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復活の厄災編
第五十四話 脱・過去の自分⑥
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「外れていたと…?いや、あの攻撃の中で地中を掻き分けようと動いていたことは間違いない。」
フォルティアは悔しげに巨竜を睨みつけながらも、奴の有効打は何かを考える。
自分がこれまで竜族を相手にしたのは、おそらく考えても両手で数えるほどしかない。出会うのが稀ということもあるが、どうしても戦わないといけない戦況に陥らないかぎりは奴らと戦うのを避けていたからだ。
理由はもちろん、その圧倒的な強さだ。自分の体の特性を活かしながら、その巨体から繰り出される強力な攻撃は厄災レベルに匹敵する。
飛行に特化した姿、地上を走ることに特化した姿など、その巨体故に底知れぬ体力と並の攻撃すらも弾き返す頑丈な皮膚を兼ね備えていることを共通として、さまざまな種類が存在するが…
「予想外だ、属性魔法に大きな耐性を持っている竜だったとは…これでは体内で竜を操っている触手まで攻撃が届かない。」
自分の魔法が劣っていると思わすほどの強力な魔法耐性、さらにそれが死しても尚、効力が発揮するという異常な頑丈さにフォルティアも苦難に満ちた表情をする他ない。
「くっ…落ちろ!重力《グラビティ》!」
フォルティアの唱える重力魔法が巨竜の周りを覆い、自身の重さに加え、下向きに働く強い引力によって巨竜の動きを抑制した。
フォルティアがこの巨竜を相対してできるのはこれだけだった。魔法耐性があるとわかれば魔法による有効打は与えられない、重力魔法で足止めはできるものの、巨竜の体を広範囲に覆う重力を作り出す魔力量はかなりのもの。一・二分で魔力切れを起こしてしまう。
それでもやるしかない、勇者クロムならこの魔獣を討ってくれる策を見つけ出せる。今は無理でも、彼にはそれを考える時間が必要なんだ。
「行け…クロム君。里のみんなに知らせるんだ、厄災魔獣を乗せた巨竜がやって来ると。」
フォルティアの声がする方を向くクロム、そして未だ一人でこの巨竜と相手しようとする彼に向かって叫んだ。
「フォルティアさん!あなたも来るんだ!これ以上の時間稼ぎはもう…」
「すまないが、私が手放せば巨竜が再び暴走する。私はどうなっても構わん、だが君は…生きなければならない…!世界を救う勇者がこんなところで終わってしまうなど、そんな生き恥は晒せん…!」
空中に浮かびながら、杖から発せられる強力な魔力に負けんとフォルティアは苦しみに耐えている。
巨竜の足止めにかなりの力を酷使しているんだ、このまま続けば数分も持たない。
「フォルティアさん…」
死ぬ…死んでしまう…俺を助けるためにフォルティアさんが死んでしまう…!
彼を連れて来ないでここから離れる選択肢などあるものか。里の長を犠牲にして帰って来られても、後に残るのは罪悪感と後悔、そして何より…里長を慕っていた里の住人全員から一生恨まれ続ける結末にしかならない。
「くそっ…!俺の…俺のせいだ…」
小さく呟き、俺自身の今までの行動を恨む。
フォルティアと共に里に帰れるチャンスは容易にあった。奴が魔力に引き寄せられて追って来る話なんて、今思えば里に帰って来てからでもできたんじゃないか?二人で話す問題ではなく、みんなにこの情報を共有させれば全員で巨竜の撃退に専念できたのではないか?
「俺が選択を間違えたから…俺が…先の事ばかり気にしすぎて重要な選択を見誤ったから、こんな結末になった。」
もしアマツのような戦況をしっかりと把握できる人物が隣にいれば、俺の選択に反論できたかもしれない。
フォルティアももしやそれができる立場だったかもしれない、だが彼は俺の選択に尊重するように応えてくれた。巨竜を止めるための策を考えているのでは、と期待していたのだろう。
だが…実際はそんな頭が切れる人物ではない。
「逃げても、ここで見ていても、俺の力じゃ…この先の結末は変えられない…!一人じゃ力不足だから仲間を頼るんじゃなかったのかよ!何やってんだよ…俺は…!」
自身の情け無さに落胆する。なぜ俺は目の前の敵に向かって走り出せない、なぜ戦況が読めないこの状況で最良の決断を言い出せない。そんなもの分かりきってることだろ。
ーー見ろクロム、お前に問題解決の力がないから大切なものがまた目の前で失うぞ。
「何を…やって…!」
ーーできると相手に期待だけさせておいて、後に無理だったと絶望を叩き込ませるのがお前の仕事か?
「ッ!!」
そう自身に戒めるよう問いかけると、脳裏に浮かぶあの時の光景が目に広がった。
シトリーとその仲間相手に、アルノアが、コハクが、レズリィが、一緒に行動していた仲間が次々と倒れていく光景を。
また同じ光景を繰り返すのか?生きてまた会えると奇跡を願うのか?自分でまたトラウマを作って未来で苦しむのか?
「………ふざけてんのか?」
問いかけた自身の言葉に反抗し、悲観的だった自分の気持ちを無理矢理振り切り、心の中で吠えた。
「馬鹿か俺は!こういう時こそ頭を働かせろ!指咥えて眺めてれば状況が変わるとでも思ったか!何もしなければ諦めてる事と一緒だぞ!」
諦めの悪い男?そんな言葉はなんとでもいえ。俺が諦めると悟るのは、俺が倒れるその時までだ!
その気丈な振る舞いをしながら、巨竜が足を止めているその一瞬で漠然と状況を整理する。
フォルティアの力であっても巨竜に傷は与えられなかった、ならせめて巨竜を操っている触手を倒せればと考える。
「無理だ…」
巨竜の中に潜めている触手をどうやって誘き出せばいい?と二人で行うには不可能な難題だと導く。
ならば鑑定スキルを試みて、弱点になるものを調べればと考える。
「できない…」
2回とも巨竜に死亡判定が表示されているのを思い出し、即座に止めた。
「何かないか?厄災魔獣が寄生している巨竜をここでおとなしくさせるかつ、フォルティアと生きてここから抜け出す方法を…!」
思いつく策が悉くバツをつけられる、それでも諦めず残された時間の中で辺りを見渡しながら使える策を模索していると…
「……?」
後頭部に何かが掠めた感触があり、顔を後ろに向けて確認する。
背中には、防具の繋ぎ目であるベルトに挟んで持ち運んでいたシトリーの紅い槍が目に映った。ヒズミを抱えて運ぶのに邪魔で背中に背負っていたのを忘れていたのだ。
「槍…」
ふと、俺の中で何かがハジけた。
難解な問題を解く時、正解の答えを導きだせたあの快感が巡るのと同じように…バツだらけに溢れた策の中から一つだけ最良とも言える道を導き出せた。
「ある…ひとつだけ…」
あの時は咄嗟でどう発現したのか覚えていない、だがひとつだけわかることがある。力強く槍を投げた瞬間、迫り来る触手が一瞬にして抹消したということを。
「だけど…一発じゃ足りない、あの巨体を行動不能にするためには何発も入れる必要がある。」
あの高威力の投擲技を何度も、体が壊れるまで放てれはいい。あったじゃないか、自分の力で解決できる方法が。
自分は今、まともじゃないと言えるだろう。だが、唯一残されたチャンスという願いのような形が、理性を溶かしてまともではいられなくなる。
「一発で肩が壊れても、フォルティアさんが治してくれれば何度でも投げられる。俺が動ける内なら…奴を攻撃できる…!」
ヒズミを再び地面に寝かせ、背中から槍を引き抜く。早速実行に移そうとフォルティアに声をかけようとした瞬間…
ーーやめなさい勇者…私でもその技を連発なんて狂気の沙汰、やろうとする気にもなれないわ。
脳裏に響く、この槍の主が呆れ模様にそう語る。
「シトリー…?」
彼女の声が正常に働かないクロム脳内に停止を呼びかける、すると不思議なことに勢いあった熱が体から引いていくのを感じた。
ーーあれは膨大な魔力を相手に叩きつける、そういう大技なの。その膨大な魔力を乗せた一撃を放つ際にかかる体力の消費は尋常じゃない、右腕が壊れたのと同時にまともに立つこともできない疲労感が襲ったのを忘れたのかしら?
「それをフォルティアさんに回復してもらえればいいだけだ、右腕だって治癒魔法で治ったじゃないか。」
ーーまさか勇者…治癒魔法がなんでも傷を治せる超万能な魔法だとか思ってないでしょうね?
「どういうことだ?」
俺の思っている治癒魔法の在り方がここでは通用しない、そう伝えられているようで意味が分からずシトリーに問いかけた。
ーー治癒魔法は体の細胞にある肉体回復の力を促進させる効果がある。転んで怪我した時、骨折した時、体はその部位を治そうと細胞を働かせる。治癒魔法はその働きを速くさせる、その程度の怪我なら問題ないけど、修復に時間のかかる大怪我を何回もすれば細胞がじきに壊死して体が使い物にならなくなるわ。
「細胞が壊死…!?」
衝撃の内容に体が凍り付く、信ぴょう性とか信頼性のある話だとかそういうのを考察する間もなく、確実な事実に殴られる、そんな感覚に見舞われた。
ーー私の見立てだと、やって2回目でお前は壊れる。最悪死ぬか、もっと最悪ならこれから先…植物状態で生き続けることになる。それでもやるの?戦略的判断ができるお前なら…わかるでしょ?
声のトーンがほんの少しだけ低い、これは忠告なのだとわかるように告げられる。
こんな物語の序盤で戦えなくなるどころかまともに生きられなくなる、それは生きながら絶望を味わう恐ろしい結末だろう。
「…じゃあ…どうしろっていうんだ!?逃げることしか出来ないっていうのかよ!」
焦りながらシトリーに問いかける、だが俺の中ではもう結論が出ていた。
巨竜を足止めしつつ、フォルティアと生きてここから抜け出すような欲張りな過ぎた願望など…叶わないものだと。
(ああ…もう…わかったから…認めるから…お前の言葉でトドメを刺してくれ。敵わないから逃げろと言ってくれ。)
クロムはそう腹をくくり、シトリーの言葉を待つ。そして告げる。
ーー私なら巨竜の中にいる害虫諸共抹消出来るとしたら…お前は協力してくれるか?
「……ッ?どういう事だシトリー?」
今…彼女はなんと言った?完全にここは諦める状況だった筈だ。しかも奴を足止めするという本来の策よりも遥かに高難度な策を提案してきた。その意図に俺は驚く。
ーーもう私には…時間が残されていない。
「……っ!」
ーーお前がもたもたしてるから!って言いたかったが…想定していたよりも自分の精神を保っていられるのがキツくてね。ヒズミが目を覚ますまで頑張れそうにない。
シトリーの声に疲労が混じっているのが聞き取れた。
だが実際、シトリーが経験しているのは疲労という一言で片付けられるものではない。
痛みを堪える経験は何度もしてきたシトリーでも…外側から自身の身体が流れ落ちていくような、眠ってしまえば永遠に目が覚めない暗闇に堕とされるような、悪夢にも似た精神的苦痛を受けながら自我を保つのも容易ではなかった。
この先自分は長くないと分かっているのに、なぜここまで頑張る必要があるのか?
頑張って精神を保っていられても、目覚めたヒズミに話をつける余力はあるのか?
きっともうその頃には、私が私ではなくなっていることだろう。何故なら…もう私の体は…
(私にもっと抗える力があれば…この侵食について、もっと理解を深めていれば…って、考えても仕方ないな。もう…)
四肢を動かそうとしても、頭から下がまるで無くなっているかのように感覚が無くなっている。
ドロリと槍の中に溶けていく、いずれ口も、目も、耳も、最後には考えていることまで槍に溶かされてしまうことだろう。
ヒズミを、自分の仲間を救出した。それで役目は果たせたつもりだったが…
(今は…こいつを何とかするために頭を働かせろ!無駄死には…もう御免なんだよ!)
槍の中からでも状況は把握していた。巨竜の特性上、おそらく何百といた私の仲間達が束になっても倒すのは難しいだろう。
そんな奴が町や村を襲えば壊滅的被害を受けるのは間違いない、そして万が一でもその町や村にヒズミがいたとするなら…待っているのは確実なる死。
それだけは…絶対に避けなければならない!
自分のやってきたことを無駄で終わらせたくはない!
自分の未来で何が起こるのか、それを見据えたシトリーは覚悟を決めて話し続ける。
ーー私にうってつけの最後じゃないか、人を捨てて悪に手を染めた私ができる贖罪が、あの巨竜を討ち倒すということなのだから。
「何言ってんだ、そんな状態じゃ何も出来…」
クロムは思う、今彼女にできるのは自分に記憶と経験をリンクすることしかできない。だからシトリー自身が巨竜に向かって何かを起こすようなことをするのは不可能だ、と。
そう、クロムが代わりにやる他ないのだ。それを踏まえていてか、シトリーは自身の経験した記憶をクロムに見せる。
「………なっ……は……?」
クロムは自身の脳内に流れ込んできた記憶を見て、絶句した。
それは紅い稲妻が迸(ほとばし)り、それが徐々に広がりを見せてその場の空間を緋色に染め上げる光景だった。
その紅い稲妻が発する奥、翼を羽ばたかせる魔物の影、そして壁や天井が崩れ落ち、崩壊した屋敷らしきものが映っていた。
まるで世界の終焉を見ているような光景だった、これが一体何を意味するのかわからないまま、シトリーは口を開く。
ーー魔紅石の破壊《レッドブレイク》…魔紅石の力が暴走した時に生じる破壊の光。その威力は見てのとおりだ、あのヘラグランデさえ全力を出しても受け止められず重傷を負うほどの破壊力がある。
説明を聞く限り、核兵器レベルの火力をその手で出してみろと聞こえてくる。さすがに次元が違う話に頭を抱えて聞く。
「そんなヤバそうな技を、俺にやれっていうのか?」
ーー槍の中に流れる魔力に攻撃魔法を流す、それだけだ。たった小規模の攻撃魔法で槍の中にある純粋な魔力が攻撃の意思を示し、爆発する。このくらいなら普通の魔法使いでもできる、だか問題はここから…お前にしかできないことが一つある。
「俺にしかできない…」
ーー奴の魔法耐性はかなりのもの、いかにレッドブレイクの火力があったとしても奴の装甲が硬ければ、中にいる触手達にまで攻撃が届かないかもしない。
……俺にしかできないという言葉と、さっきの話しで嫌な想像がついた。
巨竜の皮膚の硬さはフォルティアの攻撃で理解した、それが体全体に張り巡らされているとするなら外からの攻撃は不可能ともいえる。
となると、《外以外から攻撃》を行わなければならないというわけだ。
「おい…それってまさか…」
ーー察しがいいわね、外が駄目なら内側から攻撃する。私の槍を奴の口内に投げ込んで内部から爆殺させる。
「口の中にぶち込む…だって?」
改めて巨竜の方へ顔を向ける。今はフォルティアの重力魔法の影響でその巨体は動きが封じられているが、それが切れたら先ほどのように魔物ならざる動きで暴走するだろう。
その暴走状態を見るに、触手は巨竜の腕だけに力を集中しているためか、頭の部分は機能しておらず、少し俯いた姿勢でいる。
口が開いてるかもわからない状態で、しかも巨体がもの凄い速さでこちらに向かってくる。そんな中で槍を奴の口の中に投げ込むなど100%無理だ。
巨体に押しつぶされるか、遠くに吹き飛ばされるか、そんな最悪な結末が見えてくる。
「無理だ、動けない今でも頭が俯いてて口が見えない。せめてあの口が開く瞬間がわかれば…」
巨竜を鎮められる策を手に入れたのはいいが、その高難度な戦法に半分諦めかけていた。なぜこうもいい方向へと繋がる道を悉く潰されていくのか、運命という言葉に俺は頭を抱える。
運命は不確かな未来でもある、その未来の道筋に足を一歩踏み入れるだけで目の前には数多くの選択肢が現れる。
だからこそ決められている未来など存在しない、戦いの中では必ず偶然と必然のどちらかが起こり続ける。
クロムがこの場から逃げずに留まっていたこと、フォルティアが重力魔法を駆使して巨竜の動きを止めていたこと、どれも無駄に思える行為に対し巨竜は自分に降りかかる重みに慣れ始め、歩み出す。
「ぐっ…重力魔法に…適応してきたとでも…いうのか!?」
フォルティアの額から汗が滲み出る、老いた体に魔法継続による激しい疲労がじわじわと彼を苦しめていく。
(どうしたクロム君…なぜ逃げない?ここで逃げなければ、もう後が無いんだぞ!)
ちらりと横目で立ち尽くすクロムを見て焦操感に駆られるフォルティア。そんな僅かな隙を掻い潜るよう、巨竜の体が大きく動き出す。
ダンッ!
強く地面を叩きつける音と共にフォルティアは反射的に視線を巨竜の方へ向ける。
次に映ったのは、巨竜の巨大な体が自分の方向に向かって飛びかかってくる光景で、わずか1秒もしないうちに巨大な腕に掴まれてしまうだろう。
「しまっ…!」
迫る死の気配にフォルティアは本能的に体が強張り、体がすくんだ。
必然…魔法耐性の高い巨竜が、動きを止めるだけの重力魔法に負けることはない。地面を蹴り上げ、目の前の老体に手をかけられる。
今までの二人の行動が、この巨竜に必然的な決定打を与えることになった。
だが…必然の裏側でクロム達にも予期せぬ偶然が起きていた。
ガクン…
フォルティアに向かって伸ばした巨大な腕が、老体に触れることなく垂直に落下した。そしてそれはほぼ同時に、飛びかかった巨大な体も落下し地面に叩きつけられた。
「…なっ!?」
フォルティア自身もその異様な光景驚いていて、自身が何を行っていたのか頭から抜けていた。
そう…彼は襲われるその時まで重力魔法を巨竜に向けてかけ続けていた。それが功をなし、下に働く重力の力が巨竜の飛び上がる力より上回っていたのだ。
当然、力のエネルギーが強い方向へ傾くことにより…重い体と重力を乗せた力が叩きつけられた地面に強い衝撃を生んだ。
……ミシ……。
地面はもとより高い位置に作られた土壁の頂上、さらにはこちらに追いかけてくる際に無闇に土壁の内部を削ったことで脆くなりやすくなっていたため…
…ミシ……ミシ……
落下時の強い衝撃によって土壁の耐久度が限界を迎え、巨竜とクロムが立つ場所に境目となる地割れが現れた。
ゴゴゴ…!ドガガッァァ!
地割れによる溝がより深く地中に入り込み、密着性が無くなった土壌は支えを失い、地滑りを起こす。一瞬だった、目の前で佇んでいた巨大な体が地鳴りと共に下へ崩れ落ちた。
それを外から見ていたクロムは巨竜の姿が見えなくなっていくのを見て、ある気づきを得る。効果的なものが出てくるかどうかはかなり難しいと思うが。
「奴はしつこく俺達を狙ってくる、魔力の反応を見て襲いかかるのはフォルティアを見てよくわかった…じゃあその後はどうなる?もしあの時、フォルティアが捕まっていたら奴はどうしていた?」
ブツブツと小さく呟きながら、クロムは頭の中で浮かび上がった気づきに対面する。
その思考中のクロムを横に、焦りと疑問に満ちたフォルティアが近づく。
「クロム君、なぜここから離れなかった?里のみんなに知らされなければ奴の対応が間に合わなくなるかもしれないのだぞ。」
フォルティアはクロムの行動が分からなかった、自分が作り上げた千載一遇のチャンスを見逃して未だここに居続ける理由とは?自分達の力では討伐もできなければ足止めすることも叶わない、それは自分達の目で見てきたことだ、だとしたらここから離れるという選択肢以外何があるというのだ?
その意を込めた気持ちをフォルティアはクロムに話す、だがクロムはフォルティアの言葉に耳を貸さず、目先の景色に一点集中しながら呟き続けるばかりだった。
「……奴の本体は巨竜ではなく触手、だとしたら魔力目当てでもそれ以外にせよ、巨竜という防具を身につけたままで取り込むことができるか?」
「っ……。」
逃げる…そんな考えを捨て去るような姿勢でクロムは思考を巡らす。
フォルティアはそんな考えるクロムの姿を見て、これ以上の何も発することはしなかった。彼の強みである思考力が今ここで試されようとしているのを見て邪魔立てせずに見守ろうとするが、ふと考えるより先に口が開いてしまう。
「クロム君…君はまさか…」
誰しもそう思ってしまうことだろう、ありえないことなのだ、今できる範囲で最善な打開策などあるわけがないのだ。
だが、クロムの目は真っ直ぐ遠くを見据えている。その先の未来を見ているかのように、着々と道を作り出しているかのように…そんな風に見えていた。
「……奴が考える知恵を持っているのなら…一か八か……。」
クロムは少し顔を上げると、隣にいるフォルティアにこう告げる。
「フォルティアさん…交代しましょう、今度は俺が行きます。」
「何と…!?」
「大丈夫です、賭けに近いですが見つけました…巨竜を討ち倒す策を。」
瞬間、その言葉を聞いたフォルティアは驚愕する。その顔はまるで…その先に起こることを暗示させるかのような覚悟を決めた表情をしていた。
「一体何を?私の魔法ですら効かなかったのだぞ。」
そう問いかけた後、硬い土壌を抉り掻くような音と共に地面が震えた。
「ッ!来たか!」
二人はその鬼気迫る音がする場所を睨みつけた。そしてクロムはというと、その音が合図となるように動き始めた。
「時間がありません、フォルティアさんはヒズミを連れて下に降りてください。そしたらすぐ転移魔法を展開させていつでも帰れるように準備を。他のことは俺達がやります、頼みました!」
「っ!待っ…!」
巨竜が落ちた場所に駆け出しながらフォルティアに指示を促すクロム。フォルティアは彼が走っていく姿を見て何か言いたげな顔をしながら手を伸ばしたが…
「いかん…今は時間がないんだ、彼ができるというなら信じるほかないだろう。」
クロムのあの覚悟を決めた表情を信じて、フォルティアは伸ばした腕を下げた。
「ふぅ…年寄りに重いものを運ばせるとは…これではどちらが助けに来たのか分からん。」
クロムの言葉を思い浮かべながら寝かせたヒズミを抱え、浮遊魔法を唱え始める。
後は壁の下に降り、転移魔法の準備を行う。順を追いながら思い出していくと、ふと…ある単語が引っかかった。
「……達…?」
彼は、他のことは俺達がやる、そう言っていた。だが巨竜が落ちた場所に向かったのは彼一人、あとの残りは誰を指していたのか?
「聞き間違えたか、それとも言い間違えたか。」
別にそこまで気にするようなことではないため、簡単に結論付けると、十数メートル程ある高さからふわりとフォルティアは飛び上がり、ヒズミを抱えながら降りて行った。
近づくほどに大きく揺れる地面、切り崩された崖先に辿り着いたクロム。
「うっ…まじでおっかないな…夢に出てきそうだ。」
顔を崖下に向けて覗くと、それはいた。
大きな指を土壁に突き刺し、着々とこちらに這い上がっていく巨竜の姿が。
変わらず中にいる触手達は巨竜の腕を動かすためだけに働いている、肝心の頭部分は土壁に擦り付けながら登っているため口元が見えない。
「はぁ…これ、読みが外れたら惨い死に方を晒すことになるだろうな…。」
いや…と呟き首を横に振る。
もう迷ってなんていられない、未来で何が起こるかなんていちいち気にしていたら無駄な時間を費やすだけだ。
やると思ったからにはやれ!勇者なら勇気あってなんぼの話だろうがっ!
「ーーー行くぞォォォォォォォォ!!」
崖先の地面を蹴って、クロムは空中に飛び出した。
それと同時にシトリーの記憶がリンクする、レッドブレイクを放つための手順が頭に入り込むと、クロムもその記憶通りに体を動かし始める。
槍の素材である魔紅石、その特殊な魔石に攻撃魔法をかけるだけでレッドブレイクの火種になる。
やり方は単純といったが、仕組みは槍スキル《デッドリー・フォース》とはまるで違う。
そのスキルは魔法を槍に纏わす攻撃方法、表面に魔法を流し込むだけでは火種にはならない。もっと内部まで、電気が体の中にまで走るみたいに深部に魔法を流す。
「こいっ!!」
槍の深部にまで届くクロムの雷魔法が槍の色と同じ紅に共鳴する。クロムの使える魔法はアルノアとはレベルの違う低級の魔法、だったのだが…
バリリリィィィィ!!
「ぐっ!これはっ!」
今までに聞いたことのない電撃音が、槍から伝わる強烈な痺れと痛みがクロムを襲う。長時間槍を握っていれば肉が張り裂けてしまうように感じる。
「手放すなよ右手!本番はこっからだ!」
バチバチと電気が迸りながらクロムの体は真下にいる巨竜に向かって落下する。
巨大な体格のためか、落下する距離はそこまででもない。だがその代わりに頭に向けて照準を合わせる余裕がない。
電撃によって痺れが腕から胴体に伝わる中、気合いで体を動かし槍の先端を巨竜の頭部に向ける。そしてそのまま…
バリィィシゥゥゥゥ!!
電撃が走る槍が巨竜の脳天に突き刺さる。直撃したその時、肉を裂くような音と混じり強烈な雷音が響かせた。
音を聞くかぎりでは強大な突き技に感じられたが…
ーーぐっ!ダメなのか!あの時は触手の壁で威力が半減されていたかと思っていたが…
シトリーはこの一撃なら頭部を貫けると確信していた、クロムが突発的に放った《デーモンロードスティンガー》に似た技が巨竜の脳天に突き刺さるのを見ていたからだ。
だからこそ、それが通用しないと知った時、頭が冴えてしまった自身に絶望した。
ーー誤算だった…!この距離からの落下じゃ、投げる力には遠く及ばない!
火種はすでに灯された、あと数十秒もしないうちに魔紅石内部の魔力が攻撃魔法によって連鎖反応を起こし爆発する。それ以前に強烈な電撃に体を蝕まれているクロムの体が持たない。
槍に加工した魔紅石の容量で起こすレッドブレイクの威力は未知数、だが確かなのは過去に起こした最初で最後のレッドブレイクとは威力が断然に下だということだ。
あれは魔紅石が大量にあって、それらすべてが連鎖反応を起こし暴発した威力。槍に加工した大きさではおそらく巨竜の体を貫けないだろう。
自滅…そう彼女の脳裏に浮かんだその時…
「違うな…!俺が狙っているのはそれじゃない!」
クロムが苦痛に顔を歪めながらそう言うと、頭部に乗っている足から妙な動きが感じられた。
土壁を登る際に巨体が揺れていると感じられていたが、大きくクロムの体が傾き振り落とされそうになるのを見て何が起こっているのかその目で見てとれた。
頭部が動いているのだ、突然足場が急勾配になり、クロムは頭部の先端にある鼻に片手で掴んだ。
ーー口元を見せた!?何故急に切り替わって?
「やっぱり狙い通りだ!そうでもしないとせっかくのご馳走が食べられないもんな!」
クロムの目の前で巨竜はその大きな口を開き始める、まるで雛鳥が餌を求めて口を開くように大きく、それも人が丸ごと簡単入れるほどにありえない大きさに開いた。
「本体は巨竜じゃなく中にいる触手、欲している魔力が近くあっても巨竜の皮を被ってちゃ手に入らないだろ。そのために口がある、もし腕から肉を裂いて 本体が中から出てくるようであれば完全に詰んでいたけどな!」
クロムは掴んでいる巨竜の鼻を手放し、すぐ下にある左肩に着地した。そして着地した瞬間に折り曲げた膝をバネにして、飛び上がる姿勢を作り出す。
セーレが使っていた、雷魔法を体に覆う身体強化を見て助かった。そのやり方があると分かればイメージができる、電撃に蝕まれるな、筋肉の繊維一つ一つを電気で叩き起こせ!
「魔導武装・雷変速|《エレキトランス》!」
ドンッ!と巨竜の肉を凹ませるほどの衝撃が起こり、瞬間、稲妻の軌跡を残しながらクロムは巨竜がいる場所より上へ飛び上がった。
「ぐっ!ぬォォォォォォ!!」
意図的に筋肉の細部に至るまで電気を走らせたことにより、今まで以上の強烈な痛みがクロムを苦しめる。
本来、電気量が大きくなれば肉体が麻痺を起こして硬直するはずなのだが、モルガンがクロムに植えつけた特殊毒魔法・制限死毒《カウントダウンデス》の影響で、《状態異常無効》の能力を手に入れたクロムに麻痺は効かない。
だから動けていた、槍から発せられる強力な電撃を逆に味方につけ、苦痛を怒りに、怒りをパワーに変え、握り締めた槍の矛先を真下で口を大きく開いている巨竜へ狙いを定めた。
「こいつがほしいんだろ!?くれてやるよ!」
喉の奥、食道へと繋がる漆黒のトンネルが見えるはずが、触手が顔を覗かせて餌である魔力を欲しがるように蠢いている。
パンデモニウムの本体と戦ってからずっとこいつらの姿を見てきている、もううんざりするほどのしつこさと見た目に嫌気が差していた。
その関係にようやく終止符を打てる、だがそれは俺の力ではない。ここまで導いてくれたのは他でもない、シトリーの力があったからだ。
だから俺は彼女に出番を明け渡した、厄災魔獣とのケリをつけるためではなく…
最後は人として…死なせるために…
「いっけぇぇぇぇぇぇ!!」
雄叫びとともに力強く放った紅い電撃の槍が、巨竜の口内、そしてその奥…蠢く触手達を貫いて漆黒の闇の中へ入り込んだ。
フォルティアは悔しげに巨竜を睨みつけながらも、奴の有効打は何かを考える。
自分がこれまで竜族を相手にしたのは、おそらく考えても両手で数えるほどしかない。出会うのが稀ということもあるが、どうしても戦わないといけない戦況に陥らないかぎりは奴らと戦うのを避けていたからだ。
理由はもちろん、その圧倒的な強さだ。自分の体の特性を活かしながら、その巨体から繰り出される強力な攻撃は厄災レベルに匹敵する。
飛行に特化した姿、地上を走ることに特化した姿など、その巨体故に底知れぬ体力と並の攻撃すらも弾き返す頑丈な皮膚を兼ね備えていることを共通として、さまざまな種類が存在するが…
「予想外だ、属性魔法に大きな耐性を持っている竜だったとは…これでは体内で竜を操っている触手まで攻撃が届かない。」
自分の魔法が劣っていると思わすほどの強力な魔法耐性、さらにそれが死しても尚、効力が発揮するという異常な頑丈さにフォルティアも苦難に満ちた表情をする他ない。
「くっ…落ちろ!重力《グラビティ》!」
フォルティアの唱える重力魔法が巨竜の周りを覆い、自身の重さに加え、下向きに働く強い引力によって巨竜の動きを抑制した。
フォルティアがこの巨竜を相対してできるのはこれだけだった。魔法耐性があるとわかれば魔法による有効打は与えられない、重力魔法で足止めはできるものの、巨竜の体を広範囲に覆う重力を作り出す魔力量はかなりのもの。一・二分で魔力切れを起こしてしまう。
それでもやるしかない、勇者クロムならこの魔獣を討ってくれる策を見つけ出せる。今は無理でも、彼にはそれを考える時間が必要なんだ。
「行け…クロム君。里のみんなに知らせるんだ、厄災魔獣を乗せた巨竜がやって来ると。」
フォルティアの声がする方を向くクロム、そして未だ一人でこの巨竜と相手しようとする彼に向かって叫んだ。
「フォルティアさん!あなたも来るんだ!これ以上の時間稼ぎはもう…」
「すまないが、私が手放せば巨竜が再び暴走する。私はどうなっても構わん、だが君は…生きなければならない…!世界を救う勇者がこんなところで終わってしまうなど、そんな生き恥は晒せん…!」
空中に浮かびながら、杖から発せられる強力な魔力に負けんとフォルティアは苦しみに耐えている。
巨竜の足止めにかなりの力を酷使しているんだ、このまま続けば数分も持たない。
「フォルティアさん…」
死ぬ…死んでしまう…俺を助けるためにフォルティアさんが死んでしまう…!
彼を連れて来ないでここから離れる選択肢などあるものか。里の長を犠牲にして帰って来られても、後に残るのは罪悪感と後悔、そして何より…里長を慕っていた里の住人全員から一生恨まれ続ける結末にしかならない。
「くそっ…!俺の…俺のせいだ…」
小さく呟き、俺自身の今までの行動を恨む。
フォルティアと共に里に帰れるチャンスは容易にあった。奴が魔力に引き寄せられて追って来る話なんて、今思えば里に帰って来てからでもできたんじゃないか?二人で話す問題ではなく、みんなにこの情報を共有させれば全員で巨竜の撃退に専念できたのではないか?
「俺が選択を間違えたから…俺が…先の事ばかり気にしすぎて重要な選択を見誤ったから、こんな結末になった。」
もしアマツのような戦況をしっかりと把握できる人物が隣にいれば、俺の選択に反論できたかもしれない。
フォルティアももしやそれができる立場だったかもしれない、だが彼は俺の選択に尊重するように応えてくれた。巨竜を止めるための策を考えているのでは、と期待していたのだろう。
だが…実際はそんな頭が切れる人物ではない。
「逃げても、ここで見ていても、俺の力じゃ…この先の結末は変えられない…!一人じゃ力不足だから仲間を頼るんじゃなかったのかよ!何やってんだよ…俺は…!」
自身の情け無さに落胆する。なぜ俺は目の前の敵に向かって走り出せない、なぜ戦況が読めないこの状況で最良の決断を言い出せない。そんなもの分かりきってることだろ。
ーー見ろクロム、お前に問題解決の力がないから大切なものがまた目の前で失うぞ。
「何を…やって…!」
ーーできると相手に期待だけさせておいて、後に無理だったと絶望を叩き込ませるのがお前の仕事か?
「ッ!!」
そう自身に戒めるよう問いかけると、脳裏に浮かぶあの時の光景が目に広がった。
シトリーとその仲間相手に、アルノアが、コハクが、レズリィが、一緒に行動していた仲間が次々と倒れていく光景を。
また同じ光景を繰り返すのか?生きてまた会えると奇跡を願うのか?自分でまたトラウマを作って未来で苦しむのか?
「………ふざけてんのか?」
問いかけた自身の言葉に反抗し、悲観的だった自分の気持ちを無理矢理振り切り、心の中で吠えた。
「馬鹿か俺は!こういう時こそ頭を働かせろ!指咥えて眺めてれば状況が変わるとでも思ったか!何もしなければ諦めてる事と一緒だぞ!」
諦めの悪い男?そんな言葉はなんとでもいえ。俺が諦めると悟るのは、俺が倒れるその時までだ!
その気丈な振る舞いをしながら、巨竜が足を止めているその一瞬で漠然と状況を整理する。
フォルティアの力であっても巨竜に傷は与えられなかった、ならせめて巨竜を操っている触手を倒せればと考える。
「無理だ…」
巨竜の中に潜めている触手をどうやって誘き出せばいい?と二人で行うには不可能な難題だと導く。
ならば鑑定スキルを試みて、弱点になるものを調べればと考える。
「できない…」
2回とも巨竜に死亡判定が表示されているのを思い出し、即座に止めた。
「何かないか?厄災魔獣が寄生している巨竜をここでおとなしくさせるかつ、フォルティアと生きてここから抜け出す方法を…!」
思いつく策が悉くバツをつけられる、それでも諦めず残された時間の中で辺りを見渡しながら使える策を模索していると…
「……?」
後頭部に何かが掠めた感触があり、顔を後ろに向けて確認する。
背中には、防具の繋ぎ目であるベルトに挟んで持ち運んでいたシトリーの紅い槍が目に映った。ヒズミを抱えて運ぶのに邪魔で背中に背負っていたのを忘れていたのだ。
「槍…」
ふと、俺の中で何かがハジけた。
難解な問題を解く時、正解の答えを導きだせたあの快感が巡るのと同じように…バツだらけに溢れた策の中から一つだけ最良とも言える道を導き出せた。
「ある…ひとつだけ…」
あの時は咄嗟でどう発現したのか覚えていない、だがひとつだけわかることがある。力強く槍を投げた瞬間、迫り来る触手が一瞬にして抹消したということを。
「だけど…一発じゃ足りない、あの巨体を行動不能にするためには何発も入れる必要がある。」
あの高威力の投擲技を何度も、体が壊れるまで放てれはいい。あったじゃないか、自分の力で解決できる方法が。
自分は今、まともじゃないと言えるだろう。だが、唯一残されたチャンスという願いのような形が、理性を溶かしてまともではいられなくなる。
「一発で肩が壊れても、フォルティアさんが治してくれれば何度でも投げられる。俺が動ける内なら…奴を攻撃できる…!」
ヒズミを再び地面に寝かせ、背中から槍を引き抜く。早速実行に移そうとフォルティアに声をかけようとした瞬間…
ーーやめなさい勇者…私でもその技を連発なんて狂気の沙汰、やろうとする気にもなれないわ。
脳裏に響く、この槍の主が呆れ模様にそう語る。
「シトリー…?」
彼女の声が正常に働かないクロム脳内に停止を呼びかける、すると不思議なことに勢いあった熱が体から引いていくのを感じた。
ーーあれは膨大な魔力を相手に叩きつける、そういう大技なの。その膨大な魔力を乗せた一撃を放つ際にかかる体力の消費は尋常じゃない、右腕が壊れたのと同時にまともに立つこともできない疲労感が襲ったのを忘れたのかしら?
「それをフォルティアさんに回復してもらえればいいだけだ、右腕だって治癒魔法で治ったじゃないか。」
ーーまさか勇者…治癒魔法がなんでも傷を治せる超万能な魔法だとか思ってないでしょうね?
「どういうことだ?」
俺の思っている治癒魔法の在り方がここでは通用しない、そう伝えられているようで意味が分からずシトリーに問いかけた。
ーー治癒魔法は体の細胞にある肉体回復の力を促進させる効果がある。転んで怪我した時、骨折した時、体はその部位を治そうと細胞を働かせる。治癒魔法はその働きを速くさせる、その程度の怪我なら問題ないけど、修復に時間のかかる大怪我を何回もすれば細胞がじきに壊死して体が使い物にならなくなるわ。
「細胞が壊死…!?」
衝撃の内容に体が凍り付く、信ぴょう性とか信頼性のある話だとかそういうのを考察する間もなく、確実な事実に殴られる、そんな感覚に見舞われた。
ーー私の見立てだと、やって2回目でお前は壊れる。最悪死ぬか、もっと最悪ならこれから先…植物状態で生き続けることになる。それでもやるの?戦略的判断ができるお前なら…わかるでしょ?
声のトーンがほんの少しだけ低い、これは忠告なのだとわかるように告げられる。
こんな物語の序盤で戦えなくなるどころかまともに生きられなくなる、それは生きながら絶望を味わう恐ろしい結末だろう。
「…じゃあ…どうしろっていうんだ!?逃げることしか出来ないっていうのかよ!」
焦りながらシトリーに問いかける、だが俺の中ではもう結論が出ていた。
巨竜を足止めしつつ、フォルティアと生きてここから抜け出すような欲張りな過ぎた願望など…叶わないものだと。
(ああ…もう…わかったから…認めるから…お前の言葉でトドメを刺してくれ。敵わないから逃げろと言ってくれ。)
クロムはそう腹をくくり、シトリーの言葉を待つ。そして告げる。
ーー私なら巨竜の中にいる害虫諸共抹消出来るとしたら…お前は協力してくれるか?
「……ッ?どういう事だシトリー?」
今…彼女はなんと言った?完全にここは諦める状況だった筈だ。しかも奴を足止めするという本来の策よりも遥かに高難度な策を提案してきた。その意図に俺は驚く。
ーーもう私には…時間が残されていない。
「……っ!」
ーーお前がもたもたしてるから!って言いたかったが…想定していたよりも自分の精神を保っていられるのがキツくてね。ヒズミが目を覚ますまで頑張れそうにない。
シトリーの声に疲労が混じっているのが聞き取れた。
だが実際、シトリーが経験しているのは疲労という一言で片付けられるものではない。
痛みを堪える経験は何度もしてきたシトリーでも…外側から自身の身体が流れ落ちていくような、眠ってしまえば永遠に目が覚めない暗闇に堕とされるような、悪夢にも似た精神的苦痛を受けながら自我を保つのも容易ではなかった。
この先自分は長くないと分かっているのに、なぜここまで頑張る必要があるのか?
頑張って精神を保っていられても、目覚めたヒズミに話をつける余力はあるのか?
きっともうその頃には、私が私ではなくなっていることだろう。何故なら…もう私の体は…
(私にもっと抗える力があれば…この侵食について、もっと理解を深めていれば…って、考えても仕方ないな。もう…)
四肢を動かそうとしても、頭から下がまるで無くなっているかのように感覚が無くなっている。
ドロリと槍の中に溶けていく、いずれ口も、目も、耳も、最後には考えていることまで槍に溶かされてしまうことだろう。
ヒズミを、自分の仲間を救出した。それで役目は果たせたつもりだったが…
(今は…こいつを何とかするために頭を働かせろ!無駄死には…もう御免なんだよ!)
槍の中からでも状況は把握していた。巨竜の特性上、おそらく何百といた私の仲間達が束になっても倒すのは難しいだろう。
そんな奴が町や村を襲えば壊滅的被害を受けるのは間違いない、そして万が一でもその町や村にヒズミがいたとするなら…待っているのは確実なる死。
それだけは…絶対に避けなければならない!
自分のやってきたことを無駄で終わらせたくはない!
自分の未来で何が起こるのか、それを見据えたシトリーは覚悟を決めて話し続ける。
ーー私にうってつけの最後じゃないか、人を捨てて悪に手を染めた私ができる贖罪が、あの巨竜を討ち倒すということなのだから。
「何言ってんだ、そんな状態じゃ何も出来…」
クロムは思う、今彼女にできるのは自分に記憶と経験をリンクすることしかできない。だからシトリー自身が巨竜に向かって何かを起こすようなことをするのは不可能だ、と。
そう、クロムが代わりにやる他ないのだ。それを踏まえていてか、シトリーは自身の経験した記憶をクロムに見せる。
「………なっ……は……?」
クロムは自身の脳内に流れ込んできた記憶を見て、絶句した。
それは紅い稲妻が迸(ほとばし)り、それが徐々に広がりを見せてその場の空間を緋色に染め上げる光景だった。
その紅い稲妻が発する奥、翼を羽ばたかせる魔物の影、そして壁や天井が崩れ落ち、崩壊した屋敷らしきものが映っていた。
まるで世界の終焉を見ているような光景だった、これが一体何を意味するのかわからないまま、シトリーは口を開く。
ーー魔紅石の破壊《レッドブレイク》…魔紅石の力が暴走した時に生じる破壊の光。その威力は見てのとおりだ、あのヘラグランデさえ全力を出しても受け止められず重傷を負うほどの破壊力がある。
説明を聞く限り、核兵器レベルの火力をその手で出してみろと聞こえてくる。さすがに次元が違う話に頭を抱えて聞く。
「そんなヤバそうな技を、俺にやれっていうのか?」
ーー槍の中に流れる魔力に攻撃魔法を流す、それだけだ。たった小規模の攻撃魔法で槍の中にある純粋な魔力が攻撃の意思を示し、爆発する。このくらいなら普通の魔法使いでもできる、だか問題はここから…お前にしかできないことが一つある。
「俺にしかできない…」
ーー奴の魔法耐性はかなりのもの、いかにレッドブレイクの火力があったとしても奴の装甲が硬ければ、中にいる触手達にまで攻撃が届かないかもしない。
……俺にしかできないという言葉と、さっきの話しで嫌な想像がついた。
巨竜の皮膚の硬さはフォルティアの攻撃で理解した、それが体全体に張り巡らされているとするなら外からの攻撃は不可能ともいえる。
となると、《外以外から攻撃》を行わなければならないというわけだ。
「おい…それってまさか…」
ーー察しがいいわね、外が駄目なら内側から攻撃する。私の槍を奴の口内に投げ込んで内部から爆殺させる。
「口の中にぶち込む…だって?」
改めて巨竜の方へ顔を向ける。今はフォルティアの重力魔法の影響でその巨体は動きが封じられているが、それが切れたら先ほどのように魔物ならざる動きで暴走するだろう。
その暴走状態を見るに、触手は巨竜の腕だけに力を集中しているためか、頭の部分は機能しておらず、少し俯いた姿勢でいる。
口が開いてるかもわからない状態で、しかも巨体がもの凄い速さでこちらに向かってくる。そんな中で槍を奴の口の中に投げ込むなど100%無理だ。
巨体に押しつぶされるか、遠くに吹き飛ばされるか、そんな最悪な結末が見えてくる。
「無理だ、動けない今でも頭が俯いてて口が見えない。せめてあの口が開く瞬間がわかれば…」
巨竜を鎮められる策を手に入れたのはいいが、その高難度な戦法に半分諦めかけていた。なぜこうもいい方向へと繋がる道を悉く潰されていくのか、運命という言葉に俺は頭を抱える。
運命は不確かな未来でもある、その未来の道筋に足を一歩踏み入れるだけで目の前には数多くの選択肢が現れる。
だからこそ決められている未来など存在しない、戦いの中では必ず偶然と必然のどちらかが起こり続ける。
クロムがこの場から逃げずに留まっていたこと、フォルティアが重力魔法を駆使して巨竜の動きを止めていたこと、どれも無駄に思える行為に対し巨竜は自分に降りかかる重みに慣れ始め、歩み出す。
「ぐっ…重力魔法に…適応してきたとでも…いうのか!?」
フォルティアの額から汗が滲み出る、老いた体に魔法継続による激しい疲労がじわじわと彼を苦しめていく。
(どうしたクロム君…なぜ逃げない?ここで逃げなければ、もう後が無いんだぞ!)
ちらりと横目で立ち尽くすクロムを見て焦操感に駆られるフォルティア。そんな僅かな隙を掻い潜るよう、巨竜の体が大きく動き出す。
ダンッ!
強く地面を叩きつける音と共にフォルティアは反射的に視線を巨竜の方へ向ける。
次に映ったのは、巨竜の巨大な体が自分の方向に向かって飛びかかってくる光景で、わずか1秒もしないうちに巨大な腕に掴まれてしまうだろう。
「しまっ…!」
迫る死の気配にフォルティアは本能的に体が強張り、体がすくんだ。
必然…魔法耐性の高い巨竜が、動きを止めるだけの重力魔法に負けることはない。地面を蹴り上げ、目の前の老体に手をかけられる。
今までの二人の行動が、この巨竜に必然的な決定打を与えることになった。
だが…必然の裏側でクロム達にも予期せぬ偶然が起きていた。
ガクン…
フォルティアに向かって伸ばした巨大な腕が、老体に触れることなく垂直に落下した。そしてそれはほぼ同時に、飛びかかった巨大な体も落下し地面に叩きつけられた。
「…なっ!?」
フォルティア自身もその異様な光景驚いていて、自身が何を行っていたのか頭から抜けていた。
そう…彼は襲われるその時まで重力魔法を巨竜に向けてかけ続けていた。それが功をなし、下に働く重力の力が巨竜の飛び上がる力より上回っていたのだ。
当然、力のエネルギーが強い方向へ傾くことにより…重い体と重力を乗せた力が叩きつけられた地面に強い衝撃を生んだ。
……ミシ……。
地面はもとより高い位置に作られた土壁の頂上、さらにはこちらに追いかけてくる際に無闇に土壁の内部を削ったことで脆くなりやすくなっていたため…
…ミシ……ミシ……
落下時の強い衝撃によって土壁の耐久度が限界を迎え、巨竜とクロムが立つ場所に境目となる地割れが現れた。
ゴゴゴ…!ドガガッァァ!
地割れによる溝がより深く地中に入り込み、密着性が無くなった土壌は支えを失い、地滑りを起こす。一瞬だった、目の前で佇んでいた巨大な体が地鳴りと共に下へ崩れ落ちた。
それを外から見ていたクロムは巨竜の姿が見えなくなっていくのを見て、ある気づきを得る。効果的なものが出てくるかどうかはかなり難しいと思うが。
「奴はしつこく俺達を狙ってくる、魔力の反応を見て襲いかかるのはフォルティアを見てよくわかった…じゃあその後はどうなる?もしあの時、フォルティアが捕まっていたら奴はどうしていた?」
ブツブツと小さく呟きながら、クロムは頭の中で浮かび上がった気づきに対面する。
その思考中のクロムを横に、焦りと疑問に満ちたフォルティアが近づく。
「クロム君、なぜここから離れなかった?里のみんなに知らされなければ奴の対応が間に合わなくなるかもしれないのだぞ。」
フォルティアはクロムの行動が分からなかった、自分が作り上げた千載一遇のチャンスを見逃して未だここに居続ける理由とは?自分達の力では討伐もできなければ足止めすることも叶わない、それは自分達の目で見てきたことだ、だとしたらここから離れるという選択肢以外何があるというのだ?
その意を込めた気持ちをフォルティアはクロムに話す、だがクロムはフォルティアの言葉に耳を貸さず、目先の景色に一点集中しながら呟き続けるばかりだった。
「……奴の本体は巨竜ではなく触手、だとしたら魔力目当てでもそれ以外にせよ、巨竜という防具を身につけたままで取り込むことができるか?」
「っ……。」
逃げる…そんな考えを捨て去るような姿勢でクロムは思考を巡らす。
フォルティアはそんな考えるクロムの姿を見て、これ以上の何も発することはしなかった。彼の強みである思考力が今ここで試されようとしているのを見て邪魔立てせずに見守ろうとするが、ふと考えるより先に口が開いてしまう。
「クロム君…君はまさか…」
誰しもそう思ってしまうことだろう、ありえないことなのだ、今できる範囲で最善な打開策などあるわけがないのだ。
だが、クロムの目は真っ直ぐ遠くを見据えている。その先の未来を見ているかのように、着々と道を作り出しているかのように…そんな風に見えていた。
「……奴が考える知恵を持っているのなら…一か八か……。」
クロムは少し顔を上げると、隣にいるフォルティアにこう告げる。
「フォルティアさん…交代しましょう、今度は俺が行きます。」
「何と…!?」
「大丈夫です、賭けに近いですが見つけました…巨竜を討ち倒す策を。」
瞬間、その言葉を聞いたフォルティアは驚愕する。その顔はまるで…その先に起こることを暗示させるかのような覚悟を決めた表情をしていた。
「一体何を?私の魔法ですら効かなかったのだぞ。」
そう問いかけた後、硬い土壌を抉り掻くような音と共に地面が震えた。
「ッ!来たか!」
二人はその鬼気迫る音がする場所を睨みつけた。そしてクロムはというと、その音が合図となるように動き始めた。
「時間がありません、フォルティアさんはヒズミを連れて下に降りてください。そしたらすぐ転移魔法を展開させていつでも帰れるように準備を。他のことは俺達がやります、頼みました!」
「っ!待っ…!」
巨竜が落ちた場所に駆け出しながらフォルティアに指示を促すクロム。フォルティアは彼が走っていく姿を見て何か言いたげな顔をしながら手を伸ばしたが…
「いかん…今は時間がないんだ、彼ができるというなら信じるほかないだろう。」
クロムのあの覚悟を決めた表情を信じて、フォルティアは伸ばした腕を下げた。
「ふぅ…年寄りに重いものを運ばせるとは…これではどちらが助けに来たのか分からん。」
クロムの言葉を思い浮かべながら寝かせたヒズミを抱え、浮遊魔法を唱え始める。
後は壁の下に降り、転移魔法の準備を行う。順を追いながら思い出していくと、ふと…ある単語が引っかかった。
「……達…?」
彼は、他のことは俺達がやる、そう言っていた。だが巨竜が落ちた場所に向かったのは彼一人、あとの残りは誰を指していたのか?
「聞き間違えたか、それとも言い間違えたか。」
別にそこまで気にするようなことではないため、簡単に結論付けると、十数メートル程ある高さからふわりとフォルティアは飛び上がり、ヒズミを抱えながら降りて行った。
近づくほどに大きく揺れる地面、切り崩された崖先に辿り着いたクロム。
「うっ…まじでおっかないな…夢に出てきそうだ。」
顔を崖下に向けて覗くと、それはいた。
大きな指を土壁に突き刺し、着々とこちらに這い上がっていく巨竜の姿が。
変わらず中にいる触手達は巨竜の腕を動かすためだけに働いている、肝心の頭部分は土壁に擦り付けながら登っているため口元が見えない。
「はぁ…これ、読みが外れたら惨い死に方を晒すことになるだろうな…。」
いや…と呟き首を横に振る。
もう迷ってなんていられない、未来で何が起こるかなんていちいち気にしていたら無駄な時間を費やすだけだ。
やると思ったからにはやれ!勇者なら勇気あってなんぼの話だろうがっ!
「ーーー行くぞォォォォォォォォ!!」
崖先の地面を蹴って、クロムは空中に飛び出した。
それと同時にシトリーの記憶がリンクする、レッドブレイクを放つための手順が頭に入り込むと、クロムもその記憶通りに体を動かし始める。
槍の素材である魔紅石、その特殊な魔石に攻撃魔法をかけるだけでレッドブレイクの火種になる。
やり方は単純といったが、仕組みは槍スキル《デッドリー・フォース》とはまるで違う。
そのスキルは魔法を槍に纏わす攻撃方法、表面に魔法を流し込むだけでは火種にはならない。もっと内部まで、電気が体の中にまで走るみたいに深部に魔法を流す。
「こいっ!!」
槍の深部にまで届くクロムの雷魔法が槍の色と同じ紅に共鳴する。クロムの使える魔法はアルノアとはレベルの違う低級の魔法、だったのだが…
バリリリィィィィ!!
「ぐっ!これはっ!」
今までに聞いたことのない電撃音が、槍から伝わる強烈な痺れと痛みがクロムを襲う。長時間槍を握っていれば肉が張り裂けてしまうように感じる。
「手放すなよ右手!本番はこっからだ!」
バチバチと電気が迸りながらクロムの体は真下にいる巨竜に向かって落下する。
巨大な体格のためか、落下する距離はそこまででもない。だがその代わりに頭に向けて照準を合わせる余裕がない。
電撃によって痺れが腕から胴体に伝わる中、気合いで体を動かし槍の先端を巨竜の頭部に向ける。そしてそのまま…
バリィィシゥゥゥゥ!!
電撃が走る槍が巨竜の脳天に突き刺さる。直撃したその時、肉を裂くような音と混じり強烈な雷音が響かせた。
音を聞くかぎりでは強大な突き技に感じられたが…
ーーぐっ!ダメなのか!あの時は触手の壁で威力が半減されていたかと思っていたが…
シトリーはこの一撃なら頭部を貫けると確信していた、クロムが突発的に放った《デーモンロードスティンガー》に似た技が巨竜の脳天に突き刺さるのを見ていたからだ。
だからこそ、それが通用しないと知った時、頭が冴えてしまった自身に絶望した。
ーー誤算だった…!この距離からの落下じゃ、投げる力には遠く及ばない!
火種はすでに灯された、あと数十秒もしないうちに魔紅石内部の魔力が攻撃魔法によって連鎖反応を起こし爆発する。それ以前に強烈な電撃に体を蝕まれているクロムの体が持たない。
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ドンッ!と巨竜の肉を凹ませるほどの衝撃が起こり、瞬間、稲妻の軌跡を残しながらクロムは巨竜がいる場所より上へ飛び上がった。
「ぐっ!ぬォォォォォォ!!」
意図的に筋肉の細部に至るまで電気を走らせたことにより、今まで以上の強烈な痛みがクロムを苦しめる。
本来、電気量が大きくなれば肉体が麻痺を起こして硬直するはずなのだが、モルガンがクロムに植えつけた特殊毒魔法・制限死毒《カウントダウンデス》の影響で、《状態異常無効》の能力を手に入れたクロムに麻痺は効かない。
だから動けていた、槍から発せられる強力な電撃を逆に味方につけ、苦痛を怒りに、怒りをパワーに変え、握り締めた槍の矛先を真下で口を大きく開いている巨竜へ狙いを定めた。
「こいつがほしいんだろ!?くれてやるよ!」
喉の奥、食道へと繋がる漆黒のトンネルが見えるはずが、触手が顔を覗かせて餌である魔力を欲しがるように蠢いている。
パンデモニウムの本体と戦ってからずっとこいつらの姿を見てきている、もううんざりするほどのしつこさと見た目に嫌気が差していた。
その関係にようやく終止符を打てる、だがそれは俺の力ではない。ここまで導いてくれたのは他でもない、シトリーの力があったからだ。
だから俺は彼女に出番を明け渡した、厄災魔獣とのケリをつけるためではなく…
最後は人として…死なせるために…
「いっけぇぇぇぇぇぇ!!」
雄叫びとともに力強く放った紅い電撃の槍が、巨竜の口内、そしてその奥…蠢く触手達を貫いて漆黒の闇の中へ入り込んだ。
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