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第2話「怒鳴る男には“はいはい”で十分です」
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「てめぇッ!人が下手に出りゃいい気になりやがって!!」
開口一番の怒声。屋敷の客間に響き渡った声に、メイドが数人、ビクリと肩を震わせた。
その中心にいるのは、全身怒りでできたような男――カイル・ヴァンダル。
武門の家柄にして、騎士団期待の若手。だが、口より拳が先に出ることで有名な、いわゆる“ジャイアン系”。
そんな彼を前に、私――イツキ・フローレンスは、紅茶をひと口。
「……はいはい。おっしゃる通りですね」
「っ!お前なぁ!」
「なるほど、なるほど。ご意見、ありがたく拝聴いたします。記録には残しませんので、どうぞご安心を」
「記録ぅ……!?」
2時間経過。
私が一歩も譲らず、「そうですね」「おっしゃる通りです」「参考にさせていただきます」で押し切る間に、カイルは明らかに混乱していった。
「……なんかもう、俺だけが怒ってるの、バカみてぇだな……」
「ご理解いただけて何よりです」
勝負あり。
* *
「あの対応で、よかったんですかね……」
カイルが帰った後、メイドたちがため息混じりに言った。
「お相手、めっちゃ怒ってましたよ?」
「でも、イツキ様、ちょっとだけ最後に“微笑んで”た気が……」
「え、嘘……?見たかった!」
いつもの三人衆――教育係のルーシャ、明るいミーナ、そして毒舌美人のヴェラ。
私は書類をめくりながら、さらりと答えた。
「怒りたいだけの人には、“否定”より“肯定”が効くの。満足するまで喋らせて、スッキリさせれば終わる」
「は、はあ……」
「ただし、その間に“何も譲らない”こと。重要なのは“記録に残さない謝罪”と“具体的反論の回避”。感情を処理しつつ、実害は防ぐ。ね?」
「……か、官僚……」
ルーシャが目を見開いて尊敬の眼差しを送ってくる。
そんな中、ヴェラがふと呟いた。
「ま、イツキ様なりの処理ってのは分かるけどさ。……もうちょい何かに情でも移せば、多少は人間味出んじゃね?」
「情……?」
「いや、恋とかじゃなくてさ。なんかこう……野良猫でも拾ってくるとか、そういうやつ」
「……野良猫ですか」
私は思わず、少し笑った。
* *
その日の午後、私は市場の視察に出ていた。
王宮からの命で、物資管理状況と治安確認。まったく、ろくに調査員も回せないくせに、こういうときだけ“協力を要請”してくるあたり、相変わらず無能な上層部。
「市場北区、物資過不足無し。衛生環境、やや悪し。備品供給記録――不明点三件。要調査」
護衛とともに一通りの調査を終えた頃だった。
荷車の裏手。焼けた石畳の隅。
何かが、小さくうずくまっているのが見えた。
私は足を止める。
「……人?」
近づいてみると、それは――痩せた少年だった。
鎖の痕が残る手首。破れた布切れのような服。擦り傷だらけの肌。
まるで捨てられた猫のように、ぐったりと倒れている。
私はしゃがみ込み、その顔を見つめた。
金色の、柔らかそうな髪。少し長いまつげ。薄く開いた唇から、小さな寝息が漏れている。
……ああ。
「なんか……キナコに似てる」
前世で飼っていた猫。自堕落で、ちょっとおバカで、でも癒しの塊だったあの子。
私は、ふっとため息を吐いた。
「……ほんと、ぽんこつそう。でも、まあ」
私は立ち上がり、護衛に命じる。
「この子、連れて帰るわ。庇護民登録で」
「は、はあ!? よろしいんですか!? その、奴隷、かと……!」
「戸籍不明なら尚更。庇護対象として処理しておいて。後で誰かに文句言われたら、“保護義務に基づく緊急対応”って言えば済むから」
私は、もう一度少年を見下ろした。
「名前は……ノア。……そういう顔してるでしょ?」
護衛が困惑する中、私はゆっくりと馬車に乗り込む。
少年の身体は小さくて軽くて、でも、妙にしっかりと熱を持っていた。
「癒し枠、ってやつかな……ま、たまにはいいか」
私は、そっと彼の頭を撫でた。
「これからは、うちの“ぽんこつ”として、がんばってもらうからね」
少年――ノアは、うっすらと、笑ったような気がした。
開口一番の怒声。屋敷の客間に響き渡った声に、メイドが数人、ビクリと肩を震わせた。
その中心にいるのは、全身怒りでできたような男――カイル・ヴァンダル。
武門の家柄にして、騎士団期待の若手。だが、口より拳が先に出ることで有名な、いわゆる“ジャイアン系”。
そんな彼を前に、私――イツキ・フローレンスは、紅茶をひと口。
「……はいはい。おっしゃる通りですね」
「っ!お前なぁ!」
「なるほど、なるほど。ご意見、ありがたく拝聴いたします。記録には残しませんので、どうぞご安心を」
「記録ぅ……!?」
2時間経過。
私が一歩も譲らず、「そうですね」「おっしゃる通りです」「参考にさせていただきます」で押し切る間に、カイルは明らかに混乱していった。
「……なんかもう、俺だけが怒ってるの、バカみてぇだな……」
「ご理解いただけて何よりです」
勝負あり。
* *
「あの対応で、よかったんですかね……」
カイルが帰った後、メイドたちがため息混じりに言った。
「お相手、めっちゃ怒ってましたよ?」
「でも、イツキ様、ちょっとだけ最後に“微笑んで”た気が……」
「え、嘘……?見たかった!」
いつもの三人衆――教育係のルーシャ、明るいミーナ、そして毒舌美人のヴェラ。
私は書類をめくりながら、さらりと答えた。
「怒りたいだけの人には、“否定”より“肯定”が効くの。満足するまで喋らせて、スッキリさせれば終わる」
「は、はあ……」
「ただし、その間に“何も譲らない”こと。重要なのは“記録に残さない謝罪”と“具体的反論の回避”。感情を処理しつつ、実害は防ぐ。ね?」
「……か、官僚……」
ルーシャが目を見開いて尊敬の眼差しを送ってくる。
そんな中、ヴェラがふと呟いた。
「ま、イツキ様なりの処理ってのは分かるけどさ。……もうちょい何かに情でも移せば、多少は人間味出んじゃね?」
「情……?」
「いや、恋とかじゃなくてさ。なんかこう……野良猫でも拾ってくるとか、そういうやつ」
「……野良猫ですか」
私は思わず、少し笑った。
* *
その日の午後、私は市場の視察に出ていた。
王宮からの命で、物資管理状況と治安確認。まったく、ろくに調査員も回せないくせに、こういうときだけ“協力を要請”してくるあたり、相変わらず無能な上層部。
「市場北区、物資過不足無し。衛生環境、やや悪し。備品供給記録――不明点三件。要調査」
護衛とともに一通りの調査を終えた頃だった。
荷車の裏手。焼けた石畳の隅。
何かが、小さくうずくまっているのが見えた。
私は足を止める。
「……人?」
近づいてみると、それは――痩せた少年だった。
鎖の痕が残る手首。破れた布切れのような服。擦り傷だらけの肌。
まるで捨てられた猫のように、ぐったりと倒れている。
私はしゃがみ込み、その顔を見つめた。
金色の、柔らかそうな髪。少し長いまつげ。薄く開いた唇から、小さな寝息が漏れている。
……ああ。
「なんか……キナコに似てる」
前世で飼っていた猫。自堕落で、ちょっとおバカで、でも癒しの塊だったあの子。
私は、ふっとため息を吐いた。
「……ほんと、ぽんこつそう。でも、まあ」
私は立ち上がり、護衛に命じる。
「この子、連れて帰るわ。庇護民登録で」
「は、はあ!? よろしいんですか!? その、奴隷、かと……!」
「戸籍不明なら尚更。庇護対象として処理しておいて。後で誰かに文句言われたら、“保護義務に基づく緊急対応”って言えば済むから」
私は、もう一度少年を見下ろした。
「名前は……ノア。……そういう顔してるでしょ?」
護衛が困惑する中、私はゆっくりと馬車に乗り込む。
少年の身体は小さくて軽くて、でも、妙にしっかりと熱を持っていた。
「癒し枠、ってやつかな……ま、たまにはいいか」
私は、そっと彼の頭を撫でた。
「これからは、うちの“ぽんこつ”として、がんばってもらうからね」
少年――ノアは、うっすらと、笑ったような気がした。
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