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8 引っ越しの準備
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「そんな……! こんなことでアイリスに婚約破棄されるだなんて酷すぎます!」
「悪いのは君達だろ? 彼女を本当に愛しているのなら、彼女が傷付くような事なんてしない。そんな事をするとしたら、小さな子供くらいなものだろ。好きな子をいじめてしまうやつかな」
ロバートの言葉を聞いたマオニール公爵閣下は鼻で笑ってから、黙って話を聞いていたトーイ様の方に振り返る。
「トーイ、何人かのメイドと一緒に、アイリス嬢の家に行って、必要な手続きを済ませてくれ。その後は彼女と一緒にこちらに帰ってきてほしい」
「かしこまりました」
「アイリス嬢、それで良いかな? 必要なものもあるだろうから一度は帰りたいかと思ったんだけど」
トーイ様の返事のあと、閣下が私に尋ねてきたので首を縦に振る。
「お気遣いいただき、ありがとうございまず。手元に置いておきたいものもありますので、一度は家に戻りたいです」
「わかった。家族と一緒に帰らせるわけにはいかないから、こちらで馬車を手配する」
「ありがとうございます」
話が淡々と進んでいくので、現実味が帯びないけれど、実家を出られるという希望が見えてきたのだけはわかった。
「そんな急すぎませんか!?」
突然、お母様が叫び、焦った顔で続ける。
「アイリスがマオニール公爵閣下の元へ嫁ぐことは、しょうがないことだと存じております。ですが、家族との時間をとらせてはいただけないのですか!?」
「アイリス嬢、君はどうしたい? もっと家族と過ごしたい?」
閣下が笑みを浮かべて確認してくる。
その笑みは、好きなようにしたら良いと言ってくれている気がしたので、少しだけ考える。
お母様は最近のノマド家の財政状況を知らないから、かなり焦っているみたい。
でも、私がやるまではやっていたことなのだから、私がいなくてもできるわよね。
「マオニール公爵閣下、家族との時間は実家を出る前の少しの時間で十分です」
「君が望むのならそうしよう。というわけなので、家族の時間は必要なさそうだ」
「アイリス!」
お母様から責める声が上がったけれど、気にしない。
「トーイ、アイリス嬢に帰宅する為の馬車を手配してやってくれ。それから、彼女が望まない以上、家族を近づけないように、護衛の騎士を何人か付けろ」
「かしこまりました」
トーイ様は頷くと、私に向かって恭しく頭を下げてから言う。
「アイリス様。ご案内いたします」
「お願いします」
トーイ様に促され、彼に付いて歩こうととすると、閣下が私とトーイさんを呼び止めた。
「あ、2人共、ちょっと待ってくれ」
「どうかされましたか?」
「トーイ、アイリス嬢を連れて厨房に寄って、持ち運びできる、彼女が食べたいものを料理長に伝えて作らせてほしい。出来れば日持ちするものを」
閣下がどうしてそんなことを言い出したのかわからなくて、トーイ様と一緒に首を傾げると、閣下は笑う。
「先程、ノマド男爵から朝食抜きと言われていたから気になっただけだよ」
お父様が言っていた罰の事を言ってくれているみたい。
明らかにお父様のことを馬鹿にされているということがわかって、吹き出しそうになるのをこらえる。
お父様はそんな私を苦虫を噛み潰したような顔で睨んできた。
「承知いたしました。ノマド家では朝食はなしかもしれませんが、マオニール公爵閣下からとして、こちらが朝食を用意させていただきます」
「お気遣いいただき、ありがとうございます」
そう答えてくれたトーイ様に軽く頭を下げると、彼も会釈を返してくれた。
「ご案内いたします」
「お願いします」
「……アイリス!」
声が聞こえて目を向けると、ロバートの今にも泣き出しそうな情けない顔が見えた。
そして、その隣で、ココルが悔しそうな顔をして爪を噛んでいるのが見えて、少しだけスッキリした。
◇◆◇
数日後、家族よりも早くに家にたどり着いた私は、久しぶりに自分の部屋のベッドで眠った。
家族は、私よりもだいぶあとの夜中に、家に戻ってきた様で、家の扉が開閉する音が聞こえた。
すぐに階段をのぼってくる足音が聞こえ、2階にある私の部屋の前で足音が止まった。
私の部屋の前には騎士が立ってくれているから、家族が騒ぐ声は聞こえたけれど、扉を叩かれる事はなかった。
次の日の早朝。
外が少し騒がしくなった気がして、ベッドから飛び起きた。
薄い白のレースのカーテンを開けて窓の外を見ると、門のところにトーイ様とメイド姿の若い女性2人の姿が見えた。
訪問するには早い時間だと思って、外で待ってくれているのかもしれない。
家の前の道には大きめの幌馬車が何台か停まっていて、私の引っ越しの荷物を運んでくれる馬車だと思われる。
部屋の中を見回してみると、持っていくものといっても、そう大したものはなさそうだった。
家具は、ベッドに机に本棚にタンスくらいだし、この量だと幌馬車一台でも充分に足りそうな気がした。
寝間着から動きやすい服に着替え、身支度を整えるために洗面台のある部屋へ向かう。
まだ、ココル達は眠っているようで屋敷は静かだし、とても動きやすかった。
「おはようございます」
身支度を整えてから外へ出ていくと、トーイ様達が横一列に並んで頭を下げてくれる。
「おはようございます。アイリス様。騒がしくしてしまったようで申し訳ございません」
「気にしないでください。興奮して眠りが浅かっただけですから。それよりも、引っ越しの準備はどうすればよろいいですか?」
トーイ様に尋ねると、笑顔で答えてくれる。
「家具などはマオニール邸の部屋に用意いたしますので、思い入れのあるものなど、持っていきたいものを伝えていただければ運ばせるようにいたします。男性に見られたくないものにつきましては、こちらにいるメイド達に指示をして荷造りをさせて下さい」
「荷造りくらい自分でやります! ですが、本当に家具は持っていかなくていいんですか?」
「結構です。閣下がついに奥様を迎えるという事で、先代の奥様、リアム様のお母さまですね。大奥様が、それはもうお喜びになって。本日は、街まで家具を買い揃えに行かれるとの連絡をもらっています」
苦笑するトーイ様に尋ねる。
「先代の公爵閣下もご健在ですよね。今はどちらに?」
「リアム様と一緒には住んでおられませんが、近くの土地を買われ、そこに家を建てられています。大奥様と一緒にのんびり過ごされていますよ」
トーイ様が少しだけ羨ましそうな顔をして教えてくれた。
私達の国では、先代が亡くなったから、あとを継ぐというものだけでなく、息子に任せられると思ったら早々に継がせてしまうという権利も認められている。
けれど、条件があって、先代が生きている場合は、15歳以上からでしか継ぐ事は出来ない。
たしか、閣下は17歳の頃に爵位を継がれたと聞いた事があるから、今年で2年目といったところかしら。
仕事も理解してきた頃だろうし、そろそろ嫁探しをと、うるさく言われていたのでしょうね。
「奥様! お腹は空いておられませんか? 指示いただければ、荷造りは私がいたしますので、奥様はよろしければ、お食事をお済ませ下さい」
「お食事の用意は私がさせていただきます」
メイド達とお互いに軽い挨拶を済ませると、黒のメイド服に身を包んだ、私よりも若くて可愛らしいメイド達が瞳をキラキラさせて話しかけてきたので苦笑する。
「まだ、奥様ではないので……」
「閣下はよっぽどの事でないかぎり、一度決めた事を覆される方ではございません! ですから、もうアイリス様は私達にとっては奥様なのです! 閣下からは女神のように扱えと!」
「それは止めて下さい!!」
なんとか、女神扱いは止めてもらうように説得して、持参してくれたサンドイッチをつまみながら、3人で荷造りをしていると、目を覚ましたココルが部屋にやって来た。
話があると言うので、部屋の中に足を踏み入れないという条件をのむなら話すと伝えると、彼女は廊下で頷いてから口を開いた。
「お姉さま、本気なの?」
「何が?」
「マオニール公爵閣下のところにお嫁に行くだなんて信じられないわ。もしかして、これってお姉様の悪戯だったりする?」
「は?」
苛立ちを覚えて、強い口調で聞き返してしまった。
「悪いのは君達だろ? 彼女を本当に愛しているのなら、彼女が傷付くような事なんてしない。そんな事をするとしたら、小さな子供くらいなものだろ。好きな子をいじめてしまうやつかな」
ロバートの言葉を聞いたマオニール公爵閣下は鼻で笑ってから、黙って話を聞いていたトーイ様の方に振り返る。
「トーイ、何人かのメイドと一緒に、アイリス嬢の家に行って、必要な手続きを済ませてくれ。その後は彼女と一緒にこちらに帰ってきてほしい」
「かしこまりました」
「アイリス嬢、それで良いかな? 必要なものもあるだろうから一度は帰りたいかと思ったんだけど」
トーイ様の返事のあと、閣下が私に尋ねてきたので首を縦に振る。
「お気遣いいただき、ありがとうございまず。手元に置いておきたいものもありますので、一度は家に戻りたいです」
「わかった。家族と一緒に帰らせるわけにはいかないから、こちらで馬車を手配する」
「ありがとうございます」
話が淡々と進んでいくので、現実味が帯びないけれど、実家を出られるという希望が見えてきたのだけはわかった。
「そんな急すぎませんか!?」
突然、お母様が叫び、焦った顔で続ける。
「アイリスがマオニール公爵閣下の元へ嫁ぐことは、しょうがないことだと存じております。ですが、家族との時間をとらせてはいただけないのですか!?」
「アイリス嬢、君はどうしたい? もっと家族と過ごしたい?」
閣下が笑みを浮かべて確認してくる。
その笑みは、好きなようにしたら良いと言ってくれている気がしたので、少しだけ考える。
お母様は最近のノマド家の財政状況を知らないから、かなり焦っているみたい。
でも、私がやるまではやっていたことなのだから、私がいなくてもできるわよね。
「マオニール公爵閣下、家族との時間は実家を出る前の少しの時間で十分です」
「君が望むのならそうしよう。というわけなので、家族の時間は必要なさそうだ」
「アイリス!」
お母様から責める声が上がったけれど、気にしない。
「トーイ、アイリス嬢に帰宅する為の馬車を手配してやってくれ。それから、彼女が望まない以上、家族を近づけないように、護衛の騎士を何人か付けろ」
「かしこまりました」
トーイ様は頷くと、私に向かって恭しく頭を下げてから言う。
「アイリス様。ご案内いたします」
「お願いします」
トーイ様に促され、彼に付いて歩こうととすると、閣下が私とトーイさんを呼び止めた。
「あ、2人共、ちょっと待ってくれ」
「どうかされましたか?」
「トーイ、アイリス嬢を連れて厨房に寄って、持ち運びできる、彼女が食べたいものを料理長に伝えて作らせてほしい。出来れば日持ちするものを」
閣下がどうしてそんなことを言い出したのかわからなくて、トーイ様と一緒に首を傾げると、閣下は笑う。
「先程、ノマド男爵から朝食抜きと言われていたから気になっただけだよ」
お父様が言っていた罰の事を言ってくれているみたい。
明らかにお父様のことを馬鹿にされているということがわかって、吹き出しそうになるのをこらえる。
お父様はそんな私を苦虫を噛み潰したような顔で睨んできた。
「承知いたしました。ノマド家では朝食はなしかもしれませんが、マオニール公爵閣下からとして、こちらが朝食を用意させていただきます」
「お気遣いいただき、ありがとうございます」
そう答えてくれたトーイ様に軽く頭を下げると、彼も会釈を返してくれた。
「ご案内いたします」
「お願いします」
「……アイリス!」
声が聞こえて目を向けると、ロバートの今にも泣き出しそうな情けない顔が見えた。
そして、その隣で、ココルが悔しそうな顔をして爪を噛んでいるのが見えて、少しだけスッキリした。
◇◆◇
数日後、家族よりも早くに家にたどり着いた私は、久しぶりに自分の部屋のベッドで眠った。
家族は、私よりもだいぶあとの夜中に、家に戻ってきた様で、家の扉が開閉する音が聞こえた。
すぐに階段をのぼってくる足音が聞こえ、2階にある私の部屋の前で足音が止まった。
私の部屋の前には騎士が立ってくれているから、家族が騒ぐ声は聞こえたけれど、扉を叩かれる事はなかった。
次の日の早朝。
外が少し騒がしくなった気がして、ベッドから飛び起きた。
薄い白のレースのカーテンを開けて窓の外を見ると、門のところにトーイ様とメイド姿の若い女性2人の姿が見えた。
訪問するには早い時間だと思って、外で待ってくれているのかもしれない。
家の前の道には大きめの幌馬車が何台か停まっていて、私の引っ越しの荷物を運んでくれる馬車だと思われる。
部屋の中を見回してみると、持っていくものといっても、そう大したものはなさそうだった。
家具は、ベッドに机に本棚にタンスくらいだし、この量だと幌馬車一台でも充分に足りそうな気がした。
寝間着から動きやすい服に着替え、身支度を整えるために洗面台のある部屋へ向かう。
まだ、ココル達は眠っているようで屋敷は静かだし、とても動きやすかった。
「おはようございます」
身支度を整えてから外へ出ていくと、トーイ様達が横一列に並んで頭を下げてくれる。
「おはようございます。アイリス様。騒がしくしてしまったようで申し訳ございません」
「気にしないでください。興奮して眠りが浅かっただけですから。それよりも、引っ越しの準備はどうすればよろいいですか?」
トーイ様に尋ねると、笑顔で答えてくれる。
「家具などはマオニール邸の部屋に用意いたしますので、思い入れのあるものなど、持っていきたいものを伝えていただければ運ばせるようにいたします。男性に見られたくないものにつきましては、こちらにいるメイド達に指示をして荷造りをさせて下さい」
「荷造りくらい自分でやります! ですが、本当に家具は持っていかなくていいんですか?」
「結構です。閣下がついに奥様を迎えるという事で、先代の奥様、リアム様のお母さまですね。大奥様が、それはもうお喜びになって。本日は、街まで家具を買い揃えに行かれるとの連絡をもらっています」
苦笑するトーイ様に尋ねる。
「先代の公爵閣下もご健在ですよね。今はどちらに?」
「リアム様と一緒には住んでおられませんが、近くの土地を買われ、そこに家を建てられています。大奥様と一緒にのんびり過ごされていますよ」
トーイ様が少しだけ羨ましそうな顔をして教えてくれた。
私達の国では、先代が亡くなったから、あとを継ぐというものだけでなく、息子に任せられると思ったら早々に継がせてしまうという権利も認められている。
けれど、条件があって、先代が生きている場合は、15歳以上からでしか継ぐ事は出来ない。
たしか、閣下は17歳の頃に爵位を継がれたと聞いた事があるから、今年で2年目といったところかしら。
仕事も理解してきた頃だろうし、そろそろ嫁探しをと、うるさく言われていたのでしょうね。
「奥様! お腹は空いておられませんか? 指示いただければ、荷造りは私がいたしますので、奥様はよろしければ、お食事をお済ませ下さい」
「お食事の用意は私がさせていただきます」
メイド達とお互いに軽い挨拶を済ませると、黒のメイド服に身を包んだ、私よりも若くて可愛らしいメイド達が瞳をキラキラさせて話しかけてきたので苦笑する。
「まだ、奥様ではないので……」
「閣下はよっぽどの事でないかぎり、一度決めた事を覆される方ではございません! ですから、もうアイリス様は私達にとっては奥様なのです! 閣下からは女神のように扱えと!」
「それは止めて下さい!!」
なんとか、女神扱いは止めてもらうように説得して、持参してくれたサンドイッチをつまみながら、3人で荷造りをしていると、目を覚ましたココルが部屋にやって来た。
話があると言うので、部屋の中に足を踏み入れないという条件をのむなら話すと伝えると、彼女は廊下で頷いてから口を開いた。
「お姉さま、本気なの?」
「何が?」
「マオニール公爵閣下のところにお嫁に行くだなんて信じられないわ。もしかして、これってお姉様の悪戯だったりする?」
「は?」
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