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その48
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気付けばオリヴィアは、全く知らない場所に居た。
建物の中だという事は分かる。幾重にも頭上高く伸びたアーチに、全てが白で統一された、荘厳さと神聖を感じさせるこのこの場所は、どう見ても何処かの神殿であるに違いない。
本来なら静謐さを感じさせるであろうこの場所は──何故だか非常に活気付いている。
それも高齢者といえる年齢に達した者が、祭壇に佇む神官と思しき老人たった一人。親子連れなども見当たらない。
対して一目見て、冒険者と分かるような格好をした人種ばかりが集まっていた。
皆、無駄に個性を放っている。
祭壇に佇む老人が口を開くと、ガヤガヤと騒がしかった面々は黙って耳を傾けた。
「己を見つめ直し、それぞれに課せられた使命を全うせよ」
(し、使命……?)
思ってもいなかった壮大な話の内容に、状況が飲み込めず困惑するオリヴィアは、身体に緊張が走るのを感じていた。
「まずは正確に、己のクラスを把握するという基本的な事からじゃ」
(クラス……冒険者ギルドなどに登録されている、クラスの事でしょうか?)
チラリと、さり気無く周りを見渡すと、面子的にはそうだとしか思えない。
「では俺から行こう」
まず最初に前へと出た茶色の髪の青年は、腰に剣を携えている。歩みを進め、祭壇を挟んで神官と向き合った。
「良いだろう、ではお前のクラスは何だ?」
「剣士だ」
彼の出で立ちから、オリヴィアが想像していた通りの答えだった。しかし、すぐさま思いがけない言葉が、神官の口から伝えられる。
「違う、盗賊じゃ」
「なんだと……?」
否定され、自身を剣士だと名乗った彼の眉間が寄せられ、言われた言葉を不服そうに受け取った。そんな彼に神官は淡々と言葉を紡ぐ。
「ダンジョンにて開かずの扉の鍵穴に、持ち合わせの針金で執念でいじくり回し、開ける事に成功して以降は鍵開けを特技とし、仲間をダンジョン攻略に導いておる」
剣士だと思っていたら盗賊だと告げられた彼は、驚愕に目を見開く。すぐ様否定しないところを見ると、事実なのだろう。
(す、凄い……!!でも、ダンジョン以外では控えて頂きたい特技です!!)
「そしてその起用さ、素早さを活かして、こっそりパーティーメンバーの皿の上の食事を盗み食う、まさしく盗賊じゃ」
「なぜそれをっ!?」と発しながら、驚きに目を見張った彼は一旦黙りこくった後に呟いた。
「た、確かに……」
(納得した!!?)
一連のやりとりを、オリヴィアは固唾を飲んで真剣に見守っていた。
神官は改めて一同に宣言する。
「ここでは日頃の行いも全て見通されておる。今一度、自分を振り返り、見つめ直してみるがよい」
(ここは一体何処で、何故私がここにいるのかは不明ですが、色々あの方にはお見通しのようですね……!)
「では次」
必然的に、中央の一番前にいたローブ姿の女性の番になった。その人は大きな杖を手にした、亜麻色の髪を持つ、おっとりした雰囲気の美しい人だった。
「そなたのクラスは何じゃ?」
「白魔導士です」
「違う、そなたは女王様じゃ」
「まぁ……」
(女王様とは果たしてクラスなのでしょうか……?)
しかも『女王』ではなく『女王様』と、様を付けているのも気になってくる。
「外では淑やかで通っているが、家に帰った途端夫に対して女王様に豹変しよる。夜は特に女王様じゃ」
「まぁ」
女王様な白魔導は手の平を頬をに当て、おっとりと微笑んだ。
剣士の青年に続いて、彼女も否定しないところを見ると、やはり図星なのだろう。
既婚者だった事に驚きつつ、オリヴィアはもう一つ浮かんだ疑問を考察する。
「夜は女王様……どういう事なのでしょうか?もしかしてどこかの王族の血を引いていらっしゃる、という意味なのでしょうか?」
ぶつぶつと独り言を呟きながら思案するオリヴィア。その様子を見て近くにいた、短く刈り込んだ黒髪の屈強な戦士は、腕を組みながら至極真面目に意見する。
「お嬢ちゃんにはまだ早い」
「で、でも、気になりますっ」
「まだ早い」
初対面とは思えぬような押し問答を繰り広げる二人に、割って入るように神官の響く声が全員の耳に届く。
「よいか、ここではいくら取り繕おうとも無駄である」
騒めきが起こり、多くの者は神官に自身について言い当てられる事を、若干躊躇し始めたような素振りを見せ始めた。
そのような中、全く物怖じせずに一人の女性が前に出る。
エキゾチックな異国の衣装と後頭部は紗のヴェール。そして手には水晶玉。
神官に向けて妖艶に微笑むと、彼女は口を開いた。
「ふふ、むしろ私が貴方を占い返して上げるわ」
(どう見ても占い師なお姉様の登場ですね。確かに、私もあの神官のお爺さんが、一番気になっていたところです……!)
固唾を飲んでやり取りを見守るオリヴィアだったが──。
「占い……」
「詐欺師じゃ」
「酷い!?」
「次」
二人のやりとりは秒で終わった。
最後まで言わせて貰えず、雑に捌かれた事を不服とし「失礼ね!詐欺師じゃないわよ!」と騒ぐ女性を神官は華麗にスルーする。きっと神官のスルースキルはレベルマックスに違いない。
顔を背けた神官とオリヴィアの目が合う。
「そこの者」
「わ、わたしですかっ」
ビクリと身体を反応させ、狼狽するオリヴィアへ、静かだが通る声で促す。
「早うせい」
「は、はいっ!」
慌てて祭壇の前まで行くオリヴィアに、早速質問がされた。
「其方のクラスはなんじゃ?」
「えっ……クラス……?」
(冒険者ギルドに足を踏み入れた事がないから、考えた事もなかった……侯爵令嬢は敬称でしょうか?う~ん……)
悩んだ挙句、恐る恐る口を開く。
「せい……じょ?」
オリヴィアがそう発した途端、神官の白く伸びた眉毛に覆われた筈の目が、くわっと見開かれる。
「馬鹿もんっ!!」
「ひえぇっ!?」
「聖女とは死後、その功績が認められた者が後世の人々によって呼ばれるのであって、自分で名乗るような物、ましてやクラスなどではいわ!!」
「ご、ごもっともですー!!ごめんなさいー!!」
一喝され、あまりの迫力にオリヴィアは全力で謝罪し、そして困惑した。
「で、では……私は一体……?」
「ぱ……」
神官の口から発せられた一音目を耳にするや否や、オリヴィアはまかさパティシエ!?と心をときめかせる。
(何でもお見通しの神官様……やはり私がお菓子作りに専念している事を見抜いて、パティシエと言って下さるのかしら?ああ、どうしましょう。嬉しすぎて胸がドキドキしてきました……)
「パラグライダーじゃ」
◇ ◇ ◇
──パラグライダーじゃ
──パラグライダーじゃ
──パラグライダーじゃ
神官の「パラグライダー」という単語が頭に響く中、オリヴィアはむくりと起き上がった。
(パラグライダーが何かよく分からないけど、無性に頭に残る言葉……)
起きたてで、まだ思考がふわふわと夢心地の中、叩扉ののち、ローズが室内へと入ってきた。
「おはようございますオリヴィアお嬢様、もう起きていらしたのですね」
「おはようローズ」
遮光布をタッセルで纏めたりと、てきぱきと動きながら、ローズは寝起きのオリヴィアへと話し掛ける。
「そういえばもうそろそろ建国祭の時期ですね、聖女として参加される際のドレスやヴェールが、直に仕上がるようです。去年の物も美しくとても素晴らしかったですよね、今年の完成品をお召しになったお嬢様を拝見出来るのが、今からとても楽しみですわ」
建国祭では毎年聖女が日中と夜の二回、詩篇を民衆の前で歌うという役割がある。その時に用意される衣装は、白を基調としたドレスとヴェール。
僅かに思案し、返事をせぬまま黙り込んでいたオリヴィアは、口を開いた。
「ローズ、私って聖女じゃないらしいの」
「え?」
「パラグライダーらしいの」
「……は?」
ローズは言葉を失った。
「パラ……が何か存じませんが、寝ぼけてよく分からない事をおっしゃっていないで、お支度をすませて朝食に参りましょう。本日はエフラム殿下がお見えになられる日ですわ」
建物の中だという事は分かる。幾重にも頭上高く伸びたアーチに、全てが白で統一された、荘厳さと神聖を感じさせるこのこの場所は、どう見ても何処かの神殿であるに違いない。
本来なら静謐さを感じさせるであろうこの場所は──何故だか非常に活気付いている。
それも高齢者といえる年齢に達した者が、祭壇に佇む神官と思しき老人たった一人。親子連れなども見当たらない。
対して一目見て、冒険者と分かるような格好をした人種ばかりが集まっていた。
皆、無駄に個性を放っている。
祭壇に佇む老人が口を開くと、ガヤガヤと騒がしかった面々は黙って耳を傾けた。
「己を見つめ直し、それぞれに課せられた使命を全うせよ」
(し、使命……?)
思ってもいなかった壮大な話の内容に、状況が飲み込めず困惑するオリヴィアは、身体に緊張が走るのを感じていた。
「まずは正確に、己のクラスを把握するという基本的な事からじゃ」
(クラス……冒険者ギルドなどに登録されている、クラスの事でしょうか?)
チラリと、さり気無く周りを見渡すと、面子的にはそうだとしか思えない。
「では俺から行こう」
まず最初に前へと出た茶色の髪の青年は、腰に剣を携えている。歩みを進め、祭壇を挟んで神官と向き合った。
「良いだろう、ではお前のクラスは何だ?」
「剣士だ」
彼の出で立ちから、オリヴィアが想像していた通りの答えだった。しかし、すぐさま思いがけない言葉が、神官の口から伝えられる。
「違う、盗賊じゃ」
「なんだと……?」
否定され、自身を剣士だと名乗った彼の眉間が寄せられ、言われた言葉を不服そうに受け取った。そんな彼に神官は淡々と言葉を紡ぐ。
「ダンジョンにて開かずの扉の鍵穴に、持ち合わせの針金で執念でいじくり回し、開ける事に成功して以降は鍵開けを特技とし、仲間をダンジョン攻略に導いておる」
剣士だと思っていたら盗賊だと告げられた彼は、驚愕に目を見開く。すぐ様否定しないところを見ると、事実なのだろう。
(す、凄い……!!でも、ダンジョン以外では控えて頂きたい特技です!!)
「そしてその起用さ、素早さを活かして、こっそりパーティーメンバーの皿の上の食事を盗み食う、まさしく盗賊じゃ」
「なぜそれをっ!?」と発しながら、驚きに目を見張った彼は一旦黙りこくった後に呟いた。
「た、確かに……」
(納得した!!?)
一連のやりとりを、オリヴィアは固唾を飲んで真剣に見守っていた。
神官は改めて一同に宣言する。
「ここでは日頃の行いも全て見通されておる。今一度、自分を振り返り、見つめ直してみるがよい」
(ここは一体何処で、何故私がここにいるのかは不明ですが、色々あの方にはお見通しのようですね……!)
「では次」
必然的に、中央の一番前にいたローブ姿の女性の番になった。その人は大きな杖を手にした、亜麻色の髪を持つ、おっとりした雰囲気の美しい人だった。
「そなたのクラスは何じゃ?」
「白魔導士です」
「違う、そなたは女王様じゃ」
「まぁ……」
(女王様とは果たしてクラスなのでしょうか……?)
しかも『女王』ではなく『女王様』と、様を付けているのも気になってくる。
「外では淑やかで通っているが、家に帰った途端夫に対して女王様に豹変しよる。夜は特に女王様じゃ」
「まぁ」
女王様な白魔導は手の平を頬をに当て、おっとりと微笑んだ。
剣士の青年に続いて、彼女も否定しないところを見ると、やはり図星なのだろう。
既婚者だった事に驚きつつ、オリヴィアはもう一つ浮かんだ疑問を考察する。
「夜は女王様……どういう事なのでしょうか?もしかしてどこかの王族の血を引いていらっしゃる、という意味なのでしょうか?」
ぶつぶつと独り言を呟きながら思案するオリヴィア。その様子を見て近くにいた、短く刈り込んだ黒髪の屈強な戦士は、腕を組みながら至極真面目に意見する。
「お嬢ちゃんにはまだ早い」
「で、でも、気になりますっ」
「まだ早い」
初対面とは思えぬような押し問答を繰り広げる二人に、割って入るように神官の響く声が全員の耳に届く。
「よいか、ここではいくら取り繕おうとも無駄である」
騒めきが起こり、多くの者は神官に自身について言い当てられる事を、若干躊躇し始めたような素振りを見せ始めた。
そのような中、全く物怖じせずに一人の女性が前に出る。
エキゾチックな異国の衣装と後頭部は紗のヴェール。そして手には水晶玉。
神官に向けて妖艶に微笑むと、彼女は口を開いた。
「ふふ、むしろ私が貴方を占い返して上げるわ」
(どう見ても占い師なお姉様の登場ですね。確かに、私もあの神官のお爺さんが、一番気になっていたところです……!)
固唾を飲んでやり取りを見守るオリヴィアだったが──。
「占い……」
「詐欺師じゃ」
「酷い!?」
「次」
二人のやりとりは秒で終わった。
最後まで言わせて貰えず、雑に捌かれた事を不服とし「失礼ね!詐欺師じゃないわよ!」と騒ぐ女性を神官は華麗にスルーする。きっと神官のスルースキルはレベルマックスに違いない。
顔を背けた神官とオリヴィアの目が合う。
「そこの者」
「わ、わたしですかっ」
ビクリと身体を反応させ、狼狽するオリヴィアへ、静かだが通る声で促す。
「早うせい」
「は、はいっ!」
慌てて祭壇の前まで行くオリヴィアに、早速質問がされた。
「其方のクラスはなんじゃ?」
「えっ……クラス……?」
(冒険者ギルドに足を踏み入れた事がないから、考えた事もなかった……侯爵令嬢は敬称でしょうか?う~ん……)
悩んだ挙句、恐る恐る口を開く。
「せい……じょ?」
オリヴィアがそう発した途端、神官の白く伸びた眉毛に覆われた筈の目が、くわっと見開かれる。
「馬鹿もんっ!!」
「ひえぇっ!?」
「聖女とは死後、その功績が認められた者が後世の人々によって呼ばれるのであって、自分で名乗るような物、ましてやクラスなどではいわ!!」
「ご、ごもっともですー!!ごめんなさいー!!」
一喝され、あまりの迫力にオリヴィアは全力で謝罪し、そして困惑した。
「で、では……私は一体……?」
「ぱ……」
神官の口から発せられた一音目を耳にするや否や、オリヴィアはまかさパティシエ!?と心をときめかせる。
(何でもお見通しの神官様……やはり私がお菓子作りに専念している事を見抜いて、パティシエと言って下さるのかしら?ああ、どうしましょう。嬉しすぎて胸がドキドキしてきました……)
「パラグライダーじゃ」
◇ ◇ ◇
──パラグライダーじゃ
──パラグライダーじゃ
──パラグライダーじゃ
神官の「パラグライダー」という単語が頭に響く中、オリヴィアはむくりと起き上がった。
(パラグライダーが何かよく分からないけど、無性に頭に残る言葉……)
起きたてで、まだ思考がふわふわと夢心地の中、叩扉ののち、ローズが室内へと入ってきた。
「おはようございますオリヴィアお嬢様、もう起きていらしたのですね」
「おはようローズ」
遮光布をタッセルで纏めたりと、てきぱきと動きながら、ローズは寝起きのオリヴィアへと話し掛ける。
「そういえばもうそろそろ建国祭の時期ですね、聖女として参加される際のドレスやヴェールが、直に仕上がるようです。去年の物も美しくとても素晴らしかったですよね、今年の完成品をお召しになったお嬢様を拝見出来るのが、今からとても楽しみですわ」
建国祭では毎年聖女が日中と夜の二回、詩篇を民衆の前で歌うという役割がある。その時に用意される衣装は、白を基調としたドレスとヴェール。
僅かに思案し、返事をせぬまま黙り込んでいたオリヴィアは、口を開いた。
「ローズ、私って聖女じゃないらしいの」
「え?」
「パラグライダーらしいの」
「……は?」
ローズは言葉を失った。
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