推しがラスボスなので救いたい〜ゲーマーニートは勇者になる

ケイちゃん

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復活の厄災編

第五十四話 脱・過去の自分⑤

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 そんな意味深な言葉を発した直後、背後から何度も壁を叩く音が響く。巨竜が片腕を固定された状態でありながらも壁を破壊しようと試みていた。
 二人の視界からではその様子を窺うことはできないが、氷壁を挟んだ裏側では、巨竜が盛り上がった筋肉でできた巨体を駆使して体当たりしている。
 いずれにしろ氷壁が壊され、またも彼らを追いかける行動に移る。今が転移魔法で逃げられる最後の隙なのだが、クロムはそのチャンスを払い除けながら逃げることが出来ない理由を話し続ける。

「奴らは魔力に反応して追いかけてくる特性があることを話しましたよね、もし俺達がここを離れてしまえばあの巨竜はどうなるのか?考えられる行動は二つ、離れた場所に向かったと理解して追ってくるか、追いかけられないと考えておとなしくこの場所で眠りにつくかのどちらかになります。」

 ただの魔物ならそれくらいの行動で心配などしない、だがあの巨竜の中にいるのは幼体でありながらも厄災魔獣と称される化物。存在するだけで脅威とされる魔物が動き出せば被害は想像できない。

「後者の方がありがたいですけど、長い眠りから目覚めた者が再び眠りにつくなんて考えられない。腹を空かせた状態で餌を求めて練り歩く、そんな未来が見えてくるんです。」
「では…あの寄生生物を乗せた竜は、この谷から出ていくという可能性があるということか。」
「出ていくならまだしも、奴は地面を掘って移動もできます。誰かが奴を引きつけておかないと逃げられた時に厄介になります。」

 なるほど…何となく読めてきた、と内心クロムの考えが読めてそう口にするフォルティア。
 つまりは、魔力に反応して追いかけてくるという特性がどこまで影響を及ぼすのか不明であるのが一番の問題といったところ。
 仮に転移で里に帰れたとしても、戦える人数を集めて今すぐここに戻って来ることなんてできない。
 その間に必ずあの巨竜は人の目が届かない所で自由に動く、どのような行動に移すのか分からない以上、目を離すのは危険すぎる。

「見失えば最悪…なんの前触れもなく町や村に出現する可能性もある、それを防ぐために誰かがこの巨竜を見張らなければならない。だから君は逃げることではなく足止めを選んだ、そういうことだな。」

 フォルティアが今までの話をまとめて結論を述べる、それに頷くクロムだが、それがわかってこの後どうするべきかという発想までは至っていない。

 あの竜を足止めできれば…手足に致命的なダメージを与えれば移動も困難になる。
 ーーだがそれでどうなる、動かなくなった車を降りるように操作が出来なくなった巨竜から大量の触手が出てくる。数の物量で襲いに来るという未来が見えてくる。

 一人がここに残り、もう一人が増援のためにここを離れる。巨竜を監視できて仲間も増やせる、これが一番良い案だ。
 ーーいつまで逃げればいい、仲間の増援などすぐ用意できるわけがない。もし巨竜がこちらに興味を示せず谷を出ようとしても、それを足止めできる力は俺にはない。
 やろうと考えればできるのだが、シトリーの技は俺にとって強すぎるため、体があの時のように壊れてしまうのがオチだろう。

 冷静すぎる俺の思考が思いつく案を悉(ことごと)く否定する。時間はもう残されてない、早く決断しなければ…

 バキバキッ!ドガガァァ!!
 嫌な破壊音が後方から鳴る、それは考える時間は終わりだと告げられる宣告のようなものだった。

「来たっ!」

 俺とフォルティアの二人は後方を振り返る、遠くからでもその巨大さがわかるような体つきをしている巨竜。その姿は前と違ってくたびれているように頭と胴体が地面についたうつ伏せの状態となって倒れている。
 その姿をただ二人は緊張した表情で見続ける。次に奴はどんな行動で来るのかと警戒していたが、奴が倒れたその時以降ピクリとも動かない状態が続き、一秒、また一秒と時間が過ぎていく。

「動かない…のか…?」

 俺が不気味に動かない奴の姿に疑問を呈した、その時だった。
 巨竜の左腕が急な動きを見せ、伸びる腕についた大きな手が地面を掻いた。その次に右腕も同じように大きな手で地面を掻く、だが巨竜の頭と胴体は未だ地面に密着しうつ伏せで倒れている状態であり、地面を掻く度に重たい胴体が引きずられていく。

「ーーなッ!」

 焦り表情を隠さずにいられるだろうか、突然動き出した巨体に驚いているわけではない。速い…腕を速く掻くことで巨体とは思えぬ速さでこちらに向かって来るのだ。

「気持ち悪っ!ってか速っ!」

 さっきまでのろのろと亀のように慎重に動いていたのが嘘のようだ。腕の力だけで素早く追いかけてくるその様子は、まるでホラー映画のオバケを彷彿とされる。
 もはや魔物が成せる動きではない。

「クロム君!私に掴まれ!」

 追いかけてくる不気味な姿勢の巨竜から逃げようと足を動かした瞬間、フォルティアに止められた。
 何かを起こすと思った俺は言われたとおりに彼の腕を掴み、じわじわと距離を詰めていく巨竜を緊張した目で見ていた。

「彼の体を離さないようしっかりと抱えるんだ、飛びあがるぞ。」
「飛ぶ!?それってど……」

 飛ぶとは一体どういうことなのか、転移…?それとも浮き上がる…?その答えを聞こうとした瞬間…
 フォルティアは杖の柄先に魔法陣を展開させ、それを自身の足元に叩く。と、同時に魔法を詠唱した。

「反転重力《アンチグラビティ》!」

 瞬間、全身が一気に押し上げられるような感覚を感じ、目に見える景色がガラリと変わった。
 瞬く間に地面から遠く、土壁よりさらに上へ体が飛び上がっていた。いや…飛び上がるという意味では少し語弊がある、飛んでいるのは俺とフォルティア、そして抱えるヒズミがギリギリ立てる範囲にくり抜かれた地面だった。

「うぉぉぉぉぉぉぉ!!!??」

 あまりの恐怖に俺はフォルティアに掴む手と、ヒズミを抱える腕に力が入る。
 突然地面が剥がれ、それに乗って自身の体を支えるものもないまま一気に十数メートル以上の高さまで急上昇する。どんな絶叫系アトラクションでもこんな馬鹿げた乗り物以上の恐怖はないだろう。

「高いっ!怖いっ!何っ!?どうなってんの!?」

 上昇速度が落ち、空中で浮かぶようになった地面の一部。下を覗かなくとも急にその高さにまでに達した際の景色が嫌でも目に入り、足がすくむ。

「落ち着きなさい、私が展開した場所に逆向きの重力を与えたのだ。これ以上高く飛ばないから安心するといい。」
「だったら最初にこう飛ぶって教えて欲しかった!気持ち作る前に飛ばされたから足がすごいガクガクになってるんですけど!」

 そう絶叫するクロムの声を聞き、ちらりとフォルティアの視線が足下に巡る。
 ガクガクといった異常な震えは無いものの、腰を曲げてこれ以上の急な動きがやって来ても耐えられるような姿勢を見て。

「気持ちを作っていては、次の行動に移る前にも体が強張ってしまうだろう。」

 そう呟くと掴まれている腕を逆に掴み返すようクロムを支えて。
 たんっ…と、立っていた地面を軽く蹴って飛び上がった。
 それは当然、掴まれたクロムもフォルティアに導かれて空中へ浮かび上がる。

「おいおいおい!嘘だろぉぉぉぉ!!!」

 フォルティアの異常な行動にクロムは猛然と吠えた。
 今…下には足場となる場所が何も無い、土壁の頂上に降り立とうと考えてもかなりの距離がある。翼でもつけないかぎりあちら側に移ることなど不可能だ。

(無理だ…!風魔法で体を飛ばしたりとか、くり抜いた地面を操作したりとかであっちに向かう予想はいくつかあっただろ!?なんでジャンプ!?なんでそんな軽く!?落ちるに決まってるだろ!!)

 クロムは自分の体が落ちる想像をした、まるでそれが死という避けられない運命だとわかっているように、目の前で浮かぶフォルティアがスローモーションのようにゆっくりに見えた。
 のだが…

「落ちるとでも思ったか?言ったであろう、私が展開した場所に逆向きの重力を与えたと。」

 そう、目の前のフォルティアは口にすると、大丈夫だと思わせるように落ち着いた表情をこちらに見せた。

(……なんだ?…えっ?……どうなっている…?)

 クロムは驚嘆を超えて、目の前の光景を疑う。
 走馬灯のように死が目の前に迫ると世界がゆっくりに見える、そのような精神状態があるということを聞いたことがある。
 今この状況、ふわりと浮かぶフォルティアの姿がゆっくりに見えていた、先で起きようとしている死を認識しているからそのような景色が見えると、そう思っていた。
 だがフォルティアは何も違和感なくこの状況を説明したり、こちらに顔を傾けてきた。走馬灯のようなものでないのかと疑問に思ったが、自分達の体がまだ落下していないことに気づくと、ようやくフォルティアの言葉が理解できた。

「動きがゆっくりになってるんじゃなく…体にかかる重力を逆転させて浮かしているのか。」
「少し違う、私は自然の重力を操作しているのではない。展開した魔法領域に逆向きの重力を作ったのだ。」

 自身の言ったことと説明された違いが分からず、クロムは言う。

「それの何が違うと?」
「プラスとマイナスで考えればいい、自然の重力がプラスだとすると、私はその中で逆向きの力、マイナスの重力を作り出した。だがマイナスの力だけでは私達は空に投げ出されてしまう、地面が急上昇した時のようにな。」

 プラスとマイナスに例えられた説明でなんとなく理解できた、おそらく地面が急上昇した時にはマイナスの力が大きく作用していた。
 そこをフォルティアは重力魔法の力を弱めて、下向きに働く自然の重力とかぎりなく同じ力に調節することによってプラスとマイナスの力を等しく合わさったゼロの力、無重力を作り出したのだ。

「魔法と自然の力で無重力を作って浮遊してるっていうのか…重力の僅かな強弱をもコントロールできなきゃ墜落するレベルの難易度をこうも簡単に…。」

 さっき唱えた氷結魔法もそうだが、彼が唱える魔法は力も魔力のコントロールも別格だ。これが里長の実力…!
 そう、クロムは初めてフォルティアと出会ったあの光景を思い出しながら、彼の魔法技術に惚れていると、その彼から一言…

「ちなみにだが、最初に君と出会った時に私が使っていたのは飛行魔法・飛翔《クリアウィング》といってな、飛ぶ時にはこっちを使っている。」
「何故それを使わない!?そっちの方がめちゃくちゃ安心安全じゃないですか!」
「飛行魔法は慣れないと浮くことすらできない。あの状況下では一から教えるのも無理とわかってな、奴から距離を取るためにはこの荒っぽいやり方しかなかったのだ。」
「うぅ…ぐうの音の出ない…。」

 かなり危険なやり方であってもフォルティアのこの判断は正解で、俺はそれ以降この飛び方に苦言を溢すことはしなくなった。むしろ…

(次に覚える魔法は絶対、飛行魔法にしよう…。)

 この恐怖を二度と体験しないようにと、顔を引きつらせながらそう思った俺だった。

 空中へ飛び上がってから、僅か三十秒ほど滞空。
 彼の実力が相当なものだと確信した時には、落ちると感じていた不安や強張っていた体がいつの間にか消えていた。
 ……が、そんな無重力体験も終わり、土壁の頂上に足をつけると一気に体全体が重くなり足元がおぼつかなくなっていた。

「ふぃぃ…一気に歳食った気分だぜ…。」

 だが逆に慣れた足取りで歩き、崖下を覗くフォルティア。

「安心するのはまだのようだ、あれを見てみなさい。」

 その言葉についていくよう、抱えたヒズミを一旦地面に寝かせ、フォルティアの隣に歩み寄ると同じく崖下を見た。
 下ではついさっきまで俺達がいた場所で巨竜が見境なく暴れていた。だが…

「あいつ…やっぱりさっきと動きが…」

 なんと言えばいいだろう、暴れているのは両腕だけで、辺りの地面や土壁を掘ったり切り崩したりしている。それ以外はまるで死んでいるようにピクリとも動かない、意識だけが腕だけに集中しているみたいだ。

「クロム君、あれ見てどう感じる。」

 意見を要するようにフォルティアはクロムに聞く。
 動きは見てのとおりだ、不可解に腕だけで行動している。だがそれは「どう見ている」という話だ、これを「どう感じる」に置き換えると見え方が変わってくる。

「まるでイカやタコみたいな、足で獲物を捕えるような動きをしているみたいに見える。いや…そんな複雑な事じゃない、必要最低限の行動に全部の力をのせているような…そういう動き。」

 それが答えだろうとフォルティアも頷く。

「うむ…最初見た時は、肉体の動作はぎこちなくとも四つ足で動く竜そのものだった。それが奴らとしてはかなりの重労働なのだと学習したのだろう。」

 そう、もし巨竜を巨大なロボットとして例えるなら一つの動作を行う度に複数の役割を設けなければならない。
 腕を動かす度に不審な挙動を起こしていたのは、腕を操るために必要な力が少ないと、そう考えることができるだろう。
 だからこそ一つに絞った、無駄なものを削ぎ落とし、速く動くことだけに全神経を注いだ。
 その考えが厄介なのだ。

「奴の動きも脅威だが、一番脅威なのは…奴は私達を捕えるために効率というものを学び始めたということだ。」
「っ!」

 その言葉を聞き、クロムは再び巨竜の動きを観察する。
 巨竜は、ある程度暴れ終えると嘘のように静かになり、そして…
 ドガッ!
 再び動き始めたかと思えばクロム達が立つ土壁に爪を突き立てた。
 その時の振動がこちらにまで響くのと同時に、もう片方の手が土壁に手をつけた。ここに自分達がいるとわかって登ってくる気でいるみたいだ。

「嘘だろこいつ!戦況を読んでやがる!」

 フォルティアの言うことはこれで正しいと理解し、そして驚愕する。
 突進し、見境なく攻撃、無駄だと分かれば戦場把握、そして次の行動…人間ならできることでも、相手は脳があるのかもわからない触手なのだ。
 見誤っていた、いや…俺達がそうさせたのかもしれない。触手であっても「学ぶ」という力を身につけたのなら…

 ーー確実に…町や村などを襲える理由が作れる…!

「ッ!フォルティアさん!」

 こちらに登ってくる巨竜から距離を取ろうと隣にいるフォルティアに呼びかける。だが彼は慌てる様子もなく崖の下を見続け、思う。

(やはり魔力に反応して追いかけてくる、クロム君が予想した考えは正しかったようだ。)

 巨竜は私達が重力魔法を使用した際の魔力の反応を見て、私達がいた場所を一点に攻撃していた。そして、そこにいないと分かれば他の場所から流れる魔力を探し当て、こちらの場所に目をつけた。
 必死に私達の中に流れる魔力を求めようと動いている、その意思は今この場に私達がいなくなっても続くことだろう。
 それはもはや、おとなしくこの場に留まる気は無いということが確定した。

「巨竜が存在するかぎり、厄災は消えぬということか…それは見過ごすわけにはいかぬな。」

 フォルティアの表情から今までにない真剣さが浮かぶ、そして彼が手に持っている杖からビリビリと電気が走るような殺気が肌に伝わってくる。
 それは、ここから逃げる意思を持つような様子ではない。それに気づいたクロムは目を見開く。

「まさか!ここで倒すつもりですか!?」

 そのありえないと考える行動に対して問うと、フォルティアはこちらを見ずに答える。

「君は転移が使えると聞いた、君はここから離れて仲間達を呼びに来てくれ。私はそれまで時間を稼ごう。」

 そう解答している間に、魔力を多く溜め込み従来よりも大きな魔法陣を杖先から展開させた。それを自身の足元に向けると、登ってくる巨竜を睨みつけ…

「登らせると思ったか、凍て刺せ!氷獄《エクスフリーズ》!」

 彼が唱えたのは上級氷結魔法・氷獄《エクスフリーズ》だ。そんな強力な魔法が杖先から現れたかと思えば、凄まじい冷気が全て地面の中に溶け込むように消えていった。そして次の瞬間…

 パギィィィン!!
 土壁に張り付いて登ってくる巨竜を押し出すように、その壁から突然尖った氷柱が飛び出した。
 その押し出された氷柱の勢いにより、巨竜の胴体と両手が土壁から離れた。その直後、巨体はバランスを失い背中から倒れる形で地面に叩き落とされた。
 仰向けに倒れ、起き上がれない虫のようにもがく様子など見ている暇もなくフォルティアは次の攻撃に移る。

「的が大きくて助かる、歳だからな…小さい物は見えにくくて困る。」

 フォルティアは自身の杖をゆっくり真横に薙ぐと、その軌跡上に魔法陣が次々に展開される。計四つの魔法陣が生成されるのを見ると彼は告げる。

「連続詠唱・乱炎獄《ワイルドエクスバーン》!」
「っ!?」

 クロムはフォルティアが口にした詠唱言語に耳を疑った。

(連続詠唱!?ワイルド!?そんな魔法聞いたことない…!)

 そう内心驚きながら目の前で起こる光景を眺めた。
 フォルティアの前に展開された魔法陣一つずつから人が覆い被さるほどの大きな火球が現れる。その大きさの由来どおり、唱えたのは上級火炎魔法・炎獄《エクスバーン》だ。
 しかもそれが四つ同時に現れている。初撃を放った後に続けてすぐもう一度放つ流れではなく、初撃で複数の魔法を放っている。
 無論、そんな攻撃方法など聞いたこともなければ見たこともない。ゲーム内でそんな攻撃方法を解禁などすれば、ほとんど魔法使いが無双するだけのヌルゲーと化してしまう。だから驚いているのだ。
 だが今は、そんな無双する攻撃方法にでも縋りつきたいものだ。攻撃するというのなら少しでも奴の体力を削ってやれれば大きな時間稼ぎに繋がる。

「焼け!」

 フォルティアの号令と共に大きな火球が巨竜に向かう、その一つが先ほど生成した氷柱の根本に直撃し、ミシミシと音をたてながら真下にいる巨竜の胴体に落下する。

 ゴォォォォ!!
 焼けつく業火の音と氷柱が固いものに押しつぶされる音が響き、さらには急激に熱された氷が水蒸気を起こして巨竜の姿を覆い隠す。

「うおっ!どうなった…奴は!?」

 熱い水蒸気がここまで上がって、クロムは咄嗟に腕で顔を覆った。下を見れないのでどうなっているかわからないが、上級の火炎と氷結の魔法をまともにくらっているのは確かだろう。

「いや、まだだ…。」

 だが、フォルティアの攻撃はまだ止まらない。杖を高く上げ、空中に大きな魔法陣を展開させると周りの空気がフォルティアに向かって集まっていくように風が吹き始めた。
 その風が集まる中心、魔法陣の上には大きく、そして圧縮されたかのように強い風が対流を巻き起こして歪な球体を作り上げる。細かい砂を巻き込んでいるためか、その風の対流は可視化するほどであり、ものすごい速さで砂が動いているのが見えた。

「吹き荒れろ!風獄《エクストルネード》!」

 フォルティアの力強い詠唱と共に、暴風を圧縮させたその風球を湧き上がる水蒸気の中へと放り込むように杖を薙いだ。
 空を切るような音と共に風球が水蒸気の中に入ったかと思えば、瞬間…爆音を響かせ、白い霧が立ち込めた水蒸気を一気に吹き飛ばす竜巻を引き起こした。これが…上級風魔法・風獄《エクストルネード》の力。

「うわっ!」

 その強力な暴風に危うく体が後方に吹き飛ばされそうになるクロム、だがそんな事よりももっと恐ろしいことが目の前で起き始めていることに気づいた。
 砂や石を巻き込んだ荒ぶる暴風が研削盤のように土壁の側を削っていく、それもものすごい速さで。
 それはつまり、触れたら肉が削り取られる殺人級の竜巻がこちらに迫ってくるということだ。

「これもう…魔法というより災害だろ!」

 自分の身に迫る恐怖に、クロムは慌てながらそう吠える。
 そうして竜巻の余波が届かない場所へヒズミを引きずっていると、吹き荒れる暴風の音が止んでいくのに気づく。

「ふぅ…ふぅ…やれやれ…年のわりに暴れすぎた。」

 後ろを向くと、肩で呼吸しながら額についた汗を袖で拭うフォルティアの姿があった。
 三種の魔法をほぼ連続といっていいほどに連発、それも上級レベルだ、魔力の操作やその消費量に対する疲労はかなりのものといえる。
 だが、それに見合った働きを彼はしたとクロムはそう思った。
 実際、あの高威力の魔法達を外すことなく全て命中させている。討伐、そうでなくても移動が困難になるほどに体力を削れていることだろう。
 その予想はフォルティアも同じ考えだった、それを確認しようと崖下を覗いた彼は…

「……なっ…!」

 絶句した……何故ならそこには何も無かったからだ。

「フォルティアさん!奴はどうなった、倒せたんですか!?」

 背後でそう問いかけるクロムに、フォルティアはすぐ返答する。

「申し訳ない!逃げられ…」

 と、そう口にした瞬間、自分達が立っている地面が大きく揺れ始める。

「なんだ…!?」

 そう呟くフォルティアは今の状況がわかっていなかった。その逆、この不気味に揺れ動く地について理解しているクロムは慌てながらも彼に叫ぶ。

「下から来ます!逃げるんだフォルティアさん!」

 その叫びと同時に、高い土壁の表面に大きくヒビが入り始めた。それはクロム達が立つこの場所にも影響を及ぼす。

「やばい!崩れる!」

 クロムとフォルティアの間を裂くように大きな亀裂が地面にできる、その亀裂がこちらに伸びて来る前にここから離れようとヒズミを抱えて走る。
 フォルティアは崖の近くにいたためか、地面に亀裂が入ったことで立っている場所で地滑りを起こした。

「ぬうっ!」

 膝を折り、体勢を崩さぬよう維持する。少しの衝撃で体にぐらつきが生じれば呆気なく真っ逆さまだ。
 そして、フォルティアは落ちるという恐怖が感じるその前に、自分の体が宙に浮かぶイメージを思い浮かべた。
 雑念こそが魔法詠唱の天敵だとわかっていたために、冷静に、理性がまだ残っている内に魔法陣を展開させ唱えた。

「飛翔《クリアウィング》!」

 目の前で魔法陣が霧散すると同時に、膝を折った低い姿勢から勢いよく飛び上がる。すると、フォルティアの体は物理法則を無視しているかのように空中でピタリと留まる。
 そして彼は見た、崩れゆく土壁の中に動く紅い影を。こんな現象を起こして見間違いとは言えない。登って来ている…あの竜が。

「あれだけの魔法を撃ち込んでも、命までは絶てなかったか…。」

 苦い顔を浮かべながら、土壁の上で迫る亀裂から逃れようとするクロムに向かって飛び上がる。
 その直後だった…

 ガガガララッッ!!
 地面に続いた亀裂が大きく開かれ、激しい土砂崩れと共に紅き巨竜が地面から飛び出した。

「ッ!」

 暴れながら天を掻き、地面の感触がないと感じた両腕は力強く地面に叩きつけ、重い体を地中からひり出す。
 この場合…再び間近で出会うことになった巨竜を前にしてうんざりするほどの怒りを表す、だがそんな感情は目の前で荒々しく動く暴君を見て絶望する。

「おいおい…冗談じゃねぇよ!」
「なんと…これほどとは…」

 クロムとフォルティアは見ていた、上級レベルの魔法をくらっている巨竜の姿を。特にあの竜巻なんか、魔物の体であっても容易に肉を引き裂くほどの威力を持っていた。
 紅い鱗が燃えて黒く変色したり、質量の大きい氷柱が腹に突き刺さったことで痛々しい傷跡を残していると、こちらが有利に立つような姿を見せてもらえると思っていた。しかし、

「なんでこいつ…!魔法効いてないんだよ!」

 依然として、巨竜は目立った外傷は無く、攻撃する前と何も変わらない姿を二人に見せつけていた。
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