせるために、命を懸けて転生の呪術を試みたのも、何者でもない、新しい人生を歩めるはずだった凛香を再び縛り付けたのはクライヴの傲慢だから。
凛香のことで狂いそうになるのは、エルバートと大して変わらない気もするが、あんな試すようなやり方は絶対にしない。彼も真摯にレベッカを愛していれば、王家としても夫婦としても盤石だったのに。そうなれば彼らの仲の良さを間近で見せられて、クライヴは狂わずにいられただろうか? 想像しかできないが、エルバートはあったかもしれないクライヴの姿だったのかもしれない。それは今の晴輝も同じだ。
そんな二人を併せ持っているのだから、何をしでかすか分からない。だからどうか、晴輝の手だけを握っていて欲しい。そう願いながらまだ何もついていない左手の薬指に口づけを落とし、プレゼントをするために用意していた指輪は、今のところは右手の薬指にそっとはめた。ぐっすりと眠っている凛香が少しくすぐったそうに身動いだので、晴輝は宥めるように抱きしめて瞳を閉じた。一瞬だけ瞼の裏に浮かんだ女のことは、すぐに睡魔が訪れて起きるころにはすっかり忘れ去っていた。
眠りについた二人の左手薬指が淡く光る。それは祝福を受けた証。女神の慈悲と気まぐれのお陰で巡り合えたのだということを、凛香はもちろん、晴輝も知らないまま。
晴輝にとって、エルバートのことは言えないくらいクライヴの執着も恐ろしかった。けれどやはりクライヴは自分でもあるからか、彼の気持ちは痛いほど理解できたし、幼い頃から赤い髪の美女を必死で探していたことへの合点がいった。
なんとかクライヴの記憶との折り合いもついたころには、無意識で凛香を目で追うことが日常になっていた。凛香は真面目で努力家で周囲に流されないところがレベッカにそっくりで、同じ時代に生まれ変われたのだ確信できてクライヴが報われた気がしたし、悲しい結末を迎えた二人が再び巡り合えたことが嬉しかった。お洒落を意識する年頃なのに徹底して地味で大人しく、彼女の美しさに気付くような者はいない。そのことに安堵をしていた中学生時代。クライヴとしての意識下でレベッカを愛しているのとは別で、晴輝は片野凛香という少女に恋に落ちていた。クライヴと似た執着心が芽生え、それからはなんとかしてこれからの人生、彼女の近くにいるかが課題となった。
まずは凛香がどこの高校に進学するかだが、比較的彼女とよく話している女子に探りを入れながら同じ塾に通えば志望校が分かった。同じ高校を受験したとしても凛香が入学するのかは説明会までは安心できなかったが、無事彼女の姿を見つけることができ、これで三年間は近くにいられると内心ガッツポーズをしていた。
高校生になっても相変わらず彼女の周りに誰もいないことに仄暗い安堵を感じていたなんて、つくづく自分勝手だと思う。けれど凛香の良さは誰にも知られたくなかった。しかし高校生にもなると、たかが眼鏡くらいでは彼女の美しさに気付く者も出てくるようになる。
そこからは如何にして凛香に近付こうとする男を排除するかに躍起になった。ここで人当りがいい性格ならば、彼女の友人になって誰よりも近くで守れたのに。クライヴも晴輝も人付き合いに頓着してこなかったことが裏目に出てしまった。
どうしたらいいのか、考えていたところで偶然駅で凛香と鉢合わせた。これはチャンスだと近付けば、凛香も晴輝を認識してくれていたようで嬉しかったが、共通点なんてほとんどない。一方的に晴輝が知っているだけだ。一から関係を始めたことがないのはクライヴと晴輝も同じで、何も覚えていない様子の凛香に近付く方法が分からなかった。かといって離れることもできなくて迷っていると、彼女の髪飾りが視界に入った。あの日、レベッカが大切にしていたものにとてもよく似ている。その瞬間、クライヴが心の中で叫んだ。絶対に彼女と共に歩む未来を手に入れてくれ、と。晴輝としてもその頃になると凛香が好きで仕方がなかったから、必ず恋人になってみせると心の中のクライヴに誓った。
決意したのも束の間、突然凛香は眼鏡を外し、長かった前髪を整えて美貌を露わにしたのだが。
今まで浮いた話もなく、告白されても素っ気なく断ってきた男の視線の先に、最初に気付いたのは晴輝の友人たちだった。
「もしかして、晴輝も片野のギャップにやられた感じ?」
「ギャップというか元々あのような……人だ」
「えっ! 昔から知ってんの? 俺、騒ぎになって初めて存在知ったんだけど」
驚いた声を上げる友人の反応で、話しすぎてしまったと内心で舌打ちを落とす。凛香に注目して欲しくなくて、彼女の話題は避けていたというのに。
「……ああ、中学が同じ出身だからな」
当たり障りのない返事をしたつもりだったが、そう話す晴輝の表情は今まで見たことがないほどに柔らかく、周囲は皆んな察した。
「もしかしてそれ以上の関係があるとか……?」
面白がった友人たちがカマをかけるも、否定も肯定もしなかったのだ。何となくそれ以上は聞き出せない雰囲気で、晴輝と凛香は現在進行形で付き合っているか、過去系なのか分からぬまま。しかし晴輝が並々ならぬ想いを向けているのは確実だというのが友人たちの認識となった。ありがちなきっかけだが、そういうところから噂が独り歩きしていった。おかげで高校時代は凛香に悪い虫がつくことはなかった。しかし彼女も噂を知ったのだろう。なんとも言えない表情でたまに目が合うようになり。
クライヴのように献身的に尽くすこともできない今、どうしたら前世のように愛してくれるのだろうか? クライヴに誓ったことを実現するためには、やはり友人から始めなくてはと、徐々に距離を詰めることにしたのだった。
クライヴの意識がそうさせているのか、晴輝が常に近くにいないと誰かにさらわれそうで心配で仕方がなかった。強引だったと自覚はしているが、大学生になると一番の友人になれた。護衛と令嬢とも、恋人とも夫婦とも違う新しい関係だ。今のところはまだ弱い関係でも、常に近くにいることで誰かに入り込む隙は与えずにいられる。しかしそれも卒業するまで。社会人になれば今ほども傍にいられないから晴輝の存在に関係なく言い寄ったり、世界も広がって凛香に好きな男ができてしまうかもしれない。それまでになんとか恋人の座を獲得しようと、好意をあからさまにして凛香に意識してもらえたおかげで、晴れて恋人となれた。ここからがスタートだ。
クライヴ譲りの酷い執着心はあれど、晴輝としても凛香を長年見続けてきて、抜け出せない程どっぷりと惚れていた。誰にも邪魔をされないから、ゆっくりと関係を深めていけたのは良かった。念願叶って初めて抱いた凛香は堪らなく可愛らしく、レベッカを重ねているクライヴとしても、晴輝としても満たされた。重い男二人に好かれて、さすがに凛香が可哀想になるが、一生大切にして幸せにするから許して欲しいと願うばかり。あとは貯蓄を増やして結婚すれば、少しはこの言い知れぬ焦りとも解放されたらいい。それでもエルバートのような男が出てくるかもしれない恐怖はずっと消えてはくれないだろうけれど。
そんな不安を増長するかのように、初めて繋がれた日を境に凛香がよそよそしくなってしまった。仕事に慣れ始めた時期に加えて繁忙期が始まったし、気のせいかと初めは思っていた。しかし嘘のつけない凛香の態度に嫌な考えが頭を過る。もしかして誰かに言い寄られているのだろうか? それとも他に好きな男ができた? 無理矢理近付いて恋人にまでなった自覚があるから不安しかない。
レベッカのように凛香も連れ去られてしまうのだろうか? 平和な時代だから完全に気を抜いていたが、今世だって物騒な事件は沢山ある。彼女がまた被害に遭わないとも限らない。それなのに距離を取られては守ることすらできないじゃないか。それなのに話し合いたくても、逃げられてしまって埒があかない。凛香に嫌われるのが一番恐ろしいから常に彼女の気持ちを優先してきたが、そんなことも言ってられなくなるほどに追い詰められた晴輝は行動に移した。
果たして凛香は他の男に言い寄られているわけでも好きな男ができたわけでもなく、前世の影に怯えていたのだと知れたのだった。不安を感じていただろう彼女には申し訳ないが、心底ホッとした。と同時に凛香からレベッカとしての記憶があると知り、新たな不安が過った。なんせ彼女はクライヴの妻になったせいでエルバートに刺され、亡くなってしまったのだから。それを思い出してなお晴輝と一緒にいたいと思うだろうか?
しかし凛香には薬を飲んでからのレベッカの記憶がないことが分かり、杞憂に終わった。わずかな時間だったが、クライヴとレベッカが夫婦として過ごしたあの幸せな日々は晴輝だけが覚えていればいい。来世でもレベッカと繋がりを持たせるために、命を懸けて転生の呪術を試みたのも、何者でもない、新しい人生を歩めるはずだった凛香を再び縛り付けたのはクライヴの傲慢だから。
凛香のことで狂いそうになるのは、エルバートと大して変わらない気もするが、あんな試すようなやり方は絶対にしない。彼も真摯にレベッカを愛していれば、王家としても夫婦としても盤石だったのに。そうなれば彼らの仲の良さを間近で見せられて、クライヴは狂わずにいられただろうか? 想像しかできないが、エルバートはあったかもしれないクライヴの姿だったのかもしれない。それは今の晴輝も同じだ。
そんな二人を併せ持っているのだから、何をしでかすか分からない。だからどうか、晴輝の手だけを握っていて欲しい。そう願いながらまだ何もついていない左手の薬指に口づけを落とし、プレゼントをするために用意していた指輪は、今のところは右手の薬指にそっとはめた。ぐっすりと眠っている凛香が少しくすぐったそうに身動いだので、晴輝は宥めるように抱きしめて瞳を閉じた。一瞬だけ瞼の裏に浮かんだ女のことは、すぐに睡魔が訪れて起きるころにはすっかり忘れ去っていた。
眠りについた二人の左手薬指が淡く光る。それは祝福を受けた証。女神の慈悲と気まぐれのお陰で巡り合えたのだということを、凛香はもちろん、晴輝も知らないまま。
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