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第二部
幸せはコーヒーの薫りとともにⅡ
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二杯目のコーヒーとマフィンとレイ様。
ゆったりと流れて行く時間にこの上もなく幸せを感じているとふわりと抱き上げられて、レイ様の膝に乗せられて腕の中に囲われてしまいました。
いつもの行動。いつもの習慣。いつもの香り。
慣れとは恐ろしいもの。最初の頃のように驚くことも逃れようとしていた時とは全然違う。今では日常の一部のように受け入れて、レイ様の息遣いや密着する体と体温が私に安心感を与えてくれます。
「結婚まであと半年か。長いな」
頭上から溜息交じりにレイ様の声がします。
「半年は長いように感じるかもしれませんが、きっとあっという間ですわ」
「そうかもしれないけれど、やっぱり長いなあ。でも、諦めなくてはならなかったことを思えば、半年くらいは我慢するべきか……」
「諦めるって?」
レイ様がふと漏らした言葉に引っかかりを感じて顔を上げました。「あっ!」と小さく声をあげて気まずそうに顔を逸らしたレイ様。
一体、何があったのでしょう?
疑問符をいっぱい並べながらレイ様の顔を凝視していると観念したのか、気持ちを落ち着かせるためなのか息を吸い込んで吐き出して、それからおもむろに話を始めました。
「実は……ローラの事を三年前から好きだったんだ」
「……えっ⁉」
さ、三年? 好き?
衝撃的な言葉が飛び出してきて、瞬きも忘れて見つめてしまいました。心なしかレイ様の耳が赤くなっているような。
「そんなに見られると恥ずかしいんだけど」
「す、すみません」
吸い寄せられるように釘付けになった私と照れくさそうに顔を赤らめるレイ様。
信じられないような告白に動揺してしまいましたが、よくよく考えてみれば、三年、三年前……。
「三年前? レイ様に初めてお会いしたのは、ガーデンパーティーの時だったと思うのですが?」
記憶を辿っても心当たりがなくて、頭を捻っていると
「やっぱり、覚えていなかったんだね」
がっかりしたような声が聞こえました。
「覚えていないって?」
何のことだかサッパリわかりません。いつ、レイ様にお会いしたのかしら? どう考えても覚えがなくて、まじまじとレイ様を見つめてしまいました。
「金紫珠褒賞の授与式って言ったらわかるかな?」
「あっ!」
思い出しました。
あの時。
「思い出してくれた?」
「はい。ですが、緊張しすぎていたせいか、あの日のことはあまり覚えていなくて」
そう、あの日。
王城で行われた授与式。
初めての王城。初めての栄誉ある賞の授与式には、貴族の重鎮の方々や国王陛下並びに王族の方々が参列して挙行されました。
豪華な会場に圧倒されて、きらびやかな雰囲気にのまれて、カチコチに固まっていた私。
初めてづくしの中、表彰が無事に終わって王族の方々から祝辞を頂いたのは覚えているのだけれど、極度の緊張状態だったためか、朧げにしか記憶になかったのです。
「そうか。うん。緊張するよね」
覚えていないと知って落胆したレイ様でしたが、気を取り直して話を続けました。
「ローラが会場に入ってきて顔を見た瞬間、時間が止まってしまったような錯覚に陥って目が離せなくなってしまったんだ。お祝いを述べた時に聞いた可愛らしい声と可愛らしい微笑みも忘れられなくて。ふとした時にローラの姿が頭の中に浮かんだりして、その時には一目惚れしたなんて全然気づいていなかったんだ。我ながら間抜けだよね」
可愛らしいとか、笑顔が忘れられないとか、他にもなんだか信じられないようなことを口にしていらっしゃいますが。
一目ぼれって……そんなことがありえるの? 地味な容姿の私に?
そういえば、西の宮に連れて来られた日に初めてではないっておっしゃったのはこのことだったの?
思いもかけない告白に、どう答えればいいのか分からず困惑したままレイ様をただ見つめていました。
「しばらく経った頃、ローラの婚約が決まったと噂に聞いて、ショックを受ける自分がいて、すごく落ち込んでしまってね。その時になって初めて自分の気持ちに気が付いたんだ。俺はローラに恋していたんだって。もっと早く、授与式の時に気持ちを自覚して行動に移していればって、何度後悔したことか……」
ちょっと、待って。
それは、つまり……ガーデンパーティーで知り合う前から私の事を思ってくださっていたってこと?
次々に暴露される告白に心がパニック状態。信じられないけれど、信じていいの?
「レイ様は、本当に、三年前から私の事を?」
恐る恐る視線をあげるとレイ様と目が合いました。
恋情に濡れた瞳に見つめられると心臓が大きく跳ねて電流のような痺れが全身を襲いました。このゾクゾクした甘い感覚は癖になりそう。
「うん。ずっと好きだった。忘れられなかった」
白状して心が軽くなったのか、衒いもなく答えたレイ様は開き直ったような爽やかな笑顔を添えて、額にチュッと口づけを落とすと再び私を抱きしめました。
触れた額は熱をもちドキドキと心臓の音も忙しない。
「テンネル侯爵令息との婚約が解消されたと聞いて不謹慎にも俺は喜んでしまったんだ。チャンス到来だって。ごめんね。ローラはとても傷ついたかもしれないのに。こんな風に思った俺は浅ましいかな?」
ゆるゆると顔を上げ「いいえ」と私は首を横に振りました。
婚約解消を喜んだのは私も同じ。そのおかげで、レイ様とのご縁に繋がったのだから。
「自分の不甲斐なさを悔やんだこともあったけれど、ガーデンパーティーで俺の腕の中に飛び込んできた時から、絶対離さないって決めていたんだ」
「レイ様……」
ずっと育んでくれていた恋心に胸の内からこみ上げてくるものがありました。それは涙となってぽろりと零れ落ちていきました。
「成就しない恋だと悲観していたけれど、諦めないでよかった」
溜まった涙をそっと拭ったレイ様に懐深くに抱き寄せられた私は背中に手を回してぎゅっと抱きしめ返して顔を埋めました。
「私もレイ様にもう一度出会えてよかった。レイ様に助けてもらえてよかった。レイ様を好きになってよかった」
「うん。俺も、ローラに恋してよかった。結婚できるなんて夢のようだよ。一生大切にするから。ずっと、俺のそばにいてほしい」
「はい。一生、レイ様のそばを離れません。レイ様、大好きです」
「ローラ。愛してる」
レイ様がそっと私の頬に触れ、どちらからともなく顔を近づけると唇を重ねました。瞳で愛を交わしお互いの熱を溶かすように何度も重なる唇。
蕩けるような口づけは、ほんの少しほろ苦くて甘やかなコーヒーの味がしました。
〈 完 〉
ゆったりと流れて行く時間にこの上もなく幸せを感じているとふわりと抱き上げられて、レイ様の膝に乗せられて腕の中に囲われてしまいました。
いつもの行動。いつもの習慣。いつもの香り。
慣れとは恐ろしいもの。最初の頃のように驚くことも逃れようとしていた時とは全然違う。今では日常の一部のように受け入れて、レイ様の息遣いや密着する体と体温が私に安心感を与えてくれます。
「結婚まであと半年か。長いな」
頭上から溜息交じりにレイ様の声がします。
「半年は長いように感じるかもしれませんが、きっとあっという間ですわ」
「そうかもしれないけれど、やっぱり長いなあ。でも、諦めなくてはならなかったことを思えば、半年くらいは我慢するべきか……」
「諦めるって?」
レイ様がふと漏らした言葉に引っかかりを感じて顔を上げました。「あっ!」と小さく声をあげて気まずそうに顔を逸らしたレイ様。
一体、何があったのでしょう?
疑問符をいっぱい並べながらレイ様の顔を凝視していると観念したのか、気持ちを落ち着かせるためなのか息を吸い込んで吐き出して、それからおもむろに話を始めました。
「実は……ローラの事を三年前から好きだったんだ」
「……えっ⁉」
さ、三年? 好き?
衝撃的な言葉が飛び出してきて、瞬きも忘れて見つめてしまいました。心なしかレイ様の耳が赤くなっているような。
「そんなに見られると恥ずかしいんだけど」
「す、すみません」
吸い寄せられるように釘付けになった私と照れくさそうに顔を赤らめるレイ様。
信じられないような告白に動揺してしまいましたが、よくよく考えてみれば、三年、三年前……。
「三年前? レイ様に初めてお会いしたのは、ガーデンパーティーの時だったと思うのですが?」
記憶を辿っても心当たりがなくて、頭を捻っていると
「やっぱり、覚えていなかったんだね」
がっかりしたような声が聞こえました。
「覚えていないって?」
何のことだかサッパリわかりません。いつ、レイ様にお会いしたのかしら? どう考えても覚えがなくて、まじまじとレイ様を見つめてしまいました。
「金紫珠褒賞の授与式って言ったらわかるかな?」
「あっ!」
思い出しました。
あの時。
「思い出してくれた?」
「はい。ですが、緊張しすぎていたせいか、あの日のことはあまり覚えていなくて」
そう、あの日。
王城で行われた授与式。
初めての王城。初めての栄誉ある賞の授与式には、貴族の重鎮の方々や国王陛下並びに王族の方々が参列して挙行されました。
豪華な会場に圧倒されて、きらびやかな雰囲気にのまれて、カチコチに固まっていた私。
初めてづくしの中、表彰が無事に終わって王族の方々から祝辞を頂いたのは覚えているのだけれど、極度の緊張状態だったためか、朧げにしか記憶になかったのです。
「そうか。うん。緊張するよね」
覚えていないと知って落胆したレイ様でしたが、気を取り直して話を続けました。
「ローラが会場に入ってきて顔を見た瞬間、時間が止まってしまったような錯覚に陥って目が離せなくなってしまったんだ。お祝いを述べた時に聞いた可愛らしい声と可愛らしい微笑みも忘れられなくて。ふとした時にローラの姿が頭の中に浮かんだりして、その時には一目惚れしたなんて全然気づいていなかったんだ。我ながら間抜けだよね」
可愛らしいとか、笑顔が忘れられないとか、他にもなんだか信じられないようなことを口にしていらっしゃいますが。
一目ぼれって……そんなことがありえるの? 地味な容姿の私に?
そういえば、西の宮に連れて来られた日に初めてではないっておっしゃったのはこのことだったの?
思いもかけない告白に、どう答えればいいのか分からず困惑したままレイ様をただ見つめていました。
「しばらく経った頃、ローラの婚約が決まったと噂に聞いて、ショックを受ける自分がいて、すごく落ち込んでしまってね。その時になって初めて自分の気持ちに気が付いたんだ。俺はローラに恋していたんだって。もっと早く、授与式の時に気持ちを自覚して行動に移していればって、何度後悔したことか……」
ちょっと、待って。
それは、つまり……ガーデンパーティーで知り合う前から私の事を思ってくださっていたってこと?
次々に暴露される告白に心がパニック状態。信じられないけれど、信じていいの?
「レイ様は、本当に、三年前から私の事を?」
恐る恐る視線をあげるとレイ様と目が合いました。
恋情に濡れた瞳に見つめられると心臓が大きく跳ねて電流のような痺れが全身を襲いました。このゾクゾクした甘い感覚は癖になりそう。
「うん。ずっと好きだった。忘れられなかった」
白状して心が軽くなったのか、衒いもなく答えたレイ様は開き直ったような爽やかな笑顔を添えて、額にチュッと口づけを落とすと再び私を抱きしめました。
触れた額は熱をもちドキドキと心臓の音も忙しない。
「テンネル侯爵令息との婚約が解消されたと聞いて不謹慎にも俺は喜んでしまったんだ。チャンス到来だって。ごめんね。ローラはとても傷ついたかもしれないのに。こんな風に思った俺は浅ましいかな?」
ゆるゆると顔を上げ「いいえ」と私は首を横に振りました。
婚約解消を喜んだのは私も同じ。そのおかげで、レイ様とのご縁に繋がったのだから。
「自分の不甲斐なさを悔やんだこともあったけれど、ガーデンパーティーで俺の腕の中に飛び込んできた時から、絶対離さないって決めていたんだ」
「レイ様……」
ずっと育んでくれていた恋心に胸の内からこみ上げてくるものがありました。それは涙となってぽろりと零れ落ちていきました。
「成就しない恋だと悲観していたけれど、諦めないでよかった」
溜まった涙をそっと拭ったレイ様に懐深くに抱き寄せられた私は背中に手を回してぎゅっと抱きしめ返して顔を埋めました。
「私もレイ様にもう一度出会えてよかった。レイ様に助けてもらえてよかった。レイ様を好きになってよかった」
「うん。俺も、ローラに恋してよかった。結婚できるなんて夢のようだよ。一生大切にするから。ずっと、俺のそばにいてほしい」
「はい。一生、レイ様のそばを離れません。レイ様、大好きです」
「ローラ。愛してる」
レイ様がそっと私の頬に触れ、どちらからともなく顔を近づけると唇を重ねました。瞳で愛を交わしお互いの熱を溶かすように何度も重なる唇。
蕩けるような口づけは、ほんの少しほろ苦くて甘やかなコーヒーの味がしました。
〈 完 〉
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