神様の忘れ物

mizuno sei

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30 ロナンの一日と少女たちの魔法修行 1

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《第三者視点》

 ロナン・ポーデットは、秋の終わりに八歳の誕生日を迎えた。三年前頃から、誕生日が来るたびに、ロナンはこう思うようになった。
(ああ、また姉さまに一歩近づけた)

 しかし、その姉は、また半年すると一歳年を取り、二人はまた三歳差に戻ってしまう。だから、去年から誕生日の時にはこう決意することにした。
(あと半年の間に、頑張ってもっと姉さまとの差を近づけるんだ)

 そんなロナンの一日は、朝食前の鍛錬から始まる。太陽が顔を出す前に起きて、武術の師匠プラムから言いつけられているメニューをこなすのだ。
 まず、ロマーナ村の端までランニングして戻ってくる。次に、館の裏にある林に行って、木々の間を素早く駆け抜けながら、木の短剣で幹を切りつけていく。それを十往復繰り返す。
 最後に、およそ二メートルの高さにある木の枝まで、幹を駆け上ってたどり着く練習だ。つい、一週間前まではできなかったが、今では手も一回も使わずに簡単にできるようになった。

 姉によると、この世界はスキルのランクを上げることが何より大切らしい。なぜなら、この世界は数値が絶対的なものであり、そのまま現実に反映されるからだという。だから、昨日までできなかったことが、ランクが一つ上がっただけで簡単にできるようになるのだ。

 ロナンは鍛錬メニューを終えると、井戸のところへ行って水をくみ上げ、顔を洗い、タオルで体を拭く。ここまでが、お決まりの朝のルーティンだった。


《リーリエ視点》

「おはようございます、父上、母上、おばあ様、姉さま」

 元気のいい声が響き、ロナンが食堂に入ってきた。私たちはいっせいに、この可愛い我が家のアイドルに挨拶を返す。
 ロナンはニコニコしながら、私の横に座った。プラムが、ロナンの分のスープとハムエッグを運んできた。

「じゃあ、いただこう。神よ、感謝いたします」

「「「いただきます」」」
 私が小さい頃始めた、神様への祈りと〝いただきます〟の言葉は、すっかり我が家の全員に定着した。
 やっぱり、元日本人としては、黙って食べ始めるのは何か違うって思っちゃうのよね。私の場合、神様はもちろん女神ラクシス様のことなんだけど、まだ、今のところ、ラクシス様の加護のことは誰にも言っていない。ただ、プラムだけは、私がラクシス様を信仰していることは知っているし、一緒に信仰してくれるようになった。本当は、もっとラクシス教を広めたいんだけどね。


 朝食後、私はリアとマーナの二人に魔法を教える。二人はベルグ村長さんのところに宿泊して、毎朝通ってきている。いつも、私が外に出ていく頃にはもう来ていて、二人で前日教えたことを復習しているの。とても真面目でいい子たちだ。

「おはよう、リア、マーナ」

「「おはようございます、リーリアさん」」

「じゃあ、今日は、魔力操作のランクアップと実際に結界を作ってみるところまでやります」
 私はそう言ってから、授業の準備に取り掛かる。昨日、お父さんにお願いして作ってもらった、丸太を二本十字に組み合わせた木の人形を庭の隅に立てるのだ。
 私が納屋の中から、重さ二十キロ近くある木偶人形を、うんしょ、うんしょと担いで、というか引きずって出てくると、リアたちがあわてて走り寄ってきた。

「お手伝いします」

 私たちは三人で木偶人形を抱えていった。そして、私が土魔法で穴を作り、そこに人形を立てた。

「これで良しっと……じゃあ、魔力操作の練習を始めるわよ。確か、二人は村で一番強い魔法が使えるから、選ばれて来たんだよね?」

 私の問いに、二人は少し不安そうに頷いた。
「「はい」」

「じゃあ、まず、その魔法をこの人形にぶつけてみて」

「い、いいんですか? 壊れるかもしれないですが……」
 マーナがおずおずしながら尋ねた。

「え、そんなにすごいの? じゃあ、少し弱めにしてやってみて」

「はい。それでは、私から」
 リアはそう言うと、両手を前に伸ばして軽く目をつぶった。無詠唱はこの三日間でマスターしていたが、やはりイメージと数値化はかなり集中力が必要らしい。二秒後、彼女は目を開いて魔法を発動した。
 大きな空気の塊が、砲弾のようにヒュンッと音を立てて飛んでいき、木偶人形にぶつかった。それは、風属性魔法のウィンド・ボムだった。

「おお、なかなかだね、ウィンド・ボムか」

「ウィンド・ボム、ですか?」

「ああ、うん、私が勝手に名前を付けてるんだ。ボム系はそれぞれの属性にもあって、火属性ならファイヤー・ボム、水属性ならウォーター・ボム、土属性はアース・ボムって感じね」

「じゃ、じゃあ、私のは、ウォーター・ボムですね」
 マーナがそう言って右手を伸ばし、無詠唱で水弾を作り、高速度でそれを人形にぶつけた。

「オーケー、二人とも、それくらいできれば魔物相手でも大丈夫だね。でもね、やっぱり魔力を無駄遣いしてるんだよね。それに、今の威力じゃ結界は壊せないかな」
 私はそう言うと、木偶人形のもとへ行った。
「今から、この人形に結界を張るから、やり方をよく見ててね」

 二人の少女は、ごくりと息を飲んで、食い入るように私の一挙手一投足を見つめている。

「まず、この人形全体に魔力を流す……これはね、〈空間魔法〉は、私たちがいるこの空間、世界と魔力でちゃんとつながっていないとダメだからなの。私は、これを《紐づけ》って呼んでいるわ。この場合は、人形と結界を紐づけしないといけないから、人形全体に私の魔力を流し込んでいるんだけど、普通は、魔石のようなものがあればオーケーよ。それと、自分自身に《防御結界》を掛けるときは、紐づけは必要ないわ。なぜなら、自分自身が魔力体だからなの」

 少女たちが、難しい顔で何とか小さく頷くのを見た私は、今度は人形から少し離れた空間の一面、目分量で高さ一メートル、幅五十センチメートルの盾型の面に、魔力を広げながら流した。
「さあ、ここが一番難しいところよ。今、この何もない人形の前面に、高さ一ラリード、幅六十メラリードの盾をイメージして……そこにきっちり収まるように魔力を流すの。これは、何度も繰り返しやれば、感覚がつかめるから、練習あるのみね」

 私は結界を張り終えると、少女たちを促して元の場所に戻った。
「さあ、もう一度、さっきの魔法を撃ってみて」

 二人の少女たちは頷くと、今度はマーナが先にウォーター・ボムを放った。そして、その直後、少女たちの驚きの叫び声が同時に上がった。
「「(あっ)(うわっ、水が)弾かれたっ!」」

「そう、これが結界の力よ。たいていの嵐なんかには負けないことが分かったでしょう?」

「は、はい、すごいです」

「こ、これを、私たちも作れるようになるんですか?」

 私は微笑みながら頷いた。
「ええ、あなたたちは、もう無属性魔法を獲得しているから、できるわ。ただし、これからやる〈一段上の魔力操作〉ができるようになったらね……」
 それから、さらに付け加えて言った。
「……さあ、それじゃあ始めましょうか。まず、あの結界を打ち破る魔法の練習からよ、ふふふ……」

 私の言葉に、少女たちは口をぽかんと開けて私を見つめた。
「えっ……あ、あの結界を、打ち破る?」

「そ、そんな魔力は、持ってないです」

 私は人差し指を立てて、首を小さく振った。
「それがね、さっきのボムより少ない魔力で、打ち破れるの、ふふふ……見てて」
 私はそう言うと、右手を前に向けて拳を握り、人差し指だけを前に伸ばした。
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