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承 その②
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「いえ。とうの昔に王太子殿下との歩み寄りは諦めていたので、それほどでもありませんでした」
「それでは余の気持ちが収まらん。ついてはエリザベスよ、そなたの願いを何でも聞き届けよう。余の権限が及ぶ限りな」
「希望、ですか……。本当に何でも構わないのでしょうか?」
エリザベス様は下げていた頭を少しだけ持ち上げ、瞳だけを動かしてある一点を見つめました。それに気付いた方はごく少数だったでしょう。しかしエリザベス様はすぐに目を閉じて顔を軽く横に振りました。
「いえ、ここで身勝手な願望を叶えてしまっては王太子殿下と同じです。お気持ちだけ頂戴いたします」
「しかしだな……」
「兄上。無理強いはよくありません。何も今この場で決めさせなくてもいいでしょう」
「……そのとおりだな。では一旦保留としておこう」
ところで、と王弟殿下は続けました。
王弟殿下は善良な人には誰にでも優しいのです。部下はおろか王宮使用人、平民、農民、奴隷にすら。笑顔を絶やさず、悩みを打ち明けても真摯に聞いてくださって共に解決しようとしてくださる。なのでとても人気がありました。
そんな王弟殿下ですが、表情こそ公の場に姿をお見せになる時のように朗らかな笑みをこぼしていますが、国王陛下へ向けるその目はとても真剣でした。多分、ほとんどの方が今のような王弟殿下をご覧になったのは初めてだったかと思います。
「いくら王太子に全面的に非があったとしても婚約破棄されたことには違いありません。今でこそこの場にいる者達が証人となって真実を把握してくれますが、後世では一連の出来事をどのように記録されているでしょうか?」
「無論、エリザベスの悪評が立たぬようにする。そして彼女に相応しい男を見つけるつもりだ。場合によっては同盟国の王家に伺いをたててでもな」
「才色兼備な彼女を他国へくれてやるなど正気とは思えませんね。それより、この一件で生じた問題を全て解決する方法があります。私にお任せを」
「お主にか? ……良かろう。此度の騒動はお主の進言をまともに聞かなかった余にも責任がある」
国王陛下の許可を頂いた王弟殿下は微笑をたたえ、ですが浮足立つ心をかろうじて抑えるように、会釈した後、エリザベス様へと歩み寄りました。そして彼女の前まで着くと、なんと跪いたのです。
王弟である彼が公爵令嬢に、ではありません。この行為の意味を知らぬ者はこの場にはいないでしょう。ご令嬢や夫人方は歓声を上げ、男性陣もまた感嘆の声をあげました。王太子殿下が台無しにしたこの場が盛り上がります。
「エリザベス。私と結婚してほしい」
そう、それは求婚。皆は一世一代の大舞台を見ているのです。
「ずっと好きだった。ヘンリーとの婚約が決まった時は嫉妬でこの胸が張り裂けそうだった。けれどエリザベスが幸せになるならそれでいいと自分を納得させていた。だがもう自分の心は偽れない」
「王弟殿下……」
「ゴードンだ。昔のように呼んでくれないか?」
「ゴードン様……!」
エリザベス様は感極まって涙をこぼし始めました。手袋をつけた手で何度も拭いますがとめどなく溢れ出てきます。せっかくこの日のために決めてきた化粧は台無しでしたが、むしろ彼女本来の……いえ、今まで以上に美しさが際立っていました。
「私、夢を見ているんじゃないですよね……? ゴードン様だったら私みたいな子供なんかよりもずっと相応しい素敵な女性が大勢いらっしゃいますのに……」
「私はエリザベスが一番可愛いし素敵だと思っているよ。他の女性に目移りしろだなんてエリザベスも残酷なことを言うね」
「本当に、本当なんですか……?」
「勿論だ。私はエリザベスを絶対に悲しませないし、ずっと幸せにしてみせる」
王弟殿下は優しくエリザベス様の手を取り、その指に口づけしました。見ている側まで痺れるような甘美なものでした。
「私も、私もずっとお慕いしていました……! でも絶対振り向いてもらえないからって自分の心に蓋をして、公爵家の娘として……」
「それ以上は言わなくてもいい。今まで良く頑張ったね」
「ゴードン様……。勿論です。これからもよろしくお願いいたします」
「……ありがとうエリザベス。とても嬉しいよ」
王弟殿下はおもむろに立ち上がってエリザベス様を見つめると、両腕を軽く上げて更に彼女へよ歩み寄りました。エリザベス様は躊躇うこと無く彼の胸に飛び込んでいき、二人は熱く包容を交わしました。
もう二人の目にはお互いしか映っていません。周りがいくら騒然となろうと耳に届いていないでしょう。二人して相手のどこがどれだけ好きだったかを告白しているようで、求めるように口付けに至るのにそう時間はかかりませんでした。
「どういう、ことだ……? ゴードンとエリザベスが?」
「うむ、仲良きことは美しきことかな」
意外な展開に盛り上がりを見せる観衆を余所に、これまでエリザベス様が隠してきた恋心なんて知らなかった国王陛下は間の抜けた声を発しながら王弟殿下とエリザベス様を交互に見つめ、逆に公爵閣下は満足そうに何度も頷いていました。
やがて周囲の方々は叶わぬと思われた恋の成就を祝福し始めました。拍手や歓声にようやく気付いたエリザベス様は、涙を浮かべながら、これまでにない美しさに満ち、幸せそうな笑みで「ありがとう」と感極まったお礼を述べました。
「それでは余の気持ちが収まらん。ついてはエリザベスよ、そなたの願いを何でも聞き届けよう。余の権限が及ぶ限りな」
「希望、ですか……。本当に何でも構わないのでしょうか?」
エリザベス様は下げていた頭を少しだけ持ち上げ、瞳だけを動かしてある一点を見つめました。それに気付いた方はごく少数だったでしょう。しかしエリザベス様はすぐに目を閉じて顔を軽く横に振りました。
「いえ、ここで身勝手な願望を叶えてしまっては王太子殿下と同じです。お気持ちだけ頂戴いたします」
「しかしだな……」
「兄上。無理強いはよくありません。何も今この場で決めさせなくてもいいでしょう」
「……そのとおりだな。では一旦保留としておこう」
ところで、と王弟殿下は続けました。
王弟殿下は善良な人には誰にでも優しいのです。部下はおろか王宮使用人、平民、農民、奴隷にすら。笑顔を絶やさず、悩みを打ち明けても真摯に聞いてくださって共に解決しようとしてくださる。なのでとても人気がありました。
そんな王弟殿下ですが、表情こそ公の場に姿をお見せになる時のように朗らかな笑みをこぼしていますが、国王陛下へ向けるその目はとても真剣でした。多分、ほとんどの方が今のような王弟殿下をご覧になったのは初めてだったかと思います。
「いくら王太子に全面的に非があったとしても婚約破棄されたことには違いありません。今でこそこの場にいる者達が証人となって真実を把握してくれますが、後世では一連の出来事をどのように記録されているでしょうか?」
「無論、エリザベスの悪評が立たぬようにする。そして彼女に相応しい男を見つけるつもりだ。場合によっては同盟国の王家に伺いをたててでもな」
「才色兼備な彼女を他国へくれてやるなど正気とは思えませんね。それより、この一件で生じた問題を全て解決する方法があります。私にお任せを」
「お主にか? ……良かろう。此度の騒動はお主の進言をまともに聞かなかった余にも責任がある」
国王陛下の許可を頂いた王弟殿下は微笑をたたえ、ですが浮足立つ心をかろうじて抑えるように、会釈した後、エリザベス様へと歩み寄りました。そして彼女の前まで着くと、なんと跪いたのです。
王弟である彼が公爵令嬢に、ではありません。この行為の意味を知らぬ者はこの場にはいないでしょう。ご令嬢や夫人方は歓声を上げ、男性陣もまた感嘆の声をあげました。王太子殿下が台無しにしたこの場が盛り上がります。
「エリザベス。私と結婚してほしい」
そう、それは求婚。皆は一世一代の大舞台を見ているのです。
「ずっと好きだった。ヘンリーとの婚約が決まった時は嫉妬でこの胸が張り裂けそうだった。けれどエリザベスが幸せになるならそれでいいと自分を納得させていた。だがもう自分の心は偽れない」
「王弟殿下……」
「ゴードンだ。昔のように呼んでくれないか?」
「ゴードン様……!」
エリザベス様は感極まって涙をこぼし始めました。手袋をつけた手で何度も拭いますがとめどなく溢れ出てきます。せっかくこの日のために決めてきた化粧は台無しでしたが、むしろ彼女本来の……いえ、今まで以上に美しさが際立っていました。
「私、夢を見ているんじゃないですよね……? ゴードン様だったら私みたいな子供なんかよりもずっと相応しい素敵な女性が大勢いらっしゃいますのに……」
「私はエリザベスが一番可愛いし素敵だと思っているよ。他の女性に目移りしろだなんてエリザベスも残酷なことを言うね」
「本当に、本当なんですか……?」
「勿論だ。私はエリザベスを絶対に悲しませないし、ずっと幸せにしてみせる」
王弟殿下は優しくエリザベス様の手を取り、その指に口づけしました。見ている側まで痺れるような甘美なものでした。
「私も、私もずっとお慕いしていました……! でも絶対振り向いてもらえないからって自分の心に蓋をして、公爵家の娘として……」
「それ以上は言わなくてもいい。今まで良く頑張ったね」
「ゴードン様……。勿論です。これからもよろしくお願いいたします」
「……ありがとうエリザベス。とても嬉しいよ」
王弟殿下はおもむろに立ち上がってエリザベス様を見つめると、両腕を軽く上げて更に彼女へよ歩み寄りました。エリザベス様は躊躇うこと無く彼の胸に飛び込んでいき、二人は熱く包容を交わしました。
もう二人の目にはお互いしか映っていません。周りがいくら騒然となろうと耳に届いていないでしょう。二人して相手のどこがどれだけ好きだったかを告白しているようで、求めるように口付けに至るのにそう時間はかかりませんでした。
「どういう、ことだ……? ゴードンとエリザベスが?」
「うむ、仲良きことは美しきことかな」
意外な展開に盛り上がりを見せる観衆を余所に、これまでエリザベス様が隠してきた恋心なんて知らなかった国王陛下は間の抜けた声を発しながら王弟殿下とエリザベス様を交互に見つめ、逆に公爵閣下は満足そうに何度も頷いていました。
やがて周囲の方々は叶わぬと思われた恋の成就を祝福し始めました。拍手や歓声にようやく気付いたエリザベス様は、涙を浮かべながら、これまでにない美しさに満ち、幸せそうな笑みで「ありがとう」と感極まったお礼を述べました。
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