少し冷めた村人少年の冒険記

mizuno sei

文字の大きさ
11 / 80

11 鍛冶屋とおんぼろ宿屋 2

しおりを挟む
『良い買い物をしましたね、マスター』

(ああ、ロッグス親方、いい人だったな。今後もあの店をひいきにしょう。さて、次は宿屋だな)

『この街には九軒の宿屋があるようです』

(とりあえず、一番近い所を見てみようか)

『はい。では、この通りを右に行って、突き当りを左です』

(……)
 ナビの案内に従ってたどり着いた宿屋を見て、俺は呆然と立ちすくんでいた。

(これ、宿屋か? 故郷の家の方がよっぽどマシに見えるんだが……)

 そこには、とても宿屋とは見えない歪な木造建築物が存在していた。
 まず目を引くのは、一本の巨木だ。樹齢は千年近くになるのではないか。高さは四十メートルを優に超え、太い幹のあちこちから前後左右に太い枝を伸ばしている。そして、樹勢を誇るかのように、みずみずしい緑の葉を茂らせていた。

 その木の根元を覆うように、まず一つ目の木造の家が張り付いている。正面に大きな扉があり、その上に『木漏れ日亭』と書かれた木の看板が取り付けられていた。
 次に、左側の太い枝に乗っかるように、二つ目の木造の小屋が建てられ、下から階段のようなものが取り付けられている。その反対側、斜め上の三つ目の枝にも、同じような小屋が建てられ、やはり階段や吊り橋で下や反対側の小屋とつながっていた。
 そう、簡単に言うと、一つの小屋と二つのツリーハウスでできた宿屋だったのだ。

「あのう、宿をお探しですか?」

 俺が呆然と木の上を見上げて立っていると、不意に近くから声が聞こえてきた。
 見ると、目の前に、俺と同じくらいか、少し年下の三角巾を被った女の子が覗き込むように立っていた。

「あ、はい、いや、あの……」
「お客さんですね、やったあっ! おかあさ~~ん、お客様、お一人ご案内で~~す」

「いや、あの、まだ泊まるなんて一言も、おあっ……」
 少女は、戸惑う俺の腕を強引に引っ張って、小屋の中に連れ込んだ。

(引き込み宿かっ! なんて奴だ、ったく……にしても、ふうん……外の見た目にしては、なかなかいい感じじゃないか)

 小屋の中は意外に広く、例の大木がでーんと中央にあって、その周りが食堂あるいはロビーのように、椅子やテーブルが適当に並んでいる。奥に間仕切りがあって、その手前にカウンターが突き出している。いわゆる帳場、あるいは料理を出すための搬入搬出窓になっているのだろう。ということは、その奥が調理場や倉庫だな。すべて木造りで、落ち着いた雰囲気を醸し出している。

「まあ、まあ、ようこそ『木漏れ日亭』へ。この宿の主のサーナと申します。そしてこの子が娘の……」
「エルシアだよ」
「「どうぞよろしくお願いいたします」」

「は、はあ、あの、トーマです、どうぞよろしく」

 奥から出てきたのは、金色の髪に青い目、まだ十代と言ってもおかしくない若い女性だった。
(えっ、娘? 確かに娘って言ったよね、若すぎる! あ、あの耳、もしかしてエルフ?)

「失礼ですが、トーマ様は人間族ですよね?」
「あ、はい、そうです」
「まあ、珍しい。人間族のお客さんはめったに来られないんですよ。ご覧の通り、私も娘もエルフですから、お客はほとんどエルフか獣人族なんです」
「はあ、それはまたどうしてですか?」

 サーナさん親子は、寂し気に微笑みながらこう言った。
「トーマさんは幼いので、まだ聞いたことはなかったかもしれませんね。人間たちの噂で『エルフに関わると呪われる』というものがあるんです。もちろん、それは根も葉もない迷信なんですけど、いったん広がった噂というものは、なかなか消すのは難しいものでして……あ、どうか心配しないでくださいね。決して呪いなんて掛けたりしませんので。
 さあさあ、どうぞこちらへ」

 俺は言われるままに、椅子やテーブルが並んだ中の一つに座った。

「すみません、これにお名前のサインをいただけますか?」
 サーナさんがカウンターの裏から宿帳を持ってきて、テーブルに置いた。俺は羽ペンを借りて、罫線の空いている欄に自分の名前を書いた。

「はい、結構です。ええっと、では、宿について少しご説明いたします。一人部屋の代金は一泊四百ベルです。朝食と夕食はお出しできますが、別料金で一食百ベルいただきます。朝食が必要でしたら前日の夜までに、夕食はその日の昼までにご注文下さい。ここまではよろしいですか?」
「はい、大丈夫です」
「ありがとうございます。次にお部屋についてですが、お部屋は二階と三階がございます。ただし、先ほどご覧になったと思いますが、客室は離れになっておりまして、移動は階段を使っていただくことになります。
 あの、トーマ様は高い所とか、大丈夫ですか?」
「はい。大丈夫です」
「良かったです。それで、一人部屋は二階が三部屋、三階に二部屋となっております。どちらかご希望はございますか?」
「そうですね……じゃあ、三階でお願いします」
「はい、承知しました。では、三階の301号室をご利用ください。これで、説明を終わりますが、何かご質問はございますか?」
「ああ、体を洗いたいときはどうすれば……」
「はい、裏に井戸がありますので、そこをご利用ください。桶とタオルは無料でお貸しいたします」
「分かりました。もう大丈夫です。では、とりあえず三泊分、朝食、夕食付きでお願いします。前金でいいですか?」
「はい、助かります」
「では、千八百ベルです」

 サーナさんは、お金を受け取ると、代わりに部屋の鍵を手渡した。木彫りの女神像のようなキーホルダーがなかなか渋くて良かった。

 俺はエルシアに案内されて、大木の右側に取り付けられた階段を上って行った。屋根を抜けて緩やかならせん状になった階段を上がっていくと、その先に床に開いた入り口があった。

(エルシアちゃん、スカートの中丸見えだよ~。まあ、膝丈のドロワーズだから、見えてもなんてことないけどね)

 そんなおバカなことを考えながら、入り口から頭を出す。

「わあ、結構広くて、きれいですね」
「うふふ……そうでしょう? 眺めも最高ですよ、ほら」
 廊下の窓から外を見ると、パルトスの街が一望でき、その外側の雄大な景色も見渡すことができた。

『これは、当たりでしたね、マスター』
(ああ、最初はどうなるかと思ったが、一件目がここでラッキーだったな)

「はい、こちらがお部屋になります。ランプが必要でしたら、魔石を一階で販売していますから、ご利用ください。夕食は教会の四つ鐘から六つ鐘の間になります。では、ごゆっくりどうぞ」
「了解です。ありがとう、エルシアさん」
 エルフの少女はにっこり微笑んで頭を下げると、地上へ下りていった。

「さて、少し休んだら、街をぶらついてみようか。腹も減ったし昼飯を食いたいからな」

『はい。案内はお任せください』

 簡素な部屋だったが、掃除も行き届いていて気持ちが良い。何よりすべて木造りなのが落ち着く。
 ベッドに寝転んで目をつぶると、旅の疲れからかすぐに心地よい眠りに引き込まれた。
 結局、俺は夕食の時間になってナビから起こされるまで、熟睡していたのだった。

しおりを挟む
感想 47

あなたにおすすめの小説

少し冷めた村人少年の冒険記 2

mizuno sei
ファンタジー
 地球からの転生者である主人公トーマは、「はずれギフト」と言われた「ナビゲーションシステム」を持って新しい人生を歩み始めた。  不幸だった前世の記憶から、少し冷めた目で世の中を見つめ、誰にも邪魔されない力を身に着けて第二の人生を楽しもうと考えている。  旅の中でいろいろな人と出会い、成長していく少年の物語。

神様の忘れ物

mizuno sei
ファンタジー
 仕事中に急死した三十二歳の独身OLが、前世の記憶を持ったまま異世界に転生した。  わりとお気楽で、ポジティブな主人公が、異世界で懸命に生きる中で巻き起こされる、笑いあり、涙あり(?)の珍騒動記。

いきなり異世界って理不尽だ!

みーか
ファンタジー
 三田 陽菜25歳。会社に行こうと家を出たら、足元が消えて、気付けば異世界へ。   自称神様の作った機械のシステムエラーで地球には帰れない。地球の物は何でも魔力と交換できるようにしてもらい、異世界で居心地良く暮らしていきます!

攻撃魔法を使えないヒーラーの俺が、回復魔法で最強でした。 -俺は何度でも救うとそう決めた-【[完]】

水無月いい人(minazuki)
ファンタジー
【HOTランキング一位獲得作品】 【一次選考通過作品】 ---  とある剣と魔法の世界で、  ある男女の間に赤ん坊が生まれた。  名をアスフィ・シーネット。  才能が無ければ魔法が使えない、そんな世界で彼は運良く魔法の才能を持って産まれた。  だが、使用できるのは攻撃魔法ではなく回復魔法のみだった。  攻撃魔法を一切使えない彼は、冒険者達からも距離を置かれていた。 彼は誓う、俺は回復魔法で最強になると。  --------- もし気に入っていただけたら、ブクマや評価、感想をいただけると大変励みになります! #ヒラ俺 この度ついに完結しました。 1年以上書き続けた作品です。 途中迷走してました……。 今までありがとうございました! --- 追記:2025/09/20 再編、あるいは続編を書くか迷ってます。 もし気になる方は、 コメント頂けるとするかもしれないです。

『異世界庭付き一戸建て』を相続した仲良し兄妹は今までの不幸にサヨナラしてスローライフを満喫できる、はず?

釈 余白(しやく)
ファンタジー
 毒親の父が不慮の事故で死亡したことで最後の肉親を失い、残された高校生の小村雷人(こむら らいと)と小学生の真琴(まこと)の兄妹が聞かされたのは、父が家を担保に金を借りていたという絶望の事実だった。慣れ親しんだ自宅から早々の退去が必要となった二人は家の中で金目の物を探す。  その結果見つかったのは、僅かな現金に空の預金通帳といくつかの宝飾品、そして家の権利書と見知らぬ文字で書かれた書類くらいだった。謎の書類には祖父のサインが記されていたが内容は読めず、頼みの綱は挟まれていた弁護士の名刺だけだ。  最後の希望とも言える名刺の電話番号へ連絡した二人は、やってきた弁護士から契約書の内容を聞かされ唖然とする。それは祖父が遺産として残した『異世界トラス』にある土地と建物を孫へ渡すというものだった。もちろん現地へ行かなければ遺産は受け取れないが。兄妹には他に頼れるものがなく、思い切って異世界へと赴き新生活をスタートさせるのだった。 連載時、HOT 1位ありがとうございました! その他、多数投稿しています。 こちらもよろしくお願いします! https://www.alphapolis.co.jp/author/detail/398438394

魔法が使えない令嬢は住んでいた小屋が燃えたので家出します

怠惰るウェイブ
ファンタジー
グレイの世界は狭く暗く何よりも灰色だった。 本来なら領主令嬢となるはずの彼女は領主邸で住むことを許されず、ボロ小屋で暮らしていた。 彼女はある日、棚から落ちてきた一冊の本によって人生が変わることになる。 世界が色づき始めた頃、ある事件をきっかけに少女は旅をすることにした。 喋ることのできないグレイは旅を通して自身の世界を色付けていく。

ペットたちと一緒に異世界へ転生!?魔法を覚えて、皆とのんびり過ごしたい。

千晶もーこ
ファンタジー
疲労で亡くなってしまった和菓。 気付いたら、異世界に転生していた。 なんと、そこには前世で飼っていた犬、猫、インコもいた!? 物語のような魔法も覚えたいけど、一番は皆で楽しくのんびり過ごすのが目標です! ※この話は小説家になろう様へも掲載しています

処理中です...