推しがラスボスなので救いたい〜ゲーマーニートは勇者になる

ケイちゃん

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別離編

第五十八話 変革②

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 モルガンとの対談を終え、自分が療養していた宿屋に帰ってきたクロム。そこは同時にセーレという悪魔の存在を周りから隠すために借りている宿屋でもあり、宿の扉を開けたその時、中から慌ただしい声が響いてきた。

「レズリィ様!帰ってくるの遅すぎです、こんなヘロヘロ勇者のためなんかにわざわざ疲れるようなことしなくてもいいんですよ。」

 セーレが奥の部屋から飛び出し、心配そうな顔でレズリィのもとに駆け寄った。だがその言葉には心配をよそに俺を邪魔だてする内容が含まれており、

「一言余計なんだよ、悪かったなヘロヘロ勇者で。」

 相変わらずの嫌悪感むき出しのセーレ節に、俺は彼女に噛みつくような言葉を溢した。
 その一方、レズリィはそんな邪魔だてする内容を咎めることなくセーレに謝罪を述べる。

「ごめんなさいセーレさん、モルガンさんとの話が少し弾んでしまって…。」
「少し弾んだ…?の割には少し疲れているように見えます。」
「えっ?そのようなことは…」

 セーレは目を細めてレズリィの表情をじっくりと観察した。やましいことなどないのだが、じっと見つめられると恥ずかしいのかレズリィはセーレから視線を外した。
 その視線の先がちょうどクロムの方を向いた時、セーレの直感が働いた。レズリィの顔が曇る時、大抵の原因はクロムにあると…。
 それらを理解した瞬間、セーレの目がギロリとクロムを睨みつけ、口を開く。

「お前!レズリィ様を泣かせたな!」
「げっ!」

 まるでレズリィをいじめて泣かせたみたいな強気な言い方をするセーレ。だがレズリィが泣いたのはたしかであるため、思わず俺は正直に反応してしまう。

「その驚き様はやっぱりね!女を泣かせるとか勇者どころか男として最低なんじゃない!?」
「うっぜぇんだけど!そういう勝手な妄想で人を傷つけるのやめてくれるか!?そのせいで他の人にも迷惑かかってんだぞ!」

 勘違いも甚だしい罵声を浴びせられ、さすがの俺も我慢出来ず喧嘩の口火を切る。
 だがその間に割って入ったレズリィが、呆れ口調で、それも静かな怒りを滲ませながら止める。

「お二人共…やめてください。」

 言ってから、二人は怖気づくように黙り込む。彼女の逆鱗だけは踏んではならないと、この時の二人は同じことを考えていた。
 レズリィはこれが一時しのぎでしかないことは十分承知している、いがみ合いが直らない二人を前に、レズリィはどこか諦めた様子でため息をつき、一転、セーレに事の経緯を詳しく話した。

「セーレさん、クロムさんは私が無意識に唱えたあの魔法の正体を解明するために頑張っていたんです。疲れはその魔法を実験的に行った時に出たものなので、あなたが思うような酷いことはされていませんよ。」

「レズリィ様がそう言うならいいですけど…なんか私の知らないところで縁ができているのは解せないんですが。」

 そう言いつつ、怪しいとこちらに探りを入れるようにちらりと俺を半目で睨むセーレに、

(面倒くせぇなこいつ…)

 ーーと、心に思ったことを顔に出したように呆れ気味に睨み返す。
 疲れる…今日一日何だかんだあったが、こいつと関わるのが一番疲れる。

「とりあえず、俺はやることやり終えたから今日は休むよ。コハクに運んでもらったとはいえ、やっぱり病み上がりじゃ少し動いただけでも疲れる。あとはそっちでやりな。」

 するとレズリィは、首を少し横に振り言う。

「いえ、私達も買い出しなどまだ外でやることがあるのでまた出ます。」
「ええ~!また留守番ですか!?しかも今度はこいつと一緒って。」

 セーレが俺に指を差して不快な気持ちをあらわす。それにすかさず俺はもの申す。

「一緒の部屋じゃないんだからいいだろ別に。」
「やだ、存在してると思うだけで不快。」
「なんだと、このわがまま悪魔!」

 さっきまでの平穏はどこに消えたのか、また騒がしくなる二人の掛け合いにレズリィは顔をしかめて言う。

「はぁ、お二人共…私がいないところで喧嘩しないでください。もしその痕跡を見つけた場合は、誰が悪いと関係なく思いっきり頭を叩きます。いいですね?」
「俺はこいつにちょっかいなんて…」
「そもそもこいつが私がいる空間内にいなけれ…」
「い い で す ね?」

「「……はい…。」」

 レズリィの表情が翳(かげ)りゆくのを見て二人は言葉を切り、素直に従った。

「はぁ…疲れます。」

 騒がしい二人を叱るのにも体力を使う、レズリィはそう思いつつ再びため息を吐く。
 そんな苦労染みた彼女を見て、コハクは親切心から聞きだした。

「私一人で買い出しに行きましょうか?そうしたらセーレさん達のおもりができますけど。」
「いえ、アルノアさんの様子も見に行かないといけないので。お二人の喧嘩を見て、何か嫌な予感が走りました…」

 頭を抱えてそう言うレズリィを見て、コハクふとアルノアの姿を思い浮かべた。
 強がりなあの性格で、体調が優れないからと大人しく寝ているか?いや、歩けると自分で判断したらふらっと外に出歩いていそうだ…

「あぁ…なんだか想像できます。」

 そう返事し、苦い顔をするコハク。問題児三人に対し世話役が一人、それは苦労が絶えない。

「というわけでちゃんとおとなしくしててくださいね、二人共。」

 クロムとセーレに向かって順番に指を差し、そう指摘するレズリィ。
 するとセーレは、これ以上自分の主を困らせたくないと悟ったのか、彼女の話を素直に聞き入れる。

「わかりました、自分の部屋でおとなしく待ってますよ。」

 クロムに悪態つくことなくセーレは踵を返して部屋に戻る。
 そしてクロム、セーレが去る姿を見ながらコハクの背の上でぼそりと一言漏らす。

「大人しく待ってて…か。」

 コハクの耳にそれが聞こえていた、視線を向けるとそこには、どこか哀しげに口元に笑みを浮かべた彼が目に映った。

「クロムさん?」
「ああいや…何でもない。疲れただろコハク、もう下ろしていいぞ。」

 その表情と先程の台詞の意味を聞き出そうとした瞬間、はぐらかされるように元の笑みに戻った。
 コハクの背から降りた後、二人の顔を見ることなく、ちょうど近くにある自分の部屋の扉に手をかけて中に入ろうとする。
 その途中で、クロムは申し訳なさそうに一言こちらに向かって

「悪いな二人共、買い出し頼むわ。」

 そう言って部屋の扉を閉めた。 
 普通に見れば、疲れ気味な彼が他の人にお願いの一言を発するだけの光景に見えただろう。

「クロムさん…」

 だがコハクは、その疲れ気味な顔からどこか寂しげな虚しい気持ちが表れているように見えていた。
 レズリィの言っていたあの言葉に関係するのか、聞いたら彼は答えてくれるだろうが、きっとそれは本音ではないだろう。

「では行きましょうか、コハクさん。」

 レズリィに呼びかけられ、コハクは返事をしてレズリィの隣を歩き始めた。
 クロムの気がかりについてはレズリィには言わずにしておいた。まだそうだという確定した根拠もないままで話すと、クロムもお互いも面倒なことになるかもしれないと思ったからだ。
 それでもコハクの中では、ある予想が有力説として挙がっていた。

(あの顔…あの台詞…まるで家族を思っているような寂しさがあった。)

 《家族》…その単語を当てはめていくと、レズリィの叱る台詞に反応していた理由が分かる気がした。
 冒険とはいえ、その内容は戦いという名の過酷な道を行くもの。辛いことばかりで逃げたい、普通だった生活に戻りたいと感じてしまうこともある。
 それを体現したようにクロムの表情から哀しさが表れていたのだろう。幸せだと感じた家族との暮らしを思い出して。

(クロムさんも、戻りたいって感じているのかな…)

 そう、(帰るのが困難な)自分の故郷を思いながら、コハクはすこし羨ましげにクロムがいる宿屋に目を向けた…

 ◆◆◆

 ガチャ…と扉を閉めると、柔らかいベッドの上にうつ伏せでダイブした。沈む羽毛の掛け布団に身を預けながら目を閉じて、その柔らかな感触を肌で感じた。
 そして、真っ暗な視界の中からぼんやりと映し出される。この掛け布団が沈む柔らかな感触を感じた過去の記憶を。

「父さん…母さん…」

 懐かしい記憶に思い耽り、ふと、両親の名前を口にする。
 俺には帰る家があった。たくさん遊んで、たくさん食べて、クタクタに疲れた体をこうして布団の上に沈み込む。
 そしてそこには両親がいる、笑い、泣き、友人以上の付き合いのある二人と日々を過ごす毎日。あの頃は考えた事なかったが、本当に幸せだった。

「………ッ。」

 目頭が熱くなり、一筋の涙をながした。
 一人暮らしで、嫌いだった仕事をやめてゲームに走り続け、辛い時には実家に帰って飯を食って寝る。就活頑張ってると言えば両親はこんな俺でも励ましてくれる。家は俺の心のよりどころだった。
 だがこの世界はそうじゃない、ラスボスのリリスを助けるという目的を追い続けて忘れてしまっていた。この世界に…自分のより所などないと。
 勇者という肩書きがある以上、責務を投げ出して逃げることもできない。
 指示待ちをしながら仕事をしているのとでは訳が違う、自分が仲間達を導いてやらないと、失敗=重傷・死に繋がってしまう。
 それは自分も同じだ、帝国との戦いは避けられない、これから何度も怪我を繰り返すことになる。ついこの間まで部屋でゲーム三昧だったあの頃の自分と比べれば想像もつかない環境の変化だ。
 怖い、痛い、辛い、苦しい…戦えばそういう嫌なことばかりだ。
 逃げたい…帰りたい…争いのないあの平和な暮らしに戻りたい。ちゃんと仕事して少し苦労をしながら生きていく、そんな当たり前な人間の暮らしに戻りたい。

「ああ…ツレぇよ…帰りてぇよ…。」

 この世界に来て初めて弱音を吐いた、みんなに聞かれたら反感をくらうことになるだろう。
 だが今は一人だ、悲観的になって涙を流し、弱音を吐いたっていいじゃないか。

「なんでここに来ちまった…なんで俺がこんな苦しい思いをしなきゃいけない…無気力な俺が、なんで勇者なんかになっちまった…!」

 涙が溢れて止まらない…今までやってきたことを否定するなんて俺らしくないと思うが、もうそれを考えられないほど感情を抑えられなかった。
 皆の命を預かり、常に最前線に立って皆を鼓舞する存在《勇者》。責任を持たない暮らしをしてきた者にとって、それは計り知れない重圧を背負わされるようなものだ。
 加えて、自分の身分を隠してこの世界のクロムを演技し続けなければならない。
 本当の自分をわかってくれる人など誰もいない。そんな世界で正気を保っていられるのは…果たして正気と呼べるのだろうか。

「はぁ…はぁ…!あぁぁぁぁぁ!!」

 変えられぬ自分の立場に嘆き、暴れ…気づけば掛け布団がぐしゃぐしゃになってシワだらけになっていた。
 久しぶりに思いっきり泣いたことで、心の煩わしさが消えたような気がした。スッキリとはいえないが、このまま泣き喚き続けばきっと戻れなくなるだろう。
 俺は誰だ?何のためにここに来た?消えかけたこの世界の俺を再び呼び戻そうと心に問いかける。

「俺は…クロムだ…会うんだろ…あのエンディングを変えるんだろ…泣いて諦めてたまるか…!推しに会うまで、もう泣くんじゃねぇ俺!」

 胸を鷲掴みにし、無理矢理自分の精神を入れ替える。

 ――ガチリっ!と

 重い音を立ててレバーを引くような感覚だ。頭のスイッチを入れ替えた今の俺は、仲間のために動き、そして推しのリリスを助けるために戦う勇者…《クロム》だ。

「……ふぅ…そうだ…それでいい。それが俺だ。」

 感情の焦りで脈打った心臓の音がゆっくりになるのを感じ、そうぼやいた。
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