神様の忘れ物

mizuno sei

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76 裏の世界での戦い 2

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「その様子だと、何か秘策があるようですね? 先ほどは、簡単には倒せぬ、と言っておられたようですが……」

「ふ……さすがに鋭いな。まあ、昼間はさすがに難しいが、人間は誰でも夜になると眠るからね。あの勇者の仲間の〈聖属性〉の魔法を使う娘さえいなければ、何とかなる……」

「なるほど、寝込みを襲うと……でも、近づくのは容易ではありませんよ」

 ベルシアの言葉に、ヒューイット伯爵は、微笑みながら持って回った言い方で答えた。
「それについても、とっておきの秘策があるのだよ。ふふふ……」

 彼はそれ以上口を閉ざしたが、ベルシアとブコは顔を見合わせてから、忌々(いまいま)しそうに伯爵に目を向けた。伯爵は、素知らぬ顔でこう続けた。

「しかし、万が一私が失敗したら、もう、魔王様には打つ手がないのではないかね?」

 ベルシアとブコは胸の内に湧き上がる怒りを必死に抑えながら、引きつった笑みを浮かべた。
「ご心配には及びませんわ。私たちはもう一つの作戦も同時に進めていますのよ。ふふ……人間たちに恐怖を与え、同時に勇者たちの足止めもできる……」

「ほお、それは興味深いな。人間の街に、ゾンビたちを侵入させるとか?」

「ふふ……さすがですわね、その通り……幻影の魔法で生きた人間に見せ、街に侵入させる。そして、生きた人間たちを襲わせてゾンビに変えていく……」

「ああ、そういう事件は過去にも何度かあったな……しかし、その対策としてどこの街の入り口にも、ゾンビや魔物感知の魔道具が設置されているのではないか?」

「ええ。だから、同時にブコたちが城門を襲うのですよ」

「なるほど、そのすきに街の中に紛れ込むというわけか……だが、ゴブリンたちにかなりの犠牲が出るぞ」

「魔王様の大望(たいもう)成就(じょうじゅ)のためなら、我らは喜んで犠牲になるギャ」
 ブコが甲高い声で、こぶしを突き上げながら叫んだ。

 伯爵はしかつめらしい顔で顎に手をやってから、今思いついたようにこう言った。
「それなら、いい方法があるぞ。ちょっと待っていろ」

 彼はそう言うと、執務用の机の引き出しから、銀色の箱のようなものを取り出して持ってきた。
「私がさっき〝とっておきの秘策〟と言ったのが、これだ」

 ベルシアとブコは興味津々で身を乗り出すように、その銀色の箱を見つめた。
「何ですの、それは?」

「これは、私が千年前、悪魔と魂の契約したときに悪魔からもらったものだ。これを使えば、自分の行ったことのある場所へ、瞬時に転移できる」

 ベルシアとブコは、珍しく驚愕の表情になって叫んだ。
「な、て、転移ですって?」
「ま、まさかだギャ、そんなものが、あるわけが……」

「まあ、信じられないのも無理はない。これは古代の失われたアーティファクトだからな。今からやって見せる」
 伯爵はそう言うと、部屋の空いているスペースに移動して、床の上に銀の箱を置いた。

「今から、ある場所に行って咲いている花を取ってくるつもりだ。すぐに帰ってくるが、私が消えた後、この魔法具には絶対触らないでくれ。どんな不具合が起こるか検証していないのでね」

 ベルシアとブコは、キツネにつままれたような顔で黙って頷いた。

「では、始める。こうして箱の上に手をかざし魔力を箱に流す……」
 伯爵は、かがみこんで箱の上に手をかざした。あえて、大事な〝行き先をイメージすること〟を言わなかった。
「……よし、では、行ってくる」
 伯爵はちらりとベルシアたちを見てから、箱をまたいだ。伯爵の姿が、見えない入り口から消えていった。

 ベルシアとブコは、あっと叫んで、慌てて箱の周囲を回ってみたが、どこにも隠れるような場所も仕掛けもなかった。

「姿消しの魔法か?」
「い、いや、それなら必ず気配や魔力を感知できるはずですギャ……完全に消えていますギャ」

 ベルシアは、まだ疑っていたが、もしこれがダンジョンにあるような〈転移魔法陣〉の携帯版であれば、その有用性と価値は計り知れないと思った。

「ダンジョンにも、転移魔法陣がある。ということは、理屈としてはあってもおかしくはない魔道具だ……ブコ、これは何としても手に入れたいな」
「確かに……ですギャ、まずは本物かどうか確かめる必要がありますな」
「うむ……」

 二人がそんな話をしているところへ、ヒューイット伯爵が戻ってきた。まるで空中から着地するように、少し体勢を崩しながら床に降り立った。彼は手に一本の白いバラの花を持っていた。

「ほら、どうかね? 今、そこの窓から見える庭でバラを取ってきた」
 伯爵は、二人を手招きして窓の外を見るように促した。

 ベルシアとブコは、ちらりと窓の外を見て、確かに庭の中央付近に、伯爵が手にしたバラと同じものが咲いているのを確かめた。

「すごい道具ですわね。これがあれば、人間の街に好きな時に好きなだけゾンビや魔物を送り込むことができますわ」

「そういうことだ。私はこれを使って、勇者の寝室に忍び込むつもりだ。どうだね、君たちも使うなら、貸してやっても良いが……」

 ベルシアとブコは顔を見合わせて小さく頷き合った。
「ぜひ、お貸しいただきたいですわ。ですが、まずは我々にも使えるかどうか、確かめる必要がありますわね」

「ああ、確かに。では、今度は二人のうちどちらか、私と一緒にやってみてはどうかな?」

 伯爵の言葉に、二人は顔を見合わせてためらっていたが、ベルシアが顎でブコを促し、ブコはしぶしぶ前に進み出た。
「で、では、わしがお供しますギャ」

「よし、では、こっちに来て、私と同じようにやってくれ……まず、この箱に魔力を流す……次に、心の中で〝収納〟と強く命じるんだ、心の中で強くだぞ」
「わ、分かったギャ」

 二人は同時に箱の上に手をかざした。そして、次の瞬間、ブコはまるで引き込まれるようにパッと姿を消し、それを追うように伯爵が箱をまたいで姿を消した。


♢♢♢

「取り出しっ!」
 伯爵は、門の外に出た直後、そう叫んだ。

「おわっ、ギャッ」
 ブコは、空中に放り出されるようにして地面に転がった。

 そこは、静かな丘の上の林の中だった。

「ああ、慣れないとそうなってしまうんだ。大丈夫か?」

「あ、ああ、大丈夫だギャ……ここは、どこだギャ?」
 ブコはローブに付いた土や木の葉を手ではたきながら、辺りを見回して尋ねた。

「ああ、ここは、私が仕事に疲れた時などに訪れる秘密の場所だ。いい眺めだろう?」

「……何もないギャ、確かに静かではあるな」

「ここで飲むワインは最高なのだよ……さて、では帰るか。今度は、心の中で、さっきいた私の書斎を思い浮かべるんだ。さあ、行くぞ」

 伯爵は、そう言うと箱の上に手をかざしながら、反対の手で小さな紙きれをそっと地面に置いた。ブコは目をつぶってイメージを思い浮かべていたので、それには気づかなかった。

「よし、では箱を飛び越えるようにまたぐんだ。それっ」

「おわっと、っと」
 ブコは、またもや着地に失敗して、床の上に転がった。

「ブコ、どうであった?」
 ベルシアが、ブコを気遣うこともなく急き立てるように尋ねた。

「は、はい、間違いなく、転移しました。ただ、外に出るときは、気をつけないと……」

 ベルシアはそれを聞くと、いかにも嬉しそうに相好を崩した。
「素晴らしいですわ、伯爵様。ぜひ、この魔道具をお貸しいただけないでしょうか? もちろん、勇者暗殺の後でも構いません」

「ああ、構わんよ。ちゃんと返してくれるならな。実は、これは対になっていて、もう一つ同じ魔道具がある。私はそちらを使うから、君たちにはこれを預けよう」
 伯爵はそう言うと、床に置いていた銀の箱をベルシアに手渡した。

「ありがたくお借りしますわ。一週間後にお返しに上がりますが、よろしいですか?」

「ああ、構わんよ」
 伯爵はそう言うと、机の引き出しを開けて、今度は銀の箱に入れたものではなく、むき出しの石の箱を持ってきた。

「では、我々はこれにて失礼しますね。伯爵様からの吉報、楽しみにしていますわ」
 ベルシアとブコは、軽く一礼して部屋を出て行こうとした。

 この時、ヒューイット伯爵は緊張のあまり、手に汗をかき、表情もこわばっていたが、持ち前の精神力を振り絞って、ごく自然な態度でこう言った。
「せっかくだから、これを使ってみないかね? あっという間に自分の城に着くよ。ブコ、君が今度はベルシア嬢にやり方を教えてやってくれ」

「確かにそれは必要だギャ。帰ってから、使えなかったでは、またここに来なければいけなくなりますギャ」
 ブコの言葉を、ベルシアもごく自然に受け入れた。
「そうね。では、ブコ、やり方を教えてちょうだい」

「はい。まず、この箱に魔力を込めますギャ……そうしたら、心の中で〝収納〟と強く叫ぶのですギャ。いいですかな?」
「分かったわ。……よし、いいわよ。じゃあ、一緒に、収の」

 二人の姿は吸い込まれるように、空中に消えた。

 伯爵は、待ってましたとばかりに箱に駆け寄り、ふたを開けて魔石を取り出すと、腰に差したナイフを引き抜いて、箱の蓋をナイフの石突(いしづき)を使って力任せに打ち砕き始めたのだった。

 同じころ、すでにリーリエ・ポーデットは、既存の石の箱を粉々に砕き終えていた。彼女のそばには、ヒューイット伯爵が丘の上に残したメモがあった。それには、一言、こう書かれていた。
『作戦成功』。

 同様に、勇者軍のキャンプでは、ロナンがテントの中で、粉々になった石の箱を見つめていた。彼のそばには、姉が送ったメモがあった。それにはこう書かれていた。
『石の箱をすぐに砕きなさい。理由は後で話します。新しいものもその時渡します。ためらわず、すぐにやりなさい』
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