少し冷めた村人少年の冒険記

mizuno sei

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52 生真面目代官と工作部隊 3

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 アレスさんが語った内容は、驚くべきものだった。
 まず、今この街には二か月ほど前から、ローダス王国の工作部隊が潜入しており、そいつらが街のごろつきたちを使って、いろいろな悪事をやらせているという。
 なぜ、この街が狙われたかというと、一つはペイルトン辺境伯領から運び込まれるミスリル鉱石だ。これが王都に運ばれる前に、盗賊に襲われたと見せて奪い取ろうとしているらしい。今の所、二回襲撃を受けたが、幸い撃退できているという。
 二つ目の理由は、この街が経済的に豊かだということだ。この街の税収が、王国の財政に大きく貢献している。ただ、アレスさんによれば、税収のすべてが正しく王国の財務局に納入されているかどうか、はなはだ疑わしいという。その理由が三つ目だ。

「はあ? 侯爵が敵国と内通している?」
 俺は、あまりのことに思わず大きな声を出してしまった。

「おい、そんな大きな声を出すな。どこに工作員が入り込んでいるか分からないんだぞ」
 執事役の男に注意され、俺は頭を下げた。

「すみません、びっくりして……」

 アレスさんは自嘲気味の笑みを浮かべながら、力ない声で言った。
「驚くのも無理はない。この国を動かしている重鎮が敵国とつながっているんだからな。私の父は、ずっと前からそのことに気づいていた。我が家は代々ボイド侯爵家に仕えていた文官だ。父は、死ぬ数か月前、私にだけそのことを教えてくれた。そして、この国のためには誰かがそれを国王に伝えなければならないと、覚悟を決めて密かに証拠を集め、それを持って王都に出向いて行った。だが、それが、父を見た最後だった……」

「……では、御父上は……」

「ああ、間違いなく侯爵の差し金で殺されたんだ。だが、表向きは盗賊に襲われて死んだことになっている……」
 そう語るアレスさんは、拳をぶるぶる震わせていた。そりゃあ悔しいだろう。しかし、なんて奴だ、クソ侯爵。絵に描いたようなクズ野郎だな。

「……悲しいことに、そんな主人に仕え、母親と妹を人質同然に王都の侯爵屋敷に捕えられて、私は、ただこの街の人たちをなんとか守ることしかできない……情けなくて……」
 アレスさんはうめくようにそう言ってうなだれた。

「それで、王都にこのことを訴えようと?」
「ああ、父が集めた証拠は奪われたが、王室の中枢部の目を、何とかこの街に向けさせたいのだ。そうすれば、侯爵家につけ入る口実になる。幸い、継承権第二位の現エルベスト公爵家のセルジュ様は、ボイド侯爵の力をなんとか抑えたいと考えておられる。このことを知れば、必ず動いてくださるはずだ」

 うん、何とか事情は呑み込めた。しかし、もう一つ分からないことがある。まあ、予想はついてるけどね。

「どうして、この街のギルドに連絡を依頼しないのですか?」
「ギルドマスターのオーエンスは、ボイド侯爵の腰巾着なんだ……」

 やはりそうだったか。ほんと腐ってるな。

「……オーエンスは私の監視役だろう。私につけ入られないように表立って妨害はしないが、協力もしない。おかげで、街道の警備だけで手いっぱいの状況だ。衛兵はほとんど街道の巡回に出ているから、街の治安維持には私兵を総動員しなければならない」

「アレス様をお守りすることもできないので、街の巡回に一緒について来ていただくしかない。本当に、情けないやら、悔しいやら……怒りで胸が破裂しそうだ」
 執事役の男の人は、ジョンさんと言って、元々パルマ―子爵家に代々使える騎士だそうだ。
ちなみに、メイド役のメリンダさんは、ジョンさんの娘で、二十歳になったばかりらしい。まあ、どうでもいいけど……。

「お話は分かりました。俺も代官様に協力しますよ」
「おお、そうか、ありがとう。感謝する」
「しかし、アレス様、こんな子どもに大切な秘密を教えてしまって、本当に大丈夫なのですか?」
 メリンダさんは、どうにも俺のことが気に入らない様子だ。まあ、疑うのは当然だけどさ。

「トーマ君の実力は、お前も見ただろう?」
「そ、それは……」

「ええっと、いいですか? 代官様……」
「アレスと呼んでくれ。何だね?」

「あ、はい、では、アレス様……要は、そのローダス王国の工作員を生け捕りにして、悪党どもを無力化し、街が安全になったら、アレス様自らが王都へ工作員を引きずって行けば良いのでしょう?」

 俺の言葉に、アレス様を始め、そこにいた人たちは呆気に取られてポカンとしていた。ただ、すぐにメリンダさんが、怒りの表情で何か言おうとしたが、アレスさんに制されて、仕方なく口をつぐみ、俺を睨みつけた。

「あ、ああ、その通りだ、だが、さっきも言ったように、今は人手が足りない。ここにいる全員で攻め込んでも、恐らく逃げられてしまうだろう」

 俺は頷いて、こう言った。
「俺に、少し考えがあります。明後日まで時間をください」

「あ、ああ、それは構わない。一日や二日でどうなるものでもないからな。しかし、一体何を?」

「それは明後日まで言わないでおきます。アレス様たちは、いつも通りの行動をお願いします」
 俺の秘密を教えることになってしまうからな、ここは隠密行動だ。


♢♢♢

 俺は、代官屋敷を退出すると、その足で街の外へ向かった。

(ナビ、俺は闇属性の魔法を覚えるぞ)
『問題ないと思われます。マスターの場合、光属性より闇属性の方が覚えやすいと思います』
(それ、なんとなくディスられてる気がしないでもない)
『気のせいです。それより、練習相手は左の森の中にたくさんいるようですよ』

 俺はもやもやした気持ちを吹き飛ばすように、一気に加速して森の方へ走った。
「なるほど、こいつらは良い相手だ」
 森の中を少し進んだところに、小さな池があり、その岸辺に六匹のゴブリンが狩りの獲物だろうか、二羽の角ウサギを解体している最中だった。

 よし、やるぞ。ええっと、先ずイメージとしては、相手の目から脳の内部へ魔力を送り込む。そして、体が動かない、声も出せない、金縛りになったような状態……。
 そう、俺が初めてやろうとしている闇属性魔法は、初級の〈麻痺〉だ。〈睡眠〉にしようかと思ったが、相手が興奮状態の場合は気持ちを落ち着かせるのに時間が掛かるのではないか、と考えたからだ。

 イメージはできた。魔力放出の準備もできている。俺は、メイスを構えながら、ゴブリンたちのもとへゆっくりと近づいていった。いざという時は、メイスでやるだけだ。

 グギャ? グゲゲ、グガグゲ……

 一匹が俺に気づき、他の奴らに警告を発した。全員が解体を止めて、それぞれの武器を手にこちらに身構えた。
 よし、さあ、俺を見ろ、むむむ……〈麻痺〉っ!

 ッ! ガッ……
 ゴブリンたちの体が、一瞬、ビクッと震え、それからまるで凍ったように硬直し、バタバタと地面に倒れ込んだ。

(すごっ! いきなりできたよ。早すぎないか?)

『さすがです、マスター。闇属性初級魔法〈麻痺〉、成功です』

(こんなに簡単に習得できるものなの?)

『いいえ。他の多くの闇属性魔法使いなら、必死に、動くな、来ないでくれ、と祈ってやっと偶然に発動するくらい、難しい魔法です。まず、マスターのように明確なイメージができません』

(でも、初級なんだろう?)

『はい。というのは、発動や習得は難しいですが、相手が掛かりやすいからです。他の中級魔法、例えば〈混乱〉などは、発動できても、相手に掛かりにくいので、中級に分類されています。つまり、イメージの難易より、掛かりやすさの難易で分類されているわけです』

(なるほど……イメージは鍛錬しやすいし、個人差があるからな。魔法、奥が深い)

 さて、〈麻痺〉を習得したから、今夜、計画を実行しますかね。


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