襲われていた美男子を助けたら溺愛されました

茜菫

文字の大きさ
18 / 31

18

しおりを挟む
 靴を脱ぎ捨て、ドレスの裾をつかみ、全速力で走っていたイライザは、遠目にノアの姿に声を張り上げる。

「兄さまっ!」

 ノアは手を止めて後ろを振り返った。

「へっ」

 ノアは間の抜けた声をもらして固まる。かけ寄ったイライザはやや乱暴にノアの手をひっつかむと、そのまま扉から引き離す。

「兄さま……話があるの!」

「な、ん、」

 イライザは状況が飲み込めず混乱するノアを、引きずるように連行した。そうして店から離れた二人のもとに、少し息を切らしたミケルがかけ寄る。

「……っ、はぁ……リズ、は、足、速いね……うぅ……っ」

 その場でうなだれ、息を整えるミケルの手にはイライザの靴が握られていた。

「……えっ、だれ?」

 第三者のミケルの登場にノアはさらに混乱していた。

「ミケル、大丈夫……?」

「う、うん……ただ、息が上がっただけ……はぁ……」

 イライザはノアの腕をしっかりつかんで離さないながらも、息を整えるミケルを気遣う。ノアが目をまんまるに見開いてミケルを凝視すると、息を整えたミケルは姿勢を正し、礼をとった。

「ノア卿、はじめまして。私はミケルと申します」

「へっ、あ、はじめまして、ミケル殿……えっ、ミケルだって……?」

 握手を交わしながらノアの声がわずかに震える。ノアが目をまん丸にしてミケルを凝視しているが、ミケルは動じていなかった。

「兄さま、その……ミケルは、私の友人です」

 イライザは兄と少し好い関係にある男が挨拶を交わしている様子に、少し気恥ずかしくなる。

「ノア卿、ご決断の前に私の話をお聞きいただけませんか?」

「なに……」

「イライザ嬢にとっても、あなたにとっても……善き道をご提案いたします」

 ノアは驚きに目を見開き、これにはイライザも驚いたようで同じように目を見開く。二人からの強烈な視線を受けながらも、ミケルはまったく動じることなくほほ笑んでいた。

「善き道、ですか……」

 ノアは戸惑いを隠せずに眉をしかめる。ノアからすれば、ミケルは突然現れた謎の男。警戒するのも無理はない。

 ノアがまるで助けを求めるかのようにイライザに目を向ける。イライザはただ黙ってうなずいた。

「……わかりました。話をうかがいましょう」

 ノアは小さくうなずく。すでに自分たちだけの力ではどうしようもなくなっているいま、イライザが信じる人物ならと判断したのだろう。

「ありがとうございます。では、場所を移動しましょう」

 ノアがうなずくと、ミケルはすぐにイライザへと向き直った。イライザは何事かと気構えるが、ミケルはにっこりと笑って軽い口調で声をかける。

「リズ、抱き上げてもいい?」

「えっ」

「足をけがしているでしょう?」

 イライザはその言葉に慌てて自分の足元を見た。ドレスの裾で足元は見えなかったが、ミケルの言う通り、靴を履かず脇目も振らずに走ったため、道に転がる石やごみで足の裏を傷つけ、痛みを覚えている。

「この程度、大丈夫」

「大丈夫じゃないよ」

「……靴をはけば、少しくらい」

「だーめ」

 靴はミケルの手にあり、彼はそれをイライザの手に戻すつもりはないようだ。イライザも意地を張って裸足で歩くつもりはないが、恥ずかしさでなかなか首を縦に振れない。

(兄さまがいる前でなんて……)

 イライザがノアに目を向けると、彼はその視線をどのように受け取ったのか目を輝かせた。

「リズっ、私が抱えようか!」

「兄さまには、絶対に無理でしょう」

「うぅ……」

 鍛えてもいなければ健康的だとも思えないノアでは、イライザを抱き上げることなど不可能だ。抱き上げようとしたところで腰を痛めるに違いないし、仮に持ち上げられたとしても一歩も歩けまい。

 反論できないノアはうなり、うなだれる。

「じゃあ、背負おうよ」

 ミケルは言うやいなや、イライザの前で背を向けてしゃがみ込んだ。その背を見下ろしながら、イライザは小さな声でつぶやく。

「……私は、軽くない」

 イライザは女性の中では長身であり、鍛えているため筋肉もしっかりついている。いままで体重を気にしたことはなかったが、いま、初めて不安を覚えていた。

「大丈夫。リズほどではないけれど、僕も鍛えているからね」

「それは知っているけど……」

 騎士たちのような体ではなく、体を美しく保つために鍛えられたミケルの体を思い出し、イライザの顔が真っ赤に染まる。慌てて首を横に振って頭から追い出そうとしたがなかなか頭から離れず、それをごまかすようにミケルの背に身を預けた。

「できるだけ人目につかない道を選ぶよ」

「……ありがとう」

 ミケルは人一人背負っていてもふらつくことなく、しっかりとした足取りで歩きはじめる。イライザは頬を赤らめながらも騒ぐことなく身を預け、ノアはそんな二人を眺めて少し不服そうにしながらその後に続いた。

 ミケルの宣言通りに人目につき辛い道を進み、あるレストランにたどり着いた。いかにも高級感のある店構えにイライザとノアは尻込みするが、ミケルが店員と少し言葉を交わしただけで、三人は奥の個室へと案内される。

「ノア卿、どうぞおかけください」

「あっ、ああ……」

「ミケル、ここは?」

「僕がよく利用するお店なんだ。ここなら、だれかに話を聞かれることはないよ。さぁ、リズも座って」

 背から下ろされ、促されたイライザは戸惑いながらも席につく。すると、店員から薬を受け取ったミケルがイライザの前に跪いた。

「リズ、足に触れてもいい?」

「えっ」

「手当しなきゃ」

「あ……自分で手当できる」

「僕にさせてほしい。ね、お願い」

 ねだるように見上げられ、イライザは顔を赤くして視線をさまよわせる。イライザは恥ずかしくてたまらなかったが、ここで意地を張って時間をむだにするわけにはいかないと首を縦に振った。

 ミケルはぬれた布でイライザの足をていねいに拭き、薬を塗布する。まるで大切なものかのように扱われ、イライザはくすぐったさを覚えていた。

「はい、終わったよ」

「……ありがとう」

「リズ、お兄さんが心配だったのはわかるけれど……あまりむちゃはしないでね」

「……次からは気をつける」

 そんな二人の様子を目の当たりにしていたノアはというと。

「……私はなにを見せられているのだろう」

 ノアはただ静かに待つしかなかった。そうして手当が終わり、落ち着いたところでミケルは話を切り出す。

「ノア卿、今回のことはイライザ嬢から話を伺っております。ご心労は如何ばかりかとお察しします」

 その言葉にノアがイライザに目を向ける。イライザは実家の金銭事情を他人に話したことは後ろめたく、ばつが悪そうに目をそらした。

「ミケルには、縁談について話す必要があって……だから、その……」

「い、いや、いい……わかった。それ以上は言わなくていい!」

 恥ずかしそうに目を伏せ、小さな声でいいわけするイライザの言葉を、ノアは声を上げて遮った。

「んんっ、……そのことなら、返済するあてがあって」

「ノア卿、あなたが頼ろうとした方とは、関わり合いにならないほうがよろしいかと」

「……なに?」

「その方は、あなた方を苦しめている相手ととても仲がよろしいですから」

「え……」

 イライザは驚いて息をのんだ。兄が頼ろうとしていた相手のことはわからなかったが、自分たちを苦しめる相手のことはわかる。

 ノアも驚き青い顔をしていたが、続いたミケルの言葉にさらに顔を青くした。

「それに、あの方の嗜好はあなたに耐えられるものではありません」

「なっ、そ……っ」

 ノアは言葉を失い、うつむく。しばらく沈黙が流れたが、ノアが弱々しい声をもらした。

「ミケル殿は、そんなことまで……」

 ミケルははっきりとは言わなかったが、すべて予想できているのだろう。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

洞窟ダンジョン体験ツアー案内人役のイケメン冒険者に、ラッキースケベを連発してしまった私が患う恋の病。

待鳥園子
恋愛
人気のダンジョン冒険ツアーに参加してきたけど、案内人のイケメン冒険者にラッキースケベを連発してしまった。けど、もう一度彼に会いたいと冒険者ギルド前で待ち伏せしたら、思いもよらぬことになった話。

美醜逆転の世界で騎士団長の娘はウサギ公爵様に恋をする

ゆな
恋愛
糸のような目、小さな鼻と口をした、なんとも地味な顔が美しいとされる美醜逆転の世界。ベルリナ・クラレンスはこの世界では絶世の美少女だが、美の感覚が他の人とズレていた。 結婚適齢期にも関わらず、どの令嬢からも忌避される容姿の公爵様が美形にしか見えず、歳の差を乗り越え、二人が幸せになるまでのお話。 🔳男女両視点でかいています。 場面が重複する場合があります。 🔳"美醜逆転の世界で純情騎士団長を愛でる"のスピンオフとなります。本作を読んでいなくてもお楽しみいただける内容となっています。 🔳R18は後半 ※を付けますので、苦手な方はご注意ください

勘違い妻は騎士隊長に愛される。

更紗
恋愛
政略結婚後、退屈な毎日を送っていたレオノーラの前に現れた、旦那様の元カノ。 ああ なるほど、身分違いの恋で引き裂かれたから別れてくれと。よっしゃそんなら離婚して人生軌道修正いたしましょう!とばかりに勢い込んで旦那様に離縁を勧めてみたところ―― あれ?何か怒ってる? 私が一体何をした…っ!?なお話。 有り難い事に書籍化の運びとなりました。これもひとえに読んで下さった方々のお蔭です。本当に有難うございます。 ※本編完結後、脇役キャラの外伝を連載しています。本編自体は終わっているので、その都度完結表示になっております。ご了承下さい。

初恋をこじらせた騎士軍師は、愛妻を偏愛する ~有能な頭脳が愛妻には働きません!~

如月あこ
恋愛
 宮廷使用人のメリアは男好きのする体型のせいで、日頃から貴族男性に絡まれることが多く、自分の身体を嫌っていた。  ある夜、悪辣で有名な貴族の男に王城の庭園へ追い込まれて、絶体絶命のピンチに陥る。  懸命に守ってきた純潔がついに散らされてしまう! と、恐怖に駆られるメリアを助けたのは『騎士軍師』という特別な階級を与えられている、策士として有名な男ゲオルグだった。  メリアはゲオルグの提案で、大切な人たちを守るために、彼と契約結婚をすることになるが――。    騎士軍師(40歳)×宮廷使用人(22歳)  ひたすら不器用で素直な二人の、両片想いむずむずストーリー。 ※ヒロインは、むちっとした体型(太っているわけではないが、本人は太っていると思い込んでいる)

【短編完結】元聖女は聖騎士の執着から逃げられない 聖女を辞めた夜、幼馴染の聖騎士に初めてを奪われました

えびのおすし
恋愛
瘴気を祓う任務を終え、聖女の務めから解放されたミヤ。 同じく役目を終えた聖女たちと最後の女子会を開くことに。 聖女セレフィーナが王子との婚約を決めたと知り、彼女たちはお互いの新たな門出を祝い合う。 ミヤには、ずっと心に秘めていた想いがあった。 相手は、幼馴染であり専属聖騎士だったカイル。 けれど、その気持ちを告げるつもりはなかった。 女子会を終え、自室へ戻ったミヤを待っていたのはカイルだった。 いつも通り無邪気に振る舞うミヤに、彼は思いがけない熱を向けてくる。 ――きっとこれが、カイルと過ごす最後の夜になる。 彼の真意が分からないまま、ミヤはカイルを受け入れた。 元聖女と幼馴染聖騎士の、鈍感すれ違いラブ。

ドルイデスは忌み子将軍に溺愛される

毒島醜女
恋愛
母の死後引き取られた叔父一家から召使として搾取され、手込めにされそうになった少女、羽村愛梨。 馴染みの場所であった神社に逃げると、異世界にいた。「神樹により導かれたのね」とドルイデスと呼ばれる魔女が愛梨を拾った。異世界に救われ、ドルイデスから魔法を教わりながら田舎で過ごしていく。現世では味わえなかった温かな人の温もりに、もう何も望むまいと思っていた。 先代のドルイデス=先生が亡くなり、村の外れで静かに暮らすアイリ。 そんな彼女の元に、魔獣討伐で負傷した将軍、ウルリクが訪ねてくる。 離れで彼を看病していくうちに、不器用で、それでいて真っすぐな彼に惹かれていくアイリ。 こんな想いを抱く事はないと、思っていたのに。 自分の想いに嘘がつけず、アイリはウルリクに縋りつく。 だがそれは、ウルリクにとって願ってもない頼みであり、もう決して逃れる事の出来ない溺愛の始まりであった…

お見合いから始まる冷徹社長からの甘い執愛 〜政略結婚なのに毎日熱烈に追いかけられてます〜

Adria
恋愛
仕事ばかりをしている娘の将来を案じた両親に泣かれて、うっかり頷いてしまった瑞希はお見合いに行かなければならなくなった。 渋々お見合いの席に行くと、そこにいたのは瑞希の勤め先の社長だった!? 合理的で無駄が嫌いという噂がある冷徹社長を前にして、瑞希は「冗談じゃない!」と、その場から逃亡―― だが、ひょんなことから彼に瑞希が自社の社員であることがバレてしまうと、彼は結婚前提の同棲を迫ってくる。 「君の未来をくれないか?」と求愛してくる彼の強引さに翻弄されながらも、瑞希は次第に溺れていき…… 《エブリスタ、ムーンにも投稿しています》

泡風呂を楽しんでいただけなのに、空中から落ちてきた異世界騎士が「離れられないし目も瞑りたくない」とガン見してきた時の私の対応。

待鳥園子
恋愛
半年に一度仕事を頑張ったご褒美に一人で高級ラグジョアリーホテルの泡風呂を楽しんでたら、いきなり異世界騎士が落ちてきてあれこれ言い訳しつつ泡に隠れた体をジロジロ見てくる話。

処理中です...