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11 鍛冶屋とおんぼろ宿屋 2
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『良い買い物をしましたね、マスター』
(ああ、ロッグス親方、いい人だったな。今後もあの店をひいきにしょう。さて、次は宿屋だな)
『この街には九軒の宿屋があるようです』
(とりあえず、一番近い所を見てみようか)
『はい。では、この通りを右に行って、突き当りを左です』
(……)
ナビの案内に従ってたどり着いた宿屋を見て、俺は呆然と立ちすくんでいた。
(これ、宿屋か? 故郷の家の方がよっぽどマシに見えるんだが……)
そこには、とても宿屋とは見えない歪な木造建築物が存在していた。
まず目を引くのは、一本の巨木だ。樹齢は千年近くになるのではないか。高さは四十メートルを優に超え、太い幹のあちこちから前後左右に太い枝を伸ばしている。そして、樹勢を誇るかのように、みずみずしい緑の葉を茂らせていた。
その木の根元を覆うように、まず一つ目の木造の家が張り付いている。正面に大きな扉があり、その上に『木漏れ日亭』と書かれた木の看板が取り付けられていた。
次に、左側の太い枝に乗っかるように、二つ目の木造の小屋が建てられ、下から階段のようなものが取り付けられている。その反対側、斜め上の三つ目の枝にも、同じような小屋が建てられ、やはり階段や吊り橋で下や反対側の小屋とつながっていた。
そう、簡単に言うと、一つの小屋と二つのツリーハウスでできた宿屋だったのだ。
「あのう、宿をお探しですか?」
俺が呆然と木の上を見上げて立っていると、不意に近くから声が聞こえてきた。
見ると、目の前に、俺と同じくらいか、少し年下の三角巾を被った女の子が覗き込むように立っていた。
「あ、はい、いや、あの……」
「お客さんですね、やったあっ! おかあさ~~ん、お客様、お一人ご案内で~~す」
「いや、あの、まだ泊まるなんて一言も、おあっ……」
少女は、戸惑う俺の腕を強引に引っ張って、小屋の中に連れ込んだ。
(引き込み宿かっ! なんて奴だ、ったく……にしても、ふうん……外の見た目にしては、なかなかいい感じじゃないか)
小屋の中は意外に広く、例の大木がでーんと中央にあって、その周りが食堂あるいはロビーのように、椅子やテーブルが適当に並んでいる。奥に間仕切りがあって、その手前にカウンターが突き出している。いわゆる帳場、あるいは料理を出すための搬入搬出窓になっているのだろう。ということは、その奥が調理場や倉庫だな。すべて木造りで、落ち着いた雰囲気を醸し出している。
「まあ、まあ、ようこそ『木漏れ日亭』へ。この宿の主のサーナと申します。そしてこの子が娘の……」
「エルシアだよ」
「「どうぞよろしくお願いいたします」」
「は、はあ、あの、トーマです、どうぞよろしく」
奥から出てきたのは、金色の髪に青い目、まだ十代と言ってもおかしくない若い女性だった。
(えっ、娘? 確かに娘って言ったよね、若すぎる! あ、あの耳、もしかしてエルフ?)
「失礼ですが、トーマ様は人間族ですよね?」
「あ、はい、そうです」
「まあ、珍しい。人間族のお客さんはめったに来られないんですよ。ご覧の通り、私も娘もエルフですから、お客はほとんどエルフか獣人族なんです」
「はあ、それはまたどうしてですか?」
サーナさん親子は、寂し気に微笑みながらこう言った。
「トーマさんは幼いので、まだ聞いたことはなかったかもしれませんね。人間たちの噂で『エルフに関わると呪われる』というものがあるんです。もちろん、それは根も葉もない迷信なんですけど、いったん広がった噂というものは、なかなか消すのは難しいものでして……あ、どうか心配しないでくださいね。決して呪いなんて掛けたりしませんので。
さあさあ、どうぞこちらへ」
俺は言われるままに、椅子やテーブルが並んだ中の一つに座った。
「すみません、これにお名前のサインをいただけますか?」
サーナさんがカウンターの裏から宿帳を持ってきて、テーブルに置いた。俺は羽ペンを借りて、罫線の空いている欄に自分の名前を書いた。
「はい、結構です。ええっと、では、宿について少しご説明いたします。一人部屋の代金は一泊四百ベルです。朝食と夕食はお出しできますが、別料金で一食百ベルいただきます。朝食が必要でしたら前日の夜までに、夕食はその日の昼までにご注文下さい。ここまではよろしいですか?」
「はい、大丈夫です」
「ありがとうございます。次にお部屋についてですが、お部屋は二階と三階がございます。ただし、先ほどご覧になったと思いますが、客室は離れになっておりまして、移動は階段を使っていただくことになります。
あの、トーマ様は高い所とか、大丈夫ですか?」
「はい。大丈夫です」
「良かったです。それで、一人部屋は二階が三部屋、三階に二部屋となっております。どちらかご希望はございますか?」
「そうですね……じゃあ、三階でお願いします」
「はい、承知しました。では、三階の301号室をご利用ください。これで、説明を終わりますが、何かご質問はございますか?」
「ああ、体を洗いたいときはどうすれば……」
「はい、裏に井戸がありますので、そこをご利用ください。桶とタオルは無料でお貸しいたします」
「分かりました。もう大丈夫です。では、とりあえず三泊分、朝食、夕食付きでお願いします。前金でいいですか?」
「はい、助かります」
「では、千八百ベルです」
サーナさんは、お金を受け取ると、代わりに部屋の鍵を手渡した。木彫りの女神像のようなキーホルダーがなかなか渋くて良かった。
俺はエルシアに案内されて、大木の右側に取り付けられた階段を上って行った。屋根を抜けて緩やかならせん状になった階段を上がっていくと、その先に床に開いた入り口があった。
(エルシアちゃん、スカートの中丸見えだよ~。まあ、膝丈のドロワーズだから、見えてもなんてことないけどね)
そんなおバカなことを考えながら、入り口から頭を出す。
「わあ、結構広くて、きれいですね」
「うふふ……そうでしょう? 眺めも最高ですよ、ほら」
廊下の窓から外を見ると、パルトスの街が一望でき、その外側の雄大な景色も見渡すことができた。
『これは、当たりでしたね、マスター』
(ああ、最初はどうなるかと思ったが、一件目がここでラッキーだったな)
「はい、こちらがお部屋になります。ランプが必要でしたら、魔石を一階で販売していますから、ご利用ください。夕食は教会の四つ鐘から六つ鐘の間になります。では、ごゆっくりどうぞ」
「了解です。ありがとう、エルシアさん」
エルフの少女はにっこり微笑んで頭を下げると、地上へ下りていった。
「さて、少し休んだら、街をぶらついてみようか。腹も減ったし昼飯を食いたいからな」
『はい。案内はお任せください』
簡素な部屋だったが、掃除も行き届いていて気持ちが良い。何よりすべて木造りなのが落ち着く。
ベッドに寝転んで目をつぶると、旅の疲れからかすぐに心地よい眠りに引き込まれた。
結局、俺は夕食の時間になってナビから起こされるまで、熟睡していたのだった。
(ああ、ロッグス親方、いい人だったな。今後もあの店をひいきにしょう。さて、次は宿屋だな)
『この街には九軒の宿屋があるようです』
(とりあえず、一番近い所を見てみようか)
『はい。では、この通りを右に行って、突き当りを左です』
(……)
ナビの案内に従ってたどり着いた宿屋を見て、俺は呆然と立ちすくんでいた。
(これ、宿屋か? 故郷の家の方がよっぽどマシに見えるんだが……)
そこには、とても宿屋とは見えない歪な木造建築物が存在していた。
まず目を引くのは、一本の巨木だ。樹齢は千年近くになるのではないか。高さは四十メートルを優に超え、太い幹のあちこちから前後左右に太い枝を伸ばしている。そして、樹勢を誇るかのように、みずみずしい緑の葉を茂らせていた。
その木の根元を覆うように、まず一つ目の木造の家が張り付いている。正面に大きな扉があり、その上に『木漏れ日亭』と書かれた木の看板が取り付けられていた。
次に、左側の太い枝に乗っかるように、二つ目の木造の小屋が建てられ、下から階段のようなものが取り付けられている。その反対側、斜め上の三つ目の枝にも、同じような小屋が建てられ、やはり階段や吊り橋で下や反対側の小屋とつながっていた。
そう、簡単に言うと、一つの小屋と二つのツリーハウスでできた宿屋だったのだ。
「あのう、宿をお探しですか?」
俺が呆然と木の上を見上げて立っていると、不意に近くから声が聞こえてきた。
見ると、目の前に、俺と同じくらいか、少し年下の三角巾を被った女の子が覗き込むように立っていた。
「あ、はい、いや、あの……」
「お客さんですね、やったあっ! おかあさ~~ん、お客様、お一人ご案内で~~す」
「いや、あの、まだ泊まるなんて一言も、おあっ……」
少女は、戸惑う俺の腕を強引に引っ張って、小屋の中に連れ込んだ。
(引き込み宿かっ! なんて奴だ、ったく……にしても、ふうん……外の見た目にしては、なかなかいい感じじゃないか)
小屋の中は意外に広く、例の大木がでーんと中央にあって、その周りが食堂あるいはロビーのように、椅子やテーブルが適当に並んでいる。奥に間仕切りがあって、その手前にカウンターが突き出している。いわゆる帳場、あるいは料理を出すための搬入搬出窓になっているのだろう。ということは、その奥が調理場や倉庫だな。すべて木造りで、落ち着いた雰囲気を醸し出している。
「まあ、まあ、ようこそ『木漏れ日亭』へ。この宿の主のサーナと申します。そしてこの子が娘の……」
「エルシアだよ」
「「どうぞよろしくお願いいたします」」
「は、はあ、あの、トーマです、どうぞよろしく」
奥から出てきたのは、金色の髪に青い目、まだ十代と言ってもおかしくない若い女性だった。
(えっ、娘? 確かに娘って言ったよね、若すぎる! あ、あの耳、もしかしてエルフ?)
「失礼ですが、トーマ様は人間族ですよね?」
「あ、はい、そうです」
「まあ、珍しい。人間族のお客さんはめったに来られないんですよ。ご覧の通り、私も娘もエルフですから、お客はほとんどエルフか獣人族なんです」
「はあ、それはまたどうしてですか?」
サーナさん親子は、寂し気に微笑みながらこう言った。
「トーマさんは幼いので、まだ聞いたことはなかったかもしれませんね。人間たちの噂で『エルフに関わると呪われる』というものがあるんです。もちろん、それは根も葉もない迷信なんですけど、いったん広がった噂というものは、なかなか消すのは難しいものでして……あ、どうか心配しないでくださいね。決して呪いなんて掛けたりしませんので。
さあさあ、どうぞこちらへ」
俺は言われるままに、椅子やテーブルが並んだ中の一つに座った。
「すみません、これにお名前のサインをいただけますか?」
サーナさんがカウンターの裏から宿帳を持ってきて、テーブルに置いた。俺は羽ペンを借りて、罫線の空いている欄に自分の名前を書いた。
「はい、結構です。ええっと、では、宿について少しご説明いたします。一人部屋の代金は一泊四百ベルです。朝食と夕食はお出しできますが、別料金で一食百ベルいただきます。朝食が必要でしたら前日の夜までに、夕食はその日の昼までにご注文下さい。ここまではよろしいですか?」
「はい、大丈夫です」
「ありがとうございます。次にお部屋についてですが、お部屋は二階と三階がございます。ただし、先ほどご覧になったと思いますが、客室は離れになっておりまして、移動は階段を使っていただくことになります。
あの、トーマ様は高い所とか、大丈夫ですか?」
「はい。大丈夫です」
「良かったです。それで、一人部屋は二階が三部屋、三階に二部屋となっております。どちらかご希望はございますか?」
「そうですね……じゃあ、三階でお願いします」
「はい、承知しました。では、三階の301号室をご利用ください。これで、説明を終わりますが、何かご質問はございますか?」
「ああ、体を洗いたいときはどうすれば……」
「はい、裏に井戸がありますので、そこをご利用ください。桶とタオルは無料でお貸しいたします」
「分かりました。もう大丈夫です。では、とりあえず三泊分、朝食、夕食付きでお願いします。前金でいいですか?」
「はい、助かります」
「では、千八百ベルです」
サーナさんは、お金を受け取ると、代わりに部屋の鍵を手渡した。木彫りの女神像のようなキーホルダーがなかなか渋くて良かった。
俺はエルシアに案内されて、大木の右側に取り付けられた階段を上って行った。屋根を抜けて緩やかならせん状になった階段を上がっていくと、その先に床に開いた入り口があった。
(エルシアちゃん、スカートの中丸見えだよ~。まあ、膝丈のドロワーズだから、見えてもなんてことないけどね)
そんなおバカなことを考えながら、入り口から頭を出す。
「わあ、結構広くて、きれいですね」
「うふふ……そうでしょう? 眺めも最高ですよ、ほら」
廊下の窓から外を見ると、パルトスの街が一望でき、その外側の雄大な景色も見渡すことができた。
『これは、当たりでしたね、マスター』
(ああ、最初はどうなるかと思ったが、一件目がここでラッキーだったな)
「はい、こちらがお部屋になります。ランプが必要でしたら、魔石を一階で販売していますから、ご利用ください。夕食は教会の四つ鐘から六つ鐘の間になります。では、ごゆっくりどうぞ」
「了解です。ありがとう、エルシアさん」
エルフの少女はにっこり微笑んで頭を下げると、地上へ下りていった。
「さて、少し休んだら、街をぶらついてみようか。腹も減ったし昼飯を食いたいからな」
『はい。案内はお任せください』
簡素な部屋だったが、掃除も行き届いていて気持ちが良い。何よりすべて木造りなのが落ち着く。
ベッドに寝転んで目をつぶると、旅の疲れからかすぐに心地よい眠りに引き込まれた。
結局、俺は夕食の時間になってナビから起こされるまで、熟睡していたのだった。
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