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54 リオンの選択 2
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「勇者殿は、お前たちなど必要ないと言われた。さあ、どう思うか、申してみよ」
侯爵の言葉に、すぐに反応したのは、侯爵の息子ゲールだった。そして、まるであらかじめ決められていたセリフのように、よどみなく言った。
「この者は、少しばかり魔法や剣技が得意だからといって、他の生徒を見下しているのです。現に、学園では、田舎者の貴族の子以外は、誰もこの者と親しくしようという者はおりません。我がランハイム王国は、こんな者に頼らずとも、別の勇者を立てて魔王を討伐すれば良いのです。その力が我が国にはあります」
「愚かな……」
後方で成り行きを見ていたルファプ学園長は、ため息交じりにつぶやいた。
「うむ、よくぞ申した」
侯爵が嬉々として叫ぶと、貴族たちの中で数人が大げさに賛辞の声を叫び、拍手をし始めた。
「いかがですかな、陛下、この際、わが国独自の勇者を立てて……」
「ええい、黙れっ! それ以上口を開くなら、厳しく処断いたす」
セイクリッド王の激しい怒気に、ベルスタイン侯爵は一瞬目を丸くして、呆気に取られていたが、すぐに口をゆがめて薄笑いを浮かべながら言った。
「そんなことを言っていいのですかな? 選ばれた若者の中には、リーバルト第二王子も入っていたはず……しかも、王子は、我が娘レビアが生んだ王子、あなたにとって、仮にも私は義理の父親なのですぞ」
侯爵の言葉の途中で、王族の列に並んでいた第二王子リーバルトはいたたまれないように顔を伏せ、リリア第三夫人も王子を抱きしめて、そっと後ろに下がっていった。
セイクリッド王は、怒りのあまり唇を震わせて何か言おうとしていたが、この場で身内の見苦しい争いを見せたくないという気持ちが働いて、言葉に迷っていた。
ベルスタイン侯爵が王を言い負かしたと思い、にやりと笑みを浮かべたとき、王の横にいたリオンが口を開いた。
「侯爵様、少し私の話を聞いていただけますか?」
「ふん、よその勇者が何を言っても無駄なことだ。まあ、この国を去る前の別れの言葉なら聞いてやろう」
「ありがとうございます……」
リオンは頭を下げると、顔を上げて、その場にいる人々を見回しながら続けた。
「皆さんは、勇者に選ばれた私に〝おめでとう〟と祝福をくださいます。しかし、よく考えてみてください。私はこれから魔王と戦う旅に出るのです。私はこの旅は〝片道の旅〟だと覚悟しています。言い換えるなら〝死出の旅〟です。
ゲール君、君はそんな旅に出る私と一緒に来てくれるのですか? 死を目の前にして、それでも私の横に立っていてくれますか?……」
その言葉を聞いた、ゲールだけではなく、すべての者が胸を詰まらせて下を向いた。
「……私は死が怖い。まだ、死にたくない。これが、勇者の本当の姿です。だから、さっき侯爵様が、この国の勇者を立てて魔王と戦うと言われたとき、正直に言うと私は嬉しかった。ぜひ、そうして欲しいと思いました。
でも、私は神に選ばれました。逃げ出すわけにはいきません。だから、怖いけれど、魔王を討つ旅に出ます。そんな弱虫な私ですが、私を勇気づけてくれる友人が二人います。彼らと一緒なら、目の前に死が迫っても逃げ出さない勇気を持てるし、彼らも私の横に共に立ち続けてくれると思います……。
ランハイム王国には、四年間お世話になり、感謝の気持ちしかありません。この国がずっと平和で、幸せであるために、私は全力で戦ってきます。ランハイム王国に、永遠に神の御加護がありますように」
リオンは言い終え、静まり返った中で、王に向かって騎士の礼をすると、くるりと背を向け、静かに謁見の間から歩み出ていった。
王をはじめ、ほとんどの者たちがその場に立ち尽くし、涙を流していた。ベルスタイン侯爵は何も言わず、そそくさと息子を連れて逃げるように去っていった。
貴族の列の一番後ろで、さっきからハンカチを絞るほど涙にくれていた人物がいた。そこへ、これも流れる涙をぬぐおうともせず、毅然とした態度で一人の人物が歩み寄ってきた。
「エルバート、行くぞ。勇者殿を追うのだ」
「はっ」
ランデール辺境伯に言われたシーベル男爵は、力強く返事をして辺境伯の後から、謁見の間を小走りに出ていった。
♢♢♢
リオンは王城を出て、真っすぐに、四年間生活の場だったプロリア公国公館へ向かっていた。すぐに荷物をまとめて母国へ帰還するつもりだった。
だが、王城の門を出た所で、彼を呼び止める者がいた。
「勇者リオン殿、お待ちくだされ」
リオンが振り返ると、二人の貴族が着替えもしないままで、急ぎ足で近づいてきていた。
「これは、ランデール辺境伯様、シーベル男爵様、私に何か御用で?」
辺境伯はそれにこたえる前に、いきなりリオンの前で片膝をつき、頭を垂れた。シーベル男爵もあわてて主人に倣った。
「勇者殿には、せっかくの晴れの舞台を台無しにし、不快な思いをさせましたこと、国王になり代わり深くお詫びいたします」
リオンはびっくりしていたが、やがて柔らかな笑みを浮かべて言った。
「どうかお立ち下さい……もう、なんとも思っていません。勇者というものは、とかく権力者同士の争いに巻き込まれるものだ、と、この国に来る前に父からも言われていましたので、覚悟はしておりました」
辺境伯と男爵は立ち上がり、あらためて頭を下げた。
「寛大なお心に感謝いたします……」
そう言った後、辺境伯は真剣な目で続けた。
「……勇者殿、いや、ここからは今まで通り、リオン殿とお呼びしたいが、よいかな?」
「はい、その方が僕も気が楽です」
リオンはそう言って笑い、辺境伯たちもつられて笑い出した。
三人は並んで歩き出した。
「リオン殿、これからどうされる?」
辺境伯の問いに、リオンは少し考えてから答えた。
「いったん国に帰って、これからのことを父と相談したいと思っています。ただ、その前に……できれば、ロナン・ポーデットに会いたいと思っています」
辺境伯は頷いて、立ち止まった。
「さきほど、リオン殿が言われた〝自分の横に立っていてもらいたい〟友というのは、やはり、ロナンとリーリエなのだな?」
リオンは、それに対して微笑みを浮かべ、小さく首を振りながら言った。
「ええ、ロナンにはぜひ一緒に行ってもらいたいと思っていますが、リーリエ先生は無理だと思います。彼女は、何か、うまく言えないのですが、われわれ人間が触れてはいけない存在のような気がして……ケビンは、どうでしょうか? 一緒に来てくれるでしょうか?」
その問いかけに、シーベル男爵は弱々しく微笑みながら首を振った。
「そう思ってくださることは、親としてこの上もなく嬉しく、誇りに思います。しかしながら、ケビンははっきり言って力不足です。決して命を惜しんでいるのではありませんが、息子はあなたの負担、足枷にはなっても、お力にはなれないでしょう。勇者の横に立つ者は、圧倒的な才能、力をもつ者でなければなりません」
「そうですか…残念ですが、仕方ありませんね」
「きっと、他国にも神に選ばれた者たちがいるはずです。では、これから我々と一緒に、ロナンのもとへ行きましょう。我々は、リオン殿が準備をされる間、近くの店で時間を潰しますゆえ」
「いいえ、どうぞ公館までおいでください。お構いはできませんが、僕の準備はすぐに終わりますので」
こうして、三人はそこから行動を共にし、数十分後、荷台の馬車を連ねて北西へ続く街道を移動していた。
その道中、リオンは王城でのできごとを振り返り、憶病な自分が、よくあんな大胆な言動ができたものだと自分に驚いていた。
しかし、その原因をたどっていくうちに、彼の脳裏には、この四年間、長期休暇のたびにシーベル男爵の館で過ごした日々のことが思い浮かんできた。そして、無心に剣と魔法を鍛錬する中で、少しずつ心も体も成長してきたこと、それを助けてくれた姉弟の笑顔があったことに思い至ったとき、自然と顔に笑みが浮かんでいた。
(神様の選択も、僕の選択も、あながち間違いではなかったのかな……僕は、ちゃんと勇者らしくなれるのかな……)
リオンは心の中でそうつぶやきながら、なぜかその答えをロナンが教えてくれるような気がしていた。
侯爵の言葉に、すぐに反応したのは、侯爵の息子ゲールだった。そして、まるであらかじめ決められていたセリフのように、よどみなく言った。
「この者は、少しばかり魔法や剣技が得意だからといって、他の生徒を見下しているのです。現に、学園では、田舎者の貴族の子以外は、誰もこの者と親しくしようという者はおりません。我がランハイム王国は、こんな者に頼らずとも、別の勇者を立てて魔王を討伐すれば良いのです。その力が我が国にはあります」
「愚かな……」
後方で成り行きを見ていたルファプ学園長は、ため息交じりにつぶやいた。
「うむ、よくぞ申した」
侯爵が嬉々として叫ぶと、貴族たちの中で数人が大げさに賛辞の声を叫び、拍手をし始めた。
「いかがですかな、陛下、この際、わが国独自の勇者を立てて……」
「ええい、黙れっ! それ以上口を開くなら、厳しく処断いたす」
セイクリッド王の激しい怒気に、ベルスタイン侯爵は一瞬目を丸くして、呆気に取られていたが、すぐに口をゆがめて薄笑いを浮かべながら言った。
「そんなことを言っていいのですかな? 選ばれた若者の中には、リーバルト第二王子も入っていたはず……しかも、王子は、我が娘レビアが生んだ王子、あなたにとって、仮にも私は義理の父親なのですぞ」
侯爵の言葉の途中で、王族の列に並んでいた第二王子リーバルトはいたたまれないように顔を伏せ、リリア第三夫人も王子を抱きしめて、そっと後ろに下がっていった。
セイクリッド王は、怒りのあまり唇を震わせて何か言おうとしていたが、この場で身内の見苦しい争いを見せたくないという気持ちが働いて、言葉に迷っていた。
ベルスタイン侯爵が王を言い負かしたと思い、にやりと笑みを浮かべたとき、王の横にいたリオンが口を開いた。
「侯爵様、少し私の話を聞いていただけますか?」
「ふん、よその勇者が何を言っても無駄なことだ。まあ、この国を去る前の別れの言葉なら聞いてやろう」
「ありがとうございます……」
リオンは頭を下げると、顔を上げて、その場にいる人々を見回しながら続けた。
「皆さんは、勇者に選ばれた私に〝おめでとう〟と祝福をくださいます。しかし、よく考えてみてください。私はこれから魔王と戦う旅に出るのです。私はこの旅は〝片道の旅〟だと覚悟しています。言い換えるなら〝死出の旅〟です。
ゲール君、君はそんな旅に出る私と一緒に来てくれるのですか? 死を目の前にして、それでも私の横に立っていてくれますか?……」
その言葉を聞いた、ゲールだけではなく、すべての者が胸を詰まらせて下を向いた。
「……私は死が怖い。まだ、死にたくない。これが、勇者の本当の姿です。だから、さっき侯爵様が、この国の勇者を立てて魔王と戦うと言われたとき、正直に言うと私は嬉しかった。ぜひ、そうして欲しいと思いました。
でも、私は神に選ばれました。逃げ出すわけにはいきません。だから、怖いけれど、魔王を討つ旅に出ます。そんな弱虫な私ですが、私を勇気づけてくれる友人が二人います。彼らと一緒なら、目の前に死が迫っても逃げ出さない勇気を持てるし、彼らも私の横に共に立ち続けてくれると思います……。
ランハイム王国には、四年間お世話になり、感謝の気持ちしかありません。この国がずっと平和で、幸せであるために、私は全力で戦ってきます。ランハイム王国に、永遠に神の御加護がありますように」
リオンは言い終え、静まり返った中で、王に向かって騎士の礼をすると、くるりと背を向け、静かに謁見の間から歩み出ていった。
王をはじめ、ほとんどの者たちがその場に立ち尽くし、涙を流していた。ベルスタイン侯爵は何も言わず、そそくさと息子を連れて逃げるように去っていった。
貴族の列の一番後ろで、さっきからハンカチを絞るほど涙にくれていた人物がいた。そこへ、これも流れる涙をぬぐおうともせず、毅然とした態度で一人の人物が歩み寄ってきた。
「エルバート、行くぞ。勇者殿を追うのだ」
「はっ」
ランデール辺境伯に言われたシーベル男爵は、力強く返事をして辺境伯の後から、謁見の間を小走りに出ていった。
♢♢♢
リオンは王城を出て、真っすぐに、四年間生活の場だったプロリア公国公館へ向かっていた。すぐに荷物をまとめて母国へ帰還するつもりだった。
だが、王城の門を出た所で、彼を呼び止める者がいた。
「勇者リオン殿、お待ちくだされ」
リオンが振り返ると、二人の貴族が着替えもしないままで、急ぎ足で近づいてきていた。
「これは、ランデール辺境伯様、シーベル男爵様、私に何か御用で?」
辺境伯はそれにこたえる前に、いきなりリオンの前で片膝をつき、頭を垂れた。シーベル男爵もあわてて主人に倣った。
「勇者殿には、せっかくの晴れの舞台を台無しにし、不快な思いをさせましたこと、国王になり代わり深くお詫びいたします」
リオンはびっくりしていたが、やがて柔らかな笑みを浮かべて言った。
「どうかお立ち下さい……もう、なんとも思っていません。勇者というものは、とかく権力者同士の争いに巻き込まれるものだ、と、この国に来る前に父からも言われていましたので、覚悟はしておりました」
辺境伯と男爵は立ち上がり、あらためて頭を下げた。
「寛大なお心に感謝いたします……」
そう言った後、辺境伯は真剣な目で続けた。
「……勇者殿、いや、ここからは今まで通り、リオン殿とお呼びしたいが、よいかな?」
「はい、その方が僕も気が楽です」
リオンはそう言って笑い、辺境伯たちもつられて笑い出した。
三人は並んで歩き出した。
「リオン殿、これからどうされる?」
辺境伯の問いに、リオンは少し考えてから答えた。
「いったん国に帰って、これからのことを父と相談したいと思っています。ただ、その前に……できれば、ロナン・ポーデットに会いたいと思っています」
辺境伯は頷いて、立ち止まった。
「さきほど、リオン殿が言われた〝自分の横に立っていてもらいたい〟友というのは、やはり、ロナンとリーリエなのだな?」
リオンは、それに対して微笑みを浮かべ、小さく首を振りながら言った。
「ええ、ロナンにはぜひ一緒に行ってもらいたいと思っていますが、リーリエ先生は無理だと思います。彼女は、何か、うまく言えないのですが、われわれ人間が触れてはいけない存在のような気がして……ケビンは、どうでしょうか? 一緒に来てくれるでしょうか?」
その問いかけに、シーベル男爵は弱々しく微笑みながら首を振った。
「そう思ってくださることは、親としてこの上もなく嬉しく、誇りに思います。しかしながら、ケビンははっきり言って力不足です。決して命を惜しんでいるのではありませんが、息子はあなたの負担、足枷にはなっても、お力にはなれないでしょう。勇者の横に立つ者は、圧倒的な才能、力をもつ者でなければなりません」
「そうですか…残念ですが、仕方ありませんね」
「きっと、他国にも神に選ばれた者たちがいるはずです。では、これから我々と一緒に、ロナンのもとへ行きましょう。我々は、リオン殿が準備をされる間、近くの店で時間を潰しますゆえ」
「いいえ、どうぞ公館までおいでください。お構いはできませんが、僕の準備はすぐに終わりますので」
こうして、三人はそこから行動を共にし、数十分後、荷台の馬車を連ねて北西へ続く街道を移動していた。
その道中、リオンは王城でのできごとを振り返り、憶病な自分が、よくあんな大胆な言動ができたものだと自分に驚いていた。
しかし、その原因をたどっていくうちに、彼の脳裏には、この四年間、長期休暇のたびにシーベル男爵の館で過ごした日々のことが思い浮かんできた。そして、無心に剣と魔法を鍛錬する中で、少しずつ心も体も成長してきたこと、それを助けてくれた姉弟の笑顔があったことに思い至ったとき、自然と顔に笑みが浮かんでいた。
(神様の選択も、僕の選択も、あながち間違いではなかったのかな……僕は、ちゃんと勇者らしくなれるのかな……)
リオンは心の中でそうつぶやきながら、なぜかその答えをロナンが教えてくれるような気がしていた。
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