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第1-2章 後宮下女→徳妃付侍女(新版)
「絵心には逃げられました」
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「暁明様って絵がお上手なんですねー」
「そう? これぐらい普通だと思うんだけれど」
空が薄灰色に覆われたある日のこと、暁明様は筆を走らせて絵を描いていた。
帝都では芸術が活発だ。工芸、音楽、舞踊など分野は多岐にわたっている。これらの発展は芸術は繁栄の証だと皇帝が保護しているのもある。優れた芸術品は他国からの羨望を生み、文化を浸透させる意味合いもある、とも聞いた。
後宮でもそれは例外ではない。中には宮廷お抱えの職人顔負けの腕を持つ妃もいるほどだ。歌や舞で寵愛を受け、その子が後の皇帝となった先例もあるほどに。
そのため、後宮内では芸術面の競い合いが日常的に行われているわけだ。
絵画もその一つ。今度発表会が開かれることとなり後宮内では筆を手にする妃がいたるところに見受けられる。任意参加ではあるものの正一品の妃である貴妃様が積極的なのもあってほぼ全員が絵を描く破目になっている次第だ。
で、その日の徳妃様部屋は工房と化したわけだ。
「絵を描いている徳妃様方の絵を描いているんですね」
「描いている人を描くって中々面白いと思わない?」
「確かに。それにしても細部が緻密ですし、本職に負けてないんじゃないですか?」
「そう言ってもらえると嬉しいよ」
侍女を含めた妃付きの女官は主に恥をかかせないためにと真剣に取り組んでいる。
後宮勤めの女官は妃になれる機会だと魂を込めて絵と向き合っている。妃もまた自分の魅力を示すべく精を打ち込むのだ。
「全く、貴妃様も困った方じゃな。何も気が乗らぬ者にまで強要させずとも良いのに」
「適度な争いが後宮内に緊張感をもたらす、とあの方は仰っていますが」
「自分が後宮の妃達を引っ張ってるんですよー、と皇帝陛下にいい顔をしたいだけじゃろう。既に子を幾人も育んだくせに大人げない」
「きっと皇后様に対抗心を燃やしていらっしゃるんでしょう」
ところが徳妃様部屋は和気藹々としながら課題に取り組んでいた。そもそも徳妃様のやる気が無いのだからそんな空気になっても仕方がない。されど徳妃様の名誉を汚さない程度の作品を収める、と皆が一丸になっているのもある。
なお、そう文句が尽きない徳妃様だったけれど、もう日が昇ってから昼食も取らずにずっと筆を走らせている。完成半ばの絵はまるで実際に眺めているような素晴らしい風景画となっていて、思わずため息が漏れる程だった。
「そうは言いつつも手は抜かないのですね」
「当たり前じゃろう。妾は何をやるにも全力で取り組むぞ。何より芸術に秀でた女官や妃を積極的に自分の下に寄せようとする貴妃様をぎゃふんと言わせたいのでな」
そんな感じに徳妃様と侍女頭は喋りながらも絵を描き続ける光景を暁明様が絵にしていた。
この方も徳妃様に劣らず絵が上手い。きっと本職もうならせる出来に仕上げることでしょう。
当たり前だけれど妃でも女官でもない暁明様が描いても展示はされない。毎度のことだけれど暇つぶしの一環なんでしょう。それでいても真面目に取り組む姿勢は見習うべきだと思う。
「これほどの腕を持っていたら描いていて楽しんでしょうね」
「そういう雪慧はまだ何も描いてないみたいだけれど?」
「普段の仕事を片付けていたのでこれからですって」
「ああ、じゃあちゃんと描くんだ。てっきり面倒くさいからって辞退するかと」
「半強制じゃなかったらそうしてたんですけどね。同調圧力って言うんでしたっけ?」
「ふぅん。雪慧がどんな絵を描いてくれるのか楽しみだよ」
「言っておきますけれど、わたしの腕って誇れるものじゃないですよ」
「それはますます楽しみだ」
正直言おう。わたしはあまり絵が上手くない。
動物を書かせたら得体の知れない妖怪だと笑われ、人を書かせたらどんな端正な顔をした人でも不細工に様変わり。風景画は地獄絵図と化す。
絵心が無い、と一言で片づけられるのだけれど、それではさすがに面白くない。
「下手なら下手なりのやり方があるんですよ」
と、言うわけでわたしは渋々白地の板絵と向き合った。そして一心不乱に筆を走らせていく。
頭に浮かんだ情景を絵という形で具現化し……誰よりも早く絵を完成させた。
筆を置いて深く息を吐く。やりきった、との達成感で満足だ。
「はい、終わりました」
「えっ? もう終わったの?」
「時間をかけてもろくな作品になりませんから、これぐらいでちょうどいいんですよ」
「……えっと、何コレ?」
わたしの作品を見た暁明様は案の定眉をひそめてきた。
そんな暁明様の反応が珍しかったのか、徳妃様や侍女頭達の興味も引いたようで続々とわたしの作品を見に来て、一様に何だこれはとの反応を見せてくれた。
「まずこの棒と丸ってまさか、人?」
「はい。棒人間って聞いたことありませんか?」
「この四角い箱の羅列は……建物かしら?」
「はい。市場を想像して描いてます。小さい丸と三角と四角は売り物ですね」
「上の丸と放射線は太陽じゃな」
「そのとおりです。よくお分かりで」
そんなわけでわたしが描いたのは帝都の市場の様子だ。最初に来た時の様子を思い出しながら絵にしたわけだ。
正直もう少し棒人間をつけ足してもいい気がするし、あの日は雲が少しあったから描き加えてもいいかもしれない。
「成程……正確に描けばいいってものじゃないのね」
「だからって簡略画を出す勇気は無いですよ」
「ううむ、雪慧は結構大胆なんじゃな」
「お褒めに預かり恐縮です」
侍女方や徳妃様が各々感想口にする。
批難する人は意外にもおらず、その手があったかと驚きを口にした。ただ暁明様は少し納得いかないらしく、睨むように絵を見つめていた。
「雪慧さ、面倒くさいからっていい加減にしたわけじゃないよね?」
「勿論です。これがわたしの全力です」
「じゃあどうしてこんな感じの作風なの?」
「これしかまともに描けないからです」
わたしは家庭の事情でいかに早く絵を描くかの技能が必要だった。けれど絵心の無いわたしには逆立ちしてもまともな絵を描くのは不可能。
そこで最低限の情報さえ記録出来れば、と開き直って省略しまくったらこうなったわけだ。
「しかし、見れば見るほど面白いのう。案外結構うけるんじゃないか?」
「確かに皆の目に留まりますね……」
「確かにかなり異彩を放ってますぅ」
「これなら貴妃様の度肝を抜けるな」
さて、そろそろ日が傾き始めている。夕食の支度のために動かなければ。
と、わたしがその場を切り上げようとすると、服を引っ張られた。後ろを振り向くと暁明様がわたしの服をつまんでいた。
こちらを見上げてくるお姿も実に愛くるしい。思わず抱きしめたくなる。甘い匂いがするんでしょうね。
「ねえ雪慧。もっと絵を描いてよ」
「はい? ですけどわたしはもう作品を仕上げちゃいましたよ」
「もう一作品ぐらいいいでしょう? 別に今度の展示会に出さなくてもいいからさ」
「……夕食が遅くなりますけれど、いいんですか?」
「いいよ。僕が許す。母上もいいですよね?」
「うん? まあ、たまには良いか」
まさかの引き留めと要望に驚かされたわたしはなすすべ無く再び白地の絵板の前に座らされた。そして他の侍女方が何故か微笑ましくこちらを見つめながら夕食の支度に移っていく。
救いを求めるべく徳妃様を……駄目だ、いいからやれとわたしに促してくる。
観念してわたしは机の片隅にどかした花瓶を描き始めた。こういった場合自分の想像通り描くと歪みまくるので、見本どおりに描こうと努めるしかない。
とにかく視界に映るものを忠実に再現すればそこまで酷い作品には……。
「あっははは! なんじゃこれは!」
「いやあ、とっても前衛的だね」
「だから言ったのに……」
結果、惨敗。
花瓶と花にはとても見えない奇妙な物体になりました。
案の定徳妃様には爆笑されて暁明様にも笑われた。分かってはいた結果だったけれど、さすがに恥ずかしい。
「のう雪慧よ。折角だからこれを作品として出さぬか?」
「全力でお断りしますっ。わたしにだって守りたい名誉があるんです」
「折角だからこれ飾ろうよ」
「止めてください。むしろすぐ捨てましょう」
結局わたしはこの日、徳妃様と暁明様にこの不出来な代物をすぐ処分するよう確約いただくまで必死に説得するのに費やした。
なお、その日暁明様が仕上げた作品は一つだけではなかった。いつの間にか絵を描くわたしの横顔を描いていたらしく、しばらくの間自分の部屋に飾っていたんだそうだ。
一体なんてことをしてくれたんだろうか。
「そう? これぐらい普通だと思うんだけれど」
空が薄灰色に覆われたある日のこと、暁明様は筆を走らせて絵を描いていた。
帝都では芸術が活発だ。工芸、音楽、舞踊など分野は多岐にわたっている。これらの発展は芸術は繁栄の証だと皇帝が保護しているのもある。優れた芸術品は他国からの羨望を生み、文化を浸透させる意味合いもある、とも聞いた。
後宮でもそれは例外ではない。中には宮廷お抱えの職人顔負けの腕を持つ妃もいるほどだ。歌や舞で寵愛を受け、その子が後の皇帝となった先例もあるほどに。
そのため、後宮内では芸術面の競い合いが日常的に行われているわけだ。
絵画もその一つ。今度発表会が開かれることとなり後宮内では筆を手にする妃がいたるところに見受けられる。任意参加ではあるものの正一品の妃である貴妃様が積極的なのもあってほぼ全員が絵を描く破目になっている次第だ。
で、その日の徳妃様部屋は工房と化したわけだ。
「絵を描いている徳妃様方の絵を描いているんですね」
「描いている人を描くって中々面白いと思わない?」
「確かに。それにしても細部が緻密ですし、本職に負けてないんじゃないですか?」
「そう言ってもらえると嬉しいよ」
侍女を含めた妃付きの女官は主に恥をかかせないためにと真剣に取り組んでいる。
後宮勤めの女官は妃になれる機会だと魂を込めて絵と向き合っている。妃もまた自分の魅力を示すべく精を打ち込むのだ。
「全く、貴妃様も困った方じゃな。何も気が乗らぬ者にまで強要させずとも良いのに」
「適度な争いが後宮内に緊張感をもたらす、とあの方は仰っていますが」
「自分が後宮の妃達を引っ張ってるんですよー、と皇帝陛下にいい顔をしたいだけじゃろう。既に子を幾人も育んだくせに大人げない」
「きっと皇后様に対抗心を燃やしていらっしゃるんでしょう」
ところが徳妃様部屋は和気藹々としながら課題に取り組んでいた。そもそも徳妃様のやる気が無いのだからそんな空気になっても仕方がない。されど徳妃様の名誉を汚さない程度の作品を収める、と皆が一丸になっているのもある。
なお、そう文句が尽きない徳妃様だったけれど、もう日が昇ってから昼食も取らずにずっと筆を走らせている。完成半ばの絵はまるで実際に眺めているような素晴らしい風景画となっていて、思わずため息が漏れる程だった。
「そうは言いつつも手は抜かないのですね」
「当たり前じゃろう。妾は何をやるにも全力で取り組むぞ。何より芸術に秀でた女官や妃を積極的に自分の下に寄せようとする貴妃様をぎゃふんと言わせたいのでな」
そんな感じに徳妃様と侍女頭は喋りながらも絵を描き続ける光景を暁明様が絵にしていた。
この方も徳妃様に劣らず絵が上手い。きっと本職もうならせる出来に仕上げることでしょう。
当たり前だけれど妃でも女官でもない暁明様が描いても展示はされない。毎度のことだけれど暇つぶしの一環なんでしょう。それでいても真面目に取り組む姿勢は見習うべきだと思う。
「これほどの腕を持っていたら描いていて楽しんでしょうね」
「そういう雪慧はまだ何も描いてないみたいだけれど?」
「普段の仕事を片付けていたのでこれからですって」
「ああ、じゃあちゃんと描くんだ。てっきり面倒くさいからって辞退するかと」
「半強制じゃなかったらそうしてたんですけどね。同調圧力って言うんでしたっけ?」
「ふぅん。雪慧がどんな絵を描いてくれるのか楽しみだよ」
「言っておきますけれど、わたしの腕って誇れるものじゃないですよ」
「それはますます楽しみだ」
正直言おう。わたしはあまり絵が上手くない。
動物を書かせたら得体の知れない妖怪だと笑われ、人を書かせたらどんな端正な顔をした人でも不細工に様変わり。風景画は地獄絵図と化す。
絵心が無い、と一言で片づけられるのだけれど、それではさすがに面白くない。
「下手なら下手なりのやり方があるんですよ」
と、言うわけでわたしは渋々白地の板絵と向き合った。そして一心不乱に筆を走らせていく。
頭に浮かんだ情景を絵という形で具現化し……誰よりも早く絵を完成させた。
筆を置いて深く息を吐く。やりきった、との達成感で満足だ。
「はい、終わりました」
「えっ? もう終わったの?」
「時間をかけてもろくな作品になりませんから、これぐらいでちょうどいいんですよ」
「……えっと、何コレ?」
わたしの作品を見た暁明様は案の定眉をひそめてきた。
そんな暁明様の反応が珍しかったのか、徳妃様や侍女頭達の興味も引いたようで続々とわたしの作品を見に来て、一様に何だこれはとの反応を見せてくれた。
「まずこの棒と丸ってまさか、人?」
「はい。棒人間って聞いたことありませんか?」
「この四角い箱の羅列は……建物かしら?」
「はい。市場を想像して描いてます。小さい丸と三角と四角は売り物ですね」
「上の丸と放射線は太陽じゃな」
「そのとおりです。よくお分かりで」
そんなわけでわたしが描いたのは帝都の市場の様子だ。最初に来た時の様子を思い出しながら絵にしたわけだ。
正直もう少し棒人間をつけ足してもいい気がするし、あの日は雲が少しあったから描き加えてもいいかもしれない。
「成程……正確に描けばいいってものじゃないのね」
「だからって簡略画を出す勇気は無いですよ」
「ううむ、雪慧は結構大胆なんじゃな」
「お褒めに預かり恐縮です」
侍女方や徳妃様が各々感想口にする。
批難する人は意外にもおらず、その手があったかと驚きを口にした。ただ暁明様は少し納得いかないらしく、睨むように絵を見つめていた。
「雪慧さ、面倒くさいからっていい加減にしたわけじゃないよね?」
「勿論です。これがわたしの全力です」
「じゃあどうしてこんな感じの作風なの?」
「これしかまともに描けないからです」
わたしは家庭の事情でいかに早く絵を描くかの技能が必要だった。けれど絵心の無いわたしには逆立ちしてもまともな絵を描くのは不可能。
そこで最低限の情報さえ記録出来れば、と開き直って省略しまくったらこうなったわけだ。
「しかし、見れば見るほど面白いのう。案外結構うけるんじゃないか?」
「確かに皆の目に留まりますね……」
「確かにかなり異彩を放ってますぅ」
「これなら貴妃様の度肝を抜けるな」
さて、そろそろ日が傾き始めている。夕食の支度のために動かなければ。
と、わたしがその場を切り上げようとすると、服を引っ張られた。後ろを振り向くと暁明様がわたしの服をつまんでいた。
こちらを見上げてくるお姿も実に愛くるしい。思わず抱きしめたくなる。甘い匂いがするんでしょうね。
「ねえ雪慧。もっと絵を描いてよ」
「はい? ですけどわたしはもう作品を仕上げちゃいましたよ」
「もう一作品ぐらいいいでしょう? 別に今度の展示会に出さなくてもいいからさ」
「……夕食が遅くなりますけれど、いいんですか?」
「いいよ。僕が許す。母上もいいですよね?」
「うん? まあ、たまには良いか」
まさかの引き留めと要望に驚かされたわたしはなすすべ無く再び白地の絵板の前に座らされた。そして他の侍女方が何故か微笑ましくこちらを見つめながら夕食の支度に移っていく。
救いを求めるべく徳妃様を……駄目だ、いいからやれとわたしに促してくる。
観念してわたしは机の片隅にどかした花瓶を描き始めた。こういった場合自分の想像通り描くと歪みまくるので、見本どおりに描こうと努めるしかない。
とにかく視界に映るものを忠実に再現すればそこまで酷い作品には……。
「あっははは! なんじゃこれは!」
「いやあ、とっても前衛的だね」
「だから言ったのに……」
結果、惨敗。
花瓶と花にはとても見えない奇妙な物体になりました。
案の定徳妃様には爆笑されて暁明様にも笑われた。分かってはいた結果だったけれど、さすがに恥ずかしい。
「のう雪慧よ。折角だからこれを作品として出さぬか?」
「全力でお断りしますっ。わたしにだって守りたい名誉があるんです」
「折角だからこれ飾ろうよ」
「止めてください。むしろすぐ捨てましょう」
結局わたしはこの日、徳妃様と暁明様にこの不出来な代物をすぐ処分するよう確約いただくまで必死に説得するのに費やした。
なお、その日暁明様が仕上げた作品は一つだけではなかった。いつの間にか絵を描くわたしの横顔を描いていたらしく、しばらくの間自分の部屋に飾っていたんだそうだ。
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