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その54
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何故ヨシュアの謹慎が解けていたのか。
最近になり、他国からのスパイが町中に潜伏していると、報告が上がっていた。
動きを見ると、彼らの狙いは聖女である事が分かり、国としてはなんとしてでもオリヴィアを守るべく対策を図っていた。
そんな最中な起こったのが婚約破棄騒動。
取り敢えずオリヴィアを、一時的に湖の屋敷へと身を隠す事にした。その間はしばらく生家や王宮、町中から遠ざけ、神殿での礼拝も頻度を下げさせるようにした。
『聖女は第一王子の婚約者』との情報を得ていた他国の間諜は、ヨシュアと共にいたアイリーンを聖女だと誤認したようで、彼女が襲われてしまった。
町中であろうと変装もしないヨシュアが散々「アイリーンこそが聖女」だと自慢し、連れ回っていたのが原因である。
本人達の知らぬ間にヨシュアとアイリーンは、オリヴィアを守るための囮となっていた。
この一連の事情は事件があった直後、オリヴィアには真実が告げられ、そして目を覚ましたヨシュア本人へと知らされた。
自分が囮だったと知らされたヨシュアは、ただ事実を静かに受け止めていた。少し前の彼なら怒りを露わにして、暴れていたかもしれない。
ヨシュアとエフラム二人だけの静かな室内に、扉を叩く音が響く。
エフラムが返事をすると「オリヴィアです……」と遠慮がちな声が、扉の向こうから呟かれた。
部屋に使用人はおらず、扉の外に見張りの兵士が配置されているのみ。
使用人がいない代わりに、エフラムが扉を開けてオリヴィアを部屋へと招き入れた。
おずおずと入室すると、エフラムに連れられて部屋の中へと通される。
部屋の奥へと歩みを進めると、上半身を起こしたヨシュアが寝台でこちらを見ていた。
オリヴィアを目にしたヨシュアの瞳には僅かに動揺の色が浮かび、すぐに視線が逸らされる。
しばらく室内は静寂が続き、最初に沈黙を破ったのはオリヴィアだった。
「あ、あの、ご容態が回復されたようで安心致しました」
オリヴィアの声に、ヨシュアの瞳は僅かに揺らぎ、視線を下げる。そして無意識に固く握った、自身の右手に視線を落とした。
途端、切り落とされた時の記憶と、共に痛みが蘇るようだった。
表情に苦痛の色が浮かべるヨシュアを見て、察したオリヴィアは返答を促さなかった。
しばらくすると、彼の乾いた唇がゆっくりと動く。
「……すまなかった」
細やかな呟きのような声だったが、静かな室内では、その一言ははっきりと二人の耳に届いた。
何の含みもない彼の両目には、痛みと後悔の念が滲んでいる。黙ったままの二人を前に、ヨシュアはゆっくりと言葉を紡ぎ出して言った。
「物心が付いた頃は、自分の存在に何の疑問を持つ事もなく生きていた。
自分が正妃の子ではないのは、仕方がないにしても……。私はいつしか二人に対して、劣等感を感じるようになってしまっていた。エフラムに対して何もかもが劣る自分が、オリヴィアの婚約者である事に疑問を持つ者は少なくなかった筈だ。……いや、実際に話しているのをこの耳で聞いた事すらある」
「……」
「それでも二人だけはいつまでも変わらず、私に接してくれていて。それすら人としての器の違いを見せつけられているようで、私には辛かった……。
でもこんなの単なる言い訳だ。劣等感を悟られないよう、気付けば横柄に振る舞うしか出来なかった自分が、惨めで堪らない」
震える程、拳を強く握りしめていたヨシュアが、意を決したように面を上る。「オリヴィア」と名を呼ぶ彼との視線が合わさる。
「許して欲しいとは言わない。オリヴィア、傷付けてすまなかった」
沈痛な面持ちで、これまでの心情を吐露した彼の思いを受け止める。深く頭を下げるヨシュアに、オリヴィアは自分の心の中にある言葉を、そのままを口にしていた。
「人は誰しも……罪を犯さずに生きていける人なんて、この世にはいません。当然わたしも。ですが人は他人を許す事で、自分も許されるのでしょう。だからわたしは貴方を許します」
ずっと自分だけが、過ちを犯し続けている気がしていた。
間違わない人間はいないのだと、オリヴィアに言われて、やっと救われた気がした。
最近になり、他国からのスパイが町中に潜伏していると、報告が上がっていた。
動きを見ると、彼らの狙いは聖女である事が分かり、国としてはなんとしてでもオリヴィアを守るべく対策を図っていた。
そんな最中な起こったのが婚約破棄騒動。
取り敢えずオリヴィアを、一時的に湖の屋敷へと身を隠す事にした。その間はしばらく生家や王宮、町中から遠ざけ、神殿での礼拝も頻度を下げさせるようにした。
『聖女は第一王子の婚約者』との情報を得ていた他国の間諜は、ヨシュアと共にいたアイリーンを聖女だと誤認したようで、彼女が襲われてしまった。
町中であろうと変装もしないヨシュアが散々「アイリーンこそが聖女」だと自慢し、連れ回っていたのが原因である。
本人達の知らぬ間にヨシュアとアイリーンは、オリヴィアを守るための囮となっていた。
この一連の事情は事件があった直後、オリヴィアには真実が告げられ、そして目を覚ましたヨシュア本人へと知らされた。
自分が囮だったと知らされたヨシュアは、ただ事実を静かに受け止めていた。少し前の彼なら怒りを露わにして、暴れていたかもしれない。
ヨシュアとエフラム二人だけの静かな室内に、扉を叩く音が響く。
エフラムが返事をすると「オリヴィアです……」と遠慮がちな声が、扉の向こうから呟かれた。
部屋に使用人はおらず、扉の外に見張りの兵士が配置されているのみ。
使用人がいない代わりに、エフラムが扉を開けてオリヴィアを部屋へと招き入れた。
おずおずと入室すると、エフラムに連れられて部屋の中へと通される。
部屋の奥へと歩みを進めると、上半身を起こしたヨシュアが寝台でこちらを見ていた。
オリヴィアを目にしたヨシュアの瞳には僅かに動揺の色が浮かび、すぐに視線が逸らされる。
しばらく室内は静寂が続き、最初に沈黙を破ったのはオリヴィアだった。
「あ、あの、ご容態が回復されたようで安心致しました」
オリヴィアの声に、ヨシュアの瞳は僅かに揺らぎ、視線を下げる。そして無意識に固く握った、自身の右手に視線を落とした。
途端、切り落とされた時の記憶と、共に痛みが蘇るようだった。
表情に苦痛の色が浮かべるヨシュアを見て、察したオリヴィアは返答を促さなかった。
しばらくすると、彼の乾いた唇がゆっくりと動く。
「……すまなかった」
細やかな呟きのような声だったが、静かな室内では、その一言ははっきりと二人の耳に届いた。
何の含みもない彼の両目には、痛みと後悔の念が滲んでいる。黙ったままの二人を前に、ヨシュアはゆっくりと言葉を紡ぎ出して言った。
「物心が付いた頃は、自分の存在に何の疑問を持つ事もなく生きていた。
自分が正妃の子ではないのは、仕方がないにしても……。私はいつしか二人に対して、劣等感を感じるようになってしまっていた。エフラムに対して何もかもが劣る自分が、オリヴィアの婚約者である事に疑問を持つ者は少なくなかった筈だ。……いや、実際に話しているのをこの耳で聞いた事すらある」
「……」
「それでも二人だけはいつまでも変わらず、私に接してくれていて。それすら人としての器の違いを見せつけられているようで、私には辛かった……。
でもこんなの単なる言い訳だ。劣等感を悟られないよう、気付けば横柄に振る舞うしか出来なかった自分が、惨めで堪らない」
震える程、拳を強く握りしめていたヨシュアが、意を決したように面を上る。「オリヴィア」と名を呼ぶ彼との視線が合わさる。
「許して欲しいとは言わない。オリヴィア、傷付けてすまなかった」
沈痛な面持ちで、これまでの心情を吐露した彼の思いを受け止める。深く頭を下げるヨシュアに、オリヴィアは自分の心の中にある言葉を、そのままを口にしていた。
「人は誰しも……罪を犯さずに生きていける人なんて、この世にはいません。当然わたしも。ですが人は他人を許す事で、自分も許されるのでしょう。だからわたしは貴方を許します」
ずっと自分だけが、過ちを犯し続けている気がしていた。
間違わない人間はいないのだと、オリヴィアに言われて、やっと救われた気がした。
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