紅玉宮妃(予定)の後宮奮闘記~後宮下女ですがわたしの皇子様を皇帝にします~

福留しゅん

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第2-1章 紅玉宮妃→????(新版)

「あれ、意外と女狐っぽくないかも?」

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 結局暁明様は例の美少女を第二の妃として受け入れた。
 別の選択肢も取れたけれど、二人して立ち向かうことを選んだから。

 皇帝がその旨を西伯候に申し渡すと、意外にも彼は安堵した様子だったという。
 どうも美少女の存在は西方でも秩序を乱すほど深刻な問題になっていたらしく、献上という体で厄介払いしたかった、が本音だったそうだ。

「わたし達完全にとばっちりじゃないですか!」
「だよね……。でも西伯候も今にも倒れそうなぐらい疲れ果ててたからね。そんな彼がすがるように僕に娘をお願いしますって頭を下げてきたんだよ。泣いて顔をぐちゃぐちゃにしながらさ」
「同情したわけですか」
「名誉も恥もかなぐり捨てての懇願だもの。そうするしかないじゃないか」

 で、その美少女を皇子の新たな妃にするにあたり、婚姻の儀が執り行われた。ただしわたしと暁明様の時のような盛大なものじゃなかった。あくまでも正妃であるわたしが立場が上だって扱いをしてくれたらしい。

 とは言え、何が悲しくて新たに嫁いでくる女のためにわたしが美少女を迎え入れる準備に関わらなきゃいけないんだ、と文句ばかり口に出てしまった。宮女達はそんなわたしを鬱陶しがらずに同情してくれたのだけは嬉しかった。

 ただ、婚姻の儀の準備中、本来音頭を取るべき皇太子妃はあまり元気がなさそうだった。心配して声をおかけしたけれど大丈夫だと無理して微笑むのだからいたたまれない。美少女との出会いを境に皇太子の心が妃から離れたとは噂か、真実か。

 そして、正式に暁明様の妃となった美少女は、暁明様とわたしに改めて挨拶した。

「お初にお目にかかります。わたしは西伯候が娘、香魅音でございます」

 きっとその場にいた者は誰もが目を奪われたでしょうね。不満と恨みばかりだったわたしすら彼女を再び目の辺りにしてその美しさに見とれてしまったんだもの。宴の席で遠くから見た時よりはるかに衝撃的だった、と覚えている。

「改めてよく来てくれた。僕が第五皇子の紅玉宮、暁明だ」
「畏れながらお伺いしますが、お名前でお呼びすることは許されますか?」
「呼んでほしくない、が本音だけれど、止める権利を僕は持っていない」
「でしたらしばらくの間は呼ばぬように致しましょう」

 美少女こと魅音が恭しく頭を垂れた。そんな僅かな動作ですらなんと優雅なことか。一切の癖がない漆黒の髪が流れる様子は思わずため息が漏れそうなほどだ。垂れた髪をかきあげた指もまた白く細く、人形のようだと感想を抱いた。

「お初にお目にかかります。わたしは紅玉宮殿下の妃、雪慧です」
「紅玉宮妃様。この度はご迷惑をおかけして誠に――」
「謝る必要はありません」

 次はわたしが自己紹介したのだけれど、なんと魅音は最初に謝罪してきたのだ。それも自分こそが全て悪いのだとばかりにとても神妙な面持ちをして。そうさせるだけでもう罰を与えている気分にもなりそうで、許してしまいそうで。

 けれどそれは計算のうち。わたしは彼女の謝罪を途中で遮って拒絶した。
 出鼻をくじかれた形になった魅音はわずかながら面を上げてわたしへと眼を向けてきた。垂れる前髪、長いまつ毛、宝石のように輝く瞳。羨ましい。

「それと、敬う必要もありません。わたしのことは名前で呼んでくださいませ」
「……許していただけるのですか?」
「代わりにわたしもまた貴女様のことはお名前で呼びとうございます。よろしいでしょうか?」
「もちろんでございます」

 とにかくわたしは皇帝から命を受けてから考えたんだ。どういうふうに美少女と付き合っていこうか、と。
 自らの美を武器にするような輩なら敵、疎んでいるなら手を差し伸べ、全く意識していないなら共に暁明様をたてる同志になる、と。

 直に話してみて感じた。魅音はわたしが最もありえないと考えていた後者なんだと。自分に魅力があると自覚しつつもそれを誇らず驕らず、しかし相応しくあれと意識していると。
 要するに、周囲が勝手に腑抜けようが知ったことではないんでしょう。

 そこまで悟って改めて彼女は危険だと思った。春華国……いえ、暁明様に災いをもたらすだろうと確信出来た。
 けれどその果てに待ち受けているのが栄光か破滅か、その見極めはこの段階では不可能だとの結論にも至った。

「では魅音様。これから共に我らの殿下のために尽くしましょう」
「御意に、雪慧様。以後、宜しくお願い申し上げます」

 故に、とりあえずは彼女との交流を深めて人となりを知るべきでしょう。夫である皇子を誑かして自らの妃の座を脅かす美少女を相手にする選択としては異常かもしれないけれど、わたしはそれが最良だと判断したんだ。

 こうして魅音の最初の挨拶は特に問題なく終わった。

 正式な場が終わりを迎えたら次は家族としての一幕に移った。暁明様と話し合ったけれど、朝夕の食事の席では彼女も一緒にいてもらうことにした。
 同席してと聞いたら彼女はわずかに目を見開いて驚きをあらわにした。

「よろしいのですか? ご迷惑なようでしたら別の部屋で取りますが」
「遠慮なさらないでくださいませ。わたし共は家族ではありませんか。それに食事は賑やかな方が楽しいもの」
「……そこまで言っていただけるのでしたら、ありがたく」
「その代わり、色々とお話を聞かせてもらえるかしら?」
「勿論でございます」

 うへえ、わたしったらこんな丁寧な言葉遣いとか大の苦手なのに。
 別に暁明様にするように気さくに語りかけても良かったのだけれど、少しでも見栄を張りたかったからかしら。今思い返すととっても大人げなかったか。

「色々な人から言われないかしら? 貴女は美しいって」

 で、食事が始まってわりとすぐに一番聞きたかった話題に踏み込んだ。
 まさかの単刀直入には暁明様も驚かれていたけれど、わたしの予想に反して魅音が嫌悪感をあらわに顔を歪ませてきた。

「正直申し上げますが迷惑に思います。こんな上辺だけに一体どれだけの価値がありましょうか」
「そんなふうに仰ると女性の大半を敵に回すことになりますよ」
「そう仰ります雪慧様はそのようなご様子ではないようですが?」
「羨ましいとは思いますよ。ですが美しさとは見た目だけではないと思いますので」

 美しさとは在り方を指す、がわたしの持論だ。美貌や恵体もさることながら、性格、能力、思想、そして生き様。人を形成するあらゆる要素が美しさとして現れるものだ。そして一生とは少しでも美しくあろうと自分を磨く道ではないか、とも思う。

 それを掻い摘んで説明したら、何故か魅音に感動された。
 困惑するわたしを他所に彼女は感情を高ぶらせ、涙すら流し、こちらの心に訴えかけるように赤裸々に内情を語り始めた。見た目だけで判断されるのが嫌で、自分の顔を憎いとすら思った、との告白はわたしの心に激しく揺さぶった。

「ありがとうございます。そのように言っていただけたのは初めてです」
「苦労したことでしょう。ですが殿下も魅音様を見た目だけで判断する方ではございません。ですよね?」
「えっ?」
「で、す、よ、ね? わたしの殿下?」
「え、ああ。勿論だよ。あのさ、いきなりこっちに振ってくるの止めてくれない?」
「ちゃんと話を聞いていないのが悪いんです」

 話し合ってみるとちゃんと理解し合える。この時は本当にそう思った。心から。
 ただ理性が警鐘を鳴らしていた。そんな態度すら計算されての美しさでは、と。
 それでも魅音を前向きに受け入れよう、という気は今でも変わらない。

「せっかく頂いた場ですが、一つだけ不躾な確認をさせていただいてもよろしいでしょうか?」
「勿論。遠慮なく言ってほしいな」

 一旦話題が途切れて夕食も残り少しになった辺りで、魅音が恐る恐る訪ねてきた。暁明様は微笑みながら彼女に促し、彼女もためらいながらも勇気を振り絞った様子で暁明様を見つめた。

「よ……」
「よ?」
「夜は、どうすればよろしいでしょうか……?」

 わたしは思わず飲んでいた水を吹きかけた。暁明様は固まった。

 夜、とは夕食を取ってから寝るまでどう過ごせばいいか、なんて話じゃなくて……つまり、その、暁明様が夜を二人いる妃のうちどちらの過ごすのか、でしょう。
 とっても大事な話だけれど、初日にそこまで踏み込めたのは打ち解けた証なのかしら。

 暁明様はぎこちなくこちらを見つめてきた。まるでわたしに救いを求めるかのように。
 旦那様の望むがままに、と言うべきか、いっそ暁明様はわたしが独占しますーとでも宣言してやろうか、と思った。

 けれど、この問題への対処の仕方も事前に検討済みだったのが救いだった。わたしは任せろとばかりに暁明様に微笑みかけた。
 わたしの殿下は安堵した様子で胸をなでおろした。まだまだ成長の余地がありそうだった。

「魅音様。あえて申し上げますが、最優先にすべきは紅玉宮殿下の子を授かることではないでしょうか? それがわたし共妃の義務ですよね」
「それには同意しますが、紅玉宮殿下のお気持ちもまた大事なのでは?」
「無論です。ですからあくまでもわたしからは方針の提案だけをさせていただきます」
「方針、ですか?」

 つまり、子を成しやすい日が来た妃が優先されるべき、って話だ。

 勿論三人の気持ちの問題もあるから絶対とは言わない。寂しかったら遠慮なく言ってくれていいし、疲れててその気にならなければ申し出ればいい。機械的に割り振って義務にしたって互いに辛いだけだもの。

「雪慧様はそれでよろしいのですか? わたし、てっきり機会を与えてくださらないかとも覚悟していましたが……」
「本音では許したくありません。だから言ったでしょう、最優先にすべきは、って」
「……成程。寛大なご采配、感謝いたします」
「礼なら子を授かってからで構いません」

 暁明様は心底嫌そうな顔をしてきたけれど、西伯候の娘たる魅音を冷遇しては彼の立場が危うくなる。私情は血の涙を流してでも心の中にしまい、皇子としての使命を全うすべきでしょう、と分かってもらうしかない。

 むしろ、そう割り切らないとわたしが嫉妬で狂いそうになるから。

「あら、もう口に運ぶ料理が残っていませんね。では今日はこの辺りでお開きとしましょうか」

 自分の醜い感情をごまかすようにわたしは晩餐の後片付けを使用人に命じた。それから魅音に歩み寄り、手を差し伸べた。
 わたしの意図を察した魅音はわたしの手を取り、固く結ばれた。

「これからよろしくお願いいたします」
「こちらこそよろしくお願い申し上げます」

 こうして新たな妃を迎えた初日は終わった。
 その夜はわたしが暁明様と共にしたのは余談として、意外にも魅音とはいい感じに付き合えるのでは、これならこの先は予想よりは穏やかな毎日が送れるかも、との希望を抱きすらもした。

 ――それが間違いだと思い知らされたのは、それから数日後のことだった。
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