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第二部
レイニーside①
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「殿下。ディアナ様がお会いしたいとのことですが、どういたしましょう?」
急な来客の用事をすませて、脱力してしていたところにまた来客か……しかも、ディアナとは。
ほんとうなら、今頃はフローラとお茶したり散歩したり、色々な話題で盛り上がって楽しく過ごしているところだったのに。
帰さなきゃよかったな。
仕事とはいっても急を要するような案件はなく、俺でなくても対処ができるものばかりだったし、そんなことより、何故だか娘の自慢話を聞かされてうんざりしてしまった。
気が滅入っている時こそフローラに会いたいな。あの笑顔に癒されたい。フローラを抱きしめたい。
彼女のふわりと温かい笑顔を思い浮かべて、ほっこりとしていると
「レイニー殿下。入っていただきますが、よろしいでしょうか?」
さっきより強い口調で聞いてくるセバス。俺が返事をしないから焦れたのだろう。俺はセバスを一瞥して
「ああ」
仕方なく頷いた。
ここで断ったところで強行突破してくることは目に見えているからな。今は会いたい気分ではないけれど、言う通りにしておいた方が無難だろう。
しかし、急に何の用なんだ?
どんなに頭をひねっても、ディアナの訪問の理由がわからない。まっ、いいか。聞けばわかることだ。
応接室に足を運ぶとすでにディアナがソファに座っていた。
早いな。
返事を聞く前にすでに通されていたのだろう。誰もディアナには逆らえない。祖父母はもちろん、両親である国王夫妻のお気に入りなのは周知の事実。ヒエラルキーは俺たち王子より上だものな。
「あら、遅かったわね」
「すまない。仕事があったもので」
理由をでっち上げ、そっちが早すぎるだろうと口にはできないから心の中で呟くに留めて椅子に座った。
「忙しかったのね。ごめんなさい、そんな時にお邪魔しちゃって」
謝るわりには悪びれた様子もなく、澄ました顔で扇子で首元をあおいでいる。気を使って遠慮するっていう気持ちは毛頭ないんだろうな。
「いいよ。で、用事は何?」
「あら、あら、あら。そんなにとがらなくてもいいのではないの? 機嫌が悪そうだけれど、何かあったのかしら?」
「何もない」
「そう? だったらよいけれど」
深く追求するつもりはないのか、軽く流したディアナは運ばれてきたカップを手に取り、紅茶の香りを楽しむと口をつけた。
一連の所作は見惚れるくらいなのだが、途切れた会話が何か含みを持たせているようで妙な緊張感を生む。
彼女は伯爵令嬢で身分的には王族より下のはずなのに、小さい頃から王族と交流があるせいなのか、独特な雰囲気を纏っている。さかのぼれば王族との婚姻が多い血筋だから、そのせいもあるかもしれないが。逆らわせない、何かを持っているのは確か。敵に回せば怖いだろうなというのは、なんとなく感じるものな。
「ところで、この部屋もいつの間にか華やかになったのね」
飲み物を口にして落ち着いたのか、ディアナは辺りを興味深そうに見回している。
モノトーンでまとめていた部屋は、壁面に絵画が飾られて生花が彩りを添えている。以前に比べれば部屋の雰囲気が全然違う。
エルザたちがフローラ様がいらっしゃるのに、あまりにも殺風景で味気なさすぎると嘆くものだから、彼女たちに任せたらこんな部屋になったのだ。
一つ一つ増えていく飾りの小物も目を引くようで、瞳をキラキラさせながら眺めているローラが可愛くて。彼女も喜んでいるようだから、このままにしているけれど。
「白百合の花。清楚で奥ゆかしくてとてもきれいだわね」
花瓶に生けられた白百合は早朝にローラと一緒に庭園から摘んできたものだ。
そう言えば、帰りにお土産にと渡すつもりだったのに、来客のどさくさですっかり忘れてしまっていた。とても楽しみにしていたから次に渡せるといいな。
「ん?」
ローラの顔を思い浮かべて気分を良くしているとディアナの視線を感じた。
「なに?」
俺をジーと見つめる彼女の瞳が好奇の色を湛えてるように見える。
「いえ。ニヤけた顔をしていたから、何を考えていたのかしらって思っただけよ」
「……何も考えていないが……」
小さく咳ばらいをしつつ、緩んでいた顔を引き締め平静を装おう。いつの間にか自分の世界に入り込んでいた。まさか、ローラのことを考えていたなんて、口が裂けても言えない。恥ずかしいじゃないか。
「そう。それにしてもどんな心境の変化なのかしら? モノトーンの部屋からカラフルな部屋に変貌するなんて何かあったの?」
「い、いや。何もないが……」
「……」
無言で見つめないでくれないか。心を探られているようで居心地が悪い。
部屋の変貌はローラが原因だとは言えないし言いたくない。
「まあ、良いことよね。無機質で殺風景だった部屋よりかは温かみがあってよいと思うわよ。ぜひこれを維持してほしいものだわ」
意味ありげな笑み。何が言いたいんだ。
元のモノトーンだって悪くはなかっただろう、好みの問題だろうに。ユージーン兄上の部屋も木目調が基本なだけで、物も少ないし飾り立てていないし、俺の部屋とそんなに変わりはないぞ。何を言いたいのだろうか。笑みをたたえて紅茶を口にするディアナをジッと見つめる。
「ところで何の用事で来たんだ?」
俺の部屋の内装にケチをつけに来たわけではないだろうし、先触もなしに来るってことは何か重要な要件があるからとは思うのだが……一向に本題に入る気配がない。
「蓮の花。今年もきれいに咲いたのね。いいわよね。あのまっすぐに茎を伸ばして凛として咲く真っ白な花。とてもきれいだわ。いつまでも大事にしたいものね」
「?」
またここで花の話……で、いったい何が言いたいんだ。
「用事があるから来たんだろう? 俺も忙しいんだ。サッサと要件を済ませて帰ってほしいんだが」
「あら、まあ。余裕のないことね。幼馴染が遊びに来たというのに素っ気ないこと。もう少し、歓迎の気持ちくらい表してほしいわ」
大きく目を見開いて心外とばかりに、大仰に溜息をつくディアナ。
先触れもなく勝手に来た挙句に歓迎の意だと。溜息をつきたいのは俺の方だ。ローラに手紙を書いてゆったりと落ち着きたかったんだが。
「ああ、嬉しいよ。久しぶりに幼馴染殿に会えて……」
「心が籠ってないわね。それに笑顔が足りないわ。せっかくきれいな顔をしているのに、もったいないわよ」
「それは、どうも。忠告ありがとう」
今、この状況で笑顔になれというのは無理だ。顔が引きつるじゃないか。
「でも……レイニーはそのくらいの方がいいのかもね。あまり愛想がよすぎると大変なことになりかねないかもだし。とびっきりの笑顔は大好きな人に取っておきなさいな」
大好きな人……その言葉にローラの顔が浮かんでドキッとした。
急な来客の用事をすませて、脱力してしていたところにまた来客か……しかも、ディアナとは。
ほんとうなら、今頃はフローラとお茶したり散歩したり、色々な話題で盛り上がって楽しく過ごしているところだったのに。
帰さなきゃよかったな。
仕事とはいっても急を要するような案件はなく、俺でなくても対処ができるものばかりだったし、そんなことより、何故だか娘の自慢話を聞かされてうんざりしてしまった。
気が滅入っている時こそフローラに会いたいな。あの笑顔に癒されたい。フローラを抱きしめたい。
彼女のふわりと温かい笑顔を思い浮かべて、ほっこりとしていると
「レイニー殿下。入っていただきますが、よろしいでしょうか?」
さっきより強い口調で聞いてくるセバス。俺が返事をしないから焦れたのだろう。俺はセバスを一瞥して
「ああ」
仕方なく頷いた。
ここで断ったところで強行突破してくることは目に見えているからな。今は会いたい気分ではないけれど、言う通りにしておいた方が無難だろう。
しかし、急に何の用なんだ?
どんなに頭をひねっても、ディアナの訪問の理由がわからない。まっ、いいか。聞けばわかることだ。
応接室に足を運ぶとすでにディアナがソファに座っていた。
早いな。
返事を聞く前にすでに通されていたのだろう。誰もディアナには逆らえない。祖父母はもちろん、両親である国王夫妻のお気に入りなのは周知の事実。ヒエラルキーは俺たち王子より上だものな。
「あら、遅かったわね」
「すまない。仕事があったもので」
理由をでっち上げ、そっちが早すぎるだろうと口にはできないから心の中で呟くに留めて椅子に座った。
「忙しかったのね。ごめんなさい、そんな時にお邪魔しちゃって」
謝るわりには悪びれた様子もなく、澄ました顔で扇子で首元をあおいでいる。気を使って遠慮するっていう気持ちは毛頭ないんだろうな。
「いいよ。で、用事は何?」
「あら、あら、あら。そんなにとがらなくてもいいのではないの? 機嫌が悪そうだけれど、何かあったのかしら?」
「何もない」
「そう? だったらよいけれど」
深く追求するつもりはないのか、軽く流したディアナは運ばれてきたカップを手に取り、紅茶の香りを楽しむと口をつけた。
一連の所作は見惚れるくらいなのだが、途切れた会話が何か含みを持たせているようで妙な緊張感を生む。
彼女は伯爵令嬢で身分的には王族より下のはずなのに、小さい頃から王族と交流があるせいなのか、独特な雰囲気を纏っている。さかのぼれば王族との婚姻が多い血筋だから、そのせいもあるかもしれないが。逆らわせない、何かを持っているのは確か。敵に回せば怖いだろうなというのは、なんとなく感じるものな。
「ところで、この部屋もいつの間にか華やかになったのね」
飲み物を口にして落ち着いたのか、ディアナは辺りを興味深そうに見回している。
モノトーンでまとめていた部屋は、壁面に絵画が飾られて生花が彩りを添えている。以前に比べれば部屋の雰囲気が全然違う。
エルザたちがフローラ様がいらっしゃるのに、あまりにも殺風景で味気なさすぎると嘆くものだから、彼女たちに任せたらこんな部屋になったのだ。
一つ一つ増えていく飾りの小物も目を引くようで、瞳をキラキラさせながら眺めているローラが可愛くて。彼女も喜んでいるようだから、このままにしているけれど。
「白百合の花。清楚で奥ゆかしくてとてもきれいだわね」
花瓶に生けられた白百合は早朝にローラと一緒に庭園から摘んできたものだ。
そう言えば、帰りにお土産にと渡すつもりだったのに、来客のどさくさですっかり忘れてしまっていた。とても楽しみにしていたから次に渡せるといいな。
「ん?」
ローラの顔を思い浮かべて気分を良くしているとディアナの視線を感じた。
「なに?」
俺をジーと見つめる彼女の瞳が好奇の色を湛えてるように見える。
「いえ。ニヤけた顔をしていたから、何を考えていたのかしらって思っただけよ」
「……何も考えていないが……」
小さく咳ばらいをしつつ、緩んでいた顔を引き締め平静を装おう。いつの間にか自分の世界に入り込んでいた。まさか、ローラのことを考えていたなんて、口が裂けても言えない。恥ずかしいじゃないか。
「そう。それにしてもどんな心境の変化なのかしら? モノトーンの部屋からカラフルな部屋に変貌するなんて何かあったの?」
「い、いや。何もないが……」
「……」
無言で見つめないでくれないか。心を探られているようで居心地が悪い。
部屋の変貌はローラが原因だとは言えないし言いたくない。
「まあ、良いことよね。無機質で殺風景だった部屋よりかは温かみがあってよいと思うわよ。ぜひこれを維持してほしいものだわ」
意味ありげな笑み。何が言いたいんだ。
元のモノトーンだって悪くはなかっただろう、好みの問題だろうに。ユージーン兄上の部屋も木目調が基本なだけで、物も少ないし飾り立てていないし、俺の部屋とそんなに変わりはないぞ。何を言いたいのだろうか。笑みをたたえて紅茶を口にするディアナをジッと見つめる。
「ところで何の用事で来たんだ?」
俺の部屋の内装にケチをつけに来たわけではないだろうし、先触もなしに来るってことは何か重要な要件があるからとは思うのだが……一向に本題に入る気配がない。
「蓮の花。今年もきれいに咲いたのね。いいわよね。あのまっすぐに茎を伸ばして凛として咲く真っ白な花。とてもきれいだわ。いつまでも大事にしたいものね」
「?」
またここで花の話……で、いったい何が言いたいんだ。
「用事があるから来たんだろう? 俺も忙しいんだ。サッサと要件を済ませて帰ってほしいんだが」
「あら、まあ。余裕のないことね。幼馴染が遊びに来たというのに素っ気ないこと。もう少し、歓迎の気持ちくらい表してほしいわ」
大きく目を見開いて心外とばかりに、大仰に溜息をつくディアナ。
先触れもなく勝手に来た挙句に歓迎の意だと。溜息をつきたいのは俺の方だ。ローラに手紙を書いてゆったりと落ち着きたかったんだが。
「ああ、嬉しいよ。久しぶりに幼馴染殿に会えて……」
「心が籠ってないわね。それに笑顔が足りないわ。せっかくきれいな顔をしているのに、もったいないわよ」
「それは、どうも。忠告ありがとう」
今、この状況で笑顔になれというのは無理だ。顔が引きつるじゃないか。
「でも……レイニーはそのくらいの方がいいのかもね。あまり愛想がよすぎると大変なことになりかねないかもだし。とびっきりの笑顔は大好きな人に取っておきなさいな」
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