96 / 195
第二部
波乱の予兆Ⅳ
しおりを挟むこれは、余計な口を出すなということでしょうか。臨戦態勢に入ったかのように、ディアナの瞳が爛々と輝いています。
これは、止めることが出来ないわ。
ディアナはわたしに任せなさいとばかりに続けて話し出しました。
「それに、侯爵子息と男爵令嬢は相思相愛。よろしいのではありませんか? 身分差を考えれば釣り合わないかもしれませんが、婚姻はそれだけが全てではないでしょう」
「何を言いたいのかしら?」
ビビアン様も負けてはいません。
「つまり、両家が納得していればいいということですわね。今回の件は拗れることなくスムーズに解消に至ったのだと聞いています。そうよね? フローラ」
「ええ。そうです。何の問題もありませんでした。私もエドガー様とリリア様のことは祝福しております」
私はきっぱりと答えました。エドガー様に未練があると思われたら、たまりませんから。
「……あっ、あ。そう。そう、なのね」
しっかりと見据えた先のビビアン様は私の圧に押されたのか、気まずさにしどろもどろになりながら口元を扇子で隠しました。
「そういうことなので心配には及びませんわ。それに何度も同じようなことは起こらないでしょうから、心配ご無用でですわ」
「そう? だったらよいけれど……」
「お優しいのですね、ビビアン様は。公衆の面前であのような悲愴な場面は見たくないですものね。そのための先ほどの指南だったのでしょう。本当にビビアン様は慈悲深いわ。勉強になりました」
「そう、そうなのよ。わかっていただけて嬉しいわ」
ディアナの見事な解釈と称賛に、味方を得たと思ったのかパッと顔が明るくなったビビアン様はすっかりご満悦な様子。
「それともう一つ」
ディアナが人差し指を立てて続けます。
まだ何かあるのでしょうか?
ビビアン様も頭に疑問符が浮かんでいるような顔。
私もです。すっかり解決したものばかりと思っていましたが……
「侯爵家と男爵家。身分違いとのことでしたが、チェント男爵家は真珠の養殖と貿易で財を成した資産家ですから、テンネル侯爵家が婚姻を結んだとしても損はありませんわ。身分だけは高くても経営は火の車という貴族もあります。それを思えば、身分は男爵であっても十分釣り合うのではないかと思うのです。その一点だけは子息も褒められるところですわね」
ホホホッとディアナが小さく笑い声を漏らしました。
彼女の言う通りなのかもしれません。
私はまだ会ったことはありませんが、コーヒーの他にもいくつか齎された食材などもチェスター貿易商会からでした。それが、チェント男爵家だと聞いた時には驚いたのですが、両親は取引先が一つ増えたと喜んでいたので特に気にしていませんでした。
身分差を気にする貴族はいますから一概には言えませんが、婚約解消がうまくいった背景にはそんな理由もあるのかもしれません。それを考えると私って、凄く幸運だったのかしら。
「……」
ビビアン様はなんとも微妙な顔をしています。思わぬ意見だったのでしょう。彼女を称賛して終わりかと思えばそういうことはなく、ディアナの中には見過ごしておけない確固たる気持ちがあったのかもしれません。
それが私の問題であることが申し訳ないのですけれど。
うまく説明できない私の代わりに親身になって助けてくれるディアナは、私にはもったいなくらいの親友です。
「ディアナの言うことも一理ありますわね。高位貴族に下位貴族が嫁いだりその逆も確かにありますわ。色々な事情があるのでしょうけれど」
ビビアン様も負けてない。
そして、あからさまに感情を露わにすることなく、しかも理性的に考えて否定することなどせずに、ディアナの言葉に同意する。二人共臆することなく堂々と意見を述べる。
さすがだわ。尊敬に値するわ。
なかなか思ったことを口にできない私とは大違い。
「その見解をふまえて、今一度言いますわね。やはり、お互いの爵位に相応しい結婚をするのが一番だと思います。それが二人の幸せにつながる道だと思うのですわ」
「ビビアン様のその意見には賛成致しますわ。なんといっても爵位は大事ですし、つり合いが取れている婚姻こそが最良でしょう」
二人は目を合わせると、にっこりと微笑み合いました。
やっと折り合いがついたようです。
私の婚約の話題のせいで険悪な雰囲気になるのを恐れていましたが、丸く収まったようでほっと胸を撫で下ろしました。
これで完結終了したと安易に考えていたのですが、事態はあらぬ方向へと転がっていくのでした。
5
あなたにおすすめの小説
『婚約破棄された聖女リリアナの庭には、ちょっと変わった来訪者しか来ません。』
夢窓(ゆめまど)
恋愛
王都から少し離れた小高い丘の上。
そこには、聖女リリアナの庭と呼ばれる不思議な場所がある。
──けれど、誰もがたどり着けるわけではない。
恋するルミナ五歳、夢みるルーナ三歳。
ふたりはリリアナの庭で、今日もやさしい魔法を育てています。
この庭に来られるのは、心がちょっぴりさびしい人だけ。
まほうに傷ついた王子さま、眠ることでしか気持ちを伝えられない子、
そして──ほんとうは泣きたかった小さな精霊たち。
お姉ちゃんのルミナは、花を咲かせる明るい音楽のまほうつかい。
ちょっとだけ背伸びして、だいすきな人に恋をしています。
妹のルーナは、ねむねむ魔法で、夢の中を旅するやさしい子。
ときどき、だれかの心のなかで、静かに花を咲かせます。
ふたりのまほうは、まだ小さくて、でもあたたかい。
「だいすきって気持ちは、
きっと一番すてきなまほうなの──!」
風がふくたびに、花がひらき、恋がそっと実る。
これは、リリアナの庭で育つ、
小さなまほうつかいたちの恋と夢の物語です。
前世の記憶を取り戻した元クズ令嬢は毎日が楽しくてたまりません
Karamimi
恋愛
公爵令嬢のソフィーナは、非常に我が儘で傲慢で、どしうようもないクズ令嬢だった。そんなソフィーナだったが、事故の影響で前世の記憶をとり戻す。
前世では体が弱く、やりたい事も何もできずに短い生涯を終えた彼女は、過去の自分の行いを恥、真面目に生きるとともに前世でできなかったと事を目いっぱい楽しもうと、新たな人生を歩み始めた。
外を出て美味しい空気を吸う、綺麗な花々を見る、些細な事でも幸せを感じるソフィーナは、険悪だった兄との関係もあっという間に改善させた。
もちろん、本人にはそんな自覚はない。ただ、今までの行いを詫びただけだ。そう、なぜか彼女には、人を魅了させる力を持っていたのだ。
そんな中、この国の王太子でもあるファラオ殿下の15歳のお誕生日パーティに参加する事になったソフィーナは…
どうしようもないクズだった令嬢が、前世の記憶を取り戻し、次々と周りを虜にしながら本当の幸せを掴むまでのお話しです。
カクヨムでも同時連載してます。
よろしくお願いします。
キズモノ転生令嬢は趣味を活かして幸せともふもふを手に入れる
藤 ゆみ子
恋愛
セレーナ・カーソンは前世、心臓が弱く手術と入退院を繰り返していた。
将来は好きな人と結婚して幸せな家庭を築きたい。そんな夢を持っていたが、胸元に大きな手術痕のある自分には無理だと諦めていた。
入院中、暇潰しのために始めた刺繍が唯一の楽しみだったが、その後十八歳で亡くなってしまう。
セレーナが八歳で前世の記憶を思い出したのは、前世と同じように胸元に大きな傷ができたときだった。
家族から虐げられ、キズモノになり、全てを諦めかけていたが、十八歳を過ぎた時家を出ることを決意する。
得意な裁縫を活かし、仕事をみつけるが、そこは秘密を抱えたもふもふたちの住みかだった。
冷徹侯爵の契約妻ですが、ざまぁの準備はできています
鍛高譚
恋愛
政略結婚――それは逃れられぬ宿命。
伯爵令嬢ルシアーナは、冷徹と名高いクロウフォード侯爵ヴィクトルのもとへ“白い結婚”として嫁ぐことになる。
愛のない契約、形式だけの夫婦生活。
それで十分だと、彼女は思っていた。
しかし、侯爵家には裏社会〈黒狼〉との因縁という深い闇が潜んでいた。
襲撃、脅迫、謀略――次々と迫る危機の中で、
ルシアーナは自分がただの“飾り”で終わることを拒む。
「この結婚をわたしの“負け”で終わらせませんわ」
財務の才と冷静な洞察を武器に、彼女は黒狼との攻防に踏み込み、
やがて侯爵をも驚かせる一手を放つ。
契約から始まった関係は、いつしか互いの未来を揺るがすものへ――。
白い結婚の裏で繰り広げられる、
“ざまぁ”と逆転のラブストーリー、いま開幕。
異世界転生公爵令嬢は、オタク知識で世界を救う。
ふわふわ
恋愛
過労死したオタク女子SE・桜井美咲は、アストラル王国の公爵令嬢エリアナとして転生。
前世知識フル装備でEDTA(重金属解毒)、ペニシリン、輸血、輪作・土壌改良、下水道整備、時計や文字の改良まで――「ラノベで読んだ」「ゲームで見た」を現実にして、疫病と貧困にあえぐ世界を丸ごとアップデートしていく。
婚約破棄→ザマァから始まり、医学革命・農業革命・衛生革命で「狂気のお嬢様」呼ばわりから一転“聖女様”に。
国家間の緊張が高まる中、平和のために隣国アリディアの第一王子レオナルド(5歳→6歳)と政略婚約→結婚へ。
無邪気で健気な“甘えん坊王子”に日々萌え悶えつつも、彼の未来の王としての成長を支え合う「清らかで温かい夫婦日常」と「社会を良くする小さな革命」を描く、爽快×癒しの異世界恋愛ザマァ物語。
元お助けキャラ、死んだと思ったら何故か孫娘で悪役令嬢に憑依しました!?
冬野月子
恋愛
乙女ゲームの世界にお助けキャラとして転生したリリアン。
無事ヒロインを王太子とくっつけ、自身も幼馴染と結婚。子供や孫にも恵まれて幸せな生涯を閉じた……はずなのに。
目覚めると、何故か孫娘マリアンヌの中にいた。
マリアンヌは続編ゲームの悪役令嬢で第二王子の婚約者。
婚約者と仲の悪かったマリアンヌは、学園の階段から落ちたという。
その婚約者は中身がリリアンに変わった事に大喜びで……?!
【完結】 笑わない、かわいげがない、胸がないの『ないないない令嬢』、国外追放を言い渡される~私を追い出せば国が大変なことになりますよ?~
夏芽空
恋愛
「笑わない! かわいげがない! 胸がない! 三つのないを持つ、『ないないない令嬢』のオフェリア! 君との婚約を破棄する!」
婚約者の第一王子はオフェリアに婚約破棄を言い渡した上に、さらには国外追放するとまで言ってきた。
「私は構いませんが、この国が困ることになりますよ?」
オフェリアは国で唯一の特別な力を持っている。
傷を癒したり、作物を実らせたり、邪悪な心を持つ魔物から国を守ったりと、力には様々な種類がある。
オフェリアがいなくなれば、その力も消えてしまう。
国は困ることになるだろう。
だから親切心で言ってあげたのだが、第一王子は聞く耳を持たなかった。
警告を無視して、オフェリアを国外追放した。
国を出たオフェリアは、隣国で魔術師団の団長と出会う。
ひょんなことから彼の下で働くことになり、絆を深めていく。
一方、オフェリアを追放した国は、第一王子の愚かな選択のせいで崩壊していくのだった……。
「無加護」で孤児な私は追い出されたのでのんびりスローライフ生活!…のはずが精霊王に甘く溺愛されてます!?
白井
恋愛
誰もが精霊の加護を受ける国で、リリアは何の精霊の加護も持たない『無加護』として生まれる。
「魂の罪人め、呪われた悪魔め!」
精霊に嫌われ、人に石を投げられ泥まみれ孤児院ではこき使われてきた。
それでも生きるしかないリリアは決心する。
誰にも迷惑をかけないように、森でスローライフをしよう!
それなのに―……
「麗しき私の乙女よ」
すっごい美形…。えっ精霊王!?
どうして無加護の私が精霊王に溺愛されてるの!?
森で出会った精霊王に愛され、リリアの運命は変わっていく。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる