断罪される前に市井で暮らそうとした悪役令嬢は幸せに酔いしれる

葉柚

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「シルキー兄上。無事……だったんですね。」

「ああ。おかげさまでね。」

 ユースフェルト殿下は、どこかホッとした表情を浮かべてシルキー殿下のことを見た。シルキー殿下も嫌そうな顔はしていない。どこか友好的に見える。

「母上から、シルキー兄上はあの女に猫の姿にされたと聞いていたので、こうしてお会い出来て嬉しく思います。」

「オレが猫の姿に……?なんだ、それは?そんなことあるわけがないだろう。ある人物に命を狙われていたから人目につっかないように隠れていただけだよ。」

 ユースフェルト殿下が問いかけるとシルキー殿下は素知らぬ顔で言う。
 やはり、シルキー殿下が猫の姿で街にいるという噂はあくまでも噂だったようだ。
 人間が猫になるだなんて、確かにそんなことは天地がひっくり返ってもあり得ないだろう。

 あれ?
 でも、私、さっきブチ様の姿を見た気がするのよね。
 テーブルから落ちた後にはもうブチ様の姿見えなくなってたけど。あれは、幻だったのだろうか。

「あの……猫、いませんでした?」

「猫……?」

「猫だと……?」

 保護猫施設にいるはずのブチ様がまさか王城にいるわけがない。そうは思っているのだけれども、でも何故か気になってしまう。
 もし、王城にブチ様が迷い込んでいるのだとしたら、掴まえて保護猫施設に返さなければならない。王城ではブチ様が危険だ。
 もしかしたら、王城に猫が潜り込んだと衛兵たちに捕まってしまうかもしれないし。王妃様が猫が好きで保護猫施設も造ってしまったくらいだから、無碍にはされないとは思うけれども。でも、猫になれていない衛兵に追いかけられたりしたらブチ様が可哀想だし。
 そう思って、シルキー殿下とユースフェルト殿下に問いかける。
 ユースフェルト殿下は不思議そうに顔を傾げた。対してシルキー殿下は眉を顰めた。

 シルキー殿下は猫が嫌いなのだろうか?
 王妃様は猫のことが大好きだと噂されているのに。

「ええ。猫ですわ。白と黒のブチ模様の猫様です。先ほど通風口の中からこちらを伺っていたのです。そして通風口から私の肩に飛び乗ったはずなのに、姿が見えないのですわ。」

 私は先ほどの出来事を説明する。
 私と既成事実を造ろうとしたユースフェルト殿下には頭にきているが、今はブチ様のことの方が優先だ。

「オレは見ていない。」

「……知らないな。」

 ユースフェルト殿下は本当に知らないようだ。こんなところに猫がいるのか?という不思議そうな顔をしているので間違いないだろう。
 シルキー殿下は憮然として答える。なぜか、その表情が嘘をついているように見えた。

「私にとって、とても大切な猫様なのです。ブチ様が先ほどここにいたかと思うと私は……私は……心配で心配で……。」

「……そうか。衛兵に伝えておく。見つけたら保護するように伝えておく。」

「……見間違いだろう。」

 ユースフェルト殿下は先ほどまでと打って変わってブチ様を探すのを手伝ってくれるようだ。
 シルキー殿下は手伝ってくれる気はないらしい。
 それにしても、ユースフェルト殿下はやけに猫を気にかけているような気がする。

「よろしくお願いいたします。」

 私は二人に向かって深々と一礼する。

「……それより、ユースフェルトはなんでこんなことをしたんだ?こんな既成事実まがいなことをしなくても、黙っていてもアマリア嬢はユースフェルトのものだったのに。」

 シルキー殿下は猫の話題はもう止めたいとばかりに、話題をガラリと変えた。

「……オレからアマリアに婚約破棄を告げたからな。よりを戻そうと言ってよりを戻せるわけじゃないだろう。特に、父上と王妃様がアマリアとの婚約破棄でカンカンなんだ。ああ、母上もな。」

「まあ、外聞は悪いね。だが、ユースフェルトの婚約者にアマリア嬢が決まった時、君は嬉しそうだったじゃないか。どうして、婚約破棄なんか……?」

「……アマリアよりも好きな女性が出来たんだ。だから、婚約を破棄した。」

「アンナライラのことか?」

 ユースフェルト殿下が私と婚約を破棄した経緯をシルキー殿下に伝える。
 シルキー殿下は婚約破棄にアンナライラ嬢が関わっていると聞いて顔を歪めた。

「ああ。あんなに魅力的な女性はいない。私は彼女を王妃にしたかった。」

「……だが、あの女はユースフェルトのことを王妃になるための道具のように言っていたぞ。知っているのか?」

「……そうか。だが、彼女はこの国の王妃に相応しい。母上は絶対に認めなかったがな。」

「それはそうだろう。あの女が王妃になったらこの国は滅ぶだろう。ユフェライラ様はあの女とユースフェルトが結婚するのには反対するだろうさ。」

「なぜだ……?どうしてシルキー兄上までそんなことを……。母上もアンナライラは自分が造ったとかわけのわからないことを言い出すし。オレは、アンナライラと兄妹なのか?違うよな?アンナライラは死んでないよな?牢で溶けたのはアンナライラじゃないよな?あれは、母上が用意した別の女だよな?アンナライラが死ぬなんてそんなこと……。」

 シルキー殿下とユースフェルト殿下が話しているとだんだんと、ユースフェルト殿下の言動が怪しくなってきた。

「母上に従えばアンナライラを返してもらえるんだ。アンナライラを返してもらえるんだ。母上に従えば、アンナライラはまた私の元に戻ってくるんだ。アンナライラは王妃になるんだ。アンナライラを王妃にするんだ。アンナライラは僕のそばにいるんだ。アンナライラはずっとずっと僕だけのものなんだ。いつまでもいつまでも、僕のものなんだ。ああ、アンナライラ。アンナライラ。アンナライラ……。ボクのアンナライラ。母上……アンナライラをぼくにください。ははうえ……。」

 ユースフェルト殿下は壊れたようにブツブツと呟き出す。ユースフェルト殿下の視点はどこか虚空を彷徨っている。正気ではない。

「……壊れたか。」

 シルキー殿下はぽつりと呟いて痛ましそうに目を伏せた。
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