家を追い出された令嬢は、新天地でちょっと変わった魔道具たちと楽しく暮らしたい

風見ゆうみ

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8  その墓、誰も眠ってない

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 タクリッボの店長がやって来た日の夜遅くに、騎士団の一部隊が『ケッタイ』に来店した。鎧などはつけていないが、若くて屈強な男性ばかりだが、顔立ちはさわやかな感じの人が多い。二十人ほどで来ていたことや、常連客の人が騎士団を優先するように言ってくれたため、店は急遽、騎士団の貸し切りになった。

「リリー、せっかくだし旦那候補を探しておいで」

 女将さんに促され、注文を取りに行こうとしたのだが、見知った顔を見つけてしまい、私は足を止めた。

「リリーちゃん、どうかしたの?」
   
 立ち止まって動こうとしない私に、店長の娘であり、この店の看板娘でもあるエミーが尋ねてきた。

 どうしてこう、昔の私を知っている人ばかりに会うのかしら。今日は厄日なのかもしれない。いや、そうじゃなくて前向きにとらえるべき? 

 考える時間が欲しかった私は、エミーに手を合わせてお願いする。

「ごめん、エミー! 私、顔の良い男性は苦手なの。注文を取りに行ってくれない?」
「ええ? そんなの初めて聞いたんだけど? それに遠回しに常連さんを貶してることになるけど大丈夫?」
「そ、そういうつもりはないよ。みんな素敵だと思う」

 しまった。体格の良い人が苦手だと言うべきだった? いやいや、常連客には体格の良い人もたくさんいる。

「なら、行ってくれば? と言いたいところだけど、そんなに嫌がるなら仕方がないし行ってあげるわ」

 よっぽど嫌がっていると思ったのか、エミーは笑いながら私の肩を叩いて、騎士団員の所へ歩いていく。私は気づかれないように厨房へと逃げて、大きな息を吐いた。
 なぜ、こんなに焦っているのかというと、騎士団員の中に、ジェイクがいたのだ。

 彼とは連絡を取れていなかったから、卒業後にどんな職に就いたのか知らなかった。それに別に隠れる必要はない。彼の所に行って再会を喜んでもいい、なんてことを考えたけど、私は死んだことになっている。
 死ぬに死にきれなくて亡霊になったと思われたら嫌だわ。

「どうしたものか」

 陰からジェイクの様子を見てみると、なぜか号泣していた。

「副隊長、泣きすぎだ。何があったって言うんだ」
「酒が入って涙腺が弱ってますね」
「まだ飲んでないだろ」
「匂いに酔ってるんじゃないですか」

 騎士たちの会話にジェイクは何も答えず、涙を見られたくないのか、テーブルに突っ伏してしまった。

「一体、ジェイクに何があったんだ?」
「フェルスコット伯爵領に住んでいた好きな子が亡くなって、今日で五十日が経ったらしいっす。悲しみが癒えてないのに、変な奴が来たでしょう」
「ああ。死んだはずの令嬢が生きていたって騒いでいた男か?」
「生きているわけがないのに、あんなことを言われたら希望を持っちゃいますよねぇ」

 おや?
 
 騎士たちの会話を聞いて、私は首を傾げた。

 フェルスコット伯爵領って、私が住んでた所だよね。私はフェルスコット伯爵令嬢だったもの。

「少し前にフェルスコット伯爵領に滞在してたが、それが理由だったのか」
「そうなんですよ。副隊長の好きな人って、フェルスコット伯爵家の長女だったんで、葬儀に出席したらしいです」

 あ、そうなんだ。形だけの葬儀をしてくれたのね。

「墓参りもしたのか?」
「ええ。立派な墓だったそうですよ。副隊長はそこでも泣いたみたいですけど」

 ジェイク、その涙はいらなかったかもしれない。その墓、誰も眠ってない。眠っていたとしても、たぶん知らない人だ。もし、その人が幽霊か何かになっていたなら、どうしてこの人泣いてるのと困惑していたと思う。
 
「伯爵家の長女ってあれか。婚約を破棄されたことを苦にして死んじまった子か」

 違う。誰があんな人に婚約を破棄されたくらいで死ぬもんですか。

 ……って、ちょっと待って。今、話題に上がってるのって私のことよね!? ジェイクが私を好きだったなんて思ってもみなかった。だからあんなに優しかったの? いや、ジェイクは良い人だし、下心だけで優しくしてくれたわけじゃないわよね。

 そんなに悲しんでくれたなんて不謹慎かもしれないけど、ちょっと嬉しい。人によっては女々しいとか情けないとか思うかもしれないけれど、私はそうは思わない。

 ありがとう、ジェイク!

 そういえば、弟のニースも元気にしてるかな。私が死んだと聞いて、泣いてばかりじゃないといいけど……。13歳ともなれば、そう泣かなくなる年齢なのに、あの子は泣いてばかりいたから少し心配だ。

「リリー、知り合いでもいるのかい?」
 
 女将さんに聞かれ、私は覚悟を決めて頷く。

「ここだけの話にしてほしいんですけど、辺境伯家の次男のジェイク様と私は友人だったんです」
「なんだって?」
 
 詳しい話をしようとすると、注文を聞き終えたエミーが戻ってきた。

「ねえ、リリー。ジェイク様の好きな人の特徴を聞いたんだけど、あなたにそっくりだわ。彼女のふりをして慰めてあげてよ」

 彼女のふりも何も本人なんですが!

「いやぁ、それは失礼だと思うわ」

 苦笑して首を横に振ると、女将さんが促してくる。

「信用できる人だと思うのなら行ってきな。それから、あたしは絶対に口外したりしやしないから安心しな」
「……ありがとうございます」
「なになに? 何の話?」

 困惑しているエミーには「あとで話すね」と伝える。

 どうせ、タクリッボの店長に姿を見られたし、近い内に父に頼まれた誰かが様子を見に来るかもしれない。それなら、ジェイクに生きていることを伝えて、妨害する手助けをしてもらっておいたほうがいいわよね。

 女将さんに背中を押され、私は覚悟を決めてジェイクのいるテーブルに近寄っていく。

「いらっしゃいませぇ! 新入りのリリーでぇす!」

 声が裏返った。しかも、何か違う店の人みたいになっている。
 騎士たちは目を瞬かせたあと、笑顔で騒ぎだす。

「わあ! 新入りの子も可愛いっすよ! 副団長! 顔を上げてくださいよ」
「……人に見せられる顔じゃない」
「ほら、そんな子供みたいな言い訳しないでくださいよ。女性に対して失礼ですよ!」
「……」

 ジェイクは渋々といった様子で顔を上げて私を見た。
 一度見て視線を逸らし、すぐにまた私を見た。

 お手本かと思えるような、綺麗な二度見だった。

「こんにちは」

 笑顔で声をかけると、ジェイクはぽかんと口を開けて私を見つめたまま、動きを止めてしまった。
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