【完結】どうぞ他をあたってください

風見ゆうみ

文字の大きさ
1 / 44

1  義母の目的

しおりを挟む
 レノウ伯爵家の次女である私、ミアリナは、ビレディ侯爵家の嫡男である夫、トータムとは恋愛結婚だった。
 トータムは、中肉中背の温和そうな顔立ち。赤茶がかった黄色の長い髪を後ろに一つにまとめており、見た目と同じく穏やかな性格だ。
 ストレートの腰まであるシルバーブロンドの髪に赤色の瞳を持つ、ひょろりとした体型の私は大人しそうな顔立ちだと言われる。
 その容姿のせいか、学生時代は一部の高位貴族にいる性格の悪い人たちから、いじめを受けていた。
 トータムとは、お互いに婚約者がいない学生時代に出会い、彼が支えてくれたおかげで、辛い学園生活を乗り越えることができた。
 十九歳になった現在は、結婚生活二十日目を迎えるところだ。
 恥ずかしながら、私たちは初夜を迎えていない。というのも、義父は昔から病に伏せっており、特にここ最近は病状が悪化して、いつ亡くなってもおかしくない状況だと言われていた。
 いつ何時ということを考えると、夜にそういう行為をしようという気にならなかったし、今は義父のことを優先しようと、二人で話し合った結果だった。

 義父はとても優しい人で、私が顔を見に行くととても喜んでくれた。結婚してからは看病をしたり、一緒にいる時間を増やした。

 ある日、義父に相談されたのは、甲斐甲斐しく働く中年のメイドのことだった。
 下の世話以外は全て彼女がやってくれているそうで、たとえ夜中であっても義父が呼べば、嫌な顔一つせず駆けつけてくれるメイドに、義父は心を許していた。
 このままでは、自分の遺産はトータムだけのものになり、ここまでしてくれているメイドに何も残せないと考えた義父は遺言書を残すのではなく、彼女と結婚することを望んだ。

 見た目は気の強そうな美人だが、私に対する当たりも良いし、何より義父が望んでいるのだからと、特に反対はしなかった。
 できれば、少しでも心残りのない人生を送ってほしかったからだ。
 でも、それがいけなかった。トータムが反対しなかったとはいえ、もっと、彼女の素性を調べるべきだったと今となっては思う。
 
 義父の希望通り、子爵家の元令嬢だったメイドのウララさんと義父は十日前に入籍し、仲睦まじい姿を見せてくれていた。
 彼女は一度結婚しており、元夫との間に一人娘、フララさんがいた。結婚を機に、彼女もこの屋敷で暮らすようになり、義父とも上手くいっていると思っていた。
 幸せなことが続いているから、義父の体調も良くなるのではと希望的観測を抱いていた頃、義父が急死した。

 夜中に苦しみ始めて意識を失い、そのまま亡くなったのだ。

 私は自分の両親とは仲が良くなかった。そんなこともあって、本当の父親のように思い慕っていた義父の死は、覚悟をしていたとはいえ辛いもので、この心の痛みは私だけでなく、義母たちも同じだと思っていた。

「置いておいても夫を思い出して悲しくなるだけですから、夫の部屋にある売れるものは全て売ってしまいましょう」

 義父の葬式の前日にその話を聞いた時は、形見になるもの以外を売るのだと思い込んでいた。
 義父は二年前に亡くなったトータムの実母のブローチを私に託すと遺言書に記入してくれていたから、そのブローチは私のものであって、義母のものではない。
 言わなくても大丈夫だろうと思いつつも、私は義母にそのことをきちんと伝えておいた。
 義母が頷いたことや、形見分けは葬式が終わり、落ち着いた頃にしようと言われたため、私はお葬式の準備に集中した。

 そして一段落ついた時には、義母によってブローチは売り払われていた。

 どうしてそんなことをしたのか問い詰めようと義母を探すと、彼女は義父の寝室にいた。

「ブローチは私がいただくものですから、売らないでほしいと言っていたはずです!」
「高く買い取ると言ってくれたんだもの。売らなくちゃ損でしょう?」
「そういう問題ではありません! 大体、形見分けは落ち着いてからにしようと言っていたではないですか」
「ああ、そういえばそうだったわねぇ」

 ダークパープルのウェーブのかかった長い髪を撫でつけながら、義母は悪びれる様子もなく続ける。

「そんなに興奮しないで落ち着きなさいな。たかがブローチよ。似たようなものを買ったらいいんじゃないの?」
「形見ですよ? 似たものでは意味がないんです!」

 強い口調で訴えると、義母は品定めでもするかのように、私の頭から爪先に視線を動かしていく。

 学生時代に私をいじめていた人たちと同じ、人を蔑んでいる時の視線だと感じて、嫌悪感が湧いた。
 昔の私は、何も言えずに俯いていた。

 このままではいけない。
 自分を変えたいと思った私は、結婚が決まった時に言わなければならないことは、はっきりと言える自分になると、トータムに誓った。

 今がその時だ。

「何度も言いますが、あのブローチは私のものです。それを間違えたのではなく、わかっていて売ったのです。悪いと思う気持ちはないのですか?」
「ああ、これだから貧乏人は嫌なのよ」

 義母はため息を吐いてそう言うと、後ろに控えていた自分の侍女に声をかける。

「ブローチを売った分の現金をちょうだい」
「用意してまいります」
「……だそうよ。少し待ちなさい」

 侍女が出ていった扉を見つめながら言う義母に、私は声を荒らげる。

「お金で解決できるものではありません!」
「じゃあ諦めたら?」

 義母は鼻で笑いながら、私を見つめた。

 こんなことなら、先にブローチだけ受け取っておけば良かった? 
 ……いや、あの時の悲しみに暮れた状態では、そんなことはできなかった。

 このままでは埒が明かないと考え、義母に問いかける。

「どこの買い取り業者に出したのですか」
「名前は忘れたわ。自分で調べたら?」

 義母は鼻で笑うと、部屋から出ていった。
 豪華な調度品が置かれていた広い部屋は、驚くほどに物がなくなっていた。

 義父が自分一人では大きすぎると苦笑していたキングサイズのベッドも本棚も、書き物机も小物類もなくなった。
 部屋の中に残されているのは、外から見えないようにするためのカーテンだけ。

 昼間だというのに、薄暗い部屋の中で立ち尽くしていた私は、ここで呆然としているだけでは意味がないと、気持ちを切り替えることにした。

「まずはブローチを取り戻さないと」

 良い人だったはずの義母は、この日から私の前では本性を見せるようになった。
 そして、彼女が献身的に義父の面倒を見ていたのは、遺産が目的だったことと、自分の娘を私の夫に近づけるためだったと知ることになる。


しおりを挟む
感想 84

あなたにおすすめの小説

【書籍化決定】愛など初めからありませんが。

ましろ
恋愛
お金で売られるように嫁がされた。 お相手はバツイチ子持ちの伯爵32歳。 「君は子供の面倒だけ見てくれればいい」 「要するに貴方様は幸せ家族の演技をしろと仰るのですよね?ですが、子供達にその様な演技力はありますでしょうか?」 「……何を言っている?」 仕事一筋の鈍感不器用夫に嫁いだミッシェルの未来はいかに? ✻基本ゆるふわ設定。箸休め程度に楽しんでいただけると幸いです。

俺の妻になれと言われたので秒でお断りしてみた

ましろ
恋愛
「俺の妻になれ」 「嫌ですけど」 何かしら、今の台詞は。 思わず脊髄反射的にお断りしてしまいました。 ちなみに『俺』とは皇太子殿下で私は伯爵令嬢。立派に不敬罪なのかもしれません。 ✻ゆるふわ設定です。 気を付けていますが、誤字脱字などがある為、あとからこっそり修正することがあります。 ✻R-15は保険です。

アシュリーの願いごと

ましろ
恋愛
「まあ、本当に?」 もしかして。そう思うことはありました。 でも、まさか本当だっただなんて。 「…それならもう我慢する必要は無いわね?」 嫁いでから6年。まるで修道女が神に使えるが如くこの家に尽くしてきました。 すべては家の為であり、夫の為であり、義母の為でありました。 愛する息子すら後継者として育てるからと産まれてすぐにとりあげられてしまいました。 「でも、もう変わらなくてはね」 この事を知ったからにはもう何も我慢するつもりはありません。 だって。私には願いがあるのだから。 ✻基本ゆるふわ設定です。 気を付けていますが、誤字脱字などがある為、あとからこっそり修正することがあります。 ✻1/19、タグを2つ追加しました ✻1/27、短編から長編に変更しました ✻2/2、タグを変更しました

魔法のせいだから許して?

ましろ
恋愛
リーゼロッテの婚約者であるジークハルト王子の突然の心変わり。嫌悪を顕にした眼差し、口を開けば暴言、身に覚えの無い出来事までリーゼのせいにされる。リーゼは学園で孤立し、ジークハルトは美しい女性の手を取り愛おしそうに見つめながら愛を囁く。 どうしてこんなことに?それでもきっと今だけ……そう、自分に言い聞かせて耐えた。でも、そろそろ一年。もう終わらせたい、そう思っていたある日、リーゼは殿下に罵倒され頬を張られ怪我をした。 ──もう無理。王妃様に頼み、なんとか婚約解消することができた。 しかしその後、彼の心変わりは魅了魔法のせいだと分かり…… 魔法のせいなら許せる? 基本ご都合主義。ゆるゆる設定です。

『白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?』

夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」 教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。 ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。 王命による“形式結婚”。 夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。 だから、はい、離婚。勝手に。 白い結婚だったので、勝手に離婚しました。 何か問題あります?

幸せな政略結婚のススメ【本編完結】

ましろ
恋愛
「爵位と外見に群がってくる女になぞ興味は無い」 「え?だって初対面です。爵位と外見以外に貴方様を判断できるものなどございませんよ?」 家柄と顔が良過ぎて群がる女性に辟易していたユリシーズはとうとう父には勝てず、政略結婚させられることになった。 お相手は6歳年下のご令嬢。初対面でいっそのこと嫌われようと牽制したが? スペック高めの拗らせ男とマイペースな令嬢の政略結婚までの道程はいかに? ✻基本ゆるふわ設定です。 気を付けていますが、誤字脱字などがある為、あとからこっそり修正することがあります。 ・11/21ヒーローのタグを変更しました。

選ばれたのは私ではなかった。ただそれだけ

暖夢 由
恋愛
【5月20日 90話完結】 5歳の時、母が亡くなった。 原因も治療法も不明の病と言われ、発症1年という早さで亡くなった。 そしてまだ5歳の私には母が必要ということで通例に習わず、1年の喪に服すことなく新しい母が連れて来られた。彼女の隣には不思議なことに父によく似た女の子が立っていた。私とあまり変わらないくらいの歳の彼女は私の2つ年上だという。 これからは姉と呼ぶようにと言われた。 そして、私が14歳の時、突然謎の病を発症した。 母と同じ原因も治療法も不明の病。母と同じ症状が出始めた時に、この病は遺伝だったのかもしれないと言われた。それは私が社交界デビューするはずの年だった。 私は社交界デビューすることは叶わず、そのまま治療することになった。 たまに調子がいい日もあるが、社交界に出席する予定の日には決まって体調を崩した。医者は緊張して体調を崩してしまうのだろうといった。 でも最近はグレン様が会いに来ると約束してくれた日にも必ず体調を崩すようになってしまった。それでも以前はグレン様が心配して、私の部屋で1時間ほど話をしてくれていたのに、最近はグレン様を姉が玄関で出迎え、2人で私の部屋に来て、挨拶だけして、2人でお茶をするからと消えていくようになった。 でもそれも私の体調のせい。私が体調さえ崩さなければ…… 今では月の半分はベットで過ごさなければいけないほどになってしまった。 でもある日婚約者の裏切りに気づいてしまう。 私は耐えられなかった。 もうすべてに……… 病が治る見込みだってないのに。 なんて滑稽なのだろう。 もういや…… 誰からも愛されないのも 誰からも必要とされないのも 治らない病の為にずっとベッドで寝ていなければいけないのも。 気付けば私は家の外に出ていた。 元々病で外に出る事がない私には専属侍女などついていない。 特に今日は症状が重たく、朝からずっと吐いていた為、父も義母も私が部屋を出るなど夢にも思っていないのだろう。 私は死ぬ場所を探していたのかもしれない。家よりも少しでも幸せを感じて死にたいと。 これから出会う人がこれまでの生活を変えてくれるとも知らずに。 --------------------------------------------- ※架空のお話です。 ※設定が甘い部分があるかと思います。「仕方ないなぁ」とお赦しくださいませ。 ※現実世界とは異なりますのでご理解ください。

王弟殿下の番様は溺れるほどの愛をそそがれ幸せに…

ましろ
恋愛
見つけた!愛しい私の番。ようやく手に入れることができた私の宝玉。これからは私のすべてで愛し、護り、共に生きよう。 王弟であるコンラート公爵が番を見つけた。 それは片田舎の貴族とは名ばかりの貧乏男爵の娘だった。物語のような幸運を得た少女に人々は賞賛に沸き立っていた。 貧しかった少女は番に愛されそして……え?

処理中です...