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4 姉の失態
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なんだかんだとありながらも、ファリアーナはアシュと一緒にニーカ侯爵邸をあとにすることができた。別々の馬車で移動し、レイン公爵邸に向かう途中にあるレストランで食事をすることになった。
「付き人を先に帰らせているから、明日には僕も離婚が成立すると思う。今のところ、君と僕は義兄と義妹の関係だし、馬車は別々にさせてもらってるんだけど、食事は一緒でもいいよね?」
「二人きりの個室というわけではないですし、大丈夫かと思います」
ファリアーナたちがいるのは、貴族の間では名の知られているレストランで、100日先まで予約で埋まっている店だ。店の出入り口には黒のスーツを着た屈強な男たちが立っており、予約客しか入店することができない。なぜ、そんな店にファリアーナたちがいるのかと言うと、元々、アシュがシルフィーナを連れてここに来ようと予約をしていたからだった。
店内に多くの客はいるが、一定の距離が保たれていることとパーティションで区切られているため、お互いの顔は見えないし、声もそう届かない。
光に反射してキラキラ光るシャンデリアや、汚れ一つない壁やテーブルクロス。案内された窓際の席からは、ライトアップされた庭園が見える。こんな所に連れてきてもらったことのないファリアーナは、好奇心を何とか抑えてアシュに話しかける。
「あの、助けていただき、本当にありがとうございます。そして、元夫が申し訳ございません」
「もう涙は引っ込んだ?」
「は、はい! あ、あの、アシュ様は姉と離婚することが嫌ではないのですか?」
「嫌じゃないよ。彼女、僕の両親をかなり怒らせてるから、家に帰ったら褒められそうな気がする」
失笑したアシュに、ファリアーナは恐る恐るといった感じで尋ねる。
「いくつか質問をしても良いでしょうか」
「どうぞ」
「姉は一体、何をしたのでしょうか」
アシュとシルフィーナの婚約は、ファリアーナたちと同じく余り者同士だったからで、アシュが婚約に乗り気じゃなかったと言われれば、それはそれで納得できた。だが、アシュの両親というのは公爵夫妻のことだ。その二人を怒らせたということが驚きだったし、代わりに自分が酷い目に遭わされるのではないかと不安になった。
「母上が若い頃に父上からプレゼントされた安物の指輪があったんだけど、それを暖炉の火に投げ入れた」
「申し訳ございません」
昼の間はそうでもないが、夜は冷えてくる時期になっていた。シルフィーナが嫁に行った二日目は、季節の変わり目を感じるくらいに寒かった。
(きっとその日の出来事なんだわ。思い出の品なのになんてことをするのよ)
ファリアーナは公爵夫妻に対して申し訳ない気持ちでいっぱいになった。
「母が仲良くなりたくてその指輪を見せて話をしたらしい。それだけだと母も迂闊だったなって思うよ。だけど、大事なものだと伝えたのに奪い取って暖炉の火に投げ入れただけでなく、悲しむ母にこんな古ぼけた物よりも新しい物を買って新しい思い出を作りましょうと笑ったんだそうだ」
「……姉は昔からそうなんです」
シルフィーナにしてみれば良かれと思ってやったことだった。だが、物への思い入れは人によって違う。シルフィーナ物に執着する人間ではなかったが、アシュの母はそうではなかった。せめて謝ってくれれば許せたものを、シルフィーナは決して謝らなかったのだ。
(舅や姑が意地悪をしてくると言っていたけれど、よそよそしい態度になっただけかもしれない)
がっくりとファリアーナが肩を落とすと、アシュのほうから彼女に話しかける。
「君の扱いについてだけど、家に帰って両親と相談してからでもいいかな」
「もちろんです。下働きでも何でもやらせていただきます!」
「……何でもねぇ」
顔を上げたファリアーナに、アシュは忠告する。
「そう簡単に何でもって言葉は使わないほうがいいと思う」
「……気をつけます」
「そうしたほうがいい。あ、でも、さっきの発言は取り消せないからね」
前髪の隙間から見えるアシュの目が笑っているような気がして、美形に対するときめきと恐怖が入り混じって、ファリアーナの動悸は一瞬にして激しくなった。
「付き人を先に帰らせているから、明日には僕も離婚が成立すると思う。今のところ、君と僕は義兄と義妹の関係だし、馬車は別々にさせてもらってるんだけど、食事は一緒でもいいよね?」
「二人きりの個室というわけではないですし、大丈夫かと思います」
ファリアーナたちがいるのは、貴族の間では名の知られているレストランで、100日先まで予約で埋まっている店だ。店の出入り口には黒のスーツを着た屈強な男たちが立っており、予約客しか入店することができない。なぜ、そんな店にファリアーナたちがいるのかと言うと、元々、アシュがシルフィーナを連れてここに来ようと予約をしていたからだった。
店内に多くの客はいるが、一定の距離が保たれていることとパーティションで区切られているため、お互いの顔は見えないし、声もそう届かない。
光に反射してキラキラ光るシャンデリアや、汚れ一つない壁やテーブルクロス。案内された窓際の席からは、ライトアップされた庭園が見える。こんな所に連れてきてもらったことのないファリアーナは、好奇心を何とか抑えてアシュに話しかける。
「あの、助けていただき、本当にありがとうございます。そして、元夫が申し訳ございません」
「もう涙は引っ込んだ?」
「は、はい! あ、あの、アシュ様は姉と離婚することが嫌ではないのですか?」
「嫌じゃないよ。彼女、僕の両親をかなり怒らせてるから、家に帰ったら褒められそうな気がする」
失笑したアシュに、ファリアーナは恐る恐るといった感じで尋ねる。
「いくつか質問をしても良いでしょうか」
「どうぞ」
「姉は一体、何をしたのでしょうか」
アシュとシルフィーナの婚約は、ファリアーナたちと同じく余り者同士だったからで、アシュが婚約に乗り気じゃなかったと言われれば、それはそれで納得できた。だが、アシュの両親というのは公爵夫妻のことだ。その二人を怒らせたということが驚きだったし、代わりに自分が酷い目に遭わされるのではないかと不安になった。
「母上が若い頃に父上からプレゼントされた安物の指輪があったんだけど、それを暖炉の火に投げ入れた」
「申し訳ございません」
昼の間はそうでもないが、夜は冷えてくる時期になっていた。シルフィーナが嫁に行った二日目は、季節の変わり目を感じるくらいに寒かった。
(きっとその日の出来事なんだわ。思い出の品なのになんてことをするのよ)
ファリアーナは公爵夫妻に対して申し訳ない気持ちでいっぱいになった。
「母が仲良くなりたくてその指輪を見せて話をしたらしい。それだけだと母も迂闊だったなって思うよ。だけど、大事なものだと伝えたのに奪い取って暖炉の火に投げ入れただけでなく、悲しむ母にこんな古ぼけた物よりも新しい物を買って新しい思い出を作りましょうと笑ったんだそうだ」
「……姉は昔からそうなんです」
シルフィーナにしてみれば良かれと思ってやったことだった。だが、物への思い入れは人によって違う。シルフィーナ物に執着する人間ではなかったが、アシュの母はそうではなかった。せめて謝ってくれれば許せたものを、シルフィーナは決して謝らなかったのだ。
(舅や姑が意地悪をしてくると言っていたけれど、よそよそしい態度になっただけかもしれない)
がっくりとファリアーナが肩を落とすと、アシュのほうから彼女に話しかける。
「君の扱いについてだけど、家に帰って両親と相談してからでもいいかな」
「もちろんです。下働きでも何でもやらせていただきます!」
「……何でもねぇ」
顔を上げたファリアーナに、アシュは忠告する。
「そう簡単に何でもって言葉は使わないほうがいいと思う」
「……気をつけます」
「そうしたほうがいい。あ、でも、さっきの発言は取り消せないからね」
前髪の隙間から見えるアシュの目が笑っているような気がして、美形に対するときめきと恐怖が入り混じって、ファリアーナの動悸は一瞬にして激しくなった。
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