神様の忘れ物

mizuno sei

文字の大きさ
55 / 84

54 リオンの選択 2

しおりを挟む
「勇者殿は、お前たちなど必要ないと言われた。さあ、どう思うか、申してみよ」

 侯爵の言葉に、すぐに反応したのは、侯爵の息子ゲールだった。そして、まるであらかじめ決められていたセリフのように、よどみなく言った。
「この者は、少しばかり魔法や剣技が得意だからといって、他の生徒を見下しているのです。現に、学園では、田舎者の貴族の子以外は、誰もこの者と親しくしようという者はおりません。我がランハイム王国は、こんな者に頼らずとも、別の勇者を立てて魔王を討伐すれば良いのです。その力が我が国にはあります」

「愚かな……」
 後方で成り行きを見ていたルファプ学園長は、ため息交じりにつぶやいた。

「うむ、よくぞ申した」
 侯爵が嬉々として叫ぶと、貴族たちの中で数人が大げさに賛辞の声を叫び、拍手をし始めた。

「いかがですかな、陛下、この際、わが国独自の勇者を立てて……」

「ええい、黙れっ! それ以上口を開くなら、厳しく処断いたす」

 セイクリッド王の激しい怒気に、ベルスタイン侯爵は一瞬目を丸くして、呆気に取られていたが、すぐに口をゆがめて薄笑いを浮かべながら言った。
「そんなことを言っていいのですかな? 選ばれた若者の中には、リーバルト第二王子も入っていたはず……しかも、王子は、我が娘レビアが生んだ王子、あなたにとって、仮にも私は義理の父親なのですぞ」

 侯爵の言葉の途中で、王族の列に並んでいた第二王子リーバルトはいたたまれないように顔を伏せ、リリア第三夫人も王子を抱きしめて、そっと後ろに下がっていった。

 セイクリッド王は、怒りのあまり唇を震わせて何か言おうとしていたが、この場で身内の見苦しい争いを見せたくないという気持ちが働いて、言葉に迷っていた。
 ベルスタイン侯爵が王を言い負かしたと思い、にやりと笑みを浮かべたとき、王の横にいたリオンが口を開いた。

「侯爵様、少し私の話を聞いていただけますか?」

「ふん、よその勇者が何を言っても無駄なことだ。まあ、この国を去る前の別れの言葉なら聞いてやろう」

「ありがとうございます……」
 リオンは頭を下げると、顔を上げて、その場にいる人々を見回しながら続けた。

「皆さんは、勇者に選ばれた私に〝おめでとう〟と祝福をくださいます。しかし、よく考えてみてください。私はこれから魔王と戦う旅に出るのです。私はこの旅は〝片道の旅〟だと覚悟しています。言い換えるなら〝死出の旅〟です。
 ゲール君、君はそんな旅に出る私と一緒に来てくれるのですか? 死を目の前にして、それでも私の横に立っていてくれますか?……」

 その言葉を聞いた、ゲールだけではなく、すべての者が胸を詰まらせて下を向いた。

「……私は死が怖い。まだ、死にたくない。これが、勇者の本当の姿です。だから、さっき侯爵様が、この国の勇者を立てて魔王と戦うと言われたとき、正直に言うと私は嬉しかった。ぜひ、そうして欲しいと思いました。
 でも、私は神に選ばれました。逃げ出すわけにはいきません。だから、怖いけれど、魔王を討つ旅に出ます。そんな弱虫な私ですが、私を勇気づけてくれる友人が二人います。彼らと一緒なら、目の前に死が迫っても逃げ出さない勇気を持てるし、彼らも私の横に共に立ち続けてくれると思います……。
 ランハイム王国には、四年間お世話になり、感謝の気持ちしかありません。この国がずっと平和で、幸せであるために、私は全力で戦ってきます。ランハイム王国に、永遠に神の御加護がありますように」

 リオンは言い終え、静まり返った中で、王に向かって騎士の礼をすると、くるりと背を向け、静かに謁見の間から歩み出ていった。

 王をはじめ、ほとんどの者たちがその場に立ち尽くし、涙を流していた。ベルスタイン侯爵は何も言わず、そそくさと息子を連れて逃げるように去っていった。
 貴族の列の一番後ろで、さっきからハンカチを絞るほど涙にくれていた人物がいた。そこへ、これも流れる涙をぬぐおうともせず、毅然とした態度で一人の人物が歩み寄ってきた。

「エルバート、行くぞ。勇者殿を追うのだ」

「はっ」
 ランデール辺境伯に言われたシーベル男爵は、力強く返事をして辺境伯の後から、謁見の間を小走りに出ていった。


♢♢♢

 リオンは王城を出て、真っすぐに、四年間生活の場だったプロリア公国公館へ向かっていた。すぐに荷物をまとめて母国へ帰還するつもりだった。
 だが、王城の門を出た所で、彼を呼び止める者がいた。

「勇者リオン殿、お待ちくだされ」

 リオンが振り返ると、二人の貴族が着替えもしないままで、急ぎ足で近づいてきていた。

「これは、ランデール辺境伯様、シーベル男爵様、私に何か御用で?」

 辺境伯はそれにこたえる前に、いきなりリオンの前で片膝をつき、頭を垂れた。シーベル男爵もあわてて主人に倣った。
「勇者殿には、せっかくの晴れの舞台を台無しにし、不快な思いをさせましたこと、国王になり代わり深くお詫びいたします」

 リオンはびっくりしていたが、やがて柔らかな笑みを浮かべて言った。
「どうかお立ち下さい……もう、なんとも思っていません。勇者というものは、とかく権力者同士の争いに巻き込まれるものだ、と、この国に来る前に父からも言われていましたので、覚悟はしておりました」

 辺境伯と男爵は立ち上がり、あらためて頭を下げた。
「寛大なお心に感謝いたします……」
 そう言った後、辺境伯は真剣な目で続けた。
「……勇者殿、いや、ここからは今まで通り、リオン殿とお呼びしたいが、よいかな?」

「はい、その方が僕も気が楽です」
 リオンはそう言って笑い、辺境伯たちもつられて笑い出した。

 三人は並んで歩き出した。

「リオン殿、これからどうされる?」

 辺境伯の問いに、リオンは少し考えてから答えた。
「いったん国に帰って、これからのことを父と相談したいと思っています。ただ、その前に……できれば、ロナン・ポーデットに会いたいと思っています」

 辺境伯は頷いて、立ち止まった。
「さきほど、リオン殿が言われた〝自分の横に立っていてもらいたい〟友というのは、やはり、ロナンとリーリエなのだな?」

 リオンは、それに対して微笑みを浮かべ、小さく首を振りながら言った。
「ええ、ロナンにはぜひ一緒に行ってもらいたいと思っていますが、リーリエ先生は無理だと思います。彼女は、何か、うまく言えないのですが、われわれ人間が触れてはいけない存在のような気がして……ケビンは、どうでしょうか? 一緒に来てくれるでしょうか?」

 その問いかけに、シーベル男爵は弱々しく微笑みながら首を振った。
「そう思ってくださることは、親としてこの上もなく嬉しく、誇りに思います。しかしながら、ケビンははっきり言って力不足です。決して命を惜しんでいるのではありませんが、息子はあなたの負担、足枷にはなっても、お力にはなれないでしょう。勇者の横に立つ者は、圧倒的な才能、力をもつ者でなければなりません」

「そうですか…残念ですが、仕方ありませんね」

「きっと、他国にも神に選ばれた者たちがいるはずです。では、これから我々と一緒に、ロナンのもとへ行きましょう。我々は、リオン殿が準備をされる間、近くの店で時間を潰しますゆえ」

「いいえ、どうぞ公館までおいでください。お構いはできませんが、僕の準備はすぐに終わりますので」

 こうして、三人はそこから行動を共にし、数十分後、荷台の馬車を連ねて北西へ続く街道を移動していた。
 その道中、リオンは王城でのできごとを振り返り、憶病な自分が、よくあんな大胆な言動ができたものだと自分に驚いていた。
 しかし、その原因をたどっていくうちに、彼の脳裏には、この四年間、長期休暇のたびにシーベル男爵の館で過ごした日々のことが思い浮かんできた。そして、無心に剣と魔法を鍛錬する中で、少しずつ心も体も成長してきたこと、それを助けてくれた姉弟の笑顔があったことに思い至ったとき、自然と顔に笑みが浮かんでいた。

(神様の選択も、僕の選択も、あながち間違いではなかったのかな……僕は、ちゃんと勇者らしくなれるのかな……)

 リオンは心の中でそうつぶやきながら、なぜかその答えをロナンが教えてくれるような気がしていた。
しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

巻き込まれて異世界召喚? よくわからないけど頑張ります。  〜JKヒロインにおばさん呼ばわりされたけど、28才はお姉さんです〜

トイダノリコ
ファンタジー
会社帰りにJKと一緒に異世界へ――!? 婚活のために「料理の基本」本を買った帰り道、28歳の篠原亜子は、通りすがりの女子高生・星野美咲とともに突然まぶしい光に包まれる。 気がつけばそこは、海と神殿の国〈アズーリア王国〉。 美咲は「聖乙女」として大歓迎される一方、亜子は「予定外に混ざった人」として放置されてしまう。 けれど世界意識(※神?)からのお詫びとして特殊能力を授かった。 食材や魔物の食用可否、毒の有無、調理法までわかるスキル――〈料理眼〉! 「よし、こうなったら食堂でも開いて生きていくしかない!」 港町の小さな店〈潮風亭〉を拠点に、亜子は料理修行と新生活をスタート。 気のいい夫婦、誠実な騎士、皮肉屋の魔法使い、王子様や留学生、眼帯の怪しい男……そして、彼女を慕う男爵令嬢など個性豊かな仲間たちに囲まれて、"聖乙女イベントの裏側”で、静かに、そしてたくましく人生を切り拓く異世界スローライフ開幕。 ――はい。静かに、ひっそり生きていこうと思っていたんです。私も.....(アコ談) *AIと一緒に書いています*

転生ヒロインは不倫が嫌いなので地道な道を選らぶ

karon
ファンタジー
デビュタントドレスを見た瞬間アメリアはかつて好きだった乙女ゲーム「薔薇の言の葉」の世界に転生したことを悟った。 しかし、攻略対象に張り付いた自分より身分の高い悪役令嬢と戦う危険性を考え、攻略対象完全無視でモブとくっつくことを決心、しかし、アメリアの思惑は思わぬ方向に横滑りし。

積みかけアラフォーOL、公爵令嬢に転生したのでやりたいことをやって好きに生きる!

ぽらいと
ファンタジー
アラフォー、バツ2派遣OLが公爵令嬢に転生したので、やりたいことを好きなようにやって過ごす、というほのぼの系の話。 悪役等は一切出てこない、優しい世界のお話です。

悪役令嬢に転生したので、ゲームを無視して自由に生きる。私にしか使えない植物を操る魔法で、食べ物の心配は無いのでスローライフを満喫します。

向原 行人
ファンタジー
死にかけた拍子に前世の記憶が蘇り……どハマりしていた恋愛ゲーム『ときめきメイト』の世界に居ると気付く。 それだけならまだしも、私の名前がルーシーって、思いっきり悪役令嬢じゃない! しかもルーシーは魔法学園卒業後に、誰とも結ばれる事なく、辺境に飛ばされて孤独な上に苦労する事が分かっている。 ……あ、だったら、辺境に飛ばされた後、苦労せずに生きていけるスキルを学園に居る内に習得しておけば良いじゃない。 魔法学園で起こる恋愛イベントを全て無視して、生きていく為のスキルを習得して……と思ったら、いきなりゲームに無かった魔法が使えるようになってしまった。 木から木へと瞬間移動出来るようになったので、学園に通いながら、辺境に飛ばされた後のスローライフの練習をしていたんだけど……自由なスローライフが楽し過ぎるっ! ※第○話:主人公視点  挿話○:タイトルに書かれたキャラの視点  となります。

こちらの異世界で頑張ります

kotaro
ファンタジー
原 雪は、初出勤で事故にあい死亡する。神様に第二の人生を授かり幼女の姿で 魔の森に降り立つ 其処で獣魔となるフェンリルと出合い後の保護者となる冒険者と出合う。 様々の事が起こり解決していく

30代社畜の私が1ヶ月後に異世界転生するらしい。

ひさまま
ファンタジー
 前世で搾取されまくりだった私。  魂の休養のため、地球に転生したが、地球でも今世も搾取されまくりのため魂の消滅の危機らしい。  とある理由から元の世界に戻るように言われ、マジックバックを自称神様から頂いたよ。  これで地球で買ったものを持ち込めるとのこと。やっぱり夢ではないらしい。  取り敢えず、明日は退職届けを出そう。  目指せ、快適異世界生活。  ぽちぽち更新します。  作者、うっかりなのでこれも買わないと!というのがあれば教えて下さい。  脳内の空想を、つらつら書いているのでお目汚しな際はごめんなさい。

魔法が使えない令嬢は住んでいた小屋が燃えたので家出します

怠惰るウェイブ
ファンタジー
グレイの世界は狭く暗く何よりも灰色だった。 本来なら領主令嬢となるはずの彼女は領主邸で住むことを許されず、ボロ小屋で暮らしていた。 彼女はある日、棚から落ちてきた一冊の本によって人生が変わることになる。 世界が色づき始めた頃、ある事件をきっかけに少女は旅をすることにした。 喋ることのできないグレイは旅を通して自身の世界を色付けていく。

不倫されて離婚した社畜OLが幼女転生して聖女になりましたが、王国が揉めてて大事にしてもらえないので好きに生きます

天田れおぽん
ファンタジー
 ブラック企業に勤める社畜OL沙羅(サラ)は、結婚したものの不倫されて離婚した。スッキリした気分で明るい未来に期待を馳せるも、公園から飛び出てきた子どもを助けたことで、弱っていた心臓が止まってしまい死亡。同情した女神が、黒髪黒目中肉中背バツイチの沙羅を、銀髪碧眼3歳児の聖女として異世界へと転生させてくれた。  ところが王国内で聖女の処遇で揉めていて、転生先は草原だった。  サラは女神がくれた山盛りてんこ盛りのスキルを使い、異世界で知り合ったモフモフたちと暮らし始める―――― ※第16話 あつまれ聖獣の森 6 が抜けていましたので2025/07/30に追加しました。

処理中です...