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復活の厄災編
第五十七話 勇者と神官②
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クロムとレズリィが互いに気持ちを語り合っている中、二人の人情など興味はなしといったように、モルガンは先ほど現れた魔法陣について考察していた。
「ふむ……勇者君が描いた絵では詳しい詳細は掴めなかったが、詠唱文である文字盤が消えているという特徴は一致している…そして何より、変化した際に現れた一本の棒線が円の縁にそって回った。はて…この形どこかで…」
円の縁を指しながら動く棒線の正体…その答えが何なのか思い出せずにいた、あともう少しなはずなのに頭の中にモヤがかかっているようで煩わしい。
そう考えながら顔を少し上げて虚空を見つめる、その時ふと、壁にかけた時計に目がいった。コチコチと秒数を刻みながら秒針が正確に文字盤の線を踏んでいる。
棒線が円の縁にそって回る…同じ特徴だが、神官が出した魔法陣とは動きが逆……逆…?前に戻ってるという意味か…
瞬間、レズリィが叫んだ言葉が、その意味を決定づけた。
ーー死なないで…!お願い…!戻ってきて…!
「まさか……」
モルガンはレズリィ達をよそにムクリと起き上がるニーナの隣に膝をつき、彼女に聞いた。
「ニーナ、体の調子はどうだ?魔法をかける前と今で詳しく教えてくれ。」
ニーナに心配をかける様子もなく実験結果を確認する態度だが、ニーナはそれに一切の不満を見せずにモルガンに自身の今の状態を伝えた。
「うーん…何も?治った感じがしない。だるいです。」
「治っていない…?毒で受けた体の不調感も消えていないのか?」
コクリと頷くニーナ、それを見てモルガンは考えを改めざるを得なかった。
(勇者君の言っていた魔法陣はこの目で確認した、あれだけの迫力がありながらもその魔法の効果がゼロというのはありえない、少なからず何かしらの効果はあるはず。なぜだ…瀕死だった勇者君をこの魔法で治療したのは間違いない、にもかかわらずニーナには効果がなかった。治癒対象が外傷のみに分類される?いや…だとしたらこの魔法は私の考えているものじゃない…)
ブツブツと小声で話ながら情報を整理するモルガン、その表情はあまりスッキリしていない様子で、
「モルガン?」
まるで蛇に睨まれているような細目な彼女の眼光が俺達の方に向けられていた。それに気づいた俺はなぜそう睨むのか問いかけた。
「おい…どうした、そんな目で俺達を睨んだらあの魔法陣の正体がわかるっていうのか?」
レズリィの体を強く抱きかかえながら目の前の彼女に警戒する、あの目はやばい…俺の体に毒を入れられた時と同じく、何かを企んでいる様子だ。しかも笑っていないところを見るに余計タチが悪い。
「ーーーー……。」
口を手で覆いながら俺達には聞こえない声量でブツブツと話し続けるモルガン、こちらをその細目で見つめられているのだから余計その恐怖が掻き立てられる。
「聞いてるのか?」
恐る恐るもう一度聞き返すとモルガンは一言
「聞こえてる、今いいところだから話しかけるな。」
そう不機嫌そうな声をこぼし、体を背けて俺達と視線を合わせるのを避けた。その様子を見たニーナはクロムに向かって注意をする。
「クロム、あの状態になったモルガン先生に話しかけない方がいい。殺されるよ。」
「殺っ…!?さすがにそれは言い過ぎだろ。」
「先生は集中してる時に邪魔されるのが一番嫌う、だから静かに待ってて。」
「おう…わかった。」
逆に、何に集中しているのか聞き出したいくらいだ。睨まれている時よりはマシになったが、モルガンが考えていることはほんとうに読めない、何か裏があるのではないかと冷や冷やする。
そんなことを考えていると知らず、まじめにレズリィの新魔法について探るモルガン。これだという答えもすぐ別の疑問が生まれ、その答えにバツをつける。
(神官君のあの様子を見るに、もう一度というのはいささか酷か。ましてや不安定なあの魔力の放出と、感情の暴走による発現方法…あまりにも難題過ぎる。)
先ほどブツブツ言いながらクロム達を見ていたのは、レズリィにもう一度その魔法を唱えられるか確認していたからだ。
ニーナの腕に傷をつけてその魔法で治療してもらえれば確実な証拠を手に入れられたかもしれない。だがそれができない今、完璧な正解とは呼べない分、曖昧な答えにしかならないことに不満を感じていた。
「判断できる材料がないまま結論を述べるのは研究者としてのポリシーを損なうが…おおよそその魔法の正体がつかめた。」
「わかったのか!?」
「あくまでおおよそだ、本来なら何度も試験的にその魔法を発動させて効果を調べたいところだが、これ以上は神官君の精神が保たないからな。それでも、私の予想を聞くか?」
前の会話のような自分主体で、別な謎を作ってしまうような雰囲気ではないことが今の問いかけから感じられた。
俺は頼む、と一言告げ、再び彼女と対面でソファに座った。
モルガンはテーブルに置いてあった残りのお茶を一気に飲み干し、喉周りを潤した後に自身の見解を話し始めた。
「神官君が唱えたあの魔法…おそらく、《対象の状態を巻き戻す能力》。私はそう予想している。」
「対象を…巻き戻す能力!?」
俺達三人は全員、目を見開いた表情でその言葉を受け入れる。そんなリアクションを受けてもなお一息つかずモルガンは話し続ける。
「あの魔法陣に表れる棒線を時計の針と例えると、反時計に動くあの棒線は時間の逆行を示している。そして、治癒魔法でも治らなかった勇者君の外傷が治ったのは、それが起きる状態になる前に体を戻した。巻き戻しという言葉で当てはめていけば話の辻褄が合う。」
「すごい…」や「そんな事が…」など俺達の間でそのような呟き声が流れた。
誰しも驚く、俺もそうだ。ゲームの中でもそんな魔法は存在しなかった、新しい魔法、そしてその力が巻き戻しの能力、大きな外傷や欠損など治癒魔法に限界があったそのような根底を覆してしまうような力。
それらをまとめるようにコハクはレズリィの手を取って称賛を送った。
「すごいですよレズリィさん!もし時間を巻き戻すことができるなら、どんな怪我も病気も起きる前に戻せるってことですよね!」
「えっ!ええ…そうですね。」
「いや…今はそう喜ぶべきではないと思うぞ、獣人君。」
褒め称えるムードを壊すように、モルガンは首を横に振って冷たくこぼした。
「えっ。どうしてですか?」
「私が考える限り三つの問題がある。」
モルガンはそう言いつつ、番号をふるように人差し指を立てた。
「一つ、巻き戻す魔法には時間制限がある。」
レズリィは提示された問題に向かってモルガンと語る。
「時間制限…ですか?」
「毒によって体の調子が戻らないニーナにその巻き戻す魔法を試した、だが結果は何も変わらなかった。壊された細胞も戦いで受けた傷跡もそのまま残っている。」
「魔法がかからなかったというのでは?」
「私も最初はそう考えた、だが発動された魔法が無効になることはありえない。不完全ならそれこそ魔法陣に表れた時計の針が逆に動くことはない、巻き戻しの効果はちゃんと発動していた。」
今の話の要点をわかりやすいようにモルガンはレズリィに問いかけた。
「現に、この巻き戻す魔法によって傷を治した勇者君がいる。このニーナと彼との違いは一体何だと思う?」
レズリィはモルガンが最初に言っていた時間制限という言葉が引っかかっていた。クロムが治せてニーナが治せない、時間制限という言葉の意図にレズリィはすぐ気づいた。
「もしかして…怪我をしてしまった時間…?」
「おそらくその通りだ。」
モルガンはうなずき、テーブルの上にあらかじめ置いてあった紙にペンを走らせながら、図を描いて説明した。
「勇者君は巻き戻す魔法を使う少し前に怪我をした。ニーナの場合、毒の後遺症を受けたのが昨日。おそらくだがこの魔法で巻き戻せる時間はおおよそ10分から20分ほどの短い時間。それ以前に受けた傷は効果範囲外となる。」
なるほどと俺はうなずきながら理解する。違和感があった、巻き戻しの力で負傷した箇所を前の状態に戻して治すのだとしたら、体の痛みが長引くことがないのではないのかと疑問だったからだ。
だが戻せる時間に限りがあるのなら話が変わる、魔導武装・雷変速《エレキトランス》の代償によってできた傷をその前の状態に戻しても、それ以前までに戦ってきた疲労による痛みが残っていれば当然痛みは残り続ける。
それに気づいた俺は、巻き戻す能力がそこまで万能じゃないことを知る。
「じゃあ病気になったらこの魔法は効果がないみたいだな、病原体が体に潜伏してる時間が長ければ戻しても意味がない。やっぱり戦闘メインでしか扱えないか…」
「戻してもらう前提で考えているようだが、問題はそこにも含まれている。」
俺の言葉が気に入らなかったのか、モルガンは二つ目の問題を提示して言葉を返す。
「二つ、魔法の発現方法。」
そうして、素早く紙に簡単に描いた魔法陣を俺達に見せながら、持ってるペンで指しながら説明する。
「さっきも話したが、魔法陣には魔法詠唱に欠かせない詠唱文が綴られている。そして詠唱者は自身の魔力を引き換えにイメージで構成された魔法を放つ。魔法詠唱の構図として簡単にまとめればこうだ。」
次に彼女は、自分で描いた魔法陣を大胆に大きくバツをつけた。
「だが巻き戻す魔法にはこれらの構図が当てはまらない。体の状態を前に戻すなどイメージが掴みにくい魔法を、詠唱なし、自身の魔力のみで発現するなど絶対ありえないんだ。」
モルガンはペンをレズリィに向けて、目を細めて言った。
「私なら…いや、誰であろうと…そのような凄い効果が出るとわかっても、詳細が分からないような正体不明な魔法は使わない。」
至極当たり前のことだと彼女は語る。だがこれまで彼女と対話してきた俺にとって、いつにも増して消極的な反応に違和感を感じた。
「珍しく弱腰だな、わからないことを調べ尽くすのが研究者じゃないのか?」
「言ったはずだ…発現方法がありえないと、もし唱えるたびに自身は代償を払うことになるのなら、君達は頻繁に使おうと思うか?」
その問いかけに俺は口を閉ざした。大きな代償が伴うリスクがあるとするなら、その魔法は乱用できない。
さっきの、モルガンが俺の何が気に入らなかったのかそれが理解できた。ーー代償を払う身でもない奴が強請るな。とレズリィの苦悩を表すように見せているようだった。
だが何故だろうか…モルガンが見せるその意思力に矛盾を覚えるのは…
「私は研究者だ、だが好奇心で自分を死に追い込むような馬鹿じゃないのでね。」
自分で私は真っ当な研究者だと語る彼女を見てようやくその矛盾を理解した。
自分なら使わない、だが相手がそれを使うのなら止めるだけの注意をして自分は観察する。
要するにこいつは、自分に害するものを手に入れても自分には使わず、相手に使わせて観察している。利用しているんだ。
(こいつ…薬の効果の知りたさに俺を実験体にしたり、ニーナを実験と称してレズリィに治療をたかっていたじゃねえか…!俺達が代償を払うならそれでいいのかよ…!)
って、言ってやりたいが…研究者ならウンタラカンタラと、また自分を擁護するために話が長くなる。
だからここは我慢して、吐き出しそうになる言葉を飲み込んで素直にモルガンの忠告を聞き入れる。
「言われてみれば確かにそうだ、俺達はこの魔法を詳しく知らない。凄い能力の反面に手痛いしっぺ返しがあるようじゃ使えない、詳しく調べる必要があるな。」
するとレズリィが、それについてスルッと提案してきた。
「では大賢者様に聞くのはどうでしょうか?ちょうどセーレさんを隠して持ち運ぶアイテムの製作を頼みに行くことですし。」
大賢者マリアナ、まさか彼女の存在がまたここで大きく出てくるとは…魔法に関してならおそらく大量の引き出しがあることだろう。なんでも彼女に頼りきりになってしまうが、今はそれしか解決案がない。
「そうだな、マリアナに聞けば分かるかもしれない。」
「マリアナに会いに行くのか?」
と、無関心な声色でモルガンが俺達に聞いてきた。それについてレズリィが答える。
「はい、アイテム製作の依頼を頼もうかと。」
マリアナに関係する話か、珍しく嫌な顔を見せてみんなにこう告げる。
「なら一つ約束してくれないか、なに…簡単な話だ。私がここにいることを、私が君達と会話したことを彼女に言わないでほしい。」
それはまるで、自分は追われているため身を隠していると意味しているように聞こえた。その意味深な内容に、レズリィは地雷覚悟で聞き返す。
「大賢者様と何かあったんですか?」
「私情だ、かっこ悪い話だからあまり聞かないでくれ。」
なんて都合のいい言葉なのだろうか、そしてまた彼女はあまり多くを語らず謎だけを増やして…
「またそうやって理由を…」
今度こそはと理由を聞き出そうとするレズリィに、俺は手をレズリィの前に伸ばして制す。
「いや、いいんだレズリィ。それはあまり追究しなくていい。」
あまりにも素直に聞き入れるクロムに少し唖然とするレズリィ。その理由を聞き出す前に、クロムはモルガンに向けてその約束の話を続ける。
「約束は守る、モルガンのことは口外しない。だけどそのかわりこっちも約束を守ってもらうぞ。」
「何だ?」
穏やかとは言えないが、それでも仲間意識のある対話を繰り広げたクロム達とモルガン。それらがすべて偽りであるかのように、研ぎ澄まされた殺意をクロムはモルガンに向けて言う。
「俺達を…裏切らないでくれよ。」
その言葉の意味にレズリィは、唖然とした表情から不安を募らせた戸惑いに切り替わる。だがそれはその場にいるみんなも同じ顔をしていた。
「どういう意味ですか…クロムさん。」
「報酬で渡したパンデモニウムの素材、あれを何に使うのか俺達には知ったことじゃないが…人々を苦しめるような使い方をするなら俺はお前を倒さなきゃいけなくなる。」
モルガンを殺すような発言と、彼女が悪であるという意味を込めた台詞を聞き、ニーナはソファから急に立ち上がって異を唱える。
「クロム、モルガン先生はそんなことしない!」
「仮の話だ、俺だってモルガンに刃を向けたりなんてしたくない。」
仮面で見えないが、おそらく血相を変えて俺に殺意を向けていることだろう。彼女がブチ切れる前に端的に話そうと思い、俺はモルガンと向き合う。
「モルガン…お前は怪しいところがいっぱいあるが、いい奴だって俺は思ってる。対抗薬も作ってくれたし、レズリィの新魔法について意見をくれた、そんな俺達の思ういい奴のままでずっといてほしい。」
先ほどの殺意とは違う、懇願するような強い意思力でモルガンを見据える。その先にある蛇のように睨みつける鋭い眼光が閉じるその時まで…
そう思っていたのだが、それは思いがけず早く訪れた。
「…ふっ、君がそう思ってくれるのなら、私もそれに応えよう。」
鼻で笑ってはいるが、そこにはちゃんとした誠意を見せるモルガンがいた。胸に手を乗せ、上の者に誓いを立てるような姿で、
「約束する…害をもたらすような存在に私はならない。」
今まで彼女と会話してきて一番の穏やかな声色だった。その対応を見て俺は、本当に彼女がこの里に反乱を引き起こす者だと信じられなくなっていた。
「ふむ……勇者君が描いた絵では詳しい詳細は掴めなかったが、詠唱文である文字盤が消えているという特徴は一致している…そして何より、変化した際に現れた一本の棒線が円の縁にそって回った。はて…この形どこかで…」
円の縁を指しながら動く棒線の正体…その答えが何なのか思い出せずにいた、あともう少しなはずなのに頭の中にモヤがかかっているようで煩わしい。
そう考えながら顔を少し上げて虚空を見つめる、その時ふと、壁にかけた時計に目がいった。コチコチと秒数を刻みながら秒針が正確に文字盤の線を踏んでいる。
棒線が円の縁にそって回る…同じ特徴だが、神官が出した魔法陣とは動きが逆……逆…?前に戻ってるという意味か…
瞬間、レズリィが叫んだ言葉が、その意味を決定づけた。
ーー死なないで…!お願い…!戻ってきて…!
「まさか……」
モルガンはレズリィ達をよそにムクリと起き上がるニーナの隣に膝をつき、彼女に聞いた。
「ニーナ、体の調子はどうだ?魔法をかける前と今で詳しく教えてくれ。」
ニーナに心配をかける様子もなく実験結果を確認する態度だが、ニーナはそれに一切の不満を見せずにモルガンに自身の今の状態を伝えた。
「うーん…何も?治った感じがしない。だるいです。」
「治っていない…?毒で受けた体の不調感も消えていないのか?」
コクリと頷くニーナ、それを見てモルガンは考えを改めざるを得なかった。
(勇者君の言っていた魔法陣はこの目で確認した、あれだけの迫力がありながらもその魔法の効果がゼロというのはありえない、少なからず何かしらの効果はあるはず。なぜだ…瀕死だった勇者君をこの魔法で治療したのは間違いない、にもかかわらずニーナには効果がなかった。治癒対象が外傷のみに分類される?いや…だとしたらこの魔法は私の考えているものじゃない…)
ブツブツと小声で話ながら情報を整理するモルガン、その表情はあまりスッキリしていない様子で、
「モルガン?」
まるで蛇に睨まれているような細目な彼女の眼光が俺達の方に向けられていた。それに気づいた俺はなぜそう睨むのか問いかけた。
「おい…どうした、そんな目で俺達を睨んだらあの魔法陣の正体がわかるっていうのか?」
レズリィの体を強く抱きかかえながら目の前の彼女に警戒する、あの目はやばい…俺の体に毒を入れられた時と同じく、何かを企んでいる様子だ。しかも笑っていないところを見るに余計タチが悪い。
「ーーーー……。」
口を手で覆いながら俺達には聞こえない声量でブツブツと話し続けるモルガン、こちらをその細目で見つめられているのだから余計その恐怖が掻き立てられる。
「聞いてるのか?」
恐る恐るもう一度聞き返すとモルガンは一言
「聞こえてる、今いいところだから話しかけるな。」
そう不機嫌そうな声をこぼし、体を背けて俺達と視線を合わせるのを避けた。その様子を見たニーナはクロムに向かって注意をする。
「クロム、あの状態になったモルガン先生に話しかけない方がいい。殺されるよ。」
「殺っ…!?さすがにそれは言い過ぎだろ。」
「先生は集中してる時に邪魔されるのが一番嫌う、だから静かに待ってて。」
「おう…わかった。」
逆に、何に集中しているのか聞き出したいくらいだ。睨まれている時よりはマシになったが、モルガンが考えていることはほんとうに読めない、何か裏があるのではないかと冷や冷やする。
そんなことを考えていると知らず、まじめにレズリィの新魔法について探るモルガン。これだという答えもすぐ別の疑問が生まれ、その答えにバツをつける。
(神官君のあの様子を見るに、もう一度というのはいささか酷か。ましてや不安定なあの魔力の放出と、感情の暴走による発現方法…あまりにも難題過ぎる。)
先ほどブツブツ言いながらクロム達を見ていたのは、レズリィにもう一度その魔法を唱えられるか確認していたからだ。
ニーナの腕に傷をつけてその魔法で治療してもらえれば確実な証拠を手に入れられたかもしれない。だがそれができない今、完璧な正解とは呼べない分、曖昧な答えにしかならないことに不満を感じていた。
「判断できる材料がないまま結論を述べるのは研究者としてのポリシーを損なうが…おおよそその魔法の正体がつかめた。」
「わかったのか!?」
「あくまでおおよそだ、本来なら何度も試験的にその魔法を発動させて効果を調べたいところだが、これ以上は神官君の精神が保たないからな。それでも、私の予想を聞くか?」
前の会話のような自分主体で、別な謎を作ってしまうような雰囲気ではないことが今の問いかけから感じられた。
俺は頼む、と一言告げ、再び彼女と対面でソファに座った。
モルガンはテーブルに置いてあった残りのお茶を一気に飲み干し、喉周りを潤した後に自身の見解を話し始めた。
「神官君が唱えたあの魔法…おそらく、《対象の状態を巻き戻す能力》。私はそう予想している。」
「対象を…巻き戻す能力!?」
俺達三人は全員、目を見開いた表情でその言葉を受け入れる。そんなリアクションを受けてもなお一息つかずモルガンは話し続ける。
「あの魔法陣に表れる棒線を時計の針と例えると、反時計に動くあの棒線は時間の逆行を示している。そして、治癒魔法でも治らなかった勇者君の外傷が治ったのは、それが起きる状態になる前に体を戻した。巻き戻しという言葉で当てはめていけば話の辻褄が合う。」
「すごい…」や「そんな事が…」など俺達の間でそのような呟き声が流れた。
誰しも驚く、俺もそうだ。ゲームの中でもそんな魔法は存在しなかった、新しい魔法、そしてその力が巻き戻しの能力、大きな外傷や欠損など治癒魔法に限界があったそのような根底を覆してしまうような力。
それらをまとめるようにコハクはレズリィの手を取って称賛を送った。
「すごいですよレズリィさん!もし時間を巻き戻すことができるなら、どんな怪我も病気も起きる前に戻せるってことですよね!」
「えっ!ええ…そうですね。」
「いや…今はそう喜ぶべきではないと思うぞ、獣人君。」
褒め称えるムードを壊すように、モルガンは首を横に振って冷たくこぼした。
「えっ。どうしてですか?」
「私が考える限り三つの問題がある。」
モルガンはそう言いつつ、番号をふるように人差し指を立てた。
「一つ、巻き戻す魔法には時間制限がある。」
レズリィは提示された問題に向かってモルガンと語る。
「時間制限…ですか?」
「毒によって体の調子が戻らないニーナにその巻き戻す魔法を試した、だが結果は何も変わらなかった。壊された細胞も戦いで受けた傷跡もそのまま残っている。」
「魔法がかからなかったというのでは?」
「私も最初はそう考えた、だが発動された魔法が無効になることはありえない。不完全ならそれこそ魔法陣に表れた時計の針が逆に動くことはない、巻き戻しの効果はちゃんと発動していた。」
今の話の要点をわかりやすいようにモルガンはレズリィに問いかけた。
「現に、この巻き戻す魔法によって傷を治した勇者君がいる。このニーナと彼との違いは一体何だと思う?」
レズリィはモルガンが最初に言っていた時間制限という言葉が引っかかっていた。クロムが治せてニーナが治せない、時間制限という言葉の意図にレズリィはすぐ気づいた。
「もしかして…怪我をしてしまった時間…?」
「おそらくその通りだ。」
モルガンはうなずき、テーブルの上にあらかじめ置いてあった紙にペンを走らせながら、図を描いて説明した。
「勇者君は巻き戻す魔法を使う少し前に怪我をした。ニーナの場合、毒の後遺症を受けたのが昨日。おそらくだがこの魔法で巻き戻せる時間はおおよそ10分から20分ほどの短い時間。それ以前に受けた傷は効果範囲外となる。」
なるほどと俺はうなずきながら理解する。違和感があった、巻き戻しの力で負傷した箇所を前の状態に戻して治すのだとしたら、体の痛みが長引くことがないのではないのかと疑問だったからだ。
だが戻せる時間に限りがあるのなら話が変わる、魔導武装・雷変速《エレキトランス》の代償によってできた傷をその前の状態に戻しても、それ以前までに戦ってきた疲労による痛みが残っていれば当然痛みは残り続ける。
それに気づいた俺は、巻き戻す能力がそこまで万能じゃないことを知る。
「じゃあ病気になったらこの魔法は効果がないみたいだな、病原体が体に潜伏してる時間が長ければ戻しても意味がない。やっぱり戦闘メインでしか扱えないか…」
「戻してもらう前提で考えているようだが、問題はそこにも含まれている。」
俺の言葉が気に入らなかったのか、モルガンは二つ目の問題を提示して言葉を返す。
「二つ、魔法の発現方法。」
そうして、素早く紙に簡単に描いた魔法陣を俺達に見せながら、持ってるペンで指しながら説明する。
「さっきも話したが、魔法陣には魔法詠唱に欠かせない詠唱文が綴られている。そして詠唱者は自身の魔力を引き換えにイメージで構成された魔法を放つ。魔法詠唱の構図として簡単にまとめればこうだ。」
次に彼女は、自分で描いた魔法陣を大胆に大きくバツをつけた。
「だが巻き戻す魔法にはこれらの構図が当てはまらない。体の状態を前に戻すなどイメージが掴みにくい魔法を、詠唱なし、自身の魔力のみで発現するなど絶対ありえないんだ。」
モルガンはペンをレズリィに向けて、目を細めて言った。
「私なら…いや、誰であろうと…そのような凄い効果が出るとわかっても、詳細が分からないような正体不明な魔法は使わない。」
至極当たり前のことだと彼女は語る。だがこれまで彼女と対話してきた俺にとって、いつにも増して消極的な反応に違和感を感じた。
「珍しく弱腰だな、わからないことを調べ尽くすのが研究者じゃないのか?」
「言ったはずだ…発現方法がありえないと、もし唱えるたびに自身は代償を払うことになるのなら、君達は頻繁に使おうと思うか?」
その問いかけに俺は口を閉ざした。大きな代償が伴うリスクがあるとするなら、その魔法は乱用できない。
さっきの、モルガンが俺の何が気に入らなかったのかそれが理解できた。ーー代償を払う身でもない奴が強請るな。とレズリィの苦悩を表すように見せているようだった。
だが何故だろうか…モルガンが見せるその意思力に矛盾を覚えるのは…
「私は研究者だ、だが好奇心で自分を死に追い込むような馬鹿じゃないのでね。」
自分で私は真っ当な研究者だと語る彼女を見てようやくその矛盾を理解した。
自分なら使わない、だが相手がそれを使うのなら止めるだけの注意をして自分は観察する。
要するにこいつは、自分に害するものを手に入れても自分には使わず、相手に使わせて観察している。利用しているんだ。
(こいつ…薬の効果の知りたさに俺を実験体にしたり、ニーナを実験と称してレズリィに治療をたかっていたじゃねえか…!俺達が代償を払うならそれでいいのかよ…!)
って、言ってやりたいが…研究者ならウンタラカンタラと、また自分を擁護するために話が長くなる。
だからここは我慢して、吐き出しそうになる言葉を飲み込んで素直にモルガンの忠告を聞き入れる。
「言われてみれば確かにそうだ、俺達はこの魔法を詳しく知らない。凄い能力の反面に手痛いしっぺ返しがあるようじゃ使えない、詳しく調べる必要があるな。」
するとレズリィが、それについてスルッと提案してきた。
「では大賢者様に聞くのはどうでしょうか?ちょうどセーレさんを隠して持ち運ぶアイテムの製作を頼みに行くことですし。」
大賢者マリアナ、まさか彼女の存在がまたここで大きく出てくるとは…魔法に関してならおそらく大量の引き出しがあることだろう。なんでも彼女に頼りきりになってしまうが、今はそれしか解決案がない。
「そうだな、マリアナに聞けば分かるかもしれない。」
「マリアナに会いに行くのか?」
と、無関心な声色でモルガンが俺達に聞いてきた。それについてレズリィが答える。
「はい、アイテム製作の依頼を頼もうかと。」
マリアナに関係する話か、珍しく嫌な顔を見せてみんなにこう告げる。
「なら一つ約束してくれないか、なに…簡単な話だ。私がここにいることを、私が君達と会話したことを彼女に言わないでほしい。」
それはまるで、自分は追われているため身を隠していると意味しているように聞こえた。その意味深な内容に、レズリィは地雷覚悟で聞き返す。
「大賢者様と何かあったんですか?」
「私情だ、かっこ悪い話だからあまり聞かないでくれ。」
なんて都合のいい言葉なのだろうか、そしてまた彼女はあまり多くを語らず謎だけを増やして…
「またそうやって理由を…」
今度こそはと理由を聞き出そうとするレズリィに、俺は手をレズリィの前に伸ばして制す。
「いや、いいんだレズリィ。それはあまり追究しなくていい。」
あまりにも素直に聞き入れるクロムに少し唖然とするレズリィ。その理由を聞き出す前に、クロムはモルガンに向けてその約束の話を続ける。
「約束は守る、モルガンのことは口外しない。だけどそのかわりこっちも約束を守ってもらうぞ。」
「何だ?」
穏やかとは言えないが、それでも仲間意識のある対話を繰り広げたクロム達とモルガン。それらがすべて偽りであるかのように、研ぎ澄まされた殺意をクロムはモルガンに向けて言う。
「俺達を…裏切らないでくれよ。」
その言葉の意味にレズリィは、唖然とした表情から不安を募らせた戸惑いに切り替わる。だがそれはその場にいるみんなも同じ顔をしていた。
「どういう意味ですか…クロムさん。」
「報酬で渡したパンデモニウムの素材、あれを何に使うのか俺達には知ったことじゃないが…人々を苦しめるような使い方をするなら俺はお前を倒さなきゃいけなくなる。」
モルガンを殺すような発言と、彼女が悪であるという意味を込めた台詞を聞き、ニーナはソファから急に立ち上がって異を唱える。
「クロム、モルガン先生はそんなことしない!」
「仮の話だ、俺だってモルガンに刃を向けたりなんてしたくない。」
仮面で見えないが、おそらく血相を変えて俺に殺意を向けていることだろう。彼女がブチ切れる前に端的に話そうと思い、俺はモルガンと向き合う。
「モルガン…お前は怪しいところがいっぱいあるが、いい奴だって俺は思ってる。対抗薬も作ってくれたし、レズリィの新魔法について意見をくれた、そんな俺達の思ういい奴のままでずっといてほしい。」
先ほどの殺意とは違う、懇願するような強い意思力でモルガンを見据える。その先にある蛇のように睨みつける鋭い眼光が閉じるその時まで…
そう思っていたのだが、それは思いがけず早く訪れた。
「…ふっ、君がそう思ってくれるのなら、私もそれに応えよう。」
鼻で笑ってはいるが、そこにはちゃんとした誠意を見せるモルガンがいた。胸に手を乗せ、上の者に誓いを立てるような姿で、
「約束する…害をもたらすような存在に私はならない。」
今まで彼女と会話してきて一番の穏やかな声色だった。その対応を見て俺は、本当に彼女がこの里に反乱を引き起こす者だと信じられなくなっていた。
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しかしマイルズだけは、元医師の知識から即座に「病」の正体と、放置すれば領地を崩壊させる「災害」であることを看破していた。
「父上、お待ちください。それは呪いではありませぬ。……対処法がわかります」
公衆衛生の確立を皮切りに、マイルズは領地に潜む様々な「病巣」――非効率な農業、停滞する経済、旧態依然としたインフラ――に気づいていく。
前世の知識を総動員し、10歳の少年が領地を豊かに変えていく。
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彼らと仲間になって同盟を組んだユーゴは、やがて彼らと共に様々な異世界を巻き込む大きな事件に関わっていく。
その過程で、彼はリーダーシップを発揮し、新たな力を開花させていくのだった!
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