襲われていた美男子を助けたら溺愛されました

茜菫

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「リズ。今回のこと、お礼をさせてほしいんだ」

「お構いなく。それに……私は外から来た身、王都には長居しませんので」

「お願い! ねえ、今日明日に去るってわけじゃあないよね?」

「……数日は滞在しますが……」

「なら、明日! 少しだけでいい、お礼をさせて! どうか、お願い!」

 食い下がるミケルにイライザは戸惑う。正直なところ、イライザに時間はなく、貴重な一日をミケルに費やすわけにはいかないのだ。

(明日の夜までに純潔を捨てないと……)

 そこでふと、イライザの中に悪い考えが浮かぶ。ミケルが礼をしたいと言うのなら、彼に純潔を奪ってもらえば良いのでは、と。

(……だめ。それじゃあ、ラーゼル侯爵と同じじゃない)

 助けた礼に体を差し出せなど、借金の方に縁談を強要しようとするラーゼル侯爵と変わらない。イライザは静かに首を横に振って断りを入れようとしたが、その前にミケルが口を開く。

 そして、とてもきれいな声で、とんでもない言葉を紡いだ。

「僕……リズのこと、好きになっちゃったんだ」

 あまりの言葉にイライザは思考が停止し、同時に体も停止してしまったように動きを止めた。ミケルの言葉を処理しきれず、ようやく出てきたのは言葉にならない声のみ。

「……は?」

 ミケルはイライザの反応に気分を害することなく、むしろうっとりとした様子で言葉を続けた。

「もうだめだと思った時、リズが僕を助けてくれた。あの男を投げ飛ばしたリズ……すごく格好良くて、まるで騎士さまみたいだったよ」

 男を投げ飛ばしたことをほめられてもうれしくはない。だが、騎士のようだという言葉は、女の身で騎士となり、これからも騎士であり続けたいと願うイライザには最高のほめ言葉だった。

「そっ、……そう……」

 イライザの心が揺れ動く。そこに追撃するように、ミケルはイライザをじっと見つめながら再度乞うた。

「お願い、リズ! 僕に機会をくれないかな」

 まっすぐに向けられるまなざしと言葉にイライザは迷う。短い間頭を悩ませた後、絞り出すような声で答えた。

「じゃあ……夕食くらいなら」

「ありがとう、リズ!」

 イライザはミケルの押しに負け、明日の約束を交わした。ミケルはうれしそうだが、イライザはうれしいような、悩ましいような、複雑な心境であった。

 ミケルが御者席側の窓からなにかを御者に話しかけると、ほどなくして宿の前にたどり着く。先に降りたミケルの手を取り、イライザは馬車を降りた。

「リズ、機会をくれてありがとう。明日、迎えにくるね」

「……わかりました。また明日」

 イライザは宿に入ろうとしたが、その前にミケルが彼女の手を取る。自然な動作で指先に口づけられ、イライザは目を大きく見開いた。

「おやすみなさい、リズ。良い夢を」

 そっと手が離れ、ミケルは軽く手を振って馬車に戻る。走り去る馬車を呆然と見送り、その姿が見えなくなってようやく、イライザは宿に入った。

 イライザは部屋に戻り、ぼんやりとしながらも淡々と就寝の支度を進める。身を清め、硬いベッドに横たり、目を閉じたところでさきほどまでの出来事が脳裏を駆け巡り、悶えた。

「……なに。いったい、なんなの?」

 イライザは一夜限りの相手を探そうと夜の街に出たはずだ。しかし相手は見つからず、たまたま出会した犯罪行為に目を瞑れず、襲われていた男を助けた。その結果、なぜかその男から告白され、デートの約束までしている。

「おかしい」

 イライザは恋愛相手を探しているのではない。後腐れなく一夜を過ごせる相手を探しているはずだ。

(時間もないのに)

 ラーゼル侯爵との話し合いまで、時間がない。明日までにはことを終えていなければならないのだ。

(ううん……約束してしまったのだから、仕方ない。夜にはなんとかしないと)

 イライザは不安と焦りを覚えながらも、明日のために眠りについた。



 翌日、イライザは朝から王都を歩きまわった。端的に言えば今夜の相手を探すためだが、いままで恋愛経験などなく、そういった経験のないイライザには声をかけることすらままならず、ただむだな時間が過ぎた。

 結局、なんの成果もなく日が暮れ始め、イライザは慌てて宿に戻った。ミケルとの約束の時間ぎりぎりに戻ると、宿の前にこの場には似合わない上等な馬車が停まっていることに気づく。

(……まさか)

 まさかとは思いつつ、イライザが馬車の近くまで足を進めると、馬車から男が颯爽と降りてくる。

「リズ!」

 明るい声と共にイライザの目に映ったのはミケルの姿だ。髪をまとめ、高級感漂う服を身に纏う姿は美しい。

「ねえ。あの人って……」

「まさか! こんなところにいるはずがないわ」

「でも、あんなにきれいな人、ほかにはいないわ」

 周りの人々がどよめく中で、ミケルはまっすぐにイライザを見つめる。ミケルは満面の笑顔でイライザに手を差し伸べた。

「リズ、迎えに来たよ」

「えっ……あ……うん」

 イライザは呆気にとられたまま、ミケルに促されるまま馬車に乗り込む。そのまま馬車は走り出し、イライザは車内でミケルと向かい合んだ。

「……待たせてしまって、申し訳ない」

「ううん、僕が待ちきれなくて早くきちゃっただけだから。それに、きみを待っている時間は胸がどきどきして楽しかったよ」

 すらすらと出てくるミケルの甘い言葉にイライザはたじろいだ。うれしいと思うより、自分に向けられている言葉とは思えなくて困惑してしまう。

「僕たち、知り合ったばかりだものね。だから今日は、お互いのことをもっと深く知り合えたらいいなって」

 ほほ笑むミケルにイライザはあいまいにうなずいた。イライザが王都にやってきたのは縁談のため、話がつけばすぐにでも戻るつもりで、王都に長居する気はなかった。

 ミケルの言葉を信じるのなら、彼は純粋な好意でイライザに接している。望んでいないとはいえ縁談が持ち上がっている身、王都から去ろうとしている身で、イライザは少し後ろめたさがあった。

 馬車はイライザの複雑な心境も連れて走る。しばらく走り続け、たどり着いたのはきらびやかで高級そうなレストランだ。

 イライザはレストランの雰囲気に物怖じしていたが、ほかの客の目につかぬ通路から中に案内され、個室へと通された。

「ここは……」

「知り合いがオーナーの店なんだ。二人きりになりたくて、借りちゃった」

 ミケルは部屋の入口で受け取ったワゴンを押して料理を運ぶ。ワインを注がれ、イライザはその様子をただ呆然と見ているしかなかった。

「僕たちの出会いに乾杯!」

「……乾杯」

 グラスを鳴らし、ワインを口に運ぶ。いつも飲んでいる安物のワインとは違う豊潤な香りが口いっぱいに広がり、イライザは感嘆の息を吐いた。

「……おいしい」

「口にあって良かった」

 ほほ笑むミケルを眺めながらイライザは考えこむ。高級店のオーナーに伝手があり、一室を貸しきれるなど、只者ではなさそうだ。

「ミケルは、いったい何者?」

「うーんそうだなあ……元劇団員、かな」

「劇団員……」

 イライザは王都に大きな歌劇場があることを思い出した。貧乏貴族なラチェット伯爵家には縁遠かったが、彼らの公演は多くの人々を虜にし、公爵家や王族も観劇するという。

(だから、こんなにきれいなのね)

 元がつくということは、いまは劇団に所属していないようだ。団員といっても様々あるが、美しく整った顔立ちだけでなくよく通る声や、細身ながらもしっかりとした体つきは、おそらく役者だったと考えられる。

「……昨日の女性は?」

「あのマダム? 彼女は僕の……ちょっと、過激なファンかな。僕が引退して、暴走しちゃったみたい」

「それは大変でしたね」

 誘拐まで企てたのだから、ちょっとどころではなくかなり過激だ。それほど惜しまれた役者だったのだろう。

「でも、おかげでリズに出会えたんだ。マダムには感謝しちゃう」

 うっとりとした目で見つめられ、イライザは思わず視線を落とした。グラスの中のワインを眺めながら、未だに信じられずにミケルに問う。

「私を……なんて、本気ですか?」

「本気だよ。僕、リズのことが好き」

 イライザの頬がわずかに熱を帯びる。ちらりと視線を上げると、ミケルはさきほどと変わらずイライザをじっと見つめていた。
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