愛しているなら何でもできる? どの口が言うのですか

風見ゆうみ

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11.5 ある人妻の企み(ミシェル視点)

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 フェリックス様はお姉様がエイト公爵家の別邸にいることも知らないのか、シド公爵に話しかける。

「本当か嘘かはわからねぇけど、どうして、お前がそんなことを知ってるんだ」
「後でゆっくり説明するよ。ただね、パーティー会場の隅で楽しくおしゃべりしている人の話を聞いたから、余計に詳しく知ってるのかもしれないよ」

 シド公爵は私を見て冷笑した。

 相手が公爵だとはわかっている。
 でも、あまりの悔しさと恥ずかしさで、ついシド公爵を睨みつけてしまった。
 けれど、彼は気分を害した様子はなく、楽しそうに笑う。

「人の多い場所であんな話を堂々とできるんだからすごいものだよ」
「大きな声で話をしていたわけではありません。公爵閣下ともあろうお方が盗み聞きをされていたなんて驚きですわ」

 私は間違ったことは言っていない。
 人の話を黙って聞いていたんだもの。
 シド公爵が悪いわ。

「言い訳をしておくが僕が聞いたんじゃないよ。近くにいたウエイターやメイドが言葉にはそぐわない話をしている人がいると、こっそり教えてくれたんだよ」
「プライバシーの侵害かと思います」
「倫理に外れている話を聞いてしまった時は知らせてくれと伝えているだけだ。ただの噂話なら、使用人たちだって、わざわざ僕に話をしたりしないし、職務放棄をして人の話に耳を傾けることもないだろう」
「どんな話をしてたか知らないが、知られたくないんなら、こんな所で話をするなよ」

 シド公爵に加勢するように、フェリックス様がわたしに言った。

 ああ、もう認めるわよ。
 誰も聞いていないと思い込んでぺちゃくちゃと話をしてしまったわたしが悪いんでしょう!

 それにしても、やっぱりフェリックス様は素敵だわ。
 貴族は内面が腹黒い人間が多いくせに、言葉遣いだけは丁寧なのよ。
 だけど、フェリックス様は違う。

 目上の人には丁寧な言葉遣いができるけれど、普段はこんな風に平民や騎士が使うような荒々しい言葉遣いになる。

 こんなことを口にしたら、フェリックス様はわざとわたしの前で乱暴な言葉を使わなくなるでしょうから、決して口には出さない。
 でも、本当に好き。

 どうして、わたしはデイクスなんかと結婚してしまったのよ!

 その時、後ろから肩を掴まれた。
 振り返って相手を確認すると、デイクスだった。
 
「おい、ミシェル。君は何をしてるんだ」
「あら、あなた。まだいたの」
「まだいたのって、君がここにいる以上、僕もいなくちゃおかしいだろう」

 デイクスが焦った顔をして叫ぶ。
 辺りを見回してもロン様の姿は見えないので、何も言わずに帰ったのだと思われる。

 さっきの感じだと、フェリックス様はお姉様をまだ忘れていない。

 たとえそうであったとしても、お姉様が人妻である以上、フェリックス様は手が出せない。

 ロン様にはお姉様と離婚しないように頑張ってもらわなくちゃ。
 別居状態での離婚を成立させるには時間がかかる。
 お姉様の場合はロン様の不貞を理由にするでしょうから、思ったよりも早くに離婚できるかもしれない。
 だけど、裁判には時間がかかる。
 それまでに、フェリックス様をわたしのものにすれば、お姉様が離婚しようがしまいがどちらでも良いわ。

 そしてわたしは浮気相手ではなく、ロン様に襲われた可哀想な被害者にならなくてはならない。
 今日のところは大人しく引き下がって、デイクスと話をしなくちゃ。

「デイクス、帰りましょう」
「え? あ、うん」

 間抜けな顔をして頷いたデイクスに侮蔑の視線を送ってから、シド公爵に話しかける。

「シド公爵、あなたがどんなお話をお聞きになったかはわかりませんが、わたしはリグマ伯爵に話を合わせるように脅迫されていただけです」
「それ、自分で言ってて苦しい言い訳だと思わない?」
「言い訳ではありません。シド公爵、あなたが紳士でしたら、女性の名誉を傷つけるようなお話を証拠もなく言いふらしたりしないと信じております」
「言いふらしはしないよ」

 シド公爵の言い方が気になったけれど、長く会話をすればボロが出てしまう可能性があるので、この辺でやめておく。

「フェリックス様、お顔が拝見できて嬉しかったですわ」
「お前は俺の顔しか見てないもんな」
「そ、そういうわけではございません」

 慌てて否定したけれど、フェリックス様はすでにわたしに興味はなく、シド公爵に小声で話しかける。

「シェリルのことで何かわかったのか」
「詳しいことはまだわかっていないけど、幸せじゃないってことはわかったよ」
「シェリル本人はどうしてる?」
「夫婦喧嘩で別居中。いや、正確には離婚するために別居中、かな。リアド伯爵はパーティーに来ていたみたいだけど、君に問い詰められたくないからか帰っちゃったみたいだね」
「シド公爵! そんな話をこんな大勢の前でするのはおやめください!」

 二人の会話が耳に入って、立ち去るに立ち去れなくなったわたしが叫ぶと、シド公爵とフェリックス様は冷たい目をわたしに向けた。

 そして、少ししてからシド公爵は微笑む。

「それはそうだね。教えてくれてありがとう」
「……いいえ。では、失礼いたします」

 デイクスを連れて、わたしは会場の出口に向かって歩き出す。

 大事なことを忘れていたわ。
 わたしも離婚しなくちゃいけない。

 そうだわ。
 デイクスにお姉様を襲わせたらどうかしら。
 お姉様は傷物になり、デイクスは警察に捕まる。
 そして、わたしはそれを理由に離婚をする。

 たとえ、お姉様が離婚をしたって、そんな傷のついた女性をフェリックス様が好きなままでいるはずがない。

 まずは、お姉様をミオ様から引き離さなくちゃいけないわ。
 
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