似非聖女呼ばわりされたのでスローライフ満喫しながら引き篭もります

秋月乃衣

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その60

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「エフラム様!!」

 ようやく身体が動いたオリヴィアは、エフラムの元へと駆け寄った。粉々に砕けちった心が、声と共に悲鳴を上げている。倒れたエフラムの手を握るオリヴィアの頬に、涙が伝う。
 その瞬間、二人を囲むようにして光が立ち昇った。

「ピッ……!」

 オリヴィアの肩にいるフェリクスが短く鳴いた途端、二人を囲む光が輝きを増していく。
 フェリクスも光を纏って翼を広げ、羽ばたいた。

 先程まで丸い灰色の鳥だったはずのフェリクスが、淡い光を纏った美しき白き鳥となりて大空を舞う。

 幻覚でも錯覚でもない光景に、嘆き一色だった町の人々は憮然と天を仰ぐように空を見上げた。

 人々がフェリクスを眺めている合間に、バルコニーの状況が一変し始める──。

「う……」

 微かに漏れた声と共に、オリヴィアの掌の中にあるエフラムの手に、力が込められた。

「エフラム様!?」
「オリヴィア……」

 瞼が開き、宝石のような青い瞳がオリヴィアを捉えて映し、その名を呼んだ。

「エフラム様っ!!」
「殿下っ!?」

 取り囲む騎士達、そして国王から忽ち「まさか」と騒めきが起こる。
 城の頂きの真上をぐるりと旋回したフェリクスが、バルコニーで狼狽する者達の元へと舞い戻ってきた。

「フェリーさん」
「えっ、フェリクスなの?」

 バルコニーの手すりへ、優雅に止まった聖鳥の名をオリヴィアが呼ぶと、エフラムは驚き目を見張った。一同の視線を一身に受けながら、フェリクスは嘴を開く。

「僕思い出したんだ。この国の未来を担う筈のエフラム王に危機が迫っているから、僕は急いでオリヴィアの元へ来たんだ。その結果、オリヴィアのエフラム王を思う力のお陰で、危機は脱した」

 その少年のような声は確かにフェリクスの物だった。『エフラム王』と呼ぶフェリクスは、きっと未来を見通しているに違いない。

「なんと……!」

「奇跡だ」と口々に発し、その場の騎士達は思わずオリヴィアとエフラムに向かって跪く。
 目の前で我が子を失いかけた王は憔悴寸前だった胸中を微塵も見せる事なく、威厳を保ったまま発する。

「エフラム、先ずは民を安心させてやらねばなるまい」
「はい」

 立ち上がったエフラムが民を見渡すと、皆は奇跡に沸き、喜びの涙を浮かべた。

「まだ何も成し得ていない私が、皆を置いてはいかない。持てる力全て尽くすと誓うから見ていて欲しい」

 ◇

 襲撃に合ったはずのエフラムが、オリヴィアの起こした奇跡によって息を吹き返した。
 王都の人間のほとんどが奇跡の目撃者となっている。町中の人々がその日から毎日のように、奇跡の話題を口にするのは当然の流れだ。

 そのように町が祝福で溢れんばかりの中、王宮の廷臣達の間では幾度も議論がされ続けている。当日の警備について、また町にいた刺客達の真の狙いは最初から聖女ではなく、エフラムの方だったのではないかと。

 厳重な警備を掻い潜って、いつから王宮に潜んでいたのか。真上のバルコニーからエフラム目掛け、敵陣の懐に単身で乗り込んできた侵入者。暗殺者であると同時に捨て駒でもあった。


 ◇

 この日久方振りに、エフラムは湖の館へと足を運んだ。館に到着した時点で、既に夕刻となっていた。
 オリヴィアとエフラムは共に夕食を取り、お茶を飲み終えると、広大な庭園を散歩する事にした。
 夜になり、庭園は昼間より濃い花の匂いがする。

「この時間だと、ここの庭園群もまた印象が変わるね。久々にオリヴィアと時間を共有する事が出来て、今とても幸せだよ」

 すっかり元の丸い鳥に戻ったフェリクスも、オリヴィアの腕の中に収まっている。

「二人には改めてお礼を言わなければいけない。本当にありがとう、二人がいなければ僕は今頃……」
「そ、そういえば!フェリーさんがいれば蘇生魔法が使えるって訳ではないのですよね?」

 慌ててエフラムの話を遮ったオリヴィアは、フェリクスへと質問を投げかけた。

「本来なら死人は生き帰らないよ。今回は例外中の例外で、まだ死ぬはずのない未来の王、エフラムの危機だったからに他ならない。それに重要なのは魔力や聖女の力だけじゃなく、信じる心とオリヴィアのエフラムへの思いが必要だったんだ。
 信じる思いは、聖女のみならず人間ならだれしもが大切にしなければいけないもの。僕は手助けをしたに過ぎないよ」

(信じる心……まさかそれが羽で飛ぶ練習と繋がっているとか……)

「呪いの羽」と称してオリヴィアを散々悩ませてきた背中の羽。
 飛ぶ練習事態は自分で始めたのだが、事の発端はフェリクスから、強制的に授けられたのが原因でありる。
 会話の最中にも、羽についての思案が止まらぬまま、湖の方へと足を運ぶことになった。

 水面に映る月が揺れている。
 桟橋には小舟が繋がれており「乗ってみようか」というエフラムの提案をオリヴィアは快諾する。

 先に乗り込んだエフラムが手を差し出す。オリヴィアの手を握ると、エフラムは愛おしげな眼差しで囁いた。

「僕が死の瀬戸際にいたのを救ってくれたのが、オリヴィアの想いによるものというなら、少しは期待してもいいのかな……?」

 途端、オリヴィアの身体が硬直したのに気付いたエフラムは、その顔を覗き込む。

「どうしたの?」
「いえ……」

 強張った表情で呟いたオリヴィアだったが、折角作ってくれた時間を無駄にしまいと、一歩踏み出した。その瞬間──。

「わっ!?」

 船に乗る事で生じる揺れに驚いたオリヴィアが、バランスを崩しそうになると、エフラムはすかさず抱え込むようにして華奢な身体を支えた。密着した身体を意識せずにはいられず、急いで離れようとするも、グラグラと揺れる船の上では危険だと、さらに強く抱き込まれる。

「ごっ、ごめんなさいっ」
「危ないよ、焦らずゆっくり腰を下ろして」
「は、はいっ」

 座るとようやく落ち付きを取り戻したオリヴィアだが、ふと漕ぎ手がいない事に気付く。

「では、漕いでみるね」
「エフラム様が?」
「うん」
「そんな、エフラム様にお手を煩わせるなんてっ、僭越ながら私が……!」
「立ち上がったら危ないから、オリヴィアは大人しくしててね?」
「はい、ごめんなさい……」

 何だか先程から、謝ってばかりである。
 小舟が動き出し、月が浮かぶ水面に視線を落とし、オリヴィアは目を輝かせて水面を眺めていた。小さく揺れながら、小舟はゆっくりと進んでいく。

 柔らかな夜風を肌に感じながら、時折水面に触れてみたりして楽しんでいた。
 櫂を置いたエフラムは、オリヴィアの目の前に腰を下ろした。

「もう一度正式に、オリヴィアに婚約を申し込みたいと思う。
 フェリクスが言っていた通り、死の間際を救ってくれたのはオリヴィアが、僕を思ってくれているということなのだろうか?そうだとしたら……!?」

 途中でエフラムは言葉に詰まった。なぜなら目の前のオリヴィアの瞳から、一雫の涙が溢れ落ちていたから──。

「オリヴィアっ!?」

 慌てて抱きしめると、胸の中でオリヴィアがグズグズと鼻を啜りながら呟く。

「エフラム様、その事はもう……思い出したくないですっ」
「大丈夫、僕はここにいる」
「はい……ぐすっ」
「僕がいなくなくなると嫌?」
「嫌です!嫌に決まっていますっ」
「じゃあずっと側にいてくれる?」

 こくこくと頷き「はい」と答えるオリヴィアの頭上に、エフラムの優しい声音が落ちてくる。

「王太子とか聖女とか抜きに、僕は純粋にオリヴィアの事が好きなんだ。
 だからオリヴィアからも、立場を抜きにした気持ちを教えて欲しい。僕と同じ気持ちでいてくれるだろうか?」
「私も……好き、です」
「じゃあ決まりだね」

 驚いて顔を上げると、眩いばかりのエフラムの笑顔がそこにある。オリヴィアが婚約を受け入れたと、解釈されたらしい。しかしオリヴィアも否定する事はなかった。

「やっと言ってくれた。ありがとう、僕はもう二度とオリヴィアを諦めたくはない」

 ◇

 儀式の日当日。

 神殿にてエフラムを、神官長の立つ祭壇まで導くのはオリヴィアの役だ。
 祭壇前で立ち止まったオリヴィアが、一礼してから退くと神官長よりエフラムへ、祝福の言葉が授けられた。

 この日新たな王太子が誕生し、同時に幼馴染の令嬢であり、聖女でもあるオリヴィア・フローゼスとの婚約が正式に告げられ、国民を大いに喜ばす事となった。
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