伯爵令息アルロの魔法学園生活

あさざきゆずき

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第二十九話 指先

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 次目が覚めたとき、そこは真っ白な部屋だった。多分魔法学園の保健室だ。アルコール消毒液や、回復魔法薬の香りが漂っている。

 ふとベッド横へ目を向けると、ルーカスが椅子に座って本を読んでいた。青い瞳の下には隈ができている。

「ルーカス」

 名前を呼んでみる。すると、ルーカスがこちらを見て、少し微笑んだように見えた。

「アルロ。帰るぞ」

 ルーカスがそれだけ言って、僕をお姫様抱っこしてきた。理解出来ない。これは夢か。現実だったら相当おかしいぞ。

「ルーカス。意味が分からないから説明してくれ。いきなり抱き上げられても困る」

 僕は極めて冷静に聞いてみた。

「倒れたアルロを、僕が魔法学園の保健室へ運んだ。アルロは治療を受けたので、目覚めたら寮へ帰っていいそうだ。保健室の先生にはちゃんと確認を取った」

 ルーカスが説明してくれる。

 とりあえず、保健室で僕が治療を受けた件については理解した。この国の保健室の先生は、規定で定められた範囲なら治療が認められている。恐らく僕は回復魔法薬などを使ってもらい、傷を癒してもらったのだろう。

 でも、それ以外がよく分からない。

「ルーカス、助けてくれてありがとう。でも、なんで寮へすぐ戻るんだ。こういうケガをしたときって、保健室で一晩泊めて様子観察とかが多くないか。ほら、この学園は魔法による事故が多いから、宿泊出来る仕組みになっているだろう」

 疑問に思ったことを聞いてみる。

「エルフ第一主義団体のほとんどのエルフは逮捕されたが、残党がいないとも限らない。そのため、不特定多数の者が出入り出来る保健室はセキュリティ的に危ない。だから、僕がアルロを寮へ連れて帰って守ろうと言っている」

 ルーカスの発言で少し理解出来た。つまり、ルーカスは僕を心配してくれているんだ。保健室で僕が寝ている間、ルーカスは僕の見張りをしてくれていたのかもしれない。だから、ルーカスは寝不足気味に見える顔をしているのかな。

「ルーカス、本当にありがとう」

 そう伝えると、ルーカスが少し目をそらした。

「その言葉は素直に受け取る。しかし、僕はケネス先輩と一緒に地下水路へ行った。地下水路にいるエルフ第一主義団体を潰せば、アルロの安全を確保出来ると思っていたんだ。でも、拠点にいないエルフ達もいて、そいつらがアルロを襲う可能性までカバーし切れなかった。ケネス先輩はロドニーを派遣して、ロドニーにアルロを護衛させた。ジュード先輩は、アルロを部屋に監禁して結界魔法を張ったという。でも、僕はアルロを守り切れなかった」

 ルーカスが苦々しく呟きながら、苦痛に耐えるような表情をしている。ルーカスはそんなことを気にしていたのか。驚きなんだけど。

「いや、ルーカスが地下水路の拠点を攻撃してくれたから、僕を襲うエルフ達が比較的少なかった可能性は高いぞ。それに、ルーカスは僕を守り抜けなかったとか言っているけれど、そんなことはない。ルーカスは僕の元へ駆けつけてちゃんと守ってくれたし、実際僕は無事じゃないか。だから、これで良かったんだよ。何も問題はない」

 あわてて言ってみる。命の恩人であるルーカスがこんなに落ち込んでいるところなんか見たくない。もちろん心配してくれることは心底嬉しいけれど。

「そう言ってくれると助かる。だが、ロドニーがアルロのピンチを知らせてくれたとき、アルロが死んだらどうしようかと、僕は不安になった。いつのまにか僕にとってアルロは大切な存在になっていた。アルロが生きていて良かった。もう離れないでくれ。なんなら恋人関係になって、ずっと一緒にいてくれ」

 ルーカスがとんでもない理由で告白してきている。意味が分からないんだが。

「僕もルーカスのことが好きだ。恋愛感情じゃなくて、友情的な愛かもしれないけれどな。そういえば、ケネス先輩がジュード先輩に片想いしているってウワサを聞いたんだけれど本当か」

 気まずいから、さりげなく話題を変えてみる。

「事実だ。エルフ第一主義団体の件が終わった直後、ケネス先輩はジュード先輩に告白したらしい。両想いなのにくっつかないというナゾの結論に至ったらしいが」

 ルーカスの話を聞いて、頭が痛くなった。ケネスとジュードの仲が意味不明すぎる。何がどうやってそうなるんだ。というか、せっかく話題転換したのに話が終わってしまう。

「そっか。色々あったんだな。ロドニーは無事か」

 仕方がないから、ロドニーの話に持っていくか。実際、ロドニーがどうなったかのか気になるし。

「ロドニーの命は大丈夫だが、療養のため家へ帰ることになった。ロドニーはアルロに対してお礼を言っていたぞ。あと、魔法決闘の予定は中止しようと言っていた。元々、魔法決闘の目的は、アルロとロドニーの友好関係を第三者に知らしめるためだった。しかし、エルフ第一主義団体襲撃時にアルロとロドニーが命を助け合ったため、当初の目的は達成されたんだ」

 ルーカスの言葉により、エルフ第一主義団体と戦ったことが魔法学園中に知れ渡っていることを知った。恥ずかしい。

「そうか。ハーフエルフである僕は、人間の生徒達からますます嫌われるのかな。はは、ちょっと怖いな」

 明るく言おうとしたけれど難しかった。上手く笑えない。

「いいや。人間の生徒達の大半は、ハーフエルフであるアルロに好印象を持った。アルロがロドニーを命がけで救ったことは、多くの人の心を動かしたと言えるだろう。だが、本当は僕だけがアルロついて知っていたかった気持ちもある。こんなお人好しなアルロのことがバレたら、悪い人間に利用される可能性だってある」

 ルーカスがそう言って歩き出す。ルーカスは僕をお姫様抱っこしたまま、保健室から出ようとしているらしい。ヤバいだろ。

「ルーカスの気持ちは嬉しい。でも、とりあえず僕を下ろしてくれ。自分で歩く」

 あわてて伝えてみた。でも、ルーカスはすねたような表情でこちらを見てきた。

「嫌だ。僕がアルロを抱えて歩くことで、アルロは僕のものだとみんなに知らしめる。そして、手を出すなと牽制したい」

 ルーカスが無茶苦茶言ってくる。どうしよう。

「僕はルーカスのものになったつもりなんかないぞ。だから、僕を下ろしてくれ。自分で歩く。ああでも、手はつなぎたい」

 いや、僕も何を言っているんだ。手をつなぎたいって何だよ。

「恋人つなぎなら構わない」

 ルーカスの発言もかなり変だ。もういい。二人でおかしくなろう。

 というわけで、保健室から寮までルーカスと恋人つなぎをして歩いた。指先がからまって擦れ合う感覚と、じんわり伝わる温度が恥ずかしかった。でも、なぜかとても心地よくて嬉しかった。
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