神様の忘れ物

mizuno sei

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24 辺境を吹き抜ける風 

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※ 本日から、新しい章が始まります。成長した主人公リーリエの活躍を、楽しみにしていてください。
  今後とも、なお一層の応援をよろしくお願いいたします。


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《第三者視点》

 海の方から吹き寄せる湿った風が、辺境の山々にぶつかり、巨大な雲を作り、すべてを押し流すような豪雨となって地上に降り注いでいた。

 窓から外を眺めていた少女は、ときおり光る稲妻と轟く雷鳴に小さな叫び声を上げながらも、窓から離れようとしなかった。

「ああ、もう、頭にくる……せっかく昨日ナスの苗を植えたのに、きっと流されてしまうわ」
 そう言って地団太踏むのは、美しい銀色の髪が背中の中ほどまで達し、麻の質素な寝巻を着たすらりと手足の長い美少女だった。

 その、天使もかくや、という少女を眺めながら、愛らしい見目と言葉とのギャップに思わ
ず苦笑するのは、少女の着替えを手にした、これも妖艶と表現するにふさわしい美貌を持つ妙齢のメイドだった。

「お嬢様、朝食に遅れますよ。早くお着替えを」

「はあい……それにしても、いつまでこの雨は続くのかしらね……魔物狩りにも行けないじゃない」
 少女は、メイドに着替えを手伝ってもらいながら、ブツブツと不満を口にする。

 魔物もきっとホッとしていますよ、と心の中でつぶやきながら、メイドは愛しいご主人様の髪を優しくくしけずり、水色のリボンでふんわりと束ねるのだった。


《リーリエ視点》

「お父さん、お母さん、おばあちゃん、ロナン、おはようございます」

「ああ、おはよう、リーリエ」

「おはよう、天使ちゃん。んん、今日も可愛いわ」

「姉さま、おはようございます」

「おはよう。夕べは眠れたかい? 雨や雷の音がひどかっただろう?」

「それよ、おばあちゃん。昨日植えたナスの苗、たぶん全滅じゃない?」
 私は、自分の席に座りながら隣の席の祖母に不満をぶつけた。

「ああ、たぶんね。でも、農業をやっていれば、それは日常茶飯事のことなんだよ。神様は私たちに何度も試練を与える。でも、それにめげずに立ち上がった者だけが、収穫というご褒美をもらえるんだよ」

 祖母の言葉に、私は何度も頷く。
「うん、そうだね。でも、人間もバカじゃないよ。殴られっぱなしなんて、私の性に合わないわ。ふふん、見てなさい、神様、負けないんだから……」

 そう言って笑みを浮かべる私を、祖母も他の家族も、今度は何をするつもりなのだろうと、期待と不安が半々の顔で見つめるのだった。


 私、リーリエは十歳になりました。転生してから、もう十年の月日が流れたんだね。月並みだけど、早いようで、なんかいろいろあって、すごく長かったようにも感じる。

 私たち一家は、まだ母の実家であるバローズ家に居候をしている。でも、最近は伯父さん一家の態度も以前ほど冷たいものではない。というのも、私たちは空き地を耕して見事な菜園を作り、日々の食卓に新鮮な野菜を提供していた(もちろん伯父さん一家にもおすそわけしていた)し、お父さん、私、プラムでパーティを組み、三日に一度の割合で領地内や少し遠くまで遠征して、魔物や野生の獣を狩り、肉を提供したり、素材を売ったお金で月々の家賃も十分に払っていたからだ。
 もちろん、貯金もしていて、なるべく早く領都に住居を見つけて引っ越そうと計画している。

 さて、その引っ越しとも関係あるんだけど、私たちに今必要なのは、ずばり、お金だ。ああ、前世を思い出すわ。前世の私も、常にお金が欲しいって願っていたなあ……。
 ……って、いやいや、懐かしんでいる場合ではない。ここに来た頃は、何か《特産品》をと考えていたけど、ここには本当に何もないのよ。チーズはどうか、クリームを作ってみたら、なんて思ってもみたけど、量産できるほど牛はいないし、道具を一から作るのも大変なので、今のところ断念している。でも、この世界のお菓子の進化のためにも、いつかは作るつもりだ。

 じゃあ、何でお金を儲けるか。実は、すごいものがあるのよ。でも、これを売るとなると、実に面倒くさいことになるのが目に見えているのよねえ。
 え、もったいぶらないで早く言え? 分かったわ、じゃあ言うわよ。それは、《マジックバッグ》です。ジャジャーン♪……何、その疑いの目、本当なんだからね。私、《空間魔法》を使えるようになったんだもん。ふふん、すごいでしょう?

 きっかけは、例の「土魔法で穴を掘ったときの土はどこに消えるのか問題」だったの。あれから、何度も土属性魔法を使って、考え、実験を繰り返して、ようやく分かったのよ。やっぱり、鍵になるのは〈無属性魔法〉だった。

 つまりね、たいていの土魔法を使う人は、呪文とかに気を取られて、魔法を発動させる場所をきちんと数値化していないのよ。単に目視と大雑把なイメージで発動しているのよね。だから、かなり魔力を無駄にしてるし、例えば、穴は掘れても、掘った後の土はその場にばらまかれた状態にしかならないの。だから、穴を元に戻す時は、そこら辺の土を持って来なければならないってわけ。

 それに対して、私は、最初から無意識に、魔法を発動させる場所を数値で指定していたのよ(これって、たぶん前世が事務職だった名残りね)。例えば、穴を掘る場合でも、自分を起点に〇メートル先に、直径〇メートル、深さ〇メートルの穴を掘れっていう感じでね。そうすると、ここが不思議な点なんだけど、土魔法の他にどうやら無属性魔法も同時に発動するらしくて、まず無属性魔法がきちんと数値通りの範囲を囲んで、魔力を無駄なく発動させてくれて、おまけに余剰の空間に空きスペースまで作ってくれるらしいのよ。つまり、穴の上に掘った土を収納するスペースができて、自動的にそのスペースに土は移動するらしいの。

 どうして、このことが分かったかというと、それは実験中に偶然起こった出来事からだったの。
 領都から帰った私は、上記の問題を解明しようと、実験を始めた。まず、穴に戻した土は、本当にそこにあった土なのか、を確認しようと思って、畑のそばの小さな空き地で焚火(たきび)をしたの。その焚火を含む地面に穴を掘って、元に戻すっていう実験ね。もし、元の地面がそのまま元の戻ったとしたら、焚火も当然そのまま戻るはずよね。
 そして実験したら、予想通り、いったん焚火とその下の土はどこかに消えた後、元に戻したときには、ちゃんと焚火も元に戻ったのよ。

 こうなると、やはり、掘った土はいったんどこか別の空間に収納された、としか考えられなかった。
私が、そのことに困惑して考え込んでいた時よ、遠くからアラン叔父さんの叫び声が聞こえてきたの。

「おいっ、火が草に燃え移っているぞ! 早く、水を掛けて消せっ!」

 私がその声に驚いて焚火の方を見ると、確かにそばの枯れた草に火が燃え移って広がろうとしていた。私は慌てて水を汲みに行こうとしたが、それでは間に合わずに木に燃え移るかもしれない、そう考えて、とっさに燃えている一帯の地面に穴を掘ったのよ。それで火は消せたんだけど、叔父さんには、私が魔法を使えるってことがばれちゃったのよね。
 で、その時、穴を元に戻そうとして気づいたの、穴の中に焚火の燃え残りがくすぶっていることに……。

 後で考えて、私は重大な事実に気づいたのよ。『きちんと数値化とイメージで発動した魔法』と『大雑把に発動した魔法』には、結果として大きな違いが生じるってことに。

 一般の魔法使いは、呪文をなるべく早く唱えようとして、大雑把な魔法を発動しているんじゃないか。だから、掘った土はその近くにばらまかれていて、それを誰も不思議に感じなかったのだ。それに対して、私は無詠唱できちんと数字とイメージを使って発動しているので、『空き空間に土が収納される』という現象が起きた。じゃあ、その現象を引き起こしているものは何か。
 そこまで考えた時、私は自分のステータス画面で、〈無属性魔法〉をクリックしたときのことを思い出したのよ。そこには、確かこう書いてあった。
『純粋な魔力そのものを操作することによって、各属性魔法を補助し、魔法の精度を高める働きを持つ。
〈魔力感知〉、〈結界〉、〈空間〉などの魔法の開発、操作に使用できる。』

 もう、間違いない、私は土魔法を使う時に、同時に無属性魔法も使っていたんだ。「土が消える」という現象も、私がイメージしたことを無属性魔法が具現化していただけのことだったのである。無属性魔法は、自動的に他属性魔法の補助をし、なおかつ、それ独自にも〈魔力感知〉、〈結界〉、〈空間〉などの魔法を開発、操作できるということなのだ。

 これって、すごいことだし、この発見て、もしかすると《世紀の大発見》じゃないかしら、と五歳の私は小さな体を震わせていたのでした。

 というのが、五年前の出来事で、それから私とプラムは、夢中になって〈無属性魔法〉の開発と練習に励んだわ。その結果、何と、今では二人とも〈魔力感知〉、〈結界〉、〈空間〉を自由に扱えるようになったのですよ。ふふふ、どう、驚いた?

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