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38話 夏休み初日からメイドに翻弄
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夏休み初日の朝は、思ったよりも穏やかに始まった。
カーテンの隙間から差し込む朝日が、まぶたの上で淡く揺れる。目覚ましをかける必要もないのに、身体は平日と同じ時間に目を覚ましつつあった。
布団の中で寝返りを打った、そのときだった。
「――坊ちゃま。朝でございますよ」
扉の向こうから聞こえる、落ち着いた声。
専属メイドの桐生沙耶香さんだ。
「……夏休みなんだから、もう少し寝てもいいだろ……」
ぼやくように返すと、軽くノックされる。
「その油断が、生活リズムを崩す第一歩でございます。坊ちゃまは、そういうところがまだまだ子どもなのですから」
「それ、褒めてませんよね」
返事を待たず、扉が静かに開く。
差し込んだ光の中に、エプロン姿の沙耶香さんが立っていた。
「おはようございます、坊ちゃま。夏休み初日ですから、本日は少し特別な一日に致しましょう」
「特別って……」
「まずは、坊ちゃまに家事をしていただきます」
「……やっぱりそう来ますか」
沙耶香さんは、楽しそうに目を細めた。
「いつも私に任せきりですから。今日は“自立訓練”でございます」
「絶対、からかってますよね」
「ふふ。さあ、起きてくださいませ。坊ちゃま」
その距離感が、いちいち近い。
起き抜けの頭に、それだけで余計な意識が入り込む。
朝食後、掃除と洗濯が始まった。
屋敷の中は広く、普段は沙耶香さんが一人でこなしていることを思うと、改めて頭が下がる。
掃除機をかけていると、後ろから声がかかる。
「坊ちゃま、そちらはもう少し丁寧に」
「え、どこですか?」
「その角でございます」
指先がすぐ横を示す。
思わず身体が固まる。
「……そんなに身構えなくても」
沙耶香さんはくすりと笑う。
「坊ちゃま、私が近づくと緊張なさるのですね」
「しません」
「では、なぜ顔が赤いのでしょう?」
「……暑いだけです」
「夏ですものね。仕方ありません」
まったく納得していない顔で、わざとらしく頷かれる。
洗濯物を干す際も、状況は同じだった。
「坊ちゃま、その干し方ですと皺になります」
「こうですか?」
「いいえ。こちらです」
背後から腕を伸ばされ、手首を軽く取られる。
「力を抜いて……そうです」
耳元で落ち着いた声が響き、心臓が跳ねる。
「坊ちゃま、息が乱れておりますよ?」
「そ、それは……動いてるからです!」
「ふふ。運動不足でしょうか」
完全に主導権を握られている。
「坊ちゃま、なに手を止めておられるのですか?あぁ確かにそれは手を止めてしまいますね。プレゼントしましょうか。」
手に取ったものは沙耶香の大きなブラジャーだ。
「い、いやいらない。必要ないから。」
「否定しなくてもいいのですよ。下着を買っていただいた仲ではじゃないですか。さて、私は他の用事があるので離れますね。下着がなくなっても気にしませんからね。」
その言葉を聞いて体が勝手に下着を持って自分の部屋に走ってしまった。
右手には沙耶香の大きなブラジャー、左手にはパンツ。
「取り返しのつかないことをしてしまった気がする。」
掃除の流れで、沙耶香さんの部屋にも入ることになった。
「……入っていいんですか」
「坊ちゃまは、私の部屋で悪さをするつもりですか。」
「しません!」
「即答ですね。信頼しておりますよ。もちろんイタズラしてもらっても構いませんよ。」
整えられた室内は、静かで落ち着いた雰囲気だった。
私物は少なく、生活感があるのに隙がない。
「そんなにきょろきょろなさらなくても」
「してません」
「では、考えていることが顔に出ているだけですね」
やはり敵わない。
家事がひと段落すると、昼食の準備に入った。
「坊ちゃま、本日は簡単な昼食を一緒に作りましょう」
「包丁、持ってもいいですか?」
「ええ。“坊ちゃま”ですから、念のため見守ります」
「信用してない……」
「愛情でございます」
「なお悪いです」
キッチンは二人で立つと、思ったよりも狭い。
「坊ちゃま、もう少し右へ」
「こうですか?」
「……近いですね」
「それ、俺のせいですか?」
「さて、どうでしょう」
涼しい顔でかわされる。
昼食後、ひと息つけるかと思ったところで、沙耶香さんが言った。
「午後はおやつを作りましょう」
「……最初から休ませる気ないですよね」
「夏休み初日は、忙しいほうが思い出に残ります」
洋菓子作りは、思った以上に慌ただしかった。
「坊ちゃま、ボウルを押さえてください」
「はい……っと!」
勢い余って、白いクリームが跳ねる。
「あ……」
沙耶香さんの頬に、少しだけ白い跡がついた。
「……坊ちゃま。今、どこを見ていらっしゃいますか?」
「み、見てません!」
「本当でしょうか?」
拭こうとした距離が、自然と近づく。
「坊ちゃま、逃げませんね」
「……動けないだけです」
「ふふ。正直でよろしい」
牛乳を注ぐ際にも少しこぼれ、エプロンに小さな染みができた。
「失礼いたしました」
「だ、大丈夫ですか?」
「ええ。坊ちゃまに見られる程度で、減るものではありませんから」
「その言い方、絶対わざとですよね!」
「お察しがよろしいですね」
出来上がったお菓子を並べ、二人でテーブルに向かう。
「本日一日、よく頑張りましたね、坊ちゃま」
「……振り回されただけな気もします」
「それも含めて、夏休みの始まりでございます」
柔らかな微笑みを向けられ、俺は小さく息を吐いた。
勝てない。
でも、その時間が不思議と心地いい。
こうして、少し騒がしくて落ち着かない夏休み初日は、ゆっくりと過ぎていった。
カーテンの隙間から差し込む朝日が、まぶたの上で淡く揺れる。目覚ましをかける必要もないのに、身体は平日と同じ時間に目を覚ましつつあった。
布団の中で寝返りを打った、そのときだった。
「――坊ちゃま。朝でございますよ」
扉の向こうから聞こえる、落ち着いた声。
専属メイドの桐生沙耶香さんだ。
「……夏休みなんだから、もう少し寝てもいいだろ……」
ぼやくように返すと、軽くノックされる。
「その油断が、生活リズムを崩す第一歩でございます。坊ちゃまは、そういうところがまだまだ子どもなのですから」
「それ、褒めてませんよね」
返事を待たず、扉が静かに開く。
差し込んだ光の中に、エプロン姿の沙耶香さんが立っていた。
「おはようございます、坊ちゃま。夏休み初日ですから、本日は少し特別な一日に致しましょう」
「特別って……」
「まずは、坊ちゃまに家事をしていただきます」
「……やっぱりそう来ますか」
沙耶香さんは、楽しそうに目を細めた。
「いつも私に任せきりですから。今日は“自立訓練”でございます」
「絶対、からかってますよね」
「ふふ。さあ、起きてくださいませ。坊ちゃま」
その距離感が、いちいち近い。
起き抜けの頭に、それだけで余計な意識が入り込む。
朝食後、掃除と洗濯が始まった。
屋敷の中は広く、普段は沙耶香さんが一人でこなしていることを思うと、改めて頭が下がる。
掃除機をかけていると、後ろから声がかかる。
「坊ちゃま、そちらはもう少し丁寧に」
「え、どこですか?」
「その角でございます」
指先がすぐ横を示す。
思わず身体が固まる。
「……そんなに身構えなくても」
沙耶香さんはくすりと笑う。
「坊ちゃま、私が近づくと緊張なさるのですね」
「しません」
「では、なぜ顔が赤いのでしょう?」
「……暑いだけです」
「夏ですものね。仕方ありません」
まったく納得していない顔で、わざとらしく頷かれる。
洗濯物を干す際も、状況は同じだった。
「坊ちゃま、その干し方ですと皺になります」
「こうですか?」
「いいえ。こちらです」
背後から腕を伸ばされ、手首を軽く取られる。
「力を抜いて……そうです」
耳元で落ち着いた声が響き、心臓が跳ねる。
「坊ちゃま、息が乱れておりますよ?」
「そ、それは……動いてるからです!」
「ふふ。運動不足でしょうか」
完全に主導権を握られている。
「坊ちゃま、なに手を止めておられるのですか?あぁ確かにそれは手を止めてしまいますね。プレゼントしましょうか。」
手に取ったものは沙耶香の大きなブラジャーだ。
「い、いやいらない。必要ないから。」
「否定しなくてもいいのですよ。下着を買っていただいた仲ではじゃないですか。さて、私は他の用事があるので離れますね。下着がなくなっても気にしませんからね。」
その言葉を聞いて体が勝手に下着を持って自分の部屋に走ってしまった。
右手には沙耶香の大きなブラジャー、左手にはパンツ。
「取り返しのつかないことをしてしまった気がする。」
掃除の流れで、沙耶香さんの部屋にも入ることになった。
「……入っていいんですか」
「坊ちゃまは、私の部屋で悪さをするつもりですか。」
「しません!」
「即答ですね。信頼しておりますよ。もちろんイタズラしてもらっても構いませんよ。」
整えられた室内は、静かで落ち着いた雰囲気だった。
私物は少なく、生活感があるのに隙がない。
「そんなにきょろきょろなさらなくても」
「してません」
「では、考えていることが顔に出ているだけですね」
やはり敵わない。
家事がひと段落すると、昼食の準備に入った。
「坊ちゃま、本日は簡単な昼食を一緒に作りましょう」
「包丁、持ってもいいですか?」
「ええ。“坊ちゃま”ですから、念のため見守ります」
「信用してない……」
「愛情でございます」
「なお悪いです」
キッチンは二人で立つと、思ったよりも狭い。
「坊ちゃま、もう少し右へ」
「こうですか?」
「……近いですね」
「それ、俺のせいですか?」
「さて、どうでしょう」
涼しい顔でかわされる。
昼食後、ひと息つけるかと思ったところで、沙耶香さんが言った。
「午後はおやつを作りましょう」
「……最初から休ませる気ないですよね」
「夏休み初日は、忙しいほうが思い出に残ります」
洋菓子作りは、思った以上に慌ただしかった。
「坊ちゃま、ボウルを押さえてください」
「はい……っと!」
勢い余って、白いクリームが跳ねる。
「あ……」
沙耶香さんの頬に、少しだけ白い跡がついた。
「……坊ちゃま。今、どこを見ていらっしゃいますか?」
「み、見てません!」
「本当でしょうか?」
拭こうとした距離が、自然と近づく。
「坊ちゃま、逃げませんね」
「……動けないだけです」
「ふふ。正直でよろしい」
牛乳を注ぐ際にも少しこぼれ、エプロンに小さな染みができた。
「失礼いたしました」
「だ、大丈夫ですか?」
「ええ。坊ちゃまに見られる程度で、減るものではありませんから」
「その言い方、絶対わざとですよね!」
「お察しがよろしいですね」
出来上がったお菓子を並べ、二人でテーブルに向かう。
「本日一日、よく頑張りましたね、坊ちゃま」
「……振り回されただけな気もします」
「それも含めて、夏休みの始まりでございます」
柔らかな微笑みを向けられ、俺は小さく息を吐いた。
勝てない。
でも、その時間が不思議と心地いい。
こうして、少し騒がしくて落ち着かない夏休み初日は、ゆっくりと過ぎていった。
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