【完結】幽霊令嬢は追放先で聖地を創り、隣国の皇太子に愛される〜私を捨てた祖国はもう手遅れです〜

遠野エン

文字の大きさ
8 / 34

8.嵐の予感

しおりを挟む
その頃、王都の宮殿では国王陛下主催の食事会が和やかに開かれていた。
主賓席にはアッシュ王太子とその隣で幸せそうに微笑むイリス。そして、セレスティア伯爵夫妻が同席していた。フィーナ・セレスティアという王家と伯爵家の「重荷」が取り除かれたことを祝う内輪の宴。

「ふむ、これでようやく王家の威信も保たれるというものだ。アッシュよ、良き判断であった」

厳格な国王が満足げに頷くと、王妃も上品に微笑んだ。

「本当に。あのような『出来損ない』が王太子妃になるなど、考えただけでも身の毛がよだつことでしたわ。それに引き換え、イリスのこの輝くような艶やかさ。これこそが次代の国母にふさわしいお姿ですわね」
「勿体なきお言葉です、王妃陛下」

イリスははにかみながらも、恍惚とした表情を見せる。
「本当にお姉様にはお気の毒なことをいたしましたけれど……これも全て国の未来のため。我が家の恥をこれ以上晒すわけにはまいりませんでしたから」

その言葉を引き取るように、イリスの母である伯爵夫人が胸元に手を当ててため息をついた。
「ええ。あの子がいなくなったことで、ようやく我が家にも平穏が訪れましたわ。今頃、あの瘴気渦巻く地で自分の愚かさを噛み締めていることでしょう」

彼らの会話にフィーナへの気遣いは欠片もなかった。
目障りな害虫をようやく駆除できたかのような空気感―――。

アッシュはイリスの方を向き、自信に満ちた声で言った。
「イリス、これからはお前が私の隣でこの国を支えるのだ。お前の『聖女』としての力があれば我がエリオット王国は永遠に安泰だろう」
「はい、アッシュ殿下!このイリス、身命を賭してお役に立ってみせますわ!」


―――その時だった。
晩餐会の談笑を突き破るように、重い扉が勢いよく開かれた。

「申し上げます! 緊急報告にございます!」

ずぶ濡れになった近衛兵が息を切らしながら転がり込み、その場で膝をついた。和やかだった空気が一変する。

「無礼者! 何事だ、その無様な姿は!」

王が不快げに眉をひそめて兵士を怒鳴りつけた。

「はっ! 申し訳ございません! しかし一刻を争う事態にございます! 連日の長雨により、王都南部のティリス川が氾濫! 堤防が一部決壊し、下流の村々が洪水に見舞われております!」

「なにぃ!?」
セレスティア伯爵が思わず声を上げた。

王は手にしていたワイングラスをゆっくりとテーブルに置くと、動揺を押し殺した声で言った。

「うろたえるな。堤防は我が治世の間に強化させた万全のもののはず。すぐに水も引くだろう。騒ぎ立てるでない」

その言葉は周囲を落ち着かせるためか、あるいは自分自身に言い聞かせるためか。
アッシュもまた父王に同調し、イリスに余裕の笑みを見せた。

「父上の仰る通りです。心配ないイリス。ただの少し大きな水たまりのようなものでしょう。私が騎士団を派遣させます」

その言葉を待っていたとばかりに、イリスはぱっと顔を輝かせた。

「まあ、民が苦しんでいるのですね! 大変ですわ! 私もすぐにご一緒いたします! 私の治癒魔法と精霊様のお力があれば、きっと皆様をお救いできますわ!」

「うむ、さすがは聖女だな」
王は満足げに頷き、もはやこの話は終わりだと言わんばかりに食事の再開を促した。

兵士は何か言いたげに唇を噛み締めながら退室していった。

王妃が訝しげに問い返す。
「フィーナですわ! あの不吉な出来損ないの呪いに違いありません! あの子は昔から、自分の周りに不幸を振りまいておりました! 私たちの気を引くためにわざと病弱を装い、同情を誘おうとする狡猾な娘だったのです!」

目の前の厄介な現実から逃避したい彼らにとって、それは非常に都合の良い「答え」だった。

「なるほど……追放された腹いせに、最後の呪いを国にかけていったというわけか」
アッシュが憎々しげに呟く。
全ての責任を押し付けることで彼の心はいくらか軽くなった。

「まったくどこまでも迷惑な女だ。だがそれも長くは続くまい。あの瘴気渦巻く『見捨てられた地』ではあのような欠陥品、ひと月ももたず朽ち果てるだろう」

国王は兵士が持ってきた凶報と目の前の豪華な食事を見比べ、煩わしそうに手を振った。

「……もうよい。食事を続けるぞ。せっかくの料理が冷めてしまう」


再び席に着いた彼らは何事もなかったかのように食事を再開した。
「フィーナの呪いか……くだらん。我が国には聖女イリスがいるのだ。些細な呪いなど、彼女の光の前ではすぐに消え去るだろう」
アッシュが虚勢を張るように言った。

セレスティア伯爵もそれに追従する。
「左様でございます! 我が娘イリスは本物の聖女。出来損ないの姉とは格が違います。この程度の災厄、きっとすぐに乗り越えてみせましょうとも」

彼らは再びグラスを掲げ乾杯する。
自分たちの選択は間違っていなかったのだと、互いに確認し合うように。
しかし窓を叩く雨音は一向に弱まる気配を見せなかった。
それどころか嵐の到来を告げるかのように、風が唸り声を上げ始めていた。
しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

【完結】男装して会いに行ったら婚約破棄されていたので、近衛として地味に復讐したいと思います。

銀杏鹿
恋愛
次期皇后のアイリスは、婚約者である王に会うついでに驚かせようと、男に変装し近衛として近づく。 しかし、王が自分以外の者と結婚しようとしていると知り、怒りに震えた彼女は、男装を解かないまま、復讐しようと考える。 しかし、男装が完璧過ぎたのか、王の意中の相手やら、王弟殿下やら、その従者に目をつけられてしまい……

『生きた骨董品』と婚約破棄されたので、世界最高の魔導ドレスでざまぁします。私を捨てた元婚約者が後悔しても、隣には天才公爵様がいますので!

aozora
恋愛
『時代遅れの飾り人形』――。 そう罵られ、公衆の面前でエリート婚約者に婚約を破棄された子爵令嬢セラフィナ。家からも見放され、全てを失った彼女には、しかし誰にも知られていない秘密の顔があった。 それは、世界の常識すら書き換える、禁断の魔導技術《エーテル織演算》を操る天才技術者としての顔。 淑女の仮面を捨て、一人の職人として再起を誓った彼女の前に現れたのは、革新派を率いる『冷徹公爵』セバスチャン。彼は、誰もが気づかなかった彼女の才能にいち早く価値を見出し、その最大の理解者となる。 古いしがらみが支配する王都で、二人は小さなアトリエから、やがて王国の流行と常識を覆す壮大な革命を巻き起こしていく。 知性と技術だけを武器に、彼女を奈落に突き落とした者たちへ、最も華麗で痛快な復讐を果たすことはできるのか。 これは、絶望の淵から這い上がった天才令嬢が、運命のパートナーと共に自らの手で輝かしい未来を掴む、愛と革命の物語。

地味令嬢の私ですが、王太子に見初められたので、元婚約者様からの復縁はお断りします

有賀冬馬
恋愛
子爵令嬢の私は、いつだって日陰者。 唯一の光だった公爵子息ヴィルヘルム様の婚約者という立場も、あっけなく捨てられた。「君のようなつまらない娘は、公爵家の妻にふさわしくない」と。 もう二度と恋なんてしない。 そう思っていた私の前に現れたのは、傷を負った一人の青年。 彼を献身的に看病したことから、私の運命は大きく動き出す。 彼は、この国の王太子だったのだ。 「君の優しさに心を奪われた。君を私だけのものにしたい」と、彼は私を強く守ると誓ってくれた。 一方、私を捨てた元婚約者は、新しい婚約者に振り回され、全てを失う。 私に助けを求めてきた彼に、私は……

悪女と呼ばれた聖女が、聖女と呼ばれた悪女になるまで

渡里あずま
恋愛
アデライトは婚約者である王太子に無実の罪を着せられ、婚約破棄の後に断頭台へと送られた。 ……だが、気づけば彼女は七歳に巻き戻っていた。そしてアデライトの傍らには、彼女以外には見えない神がいた。 「見たくなったんだ。悪を知った君が、どう生きるかを。もっとも、今後はほとんど干渉出来ないけどね」 「……十分です。神よ、感謝します。彼らを滅ぼす機会を与えてくれて」 ※※※ 冤罪で父と共に殺された少女が、巻き戻った先で復讐を果たす物語(大団円に非ず) ※重複投稿作品※ 表紙の使用画像は、AdobeStockのものです。

【26話完結】日照りだから帰ってこい?泣きつかれても、貴方のために流す涙はございません。婚約破棄された私は砂漠の王と結婚します。

西東友一
恋愛
「やっぱり、お前といると辛気臭くなるから婚約破棄な?あと、お前がいると雨ばっかで気が滅入るからこの国から出てってくんない?」 雨乞いの巫女で、涙と共に雨を降らせる能力があると言われている主人公のミシェルは、緑豊かな国エバーガーデニアの王子ジェイドにそう言われて、婚約破棄されてしまう。大人しい彼女はそのままジェイドの言葉を受け入れて一人涙を流していた。  するとその日に滝のような雨がエバーガーデニアに降り続いた。そんな雨の中、ミシェルが泣いていると、一人の男がハンカチを渡してくれた。 ミシェルはその男マハラジャと共に砂漠の国ガラハラを目指すことに決めた。 すると、不思議なことにエバーガーデニアの雨雲に異変が・・・  ミシェルの運命は?エバーガーデニアとガラハラはどうなっていくのか?

元使用人の公爵様は、不遇の伯爵令嬢を愛してやまない。

碧野葉菜
恋愛
フランチェスカ家の伯爵令嬢、アンジェリカは、両親と妹にいない者として扱われ、地下室の部屋で一人寂しく暮らしていた。 そんな彼女の孤独を癒してくれたのは、使用人のクラウスだけ。 彼がいなくなってからというもの、アンジェリカは生きる気力すら失っていた。 そんなある日、フランチェスカ家が破綻し、借金を返すため、アンジェリカは娼館に売られそうになる。 しかし、突然現れたブリオット公爵家からの使者に、縁談を持ちかけられる。 戸惑いながらブリオット家に連れられたアンジェリカ、そこで再会したのはなんと、幼い頃離れ離れになったクラウスだった――。 8年の時を経て、立派な紳士に成長した彼は、アンジェリカを妻にすると強引に迫ってきて――!? 執着系年下美形公爵×不遇の無自覚美人令嬢の、西洋貴族溺愛ストーリー!

【完結】婚約破棄された令嬢リリアナのお菓子革命

猫燕
恋愛
アルテア王国の貴族令嬢リリアナ・フォン・エルザートは、第二王子カルディスとの婚約を舞踏会で一方的に破棄され、「魔力がない無能」と嘲笑される屈辱を味わう。絶望の中、彼女は幼い頃の思い出を頼りにスイーツ作りに逃避し、「癒しのレモンタルト」を完成させる。不思議なことに、そのタルトは食べた者を癒し、心を軽くする力を持っていた。リリアナは小さな領地で「菓子工房リリー」を開き、「勇気のチョコレートケーキ」や「希望のストロベリームース」を通じて領民を笑顔にしていく。

公爵令嬢が婚約破棄され、弟の天才魔導師が激怒した。

克全
恋愛
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています

処理中です...