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思い出の秘密基地で
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アランとの婚約破棄の噂は風に乗った種子のように瞬く間に社交界の隅々へと広がり、わたしは人々の軽薄な同情の言葉に晒される日々を送っている。ただでさえ婚約破棄という大きな痛手を負ったのに、貴族たちは新しいおもちゃを見つけた子どものように、勝手気ままに飾り立て、無責任な憶測の種にするのだ。
「リリーナ様、あのアラン様に振られたらしいわよ」
「ついこの間まで寄り添う姿は絵画のようだったのに、急にどうしたのかしらね?」
「子爵家が伯爵家との縁組を自ら破るなんて何か裏があるに決まってる」
目の前でそういう声をひそひそとささやく人たちもいる。わたしと目が合うと、気まずそうに笑ってそそくさと距離を取っていく。見て見ぬふりをしているが、毎日のように同じような光景ばかり。胸の奥のじくじくと疼(うず)く痛みを見ないようにするため、今日も伯爵令嬢としての仮面を貼り付ける。
「お可哀想に」「大丈夫ですか?」という上辺だけの同情もたくさん受け取った。何が大丈夫なのか、これだけ神経をすり減らしているというのに。
けれど弱さを見せれば、それを待ち構えているかのように食らいついてくる輩がきっといる。わたしは「ええ、ご心配なく。平気ですわよ」と微笑み返すだけだった。そうしなければ社交界では生きていけない。
---
アランは別の女性を連れ添ってわたしの前にたびたび姿を現す。その女性の名はルネア・フォード。謎めいた女。漆黒の長い髪。わたしとそう変わらない年頃に見えるのに、その身のこなしには熟れた果実のような妖艶さが漂う。何度も彼女との出会いの記憶を辿ったが、やはり思い当たる節がない。
そんなルネアとアランがわたしのいる夜会や観劇の場に狙いすましたように顔を出してくるようになった。彼女はいつもアランの腕にしっかりと絡みつき、わたしを煽るかのように笑みを浮かべる。そしてアラン自身もわたしの目の前で彼女との親密さをこれ見よがしに見せつける。
「リリーナ、まだいたのか。伯爵家の令嬢ともあろう者が、いつまで浮ついた社交界に現(うつつ)を抜かしているつもりだ?」
「……あなたにそんな風に言われる筋合いはないはずよ。わたしは伯爵令嬢としての義務を果たしているだけ」
「はっ、義務ね。まあ君はいつだって優等生だよな。体面を守るためだけに必死になっているその姿……実に見苦しい」
軽く笑いを含んだアランの口調はかつての優しさなど一欠片も感じられないほど刺々しい。聞いているだけで悲しくなるが、必死に平静を装う。
「そう、見苦しいなら見なければいいのに。あなたのほうこそ、そんなにわたしが気になって仕方がないのかしら?」
「まさか。哀れな女が視界の端でうろちょろしているのが目障りなだけだ。ほら、ルネア、行こう。こんなところに長居しても時間の無駄だ」
「ええ、そうね。アラン様、お望みのままご一緒するわ」
楽しそうに微笑みあうふたり。踊るような足取りで会場を去っていく。残されたわたしの胸には怒りなのか、悲しみなのか、それとも屈辱なのか、判別のつかない激しい感情が渦を巻いていた。
……だが、彼が去り際に低い声でわたしにだけ囁いていく一言がすべてをめちゃくちゃに乱してくる。
「……愛してる」
そのたった一言が。
嘲笑し、罵倒し、足蹴にしたその唇から紡がれた「愛してる」という言葉だけがわたしの心に灼(や)きつく。アランの背中が曲がり角の向こうに消えて、靴音すら聞こえなくなったあとも、その囁きの余韻が耳の奥から離れない。信じたいと願う愚かな心と、すべてを拒絶したい激しい怒りの狭間で、わたし自身の輪郭が今にもばらばらに砕け散ってしまいそうだった。
「リリーナ様、あのアラン様に振られたらしいわよ」
「ついこの間まで寄り添う姿は絵画のようだったのに、急にどうしたのかしらね?」
「子爵家が伯爵家との縁組を自ら破るなんて何か裏があるに決まってる」
目の前でそういう声をひそひそとささやく人たちもいる。わたしと目が合うと、気まずそうに笑ってそそくさと距離を取っていく。見て見ぬふりをしているが、毎日のように同じような光景ばかり。胸の奥のじくじくと疼(うず)く痛みを見ないようにするため、今日も伯爵令嬢としての仮面を貼り付ける。
「お可哀想に」「大丈夫ですか?」という上辺だけの同情もたくさん受け取った。何が大丈夫なのか、これだけ神経をすり減らしているというのに。
けれど弱さを見せれば、それを待ち構えているかのように食らいついてくる輩がきっといる。わたしは「ええ、ご心配なく。平気ですわよ」と微笑み返すだけだった。そうしなければ社交界では生きていけない。
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アランは別の女性を連れ添ってわたしの前にたびたび姿を現す。その女性の名はルネア・フォード。謎めいた女。漆黒の長い髪。わたしとそう変わらない年頃に見えるのに、その身のこなしには熟れた果実のような妖艶さが漂う。何度も彼女との出会いの記憶を辿ったが、やはり思い当たる節がない。
そんなルネアとアランがわたしのいる夜会や観劇の場に狙いすましたように顔を出してくるようになった。彼女はいつもアランの腕にしっかりと絡みつき、わたしを煽るかのように笑みを浮かべる。そしてアラン自身もわたしの目の前で彼女との親密さをこれ見よがしに見せつける。
「リリーナ、まだいたのか。伯爵家の令嬢ともあろう者が、いつまで浮ついた社交界に現(うつつ)を抜かしているつもりだ?」
「……あなたにそんな風に言われる筋合いはないはずよ。わたしは伯爵令嬢としての義務を果たしているだけ」
「はっ、義務ね。まあ君はいつだって優等生だよな。体面を守るためだけに必死になっているその姿……実に見苦しい」
軽く笑いを含んだアランの口調はかつての優しさなど一欠片も感じられないほど刺々しい。聞いているだけで悲しくなるが、必死に平静を装う。
「そう、見苦しいなら見なければいいのに。あなたのほうこそ、そんなにわたしが気になって仕方がないのかしら?」
「まさか。哀れな女が視界の端でうろちょろしているのが目障りなだけだ。ほら、ルネア、行こう。こんなところに長居しても時間の無駄だ」
「ええ、そうね。アラン様、お望みのままご一緒するわ」
楽しそうに微笑みあうふたり。踊るような足取りで会場を去っていく。残されたわたしの胸には怒りなのか、悲しみなのか、それとも屈辱なのか、判別のつかない激しい感情が渦を巻いていた。
……だが、彼が去り際に低い声でわたしにだけ囁いていく一言がすべてをめちゃくちゃに乱してくる。
「……愛してる」
そのたった一言が。
嘲笑し、罵倒し、足蹴にしたその唇から紡がれた「愛してる」という言葉だけがわたしの心に灼(や)きつく。アランの背中が曲がり角の向こうに消えて、靴音すら聞こえなくなったあとも、その囁きの余韻が耳の奥から離れない。信じたいと願う愚かな心と、すべてを拒絶したい激しい怒りの狭間で、わたし自身の輪郭が今にもばらばらに砕け散ってしまいそうだった。
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