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第一皇女は帰還をお望みでしてね
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結局あの後催しはおじゃんになった。
そりゃそうだよな。第一王子と隣国皇太子が暗殺されそうになったんだからさ。
ラインヒルデはすぐさま神聖帝国に戻る、と思いきや、一服盛られたからしばらく王国で静養する、なんて言い出した。まさかの仮病宣言に周囲は大反対したものの、ラインヒルデは聞く耳持たず、王宮の一室での引きこもり生活を開始させた。
周りにとって意味不明な行動がどんな効果をもたらしたか。それを目の当たりにするのにそう時間は要らなかった。王太子がラインヒルデにせっつかれて神聖帝国に送った嘘だらけの信書に対する回答はこんな感じだった。
「『貴国第一王子殿下を害した大罪人ラインヒルデについては貴国で厳粛に裁いてほしい』、だとさ。予め聞かされていたとは言え、呆れるしか無いな」
ラースローの署名がされた手紙をラインヒルデは綺麗に折って紙飛行機にすると、同行していた側近らしき文官に向けて放り投げた。上手く飛んでいった紙飛行機を受け取った側近は広げ直して一読、顔をしかめる。
要するに「お前ん所の皇太子がうちの第一王子を殺害しかけたんだけど? 許さねえから落とし前は俺らん所でしておくわ」って宣戦布告同然の一方的な物言いに対して「そうですか、よろしくお願いします」って全面的に折れたんだぞ。普通有り得ねえよ。
「言質は取りましたよ。これで神聖帝国側が貴国を糾弾する謂れは無くなりましたね」
「感謝します。神聖帝国に刃向かう国力などこちらにはありませんでしたから」
イストバーン様はラインヒルデに深々と頭を下げる。
非公式の場とは言え一国の王子が他国の皇女にする行為じゃないけれど、今回は無理もない。ラインヒルデが機転を利かせていなかったら王国はどれだけ神聖帝国から糾弾されたことやら。
「用が済んだので私は帰ります。次は何か祝い事があった際にでも呼んでください」
「それまでにはまたこんな事が起こらないよう大掃除しておきますよ」
ラインヒルデはすぐさま帰り支度を整えてその日のうちに出発していった。どうやら好き放題してくれたラースローとその一派の粛清を行うつもりらしい。この際徹底的に膿を出す、と犬歯を見せながら笑ったラインヒルデが印象的だった。
ああ、そうそう。出発する際あたしも見送ったんだけど、お辞儀をする前にうなじを掴まれて傍に引き寄せられた。あたしが驚く間もなくラインヒルデはわたしに囁きかける。氷のように冷たく、刃のように鋭い口調で。
「それで、ギゼラ・フォン・バイエルン。お前はいつまでそうしてるつもりだ?」
「……出奔して過去を捨てたわたくしにはもう関係ありませんわ。実家に戻るつもりも、公爵家の娘として義務を果たすことも、ね」
「そうだな。代わりに神より使命を授かったんだろう? 私とイストバーン王子を救った時点でここでやるべきことは果たした、と私は考えるんだがね」
「何が仰っしゃりたいのか見当がつかないのですが?」
すっとぼけたあたしの胸……と言うより心臓付近を指で突いたラインヒルデは、真剣な眼差しをわたしに向けてきた。凛とした端正な顔立ちで、残酷なほどに容赦なくあたしに運命を突きつけてくる。
「前回処刑された時期まであと一年強、だったか? 私はギゼラを待っている」
「……っ」
「今度は貴女が運命を克服する番だ。その時が来たら力になる」
ラインヒルデ殿下は踵を返すと馬車に乗り込み、そのまま去っていった。言うだけ言っておきながらこっちの返事を聞かない横暴さは正に君臨する者のそれ。けれど不思議と彼女の言葉は胸にストンと落ちて嫌な気持ちはない。
……ありゃ前回彼女がラースローの陰謀から逃れられてても、最低の屑だった前回のあたしは彼女を最大の障害と見なしてただろうな。そしてラースローよりもっとえげつない策略で彼女を陥れ、表舞台から排除していたに違いない。
「運命、ねえ。逃げ切るつもりだったんだけど、そう上手くはいかねえか」
あたしはその場で天を仰ぐしか無かった。
そりゃそうだよな。第一王子と隣国皇太子が暗殺されそうになったんだからさ。
ラインヒルデはすぐさま神聖帝国に戻る、と思いきや、一服盛られたからしばらく王国で静養する、なんて言い出した。まさかの仮病宣言に周囲は大反対したものの、ラインヒルデは聞く耳持たず、王宮の一室での引きこもり生活を開始させた。
周りにとって意味不明な行動がどんな効果をもたらしたか。それを目の当たりにするのにそう時間は要らなかった。王太子がラインヒルデにせっつかれて神聖帝国に送った嘘だらけの信書に対する回答はこんな感じだった。
「『貴国第一王子殿下を害した大罪人ラインヒルデについては貴国で厳粛に裁いてほしい』、だとさ。予め聞かされていたとは言え、呆れるしか無いな」
ラースローの署名がされた手紙をラインヒルデは綺麗に折って紙飛行機にすると、同行していた側近らしき文官に向けて放り投げた。上手く飛んでいった紙飛行機を受け取った側近は広げ直して一読、顔をしかめる。
要するに「お前ん所の皇太子がうちの第一王子を殺害しかけたんだけど? 許さねえから落とし前は俺らん所でしておくわ」って宣戦布告同然の一方的な物言いに対して「そうですか、よろしくお願いします」って全面的に折れたんだぞ。普通有り得ねえよ。
「言質は取りましたよ。これで神聖帝国側が貴国を糾弾する謂れは無くなりましたね」
「感謝します。神聖帝国に刃向かう国力などこちらにはありませんでしたから」
イストバーン様はラインヒルデに深々と頭を下げる。
非公式の場とは言え一国の王子が他国の皇女にする行為じゃないけれど、今回は無理もない。ラインヒルデが機転を利かせていなかったら王国はどれだけ神聖帝国から糾弾されたことやら。
「用が済んだので私は帰ります。次は何か祝い事があった際にでも呼んでください」
「それまでにはまたこんな事が起こらないよう大掃除しておきますよ」
ラインヒルデはすぐさま帰り支度を整えてその日のうちに出発していった。どうやら好き放題してくれたラースローとその一派の粛清を行うつもりらしい。この際徹底的に膿を出す、と犬歯を見せながら笑ったラインヒルデが印象的だった。
ああ、そうそう。出発する際あたしも見送ったんだけど、お辞儀をする前にうなじを掴まれて傍に引き寄せられた。あたしが驚く間もなくラインヒルデはわたしに囁きかける。氷のように冷たく、刃のように鋭い口調で。
「それで、ギゼラ・フォン・バイエルン。お前はいつまでそうしてるつもりだ?」
「……出奔して過去を捨てたわたくしにはもう関係ありませんわ。実家に戻るつもりも、公爵家の娘として義務を果たすことも、ね」
「そうだな。代わりに神より使命を授かったんだろう? 私とイストバーン王子を救った時点でここでやるべきことは果たした、と私は考えるんだがね」
「何が仰っしゃりたいのか見当がつかないのですが?」
すっとぼけたあたしの胸……と言うより心臓付近を指で突いたラインヒルデは、真剣な眼差しをわたしに向けてきた。凛とした端正な顔立ちで、残酷なほどに容赦なくあたしに運命を突きつけてくる。
「前回処刑された時期まであと一年強、だったか? 私はギゼラを待っている」
「……っ」
「今度は貴女が運命を克服する番だ。その時が来たら力になる」
ラインヒルデ殿下は踵を返すと馬車に乗り込み、そのまま去っていった。言うだけ言っておきながらこっちの返事を聞かない横暴さは正に君臨する者のそれ。けれど不思議と彼女の言葉は胸にストンと落ちて嫌な気持ちはない。
……ありゃ前回彼女がラースローの陰謀から逃れられてても、最低の屑だった前回のあたしは彼女を最大の障害と見なしてただろうな。そしてラースローよりもっとえげつない策略で彼女を陥れ、表舞台から排除していたに違いない。
「運命、ねえ。逃げ切るつもりだったんだけど、そう上手くはいかねえか」
あたしはその場で天を仰ぐしか無かった。
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