だから愛は嫌だ~虐げられた令嬢が訳あり英雄王子と偽装婚約して幸せになるまで~

来須みかん

文字の大きさ
3 / 38
第一章

03 不思議な力?

しおりを挟む
 それから、どれくらい眠っていたのか、ディアナには分からない。

「失礼します」という遠慮がちな女性の声のあとで、温かいものがディアナの頬をなぞった。

 目を開けると、医務室のベッドで眠るディアナをのぞき込んでいる女性と目が合う。

 サイドテーブルに置かれたランプに照らされた女性は、赤い髪をひとつにくくり、キリッとした表情をしていた。服装からして女性騎士のようで、腰には剣を帯びている。

「……あなたは?」
「起こしてしまいましたね。大変申し訳ありません」

 キビキビと話す女性は「私は、ライオネル殿下に仕える騎士の一人、カーラと申します。殿下より、お嬢様の護衛とお世話を拝命しました」と深く頭を下げた。

「ライオネル殿下が?」
「はい。医師の指示のもと、ドレス姿のままではお苦しいだろうと、勝手ながら着替えさせていただきました。今は、お顔の化粧を落とそうとしておりました」

 カーラの言う通り、ディアナは豪華なドレスではなく、ダボダボのシャツを着ていた。

「これは?」
「も、申し訳ありません! 私のものなのですが、お嬢様には大きかったですね」
「騎士様の?」

 ディアナがそう尋ねると、カーラは困った顔をする。

「失礼だと思ったのですが、医務室には着替えは置いていないとのことで」
「お医者様は?」
「仮眠室で眠っています。お嬢様の具合が悪いのでしたら、すぐに起こして……」
「いえ、大丈夫です!」

 ディアナは、慌ててカーラを止めた。目のチカチカはもうおさまっているし、頭の痛みも落ち着いている。

 ベッドから身を起こしたディアナに、カーラは水が入ったコップを手渡してくれた。

「ありがとうございます。でも、どうして騎士様がメイドのようなお仕事を?」

 服を着替えさせたり、化粧を落としたりするのは騎士の仕事ではない。

「ライオネル殿下の周りには騎士以外いないのです。メイドも置いておらず」
「王宮メイドにお願いしたら良かったのでは?」
「殿下は、信頼できる者にしか仕事を任せません」

 一瞬だけ空気が、ピリッとしたような気がした。

(戦場に長くいたライオネル殿下は、社交界のルールで動いていないのかもしれないわ。それに、どういう事情があったとしても、私がライオネル殿下に助けられたことに変わりはない)

 ディアナは、カーラに微笑みかけた。

「化粧は自分で落とします」
「いえ、そういうわけには!」
「大丈夫ですよ。いつもメイドにやってもらっているのを見ているので、私でもできるはずです」

 ためらっていたカーラから布を受け取り、ディアナは見よう見まねで化粧を落とした。

(さっぱりして気持ちがいいわ)

 桶の中の水が温かいことも嬉しかった。

「わざわざお湯をここまで運んでくださったのですか?」
「あ、はい。冷たい水でお嬢様を驚かせてはいけないと思い」

(なんて優しい方なのかしら。ライオネル殿下もとても親切にしてくださったし、騎士様は皆こんなに優しいの?)

 ディアナが心の底から「ありがとうございます」とお礼を言うと、カーラから淡く光る蝶がフワッと出てきた。

(あっ、この蝶……。ライオネル殿下の周りにも蝶が見えたのよね。だとすれば、これも幻覚?)

 蝶がカーラの目の前を横切っても、カーラは反応しない。

(やっぱり、私以外には見えていないのね)

 そうディアナが確信したとき、また声が聞こえた。

 ――嬉しい。

 その声は、蝶から聞こえたような気がする。

 カーラは、ニコリと微笑むと「嬉しいです」と蝶と同じ言葉を口にした。

「お嬢様に、ご無礼がなかったようで安心いたしました」

 カーラの周りをヒラヒラと飛ぶ蝶は、『嬉しい、嬉しい』と繰り返している。思い返してみれば、ライオネルのときは、蝶が『心配だ』と言い、彼自身も本当にディアナのことを心配してくれていた。

(もしかして、私、相手の心が分かるようになったの?)

 カーラと蝶を見つめても『嬉しい』以外の言葉は聞こえてこない。他人の心が読めているわけではないようだ。

(私ったら、おかしなことを考えてしまっているわ。絵本の世界じゃあるまいし)

 子どもの頃に読んでいた絵本には、神から祝福を受けて、不思議な力に目覚めた青年がお姫様を助ける、なんてものがあった。しかし、現実の世界では、神の祝福などありえない。そんな力が本当にあるのなら、人々は戦争を繰り返していないだろう。

 ディアナが「もう少し寝ます」と伝えると、カーラは礼儀正しく頭を下げた。

「分かりました。私は医務室の外に控えているので、いつでもお呼びください」

 一人になったディアナは、包帯が巻かれた頭にそっと触れた。

(でも、もし私が絵本に出てくるような不思議な力に目覚めたのなら、その力を使って今すぐにでも、ロバート様と婚約を解消したいわ。どうしたら、穏便に解消できるのかしら?)

 コールマン侯爵家との繋がりができるこの婚約を、両親は喜んでいる。

(やっぱりロバート様から断ってもらうのが一番よね)

 ディアナとロバートの関係は、お世辞にも良好だとは言えない。

 しかも今日の夜会で、ディアナは王太子の前で大失敗してしまった。ロバートからすれば、もう顔すらも見たくない相手になっているに違いない。

(案外この問題は、あっさり解決するかも……)

 今までは、ロバートと仲良くしようとしていたから大変だっただけだ。嫌われていいのなら、何も問題ない。

(だって私、ロバート様にため息ばかりつかれているから。私が婚約解消を希望していると分かったら、ロバート様はきっと大喜びするわ)

 二人の意見が一致していることに安心して、ディアナは再び眠りについた。
しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

【完結】ひとつだけ、ご褒美いただけますか?――没落令嬢、氷の王子にお願いしたら溺愛されました。

猫屋敷 むぎ
恋愛
没落伯爵家の娘の私、ノエル・カスティーユにとっては少し眩しすぎる学院の舞踏会で―― 私の願いは一瞬にして踏みにじられました。 母が苦労して買ってくれた唯一の白いドレスは赤ワインに染められ、 婚約者ジルベールは私を見下ろしてこう言ったのです。 「君は、僕に恥をかかせたいのかい?」 まさか――あの優しい彼が? そんなはずはない。そう信じていた私に、現実は冷たく突きつけられました。 子爵令嬢カトリーヌの冷笑と取り巻きの嘲笑。 でも、私には、味方など誰もいませんでした。 ただ一人、“氷の王子”カスパル殿下だけが。 白いハンカチを差し出し――その瞬間、止まっていた時間が静かに動き出したのです。 「……ひとつだけ、ご褒美いただけますか?」 やがて、勇気を振り絞って願った、小さな言葉。 それは、水底に沈んでいた私の人生をすくい上げ、 冷たい王子の心をそっと溶かしていく――最初の奇跡でした。 没落令嬢ノエルと、孤独な氷の王子カスパル。 これは、そんなじれじれなふたりが“本当の幸せを掴むまで”のお話です。 ※全10話+番外編・約2.5万字の短編。一気読みもどうぞ ※わんこが繋ぐ恋物語です ※因果応報ざまぁ。最後は甘く、後味スッキリ

婚約破棄のその場で転生前の記憶が戻り、悪役令嬢として反撃開始いたします

タマ マコト
ファンタジー
革命前夜の王国で、公爵令嬢レティシアは盛大な舞踏会の場で王太子アルマンから一方的に婚約を破棄され、社交界の嘲笑の的になる。その瞬間、彼女は“日本の歴史オタク女子大生”だった前世の記憶を思い出し、この国が数年後に血塗れの革命で滅びる未来を知ってしまう。 悪役令嬢として嫌われ、切り捨てられた自分の立場と、公爵家の権力・財力を「運命改変の武器」にすると決めたレティシアは、貧民街への支援や貴族の不正調査をひそかに始める。その過程で、冷静で改革派の第二王子シャルルと出会い、互いに利害と興味を抱きながら、“歴史に逆らう悪役令嬢”として静かな反撃をスタートさせていく。

婚約破棄された公爵令嬢は冤罪で地下牢へ、前世の記憶を思い出したので、スキル引きこもりを使って王子たちに復讐します!

山田 バルス
ファンタジー
王宮大広間は春の祝宴で黄金色に輝き、各地の貴族たちの笑い声と音楽で満ちていた。しかしその中心で、空気を切り裂くように響いたのは、第1王子アルベルトの声だった。 「ローゼ・フォン・エルンスト! おまえとの婚約は、今日をもって破棄する!」 周囲の視線が一斉にローゼに注がれ、彼女は凍りついた。「……は?」唇からもれる言葉は震え、理解できないまま広間のざわめきが広がっていく。幼い頃から王子の隣で育ち、未来の王妃として教育を受けてきたローゼ――その誇り高き公爵令嬢が、今まさに公開の場で突き放されたのだ。 アルベルトは勝ち誇る笑みを浮かべ、隣に立つ淡いピンク髪の少女ミーアを差し置き、「おれはこの天使を選ぶ」と宣言した。ミーアは目を潤ませ、か細い声で応じる。取り巻きの貴族たちも次々にローゼの罪を指摘し、アーサーやマッスルといった証人が証言を加えることで、非難の声は広間を震わせた。 ローゼは必死に抗う。「わたしは何もしていない……」だが、王子の視線と群衆の圧力の前に言葉は届かない。アルベルトは公然と彼女を罪人扱いし、地下牢への収監を命じる。近衛兵に両腕を拘束され、引きずられるローゼ。広間には王子を讃える喝采と、哀れむ視線だけが残った。 その孤立無援の絶望の中で、ローゼの胸にかすかな光がともる。それは前世の記憶――ブラック企業で心身をすり減らし、引きこもりとなった過去の記憶だった。地下牢という絶望的な空間が、彼女の心に小さな希望を芽生えさせる。 そして――スキル《引きこもり》が発動する兆しを見せた。絶望の牢獄は、ローゼにとって新たな力を得る場となる。《マイルーム》が呼び出され、誰にも侵入されない自分だけの聖域が生まれる。泣き崩れる心に、未来への決意が灯る。ここから、ローゼの再起と逆転の物語が始まるのだった。

無能令嬢、『雑役係』として辺境送りされたけど、世界樹の加護を受けて規格外に成長する

タマ マコト
ファンタジー
名門エルフォルト家の長女クレアは、生まれつきの“虚弱体質”と誤解され、家族から無能扱いされ続けてきた。 社交界デビュー目前、突然「役立たず」と決めつけられ、王都で雑役係として働く名目で辺境へ追放される。 孤独と諦めを抱えたまま向かった辺境の村フィルナで、クレアは自分の体調がなぜか安定し、壊れた道具や荒れた土地が彼女の手に触れるだけで少しずつ息を吹き返す“奇妙な変化”に気づく。 そしてある夜、瘴気に満ちた森の奥から呼び寄せられるように、一人で足を踏み入れた彼女は、朽ちた“世界樹の分枝”と出会い、自分が世界樹の血を引く“末裔”であることを知る——。 追放されたはずの少女が、世界を動かす存在へ覚醒する始まりの物語。

『完璧すぎる令嬢は婚約破棄を歓迎します ~白い結婚のはずが、冷徹公爵に溺愛されるなんて聞いてません~』

鷹 綾
恋愛
「君は完璧すぎる」 その一言で、王太子アルトゥーラから婚約を破棄された令嬢エミーラ。 有能であるがゆえに疎まれ、努力も忠誠も正当に評価されなかった彼女は、 王都を離れ、辺境アンクレイブ公爵領へと向かう。 冷静沈着で冷徹と噂される公爵ゼファーとの関係は、 利害一致による“白い契約結婚”から始まったはずだった。 しかし―― 役割を果たし、淡々と成果を積み重ねるエミーラは、 いつしか領政の中枢を支え、領民からも絶大な信頼を得ていく。 一方、 「可愛げ」を求めて彼女を切り捨てた元婚約者と、 癒しだけを与えられた王太子妃候補は、 王宮という現実の中で静かに行き詰まっていき……。 ざまぁは声高に叫ばれない。 復讐も、断罪もない。 あるのは、選ばなかった者が取り残され、 選び続けた者が自然と選ばれていく現実。 これは、 誰かに選ばれることで価値を証明する物語ではない。 自分の居場所を自分で選び、 その先で静かに幸福を掴んだ令嬢の物語。 「完璧すぎる」と捨てられた彼女は、 やがて―― “選ばれ続ける存在”になる。

【完結】姉は聖女? ええ、でも私は白魔導士なので支援するぐらいしか取り柄がありません。

猫屋敷 むぎ
ファンタジー
誰もが憧れる勇者と最強の騎士が恋したのは聖女。それは私ではなく、姉でした。 復活した魔王に侯爵領を奪われ没落した私たち姉妹。そして、誰からも愛される姉アリシアは神の祝福を受け聖女となり、私セレナは支援魔法しか取り柄のない白魔導士のまま。 やがてヴァルミエール国王の王命により結成された勇者パーティは、 勇者、騎士、聖女、エルフの弓使い――そして“おまけ”の私。 過去の恋、未来の恋、政略婚に揺れ動く姉を見つめながら、ようやく私の役割を自覚し始めた頃――。 魔王城へと北上する魔王討伐軍と共に歩む勇者パーティは、 四人の魔将との邂逅、秘められた真実、そしてそれぞれの試練を迎え――。 輝く三人の恋と友情を“すぐ隣で見つめるだけ”の「聖女の妹」でしかなかった私。 けれど魔王討伐の旅路の中で、“仲間を支えるとは何か”に気付き、 やがて――“本当の自分”を見つけていく――。 そんな、ちょっぴり切ない恋と友情と姉妹愛、そして私の成長の物語です。 ※本作の章構成:  第一章:アカデミー&聖女覚醒編  第二章:勇者パーティ結成&魔王討伐軍北上編  第三章:帰郷&魔将・魔王決戦編 ※「小説家になろう」にも掲載(異世界転生・恋愛12位) ※ アルファポリス完結ファンタジー8位。応援ありがとうございます。

【完結】断罪された悪役令嬢は、本気で生きることにした

きゅちゃん
ファンタジー
帝国随一の名門、ロゼンクロイツ家の令嬢ベルティア・フォン・ロゼンクロイツは、突如として公の場で婚約者であるクレイン王太子から一方的に婚約破棄を宣告される。その理由は、彼女が平民出身の少女エリーゼをいじめていたという濡れ衣。真実はエリーゼこそが王太子の心を奪うために画策した罠だったにも関わらず、ベルティアは悪役令嬢として断罪され、社交界からの追放と学院退学の処分を受ける。 全てを失ったベルティアだが、彼女は諦めない。これまで家の期待に応えるため「完璧な令嬢」として生きてきた彼女だが、今度は自分自身のために生きると決意する。軍事貴族の嫡男ヴァルター・フォン・クリムゾンをはじめとする協力者たちと共に、彼女は自らの名誉回復と真実の解明に挑む。 その過程で、ベルティアは王太子の裏の顔や、エリーゼの正体、そして帝国に忍び寄る陰謀に気づいていく。かつては社交界のスキルだけを磨いてきた彼女だが、今度は魔法や剣術など実戦的な力も身につけながら、自らの道を切り開いていく。 失われた名誉、隠された真実、そして予期せぬ恋。断罪された「悪役令嬢」が、自分の物語を自らの手で紡いでいく、爽快復讐ファンタジー。

【完結】令嬢は売られ、捨てられ、治療師として頑張ります。

まるねこ
ファンタジー
魔法が使えなかったせいで落ちこぼれ街道を突っ走り、伯爵家から売られたソフィ。 泣きっ面に蜂とはこの事、売られた先で魔物と出くわし、置いて逃げられる。 それでも挫けず平民として仕事を頑張るわ! 【手直しての再掲載です】 いつも通り、ふんわり設定です。 いつも悩んでおりますが、カテ変更しました。ファンタジーカップには参加しておりません。のんびりです。(*´꒳`*) Copyright©︎2022-まるねこ

処理中です...