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復活の厄災編
第五十七話 勇者と神官①
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「ここに座っていればいい?」
「はい、できれば手を握らせてもらいませんか?あの時も体に触れて唱えていたので。」
レズリィの新魔法を試しに、ニーナは床にペたりと座りこみ魔法を受け入れる姿勢をとった。
これから見たこともない魔法を自分にかけられるというのに、ニーナから緊張や恐怖などが一切感じられない。まぁ、お面をつけているから表情がわからないのだが。
「すぅ…ふぅ……。」
レズリィはニーナの手を握る前に深く深呼吸をした。ふと、視線を下に移した時、自分の両手が目に映った。
その時、レズリィは改めて思った。教えられた白魔法以外の魔法などいつ覚えたのか?誰も見たこともない魔法陣が何故現れたのか?自分の体は自分が一番よく知っているはずなのに溢れ出る疑問がより一層不安にさせる。
ーー私の中で…一体何が起こっているの?
「大丈夫ですか?レズリィさん。」
後ろからコハクの声が聞こえ、レズリィはハッと迷走する思考から飛び起きた。
「コハクさん…」
振り向くと、コハクが心配そうな目でこちらを窺っている。レズリィはそんな彼女に頭を優しく撫でて、今の気持ちを苦笑いで表した。
「少し緊張してます、新しいことを初めてやる感覚は慣れないものですね。」
言葉にすると胸の重りが軽くなったように自然と挑戦する意思が湧いて出てきた。なぜやどうしてなどの疑問を浮かべる前に、自分は本当にその魔法を使えるのか確認しないといけない。
それにもし、瀕死のクロムを癒せるほどの力を持つ魔法を唱えられるのだとしたらこの先必ず役に立つ時がやってくる。それの予行練習だと思えればいい。
「ふぅ…いきます!」
レズリィは大怪我を負った人を治療する時と同じように、意識を集中させた。そして、差し出されたニーナの両手を握り、相手の傷が癒えるイメージを組み立てながら魔法を唱える。
すると、ニーナが座っている位置から魔法陣が現れ緑色の光が溢れ出した。
だが、いつまで経ってもクロムが絵で描いたような魔法陣が現れることなく、ただ暖かな治癒の光が光り続けるだけだった。
その光景を傍から見ていたモルガンは疑心の目でクロムに問いかけた。
「これではただの治癒魔法だ、本当にこんな魔法陣が出てくるのか?」
指の間に挟んだ俺の絵をチラチラ泳がせるモルガン、お目当てのものが見れなくて不満に感じているようだ。
「やっぱりそれ以前の問題だろ、偶然発動出来た魔法をもう一度やるなんて…きっかけもやり方も曖昧なままじゃ成功なんてしないぞ。」
俺は突然の実演方法について真面目に思案し、モルガンに言い返した。
「きっかけとやり方…か…」
俺の言葉に何かヒントを得たのか、なんとか新しい魔法を発現させようと模索するレズリィを見つめ、モルガンは考えこむそぶりを見せる。
魔法詠唱を始めてから3分ほど経っただろうか。
依然として、魔法陣は変わることなく、クロムを治した時のような大きな治癒のイメージに苦戦してレズリィの顔から疲労が浮かび上がる。
そして…治癒の光が消えた。
「はぁ…はぁ…ごめんなさい、やっぱりできませんでした。」
疲労の間に悔しさを滲ませるレズリィ。周りも出来なかったことに残念がるが、次いで彼女の頑張りを讃える声に変わる。
「まぁ突然やれって言われてできるわけもないし、焦らずゆっくりとその魔法が発動できるきっかけを探していこう。」
「クロムさん…」
「落ち込むことなんてありませんよ、何事も挑戦と失敗の繰り返しです。最初から出来る人なんていませんよ。」
「コハクさん…そう…ですよね。」
温かな慰めの言葉を受け、レズリィは静かに結果を受け入れた。潔く感じるが、彼女の表情から滲んだ悔しさが消えていない。
レズリィの気持ちは分かるが正直無謀な方法である、何の準備もなしに登山に行くようなものだ、その道のりは険しいだろう。
これ以上は何の成果も見込めない、そう考えていた矢先…
「もう一度試してもらえるか?」
と、周りの諦めかけた雰囲気を壊すようにモルガンはあっさり再挑戦の意を唱える。その顔は自分がただ見たいからという欲を表してはおらず、何かを導き出したかのように真剣にレズリィに向き合った。
「神官君、魔力を大きく放出するなど難しいことは考えなくていい。イメージするのはひとつ、その魔法を発現したその時、その状況、その心境を思い出してみるんだ。」
「その時…その状況…その心境…」
モルガンのアドバイスを聞き入れ、レズリィはその魔法を発現させた記憶を呼び起こす。
「目を閉じ、目の前のニーナに触れて思い出すんだ。あの時必死で治そうとしていた人は誰だ?目の前にいる人物は今治さなければ死んでしまう、治癒魔法が効かない…でも助けなければ、と…」
モルガンの声がどんどん遠くなっていく、そして真っ暗に広がる瞼の裏におぼろげに見えてくるモノクロの光景。
レズリィの意識は自身の記憶に飲み込まれ、まるでその場にいるかのような錯覚を感じさせられる。
ーーそうだ…私は…
モノクロの世界で地面に伏せる人物、見覚えのある姿、そしてその目に映したくない姿。クロムさん…
ーークロムさんの傷を治すために…
パクっ!とクロムの皮膚から紅い傷口が開く、それを癒やそうとレズリィは自身の手をクロムの体に触れて治癒魔法を唱える。
ーーえっ…?
レズリィは自身の体から血の気が引いていくような恐怖を味わった。神官に備わる癒し力がその手から現れない。
ーーなんで!?どうして…っ!!
自分自身で問答をしている間にもクロムの傷がみるみる増えていく。モノクロの景色から紅い色が増えだし、精神的にレズリィを追い詰めていく。
ーー治せない…治って…!お願いだから…!やめて…それ以上広がらないで…クロムさんが…クロムさんが…!!
バックリと開いた傷口がみるみる広がり続け、その傷が顔の目元にまで伸びる。レズリィは魔法が使えないその手で開いた傷を押さえる、だが押さえた手の隙間から抜け出すように傷が伸び続け…ついには…
ブシュッ…!
ーー……あっ……
レズリィの頬に鮮血が飛び散った、冷たく湿った液体が涙を伝うように頬をなぞって落ちていく。
そしてレズリィは見た…目の前で起きたことを、真っ赤に濡れて倒れた何かを…
ーーー
ーー
「…嫌…!嫌…!!」
「きゃぁ!」
突然レズリィは目の前に座り込むニーナを押し倒した。その異常な行動に周りは騒然となる。
「レズリィ!?」
「レズリィさん!?どうし…」
俺とコハクはただならぬ光景にたまらずレズリィを押さえようとする。そこにモルガンがやって来て二人の肩を掴んで阻止した。
「待て二人共、ニーナも手は出すな。」
彼女の言葉がレズリィを除く三人の動きを止めさせた。
「…嫌!…治って…!治って…!もとに戻って…!」
そのままレズリィは押し倒されたニーナの胸を力強く掴み、息を荒げる。
「レズリィ…?ど、どうしたの…?」
ニーナの目線から見えるレズリィの表情は何とも悲痛なもので、ニーナの声は届いていないのか、光が失われた目で何度も懇願する声を漏らしながらニーナの体を揺さぶり続けていた。
彼女のその異常な様子を見ていた俺は、これを引き起こしたであろうモルガンに怒りを表した。
「おいモルガン、レズリィに何吹き込んだんだ!」
その問いかけに、冷静にレズリィを分析してモルガンは言う。
「彼女に魔法が発現した時のきっかけを思い出させただけだ。君の話を聞いていた限りでは彼女は相当苦しい局面を経験したんだと思う、彼女にとってそれは…思い出したくもないトラウマなのかもしれない。」
「だったら余計に…!」
「だがきっかけは何であれ、人の感情が左右される際、内に眠る力が呼び覚まされる。似た言葉で言うなら火事場の馬鹿力と言うこともあるだろう。」
モルガンはニーナの体を揺さぶり続けるレズリィを指さして、彼女の抱える心境を交えながら話し続ける。
「私が思うに、彼女は君を助けたい一心で自分の精神を限界にまで追い詰めたのだろう。だとするなら、私が掘り起こさなくとも君がこの先大怪我をしたならばいずれこうなってしまうことは避けられない。」
それを聞いて俺は改めてレズリィとの会話を振り返る。無茶するたびに彼女からそんなことはしないでと言われ、何度か彼女の前で倒れてしまい心配の言葉を浴びせられた。
神官の職に身を置く者として負傷者の傷を癒すことを使命とする彼女にとって、死なせることは絶対にあってはならない。
その使命が彼女を追い詰めてしまった、俺が何度も死を連想させる状況を作ってしまったせいで。
「レズリィ…俺が不甲斐ないせいで、お前に負担をかけすぎてしまったのか…」
俺は悲観の声をこぼし、狂乱するレズリィを止めようと手を前に伸ばす。巻き戻しの魔法が見たいからって、これ以上レズリィが苦しむところなんて見ていられなかった。
その逆、魔法の発現に期待しているモルガンは俺の行動がそれを阻害すると瞬時に察し、俺の体を強く引き寄せた。
「待てと言っているだろう勇者君!」
「これ以上見てられるか!レズリィ!」
モルガンに肩を掴まれながらも、俺は手を伸ばしてレズリィに触れる。と、同時に…それは起きた。
「死なないで…!お願い…!戻ってきて…!!」
ゴウン…
レズリィの叫喚と共に空気が重く俺達の体に張り付いた。その張り詰めた気迫に驚いたのかわからないが、俺達の体が銅像のように不自然に固まって動けなくなっていた。
(……えっ…なにが…)
体の中にセメントを入れられたかのように俺の体がピクリとも動かない。脳がその異常に追いつけていないがために、五感を利用してその異常を確認しようと働いた。
ゥゥゥゥゥゥゥゥ…
地響きのような重低音が下から聞こえ、俺の目線は自然と下に向かう。
(ーーーッ!!)
俺は目をかっ開いてその光景を目に焼き付けた。馬乗りになるレズリィの下から青緑色の円陣が展開し始める、その陣は半透明で床面が透けて見えており、聞いたとおり針状の模様以外何も描かれていないシンプルな単色だった。
ゴウン…ゴウンゴウンゴウン…
次に、その陣の上で紫色の針が奇怪な音と共に左回りにカクカクと動き始める。そして指で数えるほどの数だけ動きを見せた後、その魔法陣はフッとそこから消えてしまった。
「……はっ!」
魔法陣が消えた瞬間、体の自由が効いて反動で危うく転びかけた。だがそんな焦りの気持ちなど今は関係ない…
レズリィが…新たな魔法を本当に発現させた。頭の中はそれだけでいっぱいだった。
それは俺の隣にいるコハクとモルガンも同じ気持ちで、呆然と立ち尽くしていた。
「クロムさん…いっ、今のって…」
「驚くべき現象だ…」
時間にしてわずか数秒の出来事だっただろう、だがこの三人が経験したその数秒はあまりにも濃く、簡単には忘れられぬ出来事となった。
みんながその驚きの現象に言葉が出ない中、バタリと大きな音がして全員の意識がようやく正常に戻った。
音がした方に顔を向けると、レズリィが倒れそうになった体を弱々しく両手で支えているところが見えた。さっきの音はその両手が床を叩いた時の音だろう。
「はぁ…はぁ…」
「レズリィ大丈夫か!」
「レズリィさん!」
俺はレズリィの体を優しく片腕で支えた、安定しない呼吸と青ざめた顔をレズリィは二人に見せる。
「クロムさん…コハクさん…私…」
「大丈夫だ、俺達はここにいる。ゆっくり呼吸するんだ。」
二人の顔を見て安心したのか、安堵したような表情を浮かべ少しずつ呼吸を整えていく。
ふと、レズリィと俺の視線が合った。その瞳に映る自分の姿があまりに弱々しくて、こんな少女に俺は何度も救われていたのかと思うだけで自分が情けなくなる。
「すまんレズリィ…俺が色々とお前に心配をかけすぎたせいでここまで追い詰めてしまって。」
「クロムさん…」
喉が詰まった。重い口を開き緊張気味にレズリィの気持ちを代弁するかのように反省の言葉を零す俺を見て、レズリィは無意識に涙を零した。
「レズリィ…!?」
「違っ…違う…違うんです…!私は…怖かったんです!クロムさんを失うことが…!」
レズリィは腕で涙を流す目元を隠し、涙声で俺の言葉を必死に否定する。
「自分の力不足で大事な仲間を救えない…そんな自分が怖くて、何より…ついさっきまで隣にいた人が消えてしまうのが怖くて…だから私は…私は…!」
無理を押して言葉を続けないでほしい。結局は俺が不安を生み出し続けてしまってレズリィに無理をさせすぎてしまっただけだなんだ。けれど、彼女の口は自分の責任だと一点張りで彼女が抱える不安を払拭できない。
大丈夫?よくやってる?頼りにしてる?そんな言葉で彼女が安心できるか?いざこの状況に立ち会ってしまったらそんな言葉しか浮かび上がらない。
どうしたらいいのか、わからない。どうしてあげればいいのか、わからない。
わからないから俺にはもう、涙を隠す彼女の手を握って、抱きかかえる彼女に回す腕に強く力を込めるしかなくて。自分の気持ちを正直に話すしか…
「……んぇ…?」
「レズリィ…すまん、俺はこれ以上お前に心配をかけさせないっていう約束は…できない。戦う以上怪我はするし、自傷覚悟に突っ込む事だってやる。レズリィの言う無茶をしない勝利なんて弱い今の俺には出来ない。」
最低だ…こんな辛い面を見せも尚、俺はこれからもレズリィの不安を生み出し続ける者だと約束してしまった。だけど…
「だけど…俺はもう倒れない。どんな傷を受けても笑ってお前に治しにお願いするから…」
レズリィの前で倒れた姿なんてもう見せない…!心配なんてよそに俺は立ち続けるから…
「だからもう…そんな辛そうな顔で治さないでくれ。」
俺は涙を隠す彼女の手をどかした、目の前には涙で顔を赤くした彼女がおり、何度かクロムの語った気持ちを呑み込もうと苦心し、幾度も息を呑んだあと、抑えられなかった溢れるものを再び瞳の端からぽろぽろこぼし、
「…ふふっ…少し…安心しました。」
と、泣きながら微笑んだ。
「言質…いただきましたからね、私がそうならないようクロムさんも強くなってください。」
「ああ…頑張る。」
クロムはそれこそ嘘偽りない気持ちで応じる。その答えを聞くと、レズリィは約束の証を示すように握られたクロムの手を両手で包み込み…
「約束です…私も…あなたを支えられるよう強くなります。」
今、大きな約束を一つ、彼女と交えた。
「はい、できれば手を握らせてもらいませんか?あの時も体に触れて唱えていたので。」
レズリィの新魔法を試しに、ニーナは床にペたりと座りこみ魔法を受け入れる姿勢をとった。
これから見たこともない魔法を自分にかけられるというのに、ニーナから緊張や恐怖などが一切感じられない。まぁ、お面をつけているから表情がわからないのだが。
「すぅ…ふぅ……。」
レズリィはニーナの手を握る前に深く深呼吸をした。ふと、視線を下に移した時、自分の両手が目に映った。
その時、レズリィは改めて思った。教えられた白魔法以外の魔法などいつ覚えたのか?誰も見たこともない魔法陣が何故現れたのか?自分の体は自分が一番よく知っているはずなのに溢れ出る疑問がより一層不安にさせる。
ーー私の中で…一体何が起こっているの?
「大丈夫ですか?レズリィさん。」
後ろからコハクの声が聞こえ、レズリィはハッと迷走する思考から飛び起きた。
「コハクさん…」
振り向くと、コハクが心配そうな目でこちらを窺っている。レズリィはそんな彼女に頭を優しく撫でて、今の気持ちを苦笑いで表した。
「少し緊張してます、新しいことを初めてやる感覚は慣れないものですね。」
言葉にすると胸の重りが軽くなったように自然と挑戦する意思が湧いて出てきた。なぜやどうしてなどの疑問を浮かべる前に、自分は本当にその魔法を使えるのか確認しないといけない。
それにもし、瀕死のクロムを癒せるほどの力を持つ魔法を唱えられるのだとしたらこの先必ず役に立つ時がやってくる。それの予行練習だと思えればいい。
「ふぅ…いきます!」
レズリィは大怪我を負った人を治療する時と同じように、意識を集中させた。そして、差し出されたニーナの両手を握り、相手の傷が癒えるイメージを組み立てながら魔法を唱える。
すると、ニーナが座っている位置から魔法陣が現れ緑色の光が溢れ出した。
だが、いつまで経ってもクロムが絵で描いたような魔法陣が現れることなく、ただ暖かな治癒の光が光り続けるだけだった。
その光景を傍から見ていたモルガンは疑心の目でクロムに問いかけた。
「これではただの治癒魔法だ、本当にこんな魔法陣が出てくるのか?」
指の間に挟んだ俺の絵をチラチラ泳がせるモルガン、お目当てのものが見れなくて不満に感じているようだ。
「やっぱりそれ以前の問題だろ、偶然発動出来た魔法をもう一度やるなんて…きっかけもやり方も曖昧なままじゃ成功なんてしないぞ。」
俺は突然の実演方法について真面目に思案し、モルガンに言い返した。
「きっかけとやり方…か…」
俺の言葉に何かヒントを得たのか、なんとか新しい魔法を発現させようと模索するレズリィを見つめ、モルガンは考えこむそぶりを見せる。
魔法詠唱を始めてから3分ほど経っただろうか。
依然として、魔法陣は変わることなく、クロムを治した時のような大きな治癒のイメージに苦戦してレズリィの顔から疲労が浮かび上がる。
そして…治癒の光が消えた。
「はぁ…はぁ…ごめんなさい、やっぱりできませんでした。」
疲労の間に悔しさを滲ませるレズリィ。周りも出来なかったことに残念がるが、次いで彼女の頑張りを讃える声に変わる。
「まぁ突然やれって言われてできるわけもないし、焦らずゆっくりとその魔法が発動できるきっかけを探していこう。」
「クロムさん…」
「落ち込むことなんてありませんよ、何事も挑戦と失敗の繰り返しです。最初から出来る人なんていませんよ。」
「コハクさん…そう…ですよね。」
温かな慰めの言葉を受け、レズリィは静かに結果を受け入れた。潔く感じるが、彼女の表情から滲んだ悔しさが消えていない。
レズリィの気持ちは分かるが正直無謀な方法である、何の準備もなしに登山に行くようなものだ、その道のりは険しいだろう。
これ以上は何の成果も見込めない、そう考えていた矢先…
「もう一度試してもらえるか?」
と、周りの諦めかけた雰囲気を壊すようにモルガンはあっさり再挑戦の意を唱える。その顔は自分がただ見たいからという欲を表してはおらず、何かを導き出したかのように真剣にレズリィに向き合った。
「神官君、魔力を大きく放出するなど難しいことは考えなくていい。イメージするのはひとつ、その魔法を発現したその時、その状況、その心境を思い出してみるんだ。」
「その時…その状況…その心境…」
モルガンのアドバイスを聞き入れ、レズリィはその魔法を発現させた記憶を呼び起こす。
「目を閉じ、目の前のニーナに触れて思い出すんだ。あの時必死で治そうとしていた人は誰だ?目の前にいる人物は今治さなければ死んでしまう、治癒魔法が効かない…でも助けなければ、と…」
モルガンの声がどんどん遠くなっていく、そして真っ暗に広がる瞼の裏におぼろげに見えてくるモノクロの光景。
レズリィの意識は自身の記憶に飲み込まれ、まるでその場にいるかのような錯覚を感じさせられる。
ーーそうだ…私は…
モノクロの世界で地面に伏せる人物、見覚えのある姿、そしてその目に映したくない姿。クロムさん…
ーークロムさんの傷を治すために…
パクっ!とクロムの皮膚から紅い傷口が開く、それを癒やそうとレズリィは自身の手をクロムの体に触れて治癒魔法を唱える。
ーーえっ…?
レズリィは自身の体から血の気が引いていくような恐怖を味わった。神官に備わる癒し力がその手から現れない。
ーーなんで!?どうして…っ!!
自分自身で問答をしている間にもクロムの傷がみるみる増えていく。モノクロの景色から紅い色が増えだし、精神的にレズリィを追い詰めていく。
ーー治せない…治って…!お願いだから…!やめて…それ以上広がらないで…クロムさんが…クロムさんが…!!
バックリと開いた傷口がみるみる広がり続け、その傷が顔の目元にまで伸びる。レズリィは魔法が使えないその手で開いた傷を押さえる、だが押さえた手の隙間から抜け出すように傷が伸び続け…ついには…
ブシュッ…!
ーー……あっ……
レズリィの頬に鮮血が飛び散った、冷たく湿った液体が涙を伝うように頬をなぞって落ちていく。
そしてレズリィは見た…目の前で起きたことを、真っ赤に濡れて倒れた何かを…
ーーー
ーー
「…嫌…!嫌…!!」
「きゃぁ!」
突然レズリィは目の前に座り込むニーナを押し倒した。その異常な行動に周りは騒然となる。
「レズリィ!?」
「レズリィさん!?どうし…」
俺とコハクはただならぬ光景にたまらずレズリィを押さえようとする。そこにモルガンがやって来て二人の肩を掴んで阻止した。
「待て二人共、ニーナも手は出すな。」
彼女の言葉がレズリィを除く三人の動きを止めさせた。
「…嫌!…治って…!治って…!もとに戻って…!」
そのままレズリィは押し倒されたニーナの胸を力強く掴み、息を荒げる。
「レズリィ…?ど、どうしたの…?」
ニーナの目線から見えるレズリィの表情は何とも悲痛なもので、ニーナの声は届いていないのか、光が失われた目で何度も懇願する声を漏らしながらニーナの体を揺さぶり続けていた。
彼女のその異常な様子を見ていた俺は、これを引き起こしたであろうモルガンに怒りを表した。
「おいモルガン、レズリィに何吹き込んだんだ!」
その問いかけに、冷静にレズリィを分析してモルガンは言う。
「彼女に魔法が発現した時のきっかけを思い出させただけだ。君の話を聞いていた限りでは彼女は相当苦しい局面を経験したんだと思う、彼女にとってそれは…思い出したくもないトラウマなのかもしれない。」
「だったら余計に…!」
「だがきっかけは何であれ、人の感情が左右される際、内に眠る力が呼び覚まされる。似た言葉で言うなら火事場の馬鹿力と言うこともあるだろう。」
モルガンはニーナの体を揺さぶり続けるレズリィを指さして、彼女の抱える心境を交えながら話し続ける。
「私が思うに、彼女は君を助けたい一心で自分の精神を限界にまで追い詰めたのだろう。だとするなら、私が掘り起こさなくとも君がこの先大怪我をしたならばいずれこうなってしまうことは避けられない。」
それを聞いて俺は改めてレズリィとの会話を振り返る。無茶するたびに彼女からそんなことはしないでと言われ、何度か彼女の前で倒れてしまい心配の言葉を浴びせられた。
神官の職に身を置く者として負傷者の傷を癒すことを使命とする彼女にとって、死なせることは絶対にあってはならない。
その使命が彼女を追い詰めてしまった、俺が何度も死を連想させる状況を作ってしまったせいで。
「レズリィ…俺が不甲斐ないせいで、お前に負担をかけすぎてしまったのか…」
俺は悲観の声をこぼし、狂乱するレズリィを止めようと手を前に伸ばす。巻き戻しの魔法が見たいからって、これ以上レズリィが苦しむところなんて見ていられなかった。
その逆、魔法の発現に期待しているモルガンは俺の行動がそれを阻害すると瞬時に察し、俺の体を強く引き寄せた。
「待てと言っているだろう勇者君!」
「これ以上見てられるか!レズリィ!」
モルガンに肩を掴まれながらも、俺は手を伸ばしてレズリィに触れる。と、同時に…それは起きた。
「死なないで…!お願い…!戻ってきて…!!」
ゴウン…
レズリィの叫喚と共に空気が重く俺達の体に張り付いた。その張り詰めた気迫に驚いたのかわからないが、俺達の体が銅像のように不自然に固まって動けなくなっていた。
(……えっ…なにが…)
体の中にセメントを入れられたかのように俺の体がピクリとも動かない。脳がその異常に追いつけていないがために、五感を利用してその異常を確認しようと働いた。
ゥゥゥゥゥゥゥゥ…
地響きのような重低音が下から聞こえ、俺の目線は自然と下に向かう。
(ーーーッ!!)
俺は目をかっ開いてその光景を目に焼き付けた。馬乗りになるレズリィの下から青緑色の円陣が展開し始める、その陣は半透明で床面が透けて見えており、聞いたとおり針状の模様以外何も描かれていないシンプルな単色だった。
ゴウン…ゴウンゴウンゴウン…
次に、その陣の上で紫色の針が奇怪な音と共に左回りにカクカクと動き始める。そして指で数えるほどの数だけ動きを見せた後、その魔法陣はフッとそこから消えてしまった。
「……はっ!」
魔法陣が消えた瞬間、体の自由が効いて反動で危うく転びかけた。だがそんな焦りの気持ちなど今は関係ない…
レズリィが…新たな魔法を本当に発現させた。頭の中はそれだけでいっぱいだった。
それは俺の隣にいるコハクとモルガンも同じ気持ちで、呆然と立ち尽くしていた。
「クロムさん…いっ、今のって…」
「驚くべき現象だ…」
時間にしてわずか数秒の出来事だっただろう、だがこの三人が経験したその数秒はあまりにも濃く、簡単には忘れられぬ出来事となった。
みんながその驚きの現象に言葉が出ない中、バタリと大きな音がして全員の意識がようやく正常に戻った。
音がした方に顔を向けると、レズリィが倒れそうになった体を弱々しく両手で支えているところが見えた。さっきの音はその両手が床を叩いた時の音だろう。
「はぁ…はぁ…」
「レズリィ大丈夫か!」
「レズリィさん!」
俺はレズリィの体を優しく片腕で支えた、安定しない呼吸と青ざめた顔をレズリィは二人に見せる。
「クロムさん…コハクさん…私…」
「大丈夫だ、俺達はここにいる。ゆっくり呼吸するんだ。」
二人の顔を見て安心したのか、安堵したような表情を浮かべ少しずつ呼吸を整えていく。
ふと、レズリィと俺の視線が合った。その瞳に映る自分の姿があまりに弱々しくて、こんな少女に俺は何度も救われていたのかと思うだけで自分が情けなくなる。
「すまんレズリィ…俺が色々とお前に心配をかけすぎたせいでここまで追い詰めてしまって。」
「クロムさん…」
喉が詰まった。重い口を開き緊張気味にレズリィの気持ちを代弁するかのように反省の言葉を零す俺を見て、レズリィは無意識に涙を零した。
「レズリィ…!?」
「違っ…違う…違うんです…!私は…怖かったんです!クロムさんを失うことが…!」
レズリィは腕で涙を流す目元を隠し、涙声で俺の言葉を必死に否定する。
「自分の力不足で大事な仲間を救えない…そんな自分が怖くて、何より…ついさっきまで隣にいた人が消えてしまうのが怖くて…だから私は…私は…!」
無理を押して言葉を続けないでほしい。結局は俺が不安を生み出し続けてしまってレズリィに無理をさせすぎてしまっただけだなんだ。けれど、彼女の口は自分の責任だと一点張りで彼女が抱える不安を払拭できない。
大丈夫?よくやってる?頼りにしてる?そんな言葉で彼女が安心できるか?いざこの状況に立ち会ってしまったらそんな言葉しか浮かび上がらない。
どうしたらいいのか、わからない。どうしてあげればいいのか、わからない。
わからないから俺にはもう、涙を隠す彼女の手を握って、抱きかかえる彼女に回す腕に強く力を込めるしかなくて。自分の気持ちを正直に話すしか…
「……んぇ…?」
「レズリィ…すまん、俺はこれ以上お前に心配をかけさせないっていう約束は…できない。戦う以上怪我はするし、自傷覚悟に突っ込む事だってやる。レズリィの言う無茶をしない勝利なんて弱い今の俺には出来ない。」
最低だ…こんな辛い面を見せも尚、俺はこれからもレズリィの不安を生み出し続ける者だと約束してしまった。だけど…
「だけど…俺はもう倒れない。どんな傷を受けても笑ってお前に治しにお願いするから…」
レズリィの前で倒れた姿なんてもう見せない…!心配なんてよそに俺は立ち続けるから…
「だからもう…そんな辛そうな顔で治さないでくれ。」
俺は涙を隠す彼女の手をどかした、目の前には涙で顔を赤くした彼女がおり、何度かクロムの語った気持ちを呑み込もうと苦心し、幾度も息を呑んだあと、抑えられなかった溢れるものを再び瞳の端からぽろぽろこぼし、
「…ふふっ…少し…安心しました。」
と、泣きながら微笑んだ。
「言質…いただきましたからね、私がそうならないようクロムさんも強くなってください。」
「ああ…頑張る。」
クロムはそれこそ嘘偽りない気持ちで応じる。その答えを聞くと、レズリィは約束の証を示すように握られたクロムの手を両手で包み込み…
「約束です…私も…あなたを支えられるよう強くなります。」
今、大きな約束を一つ、彼女と交えた。
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さらに、彼にはもともと特殊な能力があるようで……?
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なんでもありの異世界アベンジャーズ!
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