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第1-1章 旅人→後宮下女(新版)
「まさかこの出会いで全てが始まるだなんて」
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「それじゃあ雪慧さん、またお会いしましょう!」
「ええ、夜鈴さん。どうかお元気で」
雪慧とは駅で別れた。彼女は見えなくなるまで元気いっぱいに挨拶してくれた。
単純なわたしはそんな彼女を見て心が温まった。ついこちらも笑顔で手を振るぐらいだった。別れが惜しいとまで思ったのは随分と久しぶりの経験だった。
後宮勤めにならなかったら男性から引く手あまただったでしょうに、勿体ない。
いや、逆に都勤めの士官と運命的な出会いを果たすかもしれないし、気に入られれば皇帝のお目通りも……よそう。彼女の人生は彼女のものなんだから、わたしが想像をめぐらすのは不毛だ。
夜鈴と別れたわたしはまず住む場所を探すことにした。
知らない町の景色には目移りしてしまうけれど、まずは足元を固めないと話にならないもの。長期滞在を視野に入れて雨風さえ凌げればいい程度に済ませばそこまで出費もかからないだろう。
「……そんな風に考えていた時期が、わたしにもあったわ」
無茶苦茶甘かった!
なんで帝都だとこんなに物価が高いのよ!
虫が湧いてきそうな宿すらえげつない金額が設定されていて、市場で売っている食べ物一つ一つの値段も地方の何倍だったりする。金回りがよく栄えている証拠でもあるんだけど、地方から上ってきたわたしにとっては死活問題だ。
頭の中で算盤をはじく。手持ちの金だとどれだけ工夫してもそう何日も持たない結果になった。
さすがに物価が高いからと帝都を素通りするのはあり得ないし、これは早々に収入減を確保しないとヤバそうだ。
「まずは花街の裏みたいな治安が最悪な場所を選んで、そこを足掛かりに稼げるようになったら移ろうかしら? それとも初めから住み込みで働けるような仕事を……」
独り言を呟きながら歩いていると、前方で何やら人だかりが出来ているのに気付いた。
わずらわしさより興味が勝ったわたしはそちらへと引っ張られるように近寄った。で、大人達の隙間からどうにか向こう側の様子を伺えた。
まず一方はガラの悪そうな男が三人。若い、と言っても成人している男が二人と中年の男が一人の内訳。それなりに身体を鍛えているようで、荒々しい言葉遣いをさせて怖い顔をするものだから、傍目からでも結構な威圧感があった。
もう一方は少年一人と若い男性一人。若い男性の方はそれなりに鍛えているようだけれどごろつきと比較して身長差があり心もとない。更に少年は健康そうなものの戦力として数えるには幼すぎる。
「……かわいいな」
で、わたしは少年を一目見て場違いな感想を抱いた。
男の子か女の子が見分けがつかない絶妙な年齢なのもあるが、成長すればまず間違いなく美形になると確信出来るぐらい顔立ちが整っている。更に庇護欲を掻き立てる儚さがどこかあって、要するに可愛い。
一応この少年と男性、一般庶民らしい簡素な身なりなものの、肉のつき具合や肌の艶、髪の手入れの具合を観察するに良家のお坊ちゃんとその護衛のようだ。ごろつきに目を付けられたのはこの隠しきれぬ気品のせいか。
「え? どうしてくれるんだ? お前さん達がぶつかったせいでこっちは怪我したし服も汚れたんだわ。それなりの誠意は見せてくれるんだろうなあ?」
どうやらごろつき三名が二人組にいちゃもんをつけているらしい。ぶつかった拍子にごろつきの一人が派手に転んで傷を負っただの服が破けただのの被害を被った、とごろつきは主張している。
「何を馬鹿なことを。お前が勝手にこっちにふらついてぶつかってきたのが原因だろう。倒れたのはお前が軟弱なせいだ」
一方の若い男性は肩が触れたのはごろつきの一人が急に進行方向を変えてきたせいで、かつ転ぶほど強い衝突でもなかったと容疑を否定。金をふんだくろうとする当たり屋の類だと相手の言い分を突っぱねていた。
「てめえ、痛い目見てえらしいな!」
と、ごろつきの方が先に我慢できなくなり暴力に訴え出てきた。
男性はどう対処するのか、と思いきや、ごろつきの大振りの拳を難なくかわしたあと、顎に一発打ち込んだ。その一撃でごろつきの身体から力が抜け、大地へと崩れ落ちたのだった。
これに激怒したもう二人は同時に男性に襲い掛かるが、まず一人目の太ももに蹴りを打ち込んでひるませた後、回し蹴りを顔に炸裂させる。続いて二人目は向けてきた腕を取ると腰のばねを使って投げ飛ばしたのだった。
「強い……!」
ごろつき三人が喧嘩で勝負を挑んだのに対して男性は明らかに格闘術で迎え撃っていた。それを差し引いたとしてもごろつきと男性との間には大きな実力差があるように見えた。おそらくごろつきが凶器を手にしていても勝敗は変わらなかったに違いない。
男性は投げ飛ばした相手が背中をさすりつつ呻き声と共に起き上がったのを警戒する。そちらの相手に注意が向いていたからか、男性の視界の外、周りの観衆の中から音を立てないよう少年へと接近する者が現れたことには気付かないようだった。
「それはちょっと反則じゃないかしら、ね!」
さすがに見かねた私は人の壁をすり抜けて内側に入り、男性と少年の動きを注視する不審者の背後に思いっきり蹴りをめり込ませた。
どこに? 未成年の女が屈強な男を沈められる攻撃なんて、急所ぐらいでしょうよ。
喉の奥から絞るような悲鳴を発しながら股間を抑えてのたうち回る不審者に、男性と少年がようやく気付く。投げ飛ばされた中年ごろつきがこちらを睨みつけてきたのは絶好の機会を邪魔されたからか。
けれど彼の視線の動きで分かってしまった。もう一人仲間がいることに。
「あ! お役人さんこっちですこっち!」
わたしはすかさず大きな声を張り上げながら空高く手を振った。
「何!?」
と後ろから声を出したのは今まさにわたしに襲い掛かろうとしたごろつきの仲間らしき男。振り返るとわたしが向いていた方向へと慌てて顔を向けていた。
「馬鹿が見る~!」
はい、すかさず金的。
不意を突かれたお仲間さんは不審者同様に股間を抑えながら地獄の底から轟きそうな呻き声を口から発する。ここが戦場ならすかさず馬乗りになって小剣を刺しまくるんだけれど、さすがに街中で流血沙汰はまずい。
中年ごろつきは勝ち目が無いと悟ったのか、何やら捨て台詞を吐いて逃走する。観衆がごろつきのために道を開けたのもあって意外に速度が出ていた。
金的食らった二人は内またでよろけながら彼を追い、男性に返り討ちに遭ったごろつきはお寝んね中だ。
「助かった。助太刀感謝する」
「いいのよ。困ったときはお互い様って言うでしょう?」
男性は……うん? 一応声は低いけれど低すぎない。良く伺うと男性と呼べるほど顎が角ばっていないし肩幅も広くない。もしかしてわたしが早とちりしていただけでこの人は女性なのだろうか?
女性……結論から言うと女性で間違っていなかったしこの時はまだ推測段階だったのだけれど、とにかく護衛の女性は争いが終わったのを確かめてからわたしへと振り向き、深々と頭を下げてきた。
「見事な攻撃だったが、誰かに教わったのか?」
「自分の身を守れ、が我が家の教えでね。そっちこそ強いのね」
「ああ、この方をお守りするのが私の使命だからな」
女性は安堵した様子を見せたものの、次には真剣な面持ちになって少年の前に跪いた。
「申し訳ありません。私が付いていながらこのような不手際に巻き込んでしまいました」
「いいんだよ。久しぶりに文月の格好良い所が見れたしね」
「……かたじけないお言葉、感謝いたします」
「それよりこんな街中でそんな真似されると目立つから止めてって言ってるじゃん」
「あ、申し訳……すみません」
文月と呼ばれた女性は少年の言葉に従ってすぐさま立ち上がった。
丁度その辺りで騒ぎを聞きつけた役人が遅い到着となった。状況の説明は文月が淡々と行う。威圧的な役人の問い質しにも全く動じない様子から、随分と肝が据わっているなあと感じた。
で、その間少年は何故か目を爛々と輝かせてこちらを見つめてきている。正直加勢したのは少年が魅力的に映ったって邪な思いもあったものだから、その、困った。とにかく早く終われーと心の中で念じ続けた。
「お姉さん、ありがとうね」
「え? ええ、どういたしまして」
はにかんだ少年はまるで天使のようだった。ちなみに天使とは西の果てで伝わる神の遣いなんだとか。
「お姉さん、大きな荷物背負ってるけれど、今日帝都に来たばっかり?」
「まあ、そうね」
「ふぅん。何かお礼したいんだけれど、何がいい? お金? 豪華な食事?」
「別に見返りが欲しくて手を出したんじゃあ……」
とまで口に出して、唐突にひらめいた。折角何かお返しをしたいって言ってくるんだからその厚意に乗ろうじゃないか、と。何しろ今わたしは滞在先も働き口も無い非常に困った状況下なんだから。
だから、わたしは少し意地悪っぽい笑顔でこう答えたのだ。
「じゃあさ、どっか雇ってもらえるところ紹介してくれない?」
それがわたしの運命を大きく変えてしまうだなんて、当時は全く思わなかった。
「ええ、夜鈴さん。どうかお元気で」
雪慧とは駅で別れた。彼女は見えなくなるまで元気いっぱいに挨拶してくれた。
単純なわたしはそんな彼女を見て心が温まった。ついこちらも笑顔で手を振るぐらいだった。別れが惜しいとまで思ったのは随分と久しぶりの経験だった。
後宮勤めにならなかったら男性から引く手あまただったでしょうに、勿体ない。
いや、逆に都勤めの士官と運命的な出会いを果たすかもしれないし、気に入られれば皇帝のお目通りも……よそう。彼女の人生は彼女のものなんだから、わたしが想像をめぐらすのは不毛だ。
夜鈴と別れたわたしはまず住む場所を探すことにした。
知らない町の景色には目移りしてしまうけれど、まずは足元を固めないと話にならないもの。長期滞在を視野に入れて雨風さえ凌げればいい程度に済ませばそこまで出費もかからないだろう。
「……そんな風に考えていた時期が、わたしにもあったわ」
無茶苦茶甘かった!
なんで帝都だとこんなに物価が高いのよ!
虫が湧いてきそうな宿すらえげつない金額が設定されていて、市場で売っている食べ物一つ一つの値段も地方の何倍だったりする。金回りがよく栄えている証拠でもあるんだけど、地方から上ってきたわたしにとっては死活問題だ。
頭の中で算盤をはじく。手持ちの金だとどれだけ工夫してもそう何日も持たない結果になった。
さすがに物価が高いからと帝都を素通りするのはあり得ないし、これは早々に収入減を確保しないとヤバそうだ。
「まずは花街の裏みたいな治安が最悪な場所を選んで、そこを足掛かりに稼げるようになったら移ろうかしら? それとも初めから住み込みで働けるような仕事を……」
独り言を呟きながら歩いていると、前方で何やら人だかりが出来ているのに気付いた。
わずらわしさより興味が勝ったわたしはそちらへと引っ張られるように近寄った。で、大人達の隙間からどうにか向こう側の様子を伺えた。
まず一方はガラの悪そうな男が三人。若い、と言っても成人している男が二人と中年の男が一人の内訳。それなりに身体を鍛えているようで、荒々しい言葉遣いをさせて怖い顔をするものだから、傍目からでも結構な威圧感があった。
もう一方は少年一人と若い男性一人。若い男性の方はそれなりに鍛えているようだけれどごろつきと比較して身長差があり心もとない。更に少年は健康そうなものの戦力として数えるには幼すぎる。
「……かわいいな」
で、わたしは少年を一目見て場違いな感想を抱いた。
男の子か女の子が見分けがつかない絶妙な年齢なのもあるが、成長すればまず間違いなく美形になると確信出来るぐらい顔立ちが整っている。更に庇護欲を掻き立てる儚さがどこかあって、要するに可愛い。
一応この少年と男性、一般庶民らしい簡素な身なりなものの、肉のつき具合や肌の艶、髪の手入れの具合を観察するに良家のお坊ちゃんとその護衛のようだ。ごろつきに目を付けられたのはこの隠しきれぬ気品のせいか。
「え? どうしてくれるんだ? お前さん達がぶつかったせいでこっちは怪我したし服も汚れたんだわ。それなりの誠意は見せてくれるんだろうなあ?」
どうやらごろつき三名が二人組にいちゃもんをつけているらしい。ぶつかった拍子にごろつきの一人が派手に転んで傷を負っただの服が破けただのの被害を被った、とごろつきは主張している。
「何を馬鹿なことを。お前が勝手にこっちにふらついてぶつかってきたのが原因だろう。倒れたのはお前が軟弱なせいだ」
一方の若い男性は肩が触れたのはごろつきの一人が急に進行方向を変えてきたせいで、かつ転ぶほど強い衝突でもなかったと容疑を否定。金をふんだくろうとする当たり屋の類だと相手の言い分を突っぱねていた。
「てめえ、痛い目見てえらしいな!」
と、ごろつきの方が先に我慢できなくなり暴力に訴え出てきた。
男性はどう対処するのか、と思いきや、ごろつきの大振りの拳を難なくかわしたあと、顎に一発打ち込んだ。その一撃でごろつきの身体から力が抜け、大地へと崩れ落ちたのだった。
これに激怒したもう二人は同時に男性に襲い掛かるが、まず一人目の太ももに蹴りを打ち込んでひるませた後、回し蹴りを顔に炸裂させる。続いて二人目は向けてきた腕を取ると腰のばねを使って投げ飛ばしたのだった。
「強い……!」
ごろつき三人が喧嘩で勝負を挑んだのに対して男性は明らかに格闘術で迎え撃っていた。それを差し引いたとしてもごろつきと男性との間には大きな実力差があるように見えた。おそらくごろつきが凶器を手にしていても勝敗は変わらなかったに違いない。
男性は投げ飛ばした相手が背中をさすりつつ呻き声と共に起き上がったのを警戒する。そちらの相手に注意が向いていたからか、男性の視界の外、周りの観衆の中から音を立てないよう少年へと接近する者が現れたことには気付かないようだった。
「それはちょっと反則じゃないかしら、ね!」
さすがに見かねた私は人の壁をすり抜けて内側に入り、男性と少年の動きを注視する不審者の背後に思いっきり蹴りをめり込ませた。
どこに? 未成年の女が屈強な男を沈められる攻撃なんて、急所ぐらいでしょうよ。
喉の奥から絞るような悲鳴を発しながら股間を抑えてのたうち回る不審者に、男性と少年がようやく気付く。投げ飛ばされた中年ごろつきがこちらを睨みつけてきたのは絶好の機会を邪魔されたからか。
けれど彼の視線の動きで分かってしまった。もう一人仲間がいることに。
「あ! お役人さんこっちですこっち!」
わたしはすかさず大きな声を張り上げながら空高く手を振った。
「何!?」
と後ろから声を出したのは今まさにわたしに襲い掛かろうとしたごろつきの仲間らしき男。振り返るとわたしが向いていた方向へと慌てて顔を向けていた。
「馬鹿が見る~!」
はい、すかさず金的。
不意を突かれたお仲間さんは不審者同様に股間を抑えながら地獄の底から轟きそうな呻き声を口から発する。ここが戦場ならすかさず馬乗りになって小剣を刺しまくるんだけれど、さすがに街中で流血沙汰はまずい。
中年ごろつきは勝ち目が無いと悟ったのか、何やら捨て台詞を吐いて逃走する。観衆がごろつきのために道を開けたのもあって意外に速度が出ていた。
金的食らった二人は内またでよろけながら彼を追い、男性に返り討ちに遭ったごろつきはお寝んね中だ。
「助かった。助太刀感謝する」
「いいのよ。困ったときはお互い様って言うでしょう?」
男性は……うん? 一応声は低いけれど低すぎない。良く伺うと男性と呼べるほど顎が角ばっていないし肩幅も広くない。もしかしてわたしが早とちりしていただけでこの人は女性なのだろうか?
女性……結論から言うと女性で間違っていなかったしこの時はまだ推測段階だったのだけれど、とにかく護衛の女性は争いが終わったのを確かめてからわたしへと振り向き、深々と頭を下げてきた。
「見事な攻撃だったが、誰かに教わったのか?」
「自分の身を守れ、が我が家の教えでね。そっちこそ強いのね」
「ああ、この方をお守りするのが私の使命だからな」
女性は安堵した様子を見せたものの、次には真剣な面持ちになって少年の前に跪いた。
「申し訳ありません。私が付いていながらこのような不手際に巻き込んでしまいました」
「いいんだよ。久しぶりに文月の格好良い所が見れたしね」
「……かたじけないお言葉、感謝いたします」
「それよりこんな街中でそんな真似されると目立つから止めてって言ってるじゃん」
「あ、申し訳……すみません」
文月と呼ばれた女性は少年の言葉に従ってすぐさま立ち上がった。
丁度その辺りで騒ぎを聞きつけた役人が遅い到着となった。状況の説明は文月が淡々と行う。威圧的な役人の問い質しにも全く動じない様子から、随分と肝が据わっているなあと感じた。
で、その間少年は何故か目を爛々と輝かせてこちらを見つめてきている。正直加勢したのは少年が魅力的に映ったって邪な思いもあったものだから、その、困った。とにかく早く終われーと心の中で念じ続けた。
「お姉さん、ありがとうね」
「え? ええ、どういたしまして」
はにかんだ少年はまるで天使のようだった。ちなみに天使とは西の果てで伝わる神の遣いなんだとか。
「お姉さん、大きな荷物背負ってるけれど、今日帝都に来たばっかり?」
「まあ、そうね」
「ふぅん。何かお礼したいんだけれど、何がいい? お金? 豪華な食事?」
「別に見返りが欲しくて手を出したんじゃあ……」
とまで口に出して、唐突にひらめいた。折角何かお返しをしたいって言ってくるんだからその厚意に乗ろうじゃないか、と。何しろ今わたしは滞在先も働き口も無い非常に困った状況下なんだから。
だから、わたしは少し意地悪っぽい笑顔でこう答えたのだ。
「じゃあさ、どっか雇ってもらえるところ紹介してくれない?」
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