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その8
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ローズの言葉を皮切りに、一旦婚約やら求婚の話は保留にして、二人は談笑しながら穏やかな時間を過ごした。ローズも空気を読んで、お茶のお代わりなどの指示を確認できつつ、会話が聞こえない距離まで離れて給仕に徹した。
時刻が昼下がりへと差し掛かる頃、二人のお茶会が終わりを迎えた。
「今日は有難う。またここへ、オリヴィアに会いに来てもいいだろうか?」
「それは構いませんわ。いつでもいらして下さいませ」
「ありがとう、それに急に押し掛けて申し訳なかった。次からは必ず、事前に知らせるようにするよ」
「はい、ご連絡お待ちしております」
エフラムはホッとしたように表情を和らげた。視界の片隅ではオリヴィアの言葉に、ローズが驚いた表情を見せていた。
「まずはオリヴィアともっと親睦を深めたい。今までは兄上の婚約者だったから……諦めていたけど、また子供の時のように出来れば仲良くして欲しい……」
かつて、自分達兄弟はまだ幼くて互いに王位継承など微塵も気にしていなかった頃、オリヴィアと三人で遊んだ日々をエフラムは思い出す。
そんな頃でさえ大人達は、自分達を駒のように扱いながら争っていたのだろう。
「……ローズにも、ここへ来た時追い返されないようにしないと」
「えっ?わたくしなどが王族であらせられる、エフラム殿下を追い出すなどと恐れ多いですわ。そもそもわたくしは、オリヴィアお嬢様の意見を尊重しますよ、ええ。本当ですよ。おほほ」
まさかこちらに話を振ってくるとは微塵も思っておらず、しかもわざわざお伺いを立ててくるなんて。ローズも慌てて言い繕う。
ローズの不敬な振る舞いに、エフラムは終始嫌な顔を見せないままだった。
二人は王家の紋章を掲げた馬車に乗るのを見届け、王宮へと進む馬車が見えなくなるまで見送った。
エフラムを見送ると、オリヴィアはすぐに切り替えてローズに向き合った。
「ローズ!わたし、実はもう一つやりたい事があるの!」
「な、何でしょうか?」
オリヴィアのやりたい事、少しでも気分転換になる事ならローズは出来るだけ叶えてやりたい。
しかしやりたい事の一つだという『飛んでみたい』を実行した結果、木にしがみついたまま、オリヴィアは降りれなくなってしまったのだった。それを思い出すと、嫌な予感がしてローズは身構えた。
オリヴィアを危険な目に合わす訳にはいかない。
「お菓子作りよ!」
「え、お、お菓子作りでございますか……?」
意外な言葉にローズは虚を憑かれた。確かにオリヴィアはお菓子が好きだ。
案外安全そうな願望ではあるが、貴族の令嬢が料理をするなんて聞いたことがなかった。
とまどうローズをよそに、オリヴィアは語り出す。
「甘くて美味しくて私の事を幸せにしてくれるお菓子達……わたしはそれらを自分の手で作ってみたいと思ったの!
美しくて美味しいスイーツを作り出すなんてまるで魔法のよう……」
「魔法が使えるお嬢様が、料理を魔法のようだとおっしゃるなんて、何だか面白いですね」
熱弁するオリヴィアに、ローズはクスリと笑みをこぼした。
「繊細で洗練されたスイーツを作る人はきっと、身も心も清い天使のような……そんな心がスイーツには現れているのよ。私もそんなスイーツを表現できる人間、じゃなかった、鳥人間になりたい……」
手を胸の前で組んで、祈るように瞳を閉じていたが、途端にアメジストの瞳をカッと開いた。
「早速お願いしにいかなきゃ!善は急げよ!」
「あっ、待ってくださいお嬢様!」
キラキラと瞳を輝かせ、顔を上げたオリヴィアは踵を返し、屋敷へと駆け出す。その後をローズは急いで追った。
◇
深窓の令嬢とは思えぬ程体力のあるオリヴィアは、広大な庭園を走り抜き、屋敷へと戻った。追いかけて来たローズは息が上がっている。屋敷内を走って誰かとぶつかるのは危険なので、玄関から足を踏み入れると、走らずとも足早に厨房を目指した。
「そういえばオリヴィアお嬢様、お願いって誰にですか?」
「決まってるじゃないっ」
一階にある厨房の入り口へと辿り着くと、ローズの疑問にオリヴィアは笑顔で返答した。しかし二人は厨房へ入るのを躊躇った、というか物理的に無理だった。
なぜなら入り口には、筋骨隆々の巨体が立ちはだかっていたから──。
「……………」
「か、カルロス……」
ローズは謎の緊張感に苛まれ、ゴクリと唾を飲み込んだ。
強面にゴリゴリの筋肉が特徴のパティシェである彼の名は、カルロス。腕を組む姿が更に威圧感を放ち、何故か厨房に入ろうとするオリヴィアを阻止しているかのようだった。
ゴゴゴゴゴゴ……と効果音が聞こえてくるほどの威圧感と、厨房に入ってくるなと言わんばかりのオーラを纏っている──ような気がする。
侯爵家から連れてきたパティシェであるカルロスはギロリと主人であるはずのオリヴィアを見下ろしていた。
時刻が昼下がりへと差し掛かる頃、二人のお茶会が終わりを迎えた。
「今日は有難う。またここへ、オリヴィアに会いに来てもいいだろうか?」
「それは構いませんわ。いつでもいらして下さいませ」
「ありがとう、それに急に押し掛けて申し訳なかった。次からは必ず、事前に知らせるようにするよ」
「はい、ご連絡お待ちしております」
エフラムはホッとしたように表情を和らげた。視界の片隅ではオリヴィアの言葉に、ローズが驚いた表情を見せていた。
「まずはオリヴィアともっと親睦を深めたい。今までは兄上の婚約者だったから……諦めていたけど、また子供の時のように出来れば仲良くして欲しい……」
かつて、自分達兄弟はまだ幼くて互いに王位継承など微塵も気にしていなかった頃、オリヴィアと三人で遊んだ日々をエフラムは思い出す。
そんな頃でさえ大人達は、自分達を駒のように扱いながら争っていたのだろう。
「……ローズにも、ここへ来た時追い返されないようにしないと」
「えっ?わたくしなどが王族であらせられる、エフラム殿下を追い出すなどと恐れ多いですわ。そもそもわたくしは、オリヴィアお嬢様の意見を尊重しますよ、ええ。本当ですよ。おほほ」
まさかこちらに話を振ってくるとは微塵も思っておらず、しかもわざわざお伺いを立ててくるなんて。ローズも慌てて言い繕う。
ローズの不敬な振る舞いに、エフラムは終始嫌な顔を見せないままだった。
二人は王家の紋章を掲げた馬車に乗るのを見届け、王宮へと進む馬車が見えなくなるまで見送った。
エフラムを見送ると、オリヴィアはすぐに切り替えてローズに向き合った。
「ローズ!わたし、実はもう一つやりたい事があるの!」
「な、何でしょうか?」
オリヴィアのやりたい事、少しでも気分転換になる事ならローズは出来るだけ叶えてやりたい。
しかしやりたい事の一つだという『飛んでみたい』を実行した結果、木にしがみついたまま、オリヴィアは降りれなくなってしまったのだった。それを思い出すと、嫌な予感がしてローズは身構えた。
オリヴィアを危険な目に合わす訳にはいかない。
「お菓子作りよ!」
「え、お、お菓子作りでございますか……?」
意外な言葉にローズは虚を憑かれた。確かにオリヴィアはお菓子が好きだ。
案外安全そうな願望ではあるが、貴族の令嬢が料理をするなんて聞いたことがなかった。
とまどうローズをよそに、オリヴィアは語り出す。
「甘くて美味しくて私の事を幸せにしてくれるお菓子達……わたしはそれらを自分の手で作ってみたいと思ったの!
美しくて美味しいスイーツを作り出すなんてまるで魔法のよう……」
「魔法が使えるお嬢様が、料理を魔法のようだとおっしゃるなんて、何だか面白いですね」
熱弁するオリヴィアに、ローズはクスリと笑みをこぼした。
「繊細で洗練されたスイーツを作る人はきっと、身も心も清い天使のような……そんな心がスイーツには現れているのよ。私もそんなスイーツを表現できる人間、じゃなかった、鳥人間になりたい……」
手を胸の前で組んで、祈るように瞳を閉じていたが、途端にアメジストの瞳をカッと開いた。
「早速お願いしにいかなきゃ!善は急げよ!」
「あっ、待ってくださいお嬢様!」
キラキラと瞳を輝かせ、顔を上げたオリヴィアは踵を返し、屋敷へと駆け出す。その後をローズは急いで追った。
◇
深窓の令嬢とは思えぬ程体力のあるオリヴィアは、広大な庭園を走り抜き、屋敷へと戻った。追いかけて来たローズは息が上がっている。屋敷内を走って誰かとぶつかるのは危険なので、玄関から足を踏み入れると、走らずとも足早に厨房を目指した。
「そういえばオリヴィアお嬢様、お願いって誰にですか?」
「決まってるじゃないっ」
一階にある厨房の入り口へと辿り着くと、ローズの疑問にオリヴィアは笑顔で返答した。しかし二人は厨房へ入るのを躊躇った、というか物理的に無理だった。
なぜなら入り口には、筋骨隆々の巨体が立ちはだかっていたから──。
「……………」
「か、カルロス……」
ローズは謎の緊張感に苛まれ、ゴクリと唾を飲み込んだ。
強面にゴリゴリの筋肉が特徴のパティシェである彼の名は、カルロス。腕を組む姿が更に威圧感を放ち、何故か厨房に入ろうとするオリヴィアを阻止しているかのようだった。
ゴゴゴゴゴゴ……と効果音が聞こえてくるほどの威圧感と、厨房に入ってくるなと言わんばかりのオーラを纏っている──ような気がする。
侯爵家から連れてきたパティシェであるカルロスはギロリと主人であるはずのオリヴィアを見下ろしていた。
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