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49 リーリエ、精一杯頑張ります 2
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「皆さん、早く無詠唱を身に着けてくださいね。帰ったら、また特訓です」
「ひえ、よけいなこと言うんじゃなかった」
魔導士たちの悲鳴と笑い声が、殺風景な荒野に響き渡った。
「よし、後始末は終わった。出発するぞ」
隊長の声に私たちはまたそれぞれの馬車に乗り込んだ。
そこから先の旅は、魔物に出会うこともなく、順調に進み、無事に国境の砦に着いた。まさに圧倒的なスケールの石の壁が、視界の端から端まで延々と続いている。
(いやあ、これはちょっと大変だぞ。いったい全長何キロくらいあるんだろうか)
そんなことを考えている間に、馬車は砦の手前にある小さな街に着いた。そこは、長期間任務に就く兵士たちのために、日用品から食料、そして、酒や娯楽までそろった小さくても活気のある賑やかな街だった。
いつ、魔物の大群が襲来するかもしれない危険な場所なのだが、人間は逞しいとつくづく思う。
「ここが、しばらくの間君たちの住居になる。私の部屋は二階に上がって右の突き当りだ。何かあったらいつでも来てくれ。では、失礼する」
ラズモンド騎士爵はそう言うと、普段よりきりりとした表情で軽く頭を下げて去っていった。
私たちに与えられた部屋は、砦の中の来客用の特別な部屋だった。一般の兵士たちの宿舎とは違い、広くて家具もそろった立派な部屋だ。なんだか申し訳なく思えてくる。この砦には女性兵士も当然いる(もちろん、数は少ない。魔導士か治癒師、あるいは騎士などだ)。彼女たちは、男性兵士と同じ狭い二人部屋、三人部屋で生活しているからだ。
ランデール辺境伯の〝飴と鞭〟にすっかり踊らされた気分だけど、これだけ特別待遇されたら、頑張らないわけにはいかないわね。
翌日から、私たちはさっそく砦の上部に結界を張る作業を開始した。やり方は、基本、例の菜園でやった〝結界ハウス〟と同じだ。
砦の要所要所には、見張り台兼魔導砲用の尖塔が立っている。今回は、その尖塔のてっぺんを繋いでいく形で結界を張っていく。
「塔は壊されないようにしないといけないから、すっぽり覆うとして、敵を攻撃するのに前方は開けておかないといけないわね。ここから攻撃する兵士さんの邪魔にならない高さって、どのくらいかしら」
高さ十四、五メートルの砦に上で、私とプラムはどういう形の結界を張るかを話し合った。
「そうですね…大男が槍を振り回すとして、五ラリードもあれば十分かと」
「分かった。じゃあ、塔のてっぺんから斜めに屋根のひさしのような感じで、頭の上五ラリードの高さまで結界を張りましょうか」
「了解しました。では、私があちらの塔に上って魔石と目印を設置します。お嬢様は、反対側の塔に上っていてください」
こうして、私たちはゆっくり焦らず、地道な作業を続けた。魔石を入れた石の容器を設置するのはプラムの役目だ。私はとてもあんな高い塔のてっぺんなんかには怖くて登れない。でも、プラムはまさに忍者のように、身軽にスルスルと塔の屋根まで上って、屋根のスレートを一枚はがし、そこに容器を埋めていった。本当に頼りになる。
ただ、難しかったのは、砦が決して真っすぐな直線ではなかった点だ。微妙に曲がりくねっていたので、塔と塔の間にどうしても中継地点を作らなければならなかった。なぜなら、私の結界は、曲面は作れない。あくまで直線で囲まれた面だけなのだ。だから、曲げるときには、直線を分割して角度を変えていく必要があった。
そんなわけで、一日かかって進んだのは、砦全体の四分の一ほどだった。それでも距離にしておよそ三キロほどである。途中でマジックポーションを三本飲むことになった。このポーションてのが、不味いのなんのって……思わず胃の中の物を全部吐き出しそうになったわ。この仕事を終えて帰ったら、〈美味しいマジックポーション〉の研究をしようかしら。
翌日も同じように順調に作業は進んだ。少し慣れてきたこともあって、昨日より距離を稼げた。残り三分の一強といったところだ。
そして、三日目、ここで緊急事態が発生した。魔物が襲来したのだ。
砦の兵士さんたちは、いつものことといった感じであまり緊張感もなく、上から火をつけた油の瓶を投げたり、石を落としたり、壁を這いあがってくるゴブリンやオークを弓で射落としたりしていた。だが、そこへ、ガーゴイルの群れや三匹のワイバーンという飛行型の魔物が飛来したとたん、状況は一変した。
魔導士兵が急ぎ招集され、塔に上って魔導砲(魔石に属性魔法が付与されていて、それに魔力を流すだけで属性攻撃魔法が放てる魔道具)を撃ったり、魔法で迎撃し始めた。他の兵士たちは、壁を上ってくる魔物の対応に追われながら、魔導士の周囲で彼らを守る役目もしなければならなかった。
私とプラムも、目立たないように魔法でガーゴイルたちを適当に撃ち落としながら、防御結界の効果を注意深く観察していた。
三匹のワイバーンたちが、城砦の上の人間たちに上空から急降下してきて襲い掛かろうとしたが、ガツンッ、という大きな音とともに、見えない壁にぶつかって甲高い叫び声を上げながら、何度もふらふらと地上に落下しかけた。
私とプラムはそれを見て、にっこりと微笑み合い、静かにガッツポーズをした。
ワイバーンたちは、それならばと、今度はスラッシュ系の風魔法を放ってきたが、これも結界に阻まれて通じなかった。
「お、おい、なんか様子がおかしいぞ。ワイバーンが何かに阻まれたように攻撃できないでいるんだ」
「そう、さっきから俺も不思議に思ってたんだ。いったい……」
「へへ……驚いたかい? あれが、俺たちの先生の力さ」
戸惑う他国の兵士たちと、辺境伯軍の魔導士たちのこうしたやり取りが、あちこちで繰り広げられていた。
辺境伯軍の魔導士たちは、結界のことは絶対言ってはならないと厳命されていたので、どんな方法でワイバーンを防いでいるのかについては、語らなかった。ただ、この日以来、私たちは、不思議な魔よけの呪術を使う偉大な呪術師という評価を受け、尊敬と恐れの入り混じった目で見られることになったのだが……。
さて、その後、大半のガーゴイルは討伐され、ワイバーンたちも傷を負って飛び去り、地上の魔物たちもそれを見て引き返していき、無事に砦は守られた。
私たちは、次の日、一日がかりで残りの部分の結界を張り終え、ようやく砦の端から端まで全長約十二キロの砦の防御結界を完成させた。
さすがに疲れが溜まって、翌日は休息を取った。だが、予定は二週間で、もう残りは五日しかない。ゆっくりはしていられなかった。
「お疲れ様。魔よけの呪術の効果、存分に見せてもらった。まったく素晴らしいの一言だ。これで、砦はさらに強固になった。心から感謝する」
休日の日の夕方、ラズモンド騎士爵は私たちをねぎらうために、夕食に招待してくれた。
「お役に立てて光栄です。明日は王都に向かおうと思います」
「うむ、だが、大丈夫か? 君に無理をさせると、後で辺境伯殿に何をされるか……」
「ふふ……ご心配ありがとうございます。でも大丈夫です。今日ゆっくり休めましたから」
夕食は、さすがに豪華とは言えなかったが、バランスよくとても美味しかった。そして、会食は終始和やかな中で終わり、私たちは騎士爵にお礼を言って部屋に引き上げた。裏に、辺境伯の配慮があったとはいえ、ラズモンド騎士爵もまた、私の中で、貴族への恐れと偏見を少し取り去ってくれた人になった。
翌日の朝、私たちはラズモンド騎士爵の馬車で、彼とともに王都へと引き返した。
「例の地図作成の件だが、正式に国王陛下からの許可が下りた。今回の砦でのことも報告しようと思う。そうすれば、ますます君たちへの信頼も高まるだろう」
馬車が出発した後、向かいの席に座った騎士爵がにこやかにそう言った。
「助かります。ご期待に沿えるよう、精一杯頑張らせていただきます」
馬車は和やかな声を響かせながら、荒野の道を走っていった。
「ひえ、よけいなこと言うんじゃなかった」
魔導士たちの悲鳴と笑い声が、殺風景な荒野に響き渡った。
「よし、後始末は終わった。出発するぞ」
隊長の声に私たちはまたそれぞれの馬車に乗り込んだ。
そこから先の旅は、魔物に出会うこともなく、順調に進み、無事に国境の砦に着いた。まさに圧倒的なスケールの石の壁が、視界の端から端まで延々と続いている。
(いやあ、これはちょっと大変だぞ。いったい全長何キロくらいあるんだろうか)
そんなことを考えている間に、馬車は砦の手前にある小さな街に着いた。そこは、長期間任務に就く兵士たちのために、日用品から食料、そして、酒や娯楽までそろった小さくても活気のある賑やかな街だった。
いつ、魔物の大群が襲来するかもしれない危険な場所なのだが、人間は逞しいとつくづく思う。
「ここが、しばらくの間君たちの住居になる。私の部屋は二階に上がって右の突き当りだ。何かあったらいつでも来てくれ。では、失礼する」
ラズモンド騎士爵はそう言うと、普段よりきりりとした表情で軽く頭を下げて去っていった。
私たちに与えられた部屋は、砦の中の来客用の特別な部屋だった。一般の兵士たちの宿舎とは違い、広くて家具もそろった立派な部屋だ。なんだか申し訳なく思えてくる。この砦には女性兵士も当然いる(もちろん、数は少ない。魔導士か治癒師、あるいは騎士などだ)。彼女たちは、男性兵士と同じ狭い二人部屋、三人部屋で生活しているからだ。
ランデール辺境伯の〝飴と鞭〟にすっかり踊らされた気分だけど、これだけ特別待遇されたら、頑張らないわけにはいかないわね。
翌日から、私たちはさっそく砦の上部に結界を張る作業を開始した。やり方は、基本、例の菜園でやった〝結界ハウス〟と同じだ。
砦の要所要所には、見張り台兼魔導砲用の尖塔が立っている。今回は、その尖塔のてっぺんを繋いでいく形で結界を張っていく。
「塔は壊されないようにしないといけないから、すっぽり覆うとして、敵を攻撃するのに前方は開けておかないといけないわね。ここから攻撃する兵士さんの邪魔にならない高さって、どのくらいかしら」
高さ十四、五メートルの砦に上で、私とプラムはどういう形の結界を張るかを話し合った。
「そうですね…大男が槍を振り回すとして、五ラリードもあれば十分かと」
「分かった。じゃあ、塔のてっぺんから斜めに屋根のひさしのような感じで、頭の上五ラリードの高さまで結界を張りましょうか」
「了解しました。では、私があちらの塔に上って魔石と目印を設置します。お嬢様は、反対側の塔に上っていてください」
こうして、私たちはゆっくり焦らず、地道な作業を続けた。魔石を入れた石の容器を設置するのはプラムの役目だ。私はとてもあんな高い塔のてっぺんなんかには怖くて登れない。でも、プラムはまさに忍者のように、身軽にスルスルと塔の屋根まで上って、屋根のスレートを一枚はがし、そこに容器を埋めていった。本当に頼りになる。
ただ、難しかったのは、砦が決して真っすぐな直線ではなかった点だ。微妙に曲がりくねっていたので、塔と塔の間にどうしても中継地点を作らなければならなかった。なぜなら、私の結界は、曲面は作れない。あくまで直線で囲まれた面だけなのだ。だから、曲げるときには、直線を分割して角度を変えていく必要があった。
そんなわけで、一日かかって進んだのは、砦全体の四分の一ほどだった。それでも距離にしておよそ三キロほどである。途中でマジックポーションを三本飲むことになった。このポーションてのが、不味いのなんのって……思わず胃の中の物を全部吐き出しそうになったわ。この仕事を終えて帰ったら、〈美味しいマジックポーション〉の研究をしようかしら。
翌日も同じように順調に作業は進んだ。少し慣れてきたこともあって、昨日より距離を稼げた。残り三分の一強といったところだ。
そして、三日目、ここで緊急事態が発生した。魔物が襲来したのだ。
砦の兵士さんたちは、いつものことといった感じであまり緊張感もなく、上から火をつけた油の瓶を投げたり、石を落としたり、壁を這いあがってくるゴブリンやオークを弓で射落としたりしていた。だが、そこへ、ガーゴイルの群れや三匹のワイバーンという飛行型の魔物が飛来したとたん、状況は一変した。
魔導士兵が急ぎ招集され、塔に上って魔導砲(魔石に属性魔法が付与されていて、それに魔力を流すだけで属性攻撃魔法が放てる魔道具)を撃ったり、魔法で迎撃し始めた。他の兵士たちは、壁を上ってくる魔物の対応に追われながら、魔導士の周囲で彼らを守る役目もしなければならなかった。
私とプラムも、目立たないように魔法でガーゴイルたちを適当に撃ち落としながら、防御結界の効果を注意深く観察していた。
三匹のワイバーンたちが、城砦の上の人間たちに上空から急降下してきて襲い掛かろうとしたが、ガツンッ、という大きな音とともに、見えない壁にぶつかって甲高い叫び声を上げながら、何度もふらふらと地上に落下しかけた。
私とプラムはそれを見て、にっこりと微笑み合い、静かにガッツポーズをした。
ワイバーンたちは、それならばと、今度はスラッシュ系の風魔法を放ってきたが、これも結界に阻まれて通じなかった。
「お、おい、なんか様子がおかしいぞ。ワイバーンが何かに阻まれたように攻撃できないでいるんだ」
「そう、さっきから俺も不思議に思ってたんだ。いったい……」
「へへ……驚いたかい? あれが、俺たちの先生の力さ」
戸惑う他国の兵士たちと、辺境伯軍の魔導士たちのこうしたやり取りが、あちこちで繰り広げられていた。
辺境伯軍の魔導士たちは、結界のことは絶対言ってはならないと厳命されていたので、どんな方法でワイバーンを防いでいるのかについては、語らなかった。ただ、この日以来、私たちは、不思議な魔よけの呪術を使う偉大な呪術師という評価を受け、尊敬と恐れの入り混じった目で見られることになったのだが……。
さて、その後、大半のガーゴイルは討伐され、ワイバーンたちも傷を負って飛び去り、地上の魔物たちもそれを見て引き返していき、無事に砦は守られた。
私たちは、次の日、一日がかりで残りの部分の結界を張り終え、ようやく砦の端から端まで全長約十二キロの砦の防御結界を完成させた。
さすがに疲れが溜まって、翌日は休息を取った。だが、予定は二週間で、もう残りは五日しかない。ゆっくりはしていられなかった。
「お疲れ様。魔よけの呪術の効果、存分に見せてもらった。まったく素晴らしいの一言だ。これで、砦はさらに強固になった。心から感謝する」
休日の日の夕方、ラズモンド騎士爵は私たちをねぎらうために、夕食に招待してくれた。
「お役に立てて光栄です。明日は王都に向かおうと思います」
「うむ、だが、大丈夫か? 君に無理をさせると、後で辺境伯殿に何をされるか……」
「ふふ……ご心配ありがとうございます。でも大丈夫です。今日ゆっくり休めましたから」
夕食は、さすがに豪華とは言えなかったが、バランスよくとても美味しかった。そして、会食は終始和やかな中で終わり、私たちは騎士爵にお礼を言って部屋に引き上げた。裏に、辺境伯の配慮があったとはいえ、ラズモンド騎士爵もまた、私の中で、貴族への恐れと偏見を少し取り去ってくれた人になった。
翌日の朝、私たちはラズモンド騎士爵の馬車で、彼とともに王都へと引き返した。
「例の地図作成の件だが、正式に国王陛下からの許可が下りた。今回の砦でのことも報告しようと思う。そうすれば、ますます君たちへの信頼も高まるだろう」
馬車が出発した後、向かいの席に座った騎士爵がにこやかにそう言った。
「助かります。ご期待に沿えるよう、精一杯頑張らせていただきます」
馬車は和やかな声を響かせながら、荒野の道を走っていった。
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