神様の忘れ物

mizuno sei

文字の大きさ
48 / 84

47 ガーランド王国へ

しおりを挟む
「その情報、どこから入ってきたの? ことと次第によっては、辺境伯様のお力をお借りするかもしれないわ」

 私の脅しよりも、プラムの無言の殺気の方がギルマスには効いたのかもしれない。

「い、いや、待て、待て……これは、辺境伯直々(じきじき)の提案なんだよ」
 はあ?……やっぱり貴族は信用できなかったってこと? すごいショックなんですけど……。
「お嬢様、これは明らかな契約違反です。すぐに辺境伯家に乗り込みましょう」

「待てっ、頼むから落ち着いてくれ」
 ギルマスはソファから立ち上がりかけながら、必死に私たちを引き止めた。
 
「もちろん、辺境伯からは、絶対に他言無用ということは念押しされている。俺も絶対に誰にも知られないようにする。そのうえでの、辺境伯からの言伝だ……」

「……分かったわ。話を聞いてから判断しましょう」

 私の言葉に、ギルマスはほっとしたようにため息をついてソファに座り直した。
「辺境伯様のお考えは、こうだ……」

 ギルマスが語った内容は、次の通りだ。
・ 私たちは辺境伯軍の兵士たちと一緒にガーランド王国へ向かう。魔導士隊の所属ということにする。
・ 砦に着いたら、魔導兵器の調整という名目で、砦の上部を覆うように結界を張る。
・ 砦に結界を張り終わったら、ガーランド王国の王都に移動して、街全体を覆う結界を
張る。無理ならば、王城だけでも結界で覆う。

 かなりどころか、とんでもなく無茶な要求だ。あの辺境伯、人を何だと思っているの?

「そんなことして、向こうの兵士とか、監視役の人に疑われたりしないの?」

「ああ、それは大丈夫だ。辺境伯の軍の中にガーランド王国の監視役として、近衛騎士が一
人付き添っているそうだ。その騎士に、お前たちが特別な任務で加わっていることを内密に
話を通してあるということだ」

「じゃあ、その騎士は、私たちが結界を張ることを知っているのね?」

「いや、あくまでも特別な任務ということで、結界のことは話していない。その特別な任務
というのは魔物よけの呪術を掛けるという設定だ。覚えておいてくれ」

 私とプラムは顏を見合わせた。無茶な要求だったが、無理な要求ではない。ガーランド王国が魔物の侵入を防いでくれることは、この国のためにもなることだ。

「分かったわ。やりましょう」

「おお、そうか、感謝する」

「いいのですか、お嬢様? 相当無茶な話ですが……」

「うん。まあ、それなりの代価はいただかないとね。それと、魔石とマジックポーションを用意してちょうだい」

「ああ、全面的に協力しろとのお達しだ。どのくらい用意すればいい?」

「そうね……王都の広さがどれくらいかによるけど、魔石は二百個は必要でしょうね。ポーションは五十本くらいかな」

「わ、分かった、何とかしよう。出発は来週の十五日だ。朝九時までに広場に来てくれ」

 こうして、話は終わり、私たちは応接室を出て階下に下りていった。

 ラウンジには、お父さんもいて、皆でサンドイッチをつまみながらお茶を飲んでいた。
「お疲れさん。その顔だと、あまりいい話じゃなかったようだな」

「うん……ここでは話せないから、あとでね。とりあえず、私たちにもお茶をちょうだい。喉が渇いたわ」


♢♢♢

 帰りの馬車の中で、私たちは家族にギルマスからの話を伝えた。家族は驚き、私たちが危険にさらされることを心配した。

「魔物と戦うわけじゃないから、だいじょうぶだよ。プラムが一緒だし」
 最後の一言で、家族も納得せざるを得なかった。

 今やプラムの強さは、家族はもちろん、ギルマスさえAランクと太鼓判を押すほどだ。それは、ひとえに彼女の不断の努力のたまものだ。私やロナンに格闘術を指導する傍らで、自分の鍛錬もずっと続けている。今では、近辺に彼女に勝てる魔物などいなくなった。一度、ギルドの討伐依頼で、討伐隊に混じって〝はぐれオーガ〟を追ったことがあった。そのとき、最初にオーガを見つけ出したのはプラムだった。
 実際の戦闘の時は、あまり目立たないように私たちは後方に控えていたが、討伐隊のAランク、Bランクパーティが次々に負傷者を出して苦戦しているのを見て、プラムは後方からオーガの目を狙って数本の特注ナイフを投げた。そのうちの一本が見事オーガの目を射抜き、そのおかげで他のパーティがとどめを刺すことができたのだ。


 そんなわけで、私とプラムはガーランド王国へ二週間の予定で向かうことになった。
 そして、六月十五日の朝は、昨日まで降っていた雨は上がり、出発にふさわしい天気になった。私たちは、予定の時間少し前に、イルクスの街の広場に到着した。

「じゃあ、くれぐれも気をつけてな。帰るときは連絡をくれ。迎えに行くから」

「うん、ありがとう、お父さん」

 お父さんは未練を断ち切るように、手を一回振ると、もう振り返らず馬車の向きを変えて去っていった。

「おはようございます、先生、プラムさん。ご一緒出来て光栄です」
 シーベル男爵の魔導士兵団の副隊長、アレアスさんが近づいてきて挨拶した。

「おはようございます、アレアスさん。今回は魔導士さんたちは何人くらい行かれるんですか?」

「はい、八人行きます。皆、先生たちがご一緒なら心強いと申しております。さあ、こちらへどうぞ」
 アレアスさんは、そう言って、私たちを辺境伯の救援部隊の方へ案内してくれた。

 広場には、辺境伯軍の兵士たちの他に、Aランク、Bランクの冒険者たちも十数名参加していた。

「失礼、君がリーリエ・ポーデット嬢で、そちらがメイドのプラムかな?」
 不意に辺境伯軍の中から、一人のまだ三十代前半と思われる立派な身なりの男性が出てきて、そう尋ねた。

「はい、私がリーリエ・ポーデットでこちらがプラムです。あなたは?」

「申し遅れた、私はベイル・ラズモンド、ガーランド王国近衛騎士団に所属している。ランデール辺境伯から、君たちに協力してほしいと頼まれている」
 ああ、この人がギルマスが言っていた、監視役の騎士か、真面目なイケメンって感じ?

「はい、伺っております。どうぞ、よろしくお願いいたします」

「うむ……それにしても…話には聞いていたが、本当に若いな。だが、魔法の腕は超一流とか。楽しみにしているよ」
 ラズモンド騎士爵は、そう言ってさわやかに微笑んだ。うっ、いかん、その笑顔は反則やぞ。前世の私なら、いちころで恋に堕ちるところだが、今世の私は違うのだ。
 
 恋愛という、限りある存在の人間同士の営み(愛)ではなく、異世界という、私に与えられた無尽蔵の宝物との営み(人生そのものの喜び)を満喫したいのだ。

「ご期待に沿えるよう、全力を尽くします」
 私もにこやかに微笑んでそう答えると、顔見知りたちが待つ辺境軍の中に入って行った。
しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

巻き込まれて異世界召喚? よくわからないけど頑張ります。  〜JKヒロインにおばさん呼ばわりされたけど、28才はお姉さんです〜

トイダノリコ
ファンタジー
会社帰りにJKと一緒に異世界へ――!? 婚活のために「料理の基本」本を買った帰り道、28歳の篠原亜子は、通りすがりの女子高生・星野美咲とともに突然まぶしい光に包まれる。 気がつけばそこは、海と神殿の国〈アズーリア王国〉。 美咲は「聖乙女」として大歓迎される一方、亜子は「予定外に混ざった人」として放置されてしまう。 けれど世界意識(※神?)からのお詫びとして特殊能力を授かった。 食材や魔物の食用可否、毒の有無、調理法までわかるスキル――〈料理眼〉! 「よし、こうなったら食堂でも開いて生きていくしかない!」 港町の小さな店〈潮風亭〉を拠点に、亜子は料理修行と新生活をスタート。 気のいい夫婦、誠実な騎士、皮肉屋の魔法使い、王子様や留学生、眼帯の怪しい男……そして、彼女を慕う男爵令嬢など個性豊かな仲間たちに囲まれて、"聖乙女イベントの裏側”で、静かに、そしてたくましく人生を切り拓く異世界スローライフ開幕。 ――はい。静かに、ひっそり生きていこうと思っていたんです。私も.....(アコ談) *AIと一緒に書いています*

転生ヒロインは不倫が嫌いなので地道な道を選らぶ

karon
ファンタジー
デビュタントドレスを見た瞬間アメリアはかつて好きだった乙女ゲーム「薔薇の言の葉」の世界に転生したことを悟った。 しかし、攻略対象に張り付いた自分より身分の高い悪役令嬢と戦う危険性を考え、攻略対象完全無視でモブとくっつくことを決心、しかし、アメリアの思惑は思わぬ方向に横滑りし。

積みかけアラフォーOL、公爵令嬢に転生したのでやりたいことをやって好きに生きる!

ぽらいと
ファンタジー
アラフォー、バツ2派遣OLが公爵令嬢に転生したので、やりたいことを好きなようにやって過ごす、というほのぼの系の話。 悪役等は一切出てこない、優しい世界のお話です。

悪役令嬢に転生したので、ゲームを無視して自由に生きる。私にしか使えない植物を操る魔法で、食べ物の心配は無いのでスローライフを満喫します。

向原 行人
ファンタジー
死にかけた拍子に前世の記憶が蘇り……どハマりしていた恋愛ゲーム『ときめきメイト』の世界に居ると気付く。 それだけならまだしも、私の名前がルーシーって、思いっきり悪役令嬢じゃない! しかもルーシーは魔法学園卒業後に、誰とも結ばれる事なく、辺境に飛ばされて孤独な上に苦労する事が分かっている。 ……あ、だったら、辺境に飛ばされた後、苦労せずに生きていけるスキルを学園に居る内に習得しておけば良いじゃない。 魔法学園で起こる恋愛イベントを全て無視して、生きていく為のスキルを習得して……と思ったら、いきなりゲームに無かった魔法が使えるようになってしまった。 木から木へと瞬間移動出来るようになったので、学園に通いながら、辺境に飛ばされた後のスローライフの練習をしていたんだけど……自由なスローライフが楽し過ぎるっ! ※第○話:主人公視点  挿話○:タイトルに書かれたキャラの視点  となります。

こちらの異世界で頑張ります

kotaro
ファンタジー
原 雪は、初出勤で事故にあい死亡する。神様に第二の人生を授かり幼女の姿で 魔の森に降り立つ 其処で獣魔となるフェンリルと出合い後の保護者となる冒険者と出合う。 様々の事が起こり解決していく

30代社畜の私が1ヶ月後に異世界転生するらしい。

ひさまま
ファンタジー
 前世で搾取されまくりだった私。  魂の休養のため、地球に転生したが、地球でも今世も搾取されまくりのため魂の消滅の危機らしい。  とある理由から元の世界に戻るように言われ、マジックバックを自称神様から頂いたよ。  これで地球で買ったものを持ち込めるとのこと。やっぱり夢ではないらしい。  取り敢えず、明日は退職届けを出そう。  目指せ、快適異世界生活。  ぽちぽち更新します。  作者、うっかりなのでこれも買わないと!というのがあれば教えて下さい。  脳内の空想を、つらつら書いているのでお目汚しな際はごめんなさい。

魔法が使えない令嬢は住んでいた小屋が燃えたので家出します

怠惰るウェイブ
ファンタジー
グレイの世界は狭く暗く何よりも灰色だった。 本来なら領主令嬢となるはずの彼女は領主邸で住むことを許されず、ボロ小屋で暮らしていた。 彼女はある日、棚から落ちてきた一冊の本によって人生が変わることになる。 世界が色づき始めた頃、ある事件をきっかけに少女は旅をすることにした。 喋ることのできないグレイは旅を通して自身の世界を色付けていく。

不倫されて離婚した社畜OLが幼女転生して聖女になりましたが、王国が揉めてて大事にしてもらえないので好きに生きます

天田れおぽん
ファンタジー
 ブラック企業に勤める社畜OL沙羅(サラ)は、結婚したものの不倫されて離婚した。スッキリした気分で明るい未来に期待を馳せるも、公園から飛び出てきた子どもを助けたことで、弱っていた心臓が止まってしまい死亡。同情した女神が、黒髪黒目中肉中背バツイチの沙羅を、銀髪碧眼3歳児の聖女として異世界へと転生させてくれた。  ところが王国内で聖女の処遇で揉めていて、転生先は草原だった。  サラは女神がくれた山盛りてんこ盛りのスキルを使い、異世界で知り合ったモフモフたちと暮らし始める―――― ※第16話 あつまれ聖獣の森 6 が抜けていましたので2025/07/30に追加しました。

処理中です...