紅玉宮妃(予定)の後宮奮闘記~後宮下女ですがわたしの皇子様を皇帝にします~

福留しゅん

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第2-1章 紅玉宮妃→????(新版)

「最悪の命令を拒めないなんて」

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「消す、とは?」
「陛下もご覧になったでしょう……! あの女は危険です! あの一瞬だけで多くの文官達はおろか、皇子殿下方の心を掴んでしまったではありませんか!」

 皇太子妃は声を張り上げて主張する。その必死さは事の深刻さを物語るには充分だったが、これまで立派に務めを果たしてきた皇太子妃の発狂ぶりは尋常でなく、誰もが驚愕したようだった。

「よさないか私の妃! 陛下の御前だぞ!」
「いいえ止めません! そもそも私の殿下があの女を見初めなければこんな事態にはなっていなかったのに!」

 さすがに見ていられなかったのか皇太子が静止を入れるものの皇太子妃は一向に止まる様子がなかった。むしろ自分の気持ちを分かってもくれない夫に対する怒りが抑えきれず、とうとう矛先を向けた。

「何を申しているんだ!? 私は皇太子として彼女を放っておけないだけだ!」
「いいえわたくしには分かります……! 今貴方様の心は大きく揺れ動いている! 何より感情が理性を超えていくのを心地よいと感じていると!」
「控えろ! 邪推も良いところだろう……!」

 痴話喧嘩……ではない。夫婦喧嘩ほど生易しくもない。二日前まで仲睦まじかったお二人の関係はもはや破局寸前までヒビが入っていたのは明白だった。それだけ美少女が皇太子のお心を捕らえてしまった証でしょうか。

「両名とも控えよ! 陛下の御前であるぞ!」

 口論は段々と罵り合いに発展してきたところで皇后が一喝、二人は不満そうながらも互いに矛先を収めた。けれど相手が視界に入らないよう明後日の方向に顔を反らした辺り、二人の絆には深刻な亀裂が入っていた。

「……青玉宮妃の意見を聞こう」
「我が殿下が昨日申したとおり、あの者は一刻も早く処刑すべきです。罪は適当にでっち上げれば宜しいかと」
「では翠玉宮妃はいかが?」
「危険だからと処分するのは野蛮ですわ。私の殿下が仰るとおり、外交の切り札として有効活用すべきですわね」
「黒曜宮妃は?」
「え……えっと……わ、わたしの殿下の望むがままに」

 青玉宮妃は何度か皇女や諸侯王の娘を娶ったほど由緒正しい春華国将軍家の娘らしく、第二皇子が好みそうな男勝りな体格の方だ。けれど勇ましいながらも優しく、皇太子妃に負けず劣らず尊敬される方と思う。
 翠玉宮妃は男に生まれていれば宰相にまで上り詰めていただろうとまで評価される才女。彼女もまた名家の出身で、皇家や諸侯王一族の血が濃く流れている。その知性で公私共に第三皇子を支えている。若干高飛車なのが傷だけれど。
 黒曜宮妃はやや気弱ながらとても健気で、病弱な第四皇子の心の支えになっている。彼女は確か確か南伯候一族の娘だったか。美少女に入れ込む第四皇子を見つめる黒曜宮妃はとても辛そうだった。

 そんな皇子妃方は夫と同意見のようだった。あいにく付き合いが短くて夫の皇子をたてているのか自分の意見を述べているのか判断が付かなかった。けれど各々『らしい』回答ではあったので本意ではあるようようね。

「なら紅玉宮妃は?」

 いよいよ意見を振られたのでわたしは正直に答えることにした。
 そして、それには一同驚いてきた。

「わたしは皇太子妃様に賛同致します」

 どうやら他の皇子妃に習って暁明様と同じ意見を述べるとでも思っていたんでしょう。思いっきり歯向かわれた皇太子はおろか、思わぬ味方が現れた皇太子妃すら同じ反応を示してきたもの。

「彼女は残念ながら生かしても殺しても春華国にとって災いをもたらすに違いありません。たった一日でこの国の要とも言うべき優秀な皆様がこのザマなんですもの。よって事故に見せかけた暗殺を提案いたします」
「暗殺だと……!? 何の罪も犯していない少女をか!?」

 わたしの意見に真っ先に反論してきたのはあろうことか皇太子だった。もはや美少女個人の罪の有無だなんて些細な問題ではないというのに。わたしには皇太子が美少女惜しさに庇っているようにしか思えなかった。

「罪? かの者は恐れ多くも皇太子殿下の御心を惑わしています。それ一つだけでも国家を揺るがした大罪人だと判断されるべきでしょう」
「うぐ……っ。し、しかし我々の都合で法を破ることなど……!」

 煮え切らない皇太子にわたしは失望混じりにため息を付いてみせた。たった一人の少女が将来有望だった方を腑抜けにしてしまうなんて、と。
 呆れ……いや、失望……も違う。あえて言うならそう、悲しかった。

 意図を察したのか皇太子は顔を真っ赤に染めてきた。怒りのあまり頭に血が昇ったらしい。
 わたしごときに感情を抑えられないなんて、と更に評価を下げた。

「各々の意見は良く分かった。では朕がこれらを踏まえて沙汰を下す」

 全員からの意見が集まったところで皇帝が皆を見渡した。誰もがどのような決定がくだされるのか固唾を呑んで見守る。
 わたしは自分と暁明様が迷惑を被らなければいいか、と他人事のように考えていたのだけれど……陛下はわたし達を裏切ってきた。

「西伯候の娘は紅玉宮に嫁がせる。以上だ」

 それも、最悪の形で。

「「「はああぁぁっ!?」」」

 一斉に声を上げたのは果たして誰だったかしら?
 わたしが分かっただけでもわたし自信、暁明様、皇太子、あと第三皇子だったか。その他大勢の文官達が驚きをあらわにしていた。

「陛下! 一体どういうことですか!? どうして紅玉宮に任せるのですか!」
「そうですよ! 紅玉宮は先日成人になったばかりで頼りになりません!」
「僕だって嫌だよ! どうして僕の妃以外を妃にしなきゃいけないんですか!?」
「静粛に。これは朕が下した決定だ。反論は許さん」

 一斉に異論を唱える皇子達を皇帝は一蹴、もはや取り付く島もなかった。
 皇子達がかろうじて激昂を抑え込んだのを見た皇帝は静かに続けた。

「朕の母を死に至らしめたあの娘を放置は出来ぬ。しかしどう扱うかは決めかねていた。そこで意見を聞いたのだ。あの魔性の魅力に惑わされず、冷静な判断が下せる者がいるか、を」

 皇帝は皇太子に視線を移した。わたしの気のせいか、もはや彼に期待をかけていないかのように光が宿っていなかった。皇太子もそれを悟ったのか心なしか顔色が優れない様子だった。

「金剛宮、翠玉宮、黒曜宮は話にならぬ。この世離れした美しさだからと娘に入れ込む有様、朕は失望している」
「なっ……!」

 まさに一刀両断だった。皇帝の嘆きに三名の皇子は愕然とする。
 まあ、一人の小娘に入れあげる有様にはその評価が相応しいとわたしも思う。
 皇太子妃を初めとして各々の妃もわたしと同意見だったらしく、夫の失態にも拘わらず表情を少し明るくしていた。

「かと言って青玉宮は乱暴すぎるな。追放した後を想定すれば悪手であろう」
「ぐぬ……」

 第二皇子の提案はあくまで美少女個人の排除のみに絞っていて、その影響を考慮していない。
 西伯候が娘の処遇に不満を抱いて反乱でも起こしたら春華国の弱体化は免れない。二度と帝都に来れないよう追放するとしても、前もっての調整は必須でしょうね。

「夫婦揃って冷淡な判断を下せた紅玉宮に処遇は委ねる。傾国とも言うべき娘、使いこなすが良い」
「そんな、僕は……!」

 もはや皇帝の中で結論は確定したらしく、暁明様の反論など聞く耳を持たないまま立ち上がった。そして護衛と皇后を付き従えてその場を後にした。

 残された文官達は皇帝がいなくなった途端にこの沙汰について騒ぎ出した。
 美少女を与えられた暁明様を栄誉と見るか厄介払いされたと捉えたかは人それぞれ。不本意だけれど羨ましいと妬んできた何名かは後から思い返すだけで首を締めてやりたい。

 それから皇太子や第三皇子から今にも襲いかかってきそうなぐらい憎しみと妬みを込めた目を向けられた。その傍らで妃が顔を真っ白にしながら更に絶望するのを全く気にかけずに。

 で、当のわたしは茫然自失。暁明様は頭を抱えてしまった。
 二人してお先真っ暗な現実を受け入れられなかった。夫婦水入らずの新婚生活は一年どころか季節が移り変わらないうちに終演を迎えたんだから。それも理不尽な理由で。

「……ごめん、僕の妃」
「……謝らないでください、わたしの殿下」

 後悔ばかりしてしまった。真面目に答えていないで「皇太子殿下に任せるべき」みたいに適当に返せばよかったんだ。

「僕がもっと強く反対してたらこうなってなかったかもしれないのに」
「いえ、多分結果は変わらなかったに違いありません。それだけ皇太子殿下方にあの娘を任せられないんでしょうね」

 けれど美少女を何とも思っていない感じの暁明様とわたしを見て皇帝は同じ判断を下していたかもしれない。

「邪魔されるぐらいだったらもういっそ二人して夜逃げしちゃう?」
「それもいい案ですけど最終手段に取っておきませんか?」
「やれることはまだ残ってるって? 僕の妃はそれでいいの?」
「心底嫌ですけどまだ我慢は出来ます。まあ、それも件の美少女次第ですけどね」
「……僕は怖い。あんなに立派だった金剛兄があの体たらくだもん。僕もいつ毒されてしまうか、僕の妃が目に入らなくなっちゃうか……恐ろしくてたまらないんだ」
「わたしの殿下……!」

 震える暁明様をわたしは後ろから抱きしめた。出会った少年の頃はあんなにも小柄だった彼の背中は結構大きくなっていた。父や兄の頼もしい背中を思い出し、同じことを考えて恐怖を覚えていたわたしを安心させた。

「大丈夫です。そうなってもわたしが絶対に殿下を振り向かせますから」
「……雪慧」
「わたしはもう暁明様無しじゃあ生きていけません。一緒に頑張りましょう」
「……うん」

 二人で歩めばどんな苦難だって乗り越えられる。
 その時のわたしはそう自分に言い聞かせるしかなかった。
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