婚約破棄された地味令嬢は、無能と呼ばれた伯爵令息と政略結婚する ~あなたが捨てたのは宝石でした~

新川 さとし

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第6話 王宮が気づいた、本物の価値

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 王の帰還を告げる鐘が、王都に鳴り響いた。

 半年におよぶ遠国との交渉を終えて、国王レオンハルトと第一王子アルベールが王宮へ戻ってきたのは、建国記念祭の余韻がまだ街に残る頃だった。

 王宮は、にわかに慌ただしくなる。

「各部署の報告を。滞りなく進んでいるな?」

 玉座の間で、国王が静かに問いかける。

 財務、内政、軍務――順に報告がなされる中、第一王子アルベールは、わずかに眉をひそめた。

「ふむ。妙だな」

 ぽつりと漏れたその言葉に、近侍が顔を上げる。

「何かお気づきでしょうか、殿下」

「ハッキリと、何がどうだとは言えないんだがね。ここ数年、質が良くなったはずの報告書が、また雑になった気がする」

 決定的な失策があるわけではない。
 だが、全体として見ると、何かが--本当に細かい部分が噛み合っていない感じなのだ。

「本来なら、ここに来る前に終わっているべきことが、そのまま残されているのか」

 部局同士の調整は事前に済ませておくのは本来のカタチ。王の裁可は確認に近いものだけでいい。

 しかし今回は、修正指示が必要そうなものが相次いで、差し戻した報告書がどれほどあったか。

「そう言えば、クリスティーヌは、どうしている?」

 国王が、ふと思い出したように口にする。

 その名に、数人の高官が視線を交わした。

「はっ。モンターニュ侯爵令嬢クリスティーヌ様でしたら、現在はヴァルディス伯爵家のご子息ノエル殿と婚約中にて」

 第二王子の婚約者として、王室絡みの細々とした案件や事前調整を一手に引き受けていたクリスティーヌは、もういない。

【第二王子、夜会の場において、婚約を破棄!】

 それは訪問先の国に届けられた重大な報せだった。第二王子の身勝手な振る舞いに、王が激怒したのは事実。だが、事前に相談されているなら止めることもできたが、公の場で突然の暴挙だ。

 後でシャルルを罰するにしても、婚約破棄自体はどうにもならない。むしろ、モンターニュ侯爵への対応が頭痛案件である。

 王としては激怒を通り越して「無」となるしかない。

 異国の地で「婚約破棄」の至急報を手に、ため息をついたのが、賢王への期待が高い第一王子であった。

 もう遅い……

「こうなったのは、だからか」

 アルベールは知っていた。弟の婚約者・クリスティーヌは、王宮実務において「目立たないが不可欠な存在」だったことを。

『なぜ北方伯への案件が滞っている? 簡単なこと。彼女が言っているのを聞いたことがある。「北方伯様は朝一番の仕事を優先するクセがあります。ゆえに、返書は朝のうちに届くよう手配が必要です」と。そんな些細な気配り一つで、どれほど円滑に国が回っていたか、今になって痛いほどわかるな』

 パッと思い出すだけでも、会議資料の整理、部局間の齟齬の調整、各貴族家の思惑の整理……

『いかん。思い出せば思い出すほど増えてしまう』

 アルベールは、自分の婚約者であるエレオノーラを思い浮かべている。

 親しみを込めてエリーと呼ぶ婚約者は、美貌もさることながら、調整能力や、外交においての能力も優秀なところがアルベールの自慢だ。

 今回の外交に同行したのもそのためだ。

『クリスティーヌの影働きは、エリーですらおよばないほほどだと思っていたが、現実には、過小評価だったと言うことか』

 さらに、二枚も三枚も上手だと思わざるを得ない。

『それほどの婚約者を--至宝を--手放すなんて、我が弟ながら、なんともはや、バカげた話だ』

 誰の功績ともされないが、無くてはならない仕事を、淡々と片付けていた。クリスティーヌが不在になっただけで、この混乱を招いたのが、現実だ。

「父上」

 アルベールが、静かに言う。

「クリスティーヌ嬢の働き、想像以上だったようですね」

 国王は、苦笑してから、ギロリと末席のシャルルをひとにらみ。

「王宮というものは、静かに回っている時ほど、誰が支えているか見えぬものだな。彼女は己の名を上げるより先に、仕事が滞らないことを望んでいた。公に褒めることはできなんだが、実に惜しいことをしたな」

 その評価が醸し出す空気を読んで、補佐官が気を利かせた。

「クリスティーヌ嬢の婚約者となったヴァルディス伯爵家ですが」

 財務官が、資料を差し出した。

「建国祭の夜会において、ノエル・ヴァルディス殿が提案した数件の政策案――治水事業への職人派遣と育成事業、牧畜支援の流通再編、軍用食糧の調達計画。他にもこちらにあるとおり。これらは評価されるべきだという意見が出されております」

 王は、報告書に目を通すと、アルベールに渡した。そこには、夜会の際に、どのような商談が行われたのか、分析とともに詳細が記されている。

「ひとつの伯爵領だけの話ではなく、他領でも使えるレベルの話になるということか」
「はい。驚くほど現実的です。国レベルでの試験導入すべき案件として、調整中です」

 第一王子は報告書を持ったまま、目を細めた。

「彼は王立学園の首席だったな? それもクリスティーヌ嬢と並ぶ3年間だ。しかし、彼が家も継げず、かと言って官僚にもならなかったのは……」
「顔と名前を覚えられない、という欠点があると聞いております」

 別の官僚が補足した。

「公にはされていませんが、貴族として致命的。よって、伯爵家としては弟を嫡男とし、補佐役として使うという予想をしております」

 王国の調査官は、各貴族家の事情などお見通しなのである。 

 アルベールは、報告書を何度も確認しながら、自嘲気味の笑顔となった。

「領地の事情、経済、物流、民の動きに関しては、異常なほど把握しているようですね。バケモノじみていると言われるほどに優秀な頭脳です」

 国王は、低く笑った。

「欠点を理由に埋もれていたか。だが、クリスティーヌを得て、補うことを覚えたのであろうな」

 そこで先ほどの文官を見据えていった。

「欠点は致命的でもなんでもなかったわけだ。惜しいことをしたな」

 文官は下を向くしか無い。

「まあ、それもこれもクリスティーヌという優秀な『目』を得たからできたこと。どこぞのドラ息子が捨てたであるのだがな」

 その言葉が放たれた瞬間、シャルルの肩がビクリと跳ねた。

 俯いた顔は見えなかったが、握りしめられた拳が白く震えているのを、アルベールは見逃さなかった。

 自然と頭に浮かぶのは二人のこと。

 ヴァルディス伯爵家長男、ノエル。
 そして、その補佐として完璧に機能する婚約者、クリスティーヌ。

 アルベールは、ついつい、言葉にしてしまった。

「ふたりで一人、か」

 それは、どちらかが主で、どちらかが従という意味ではない。
 欠けた部分を、自然に補い合う関係だ。

 アルベールの呟きは、誰にも否定されなかった。

 一方、その空気を苦々しく眺めている者がいた。

 第二王子、シャルルである。しかし、この場で何かを言えば、今度こそ、王からの叱責が直撃するのは必然。

 勝手に婚約を破棄したこと、男爵令嬢と婚約すると公言したこと。どちらも、ありうべからざるスキャンダルだと、キツく言われている。

 現在は、公的な処罰が下るのを待っている身だけに、この場ではひたすら空気でいる方が得策だった。

 その鬱憤は、私室に戻ってから爆発した。

「おかしいだろう!」

 シャルルは苛立ちを隠さずに重厚な椅子を蹴り上げ、一人声を荒げた。

「なぜ、伯爵家の子息ごときが、王宮で評価される?」

 側近は、そっと椅子を直しながら慎重に言葉を選んだ。

「殿下。近頃、公務先でのご発言が、あちこちで問題になっております。会議でのご発言も具体性に欠ける、あるいは意見を拾ってもらえぬと言う声もありまして。ここは、より慎重になられた方が……」

「黙れ!」

 ガン! 

 机を叩く音が響く。

 シャルルは、自分の振る舞いに、人々が違和感を持ち始めていることを理解していた。

 比較対象が現れたからだ。

 平凡な見た目で、派手な言葉も威圧もなく、ただ結果を出す若い貴族。
  きらびやかな外見で、華やかな振る舞いを見せつけながら、あちこちにきしみと疑問を生み出す王子。
 
「ふん。ヤツのやってることなど、偶然だ。たまたま、上手くいっただけだ」

 そう言い聞かせるように呟くが、胸の奥の焦りは消えない。

 そこへ、場違いなほど軽やかな足音とともに、扉が開いた。

「殿下ぁ、そんな怖いお顔をなさらないで?」

 入ってきたのは、ピンク髪を揺らしたロザリンドだった。彼女はシャルルの苛立ちに気づく様子もなく、その腕に甘えるように抱きつく。

「難しいお話より、今度の夜会のドレスを選びましょう? 私、殿下のエスコートにふさわしい、もっとキラキラした装いがしたいわ」

 普段なら「可愛いな」と鼻の下を伸ばしていたはずの甘い声。

 しかし今のシャルルには、その言葉が酷く空虚に、そして煩わしく聞こえた。

『ドレス?  夜会の段取りも、予算の調整も、招待客の序列の確認も、何一つできないのに? 今までは全部あいつがやっていたことだぞ……』

 クリスティーヌなら、今この瞬間に自分が必要としている「言い訳のための資料」や「他派閥への根回し方法」を、何も言わずとも机に並べていただろう。

 目の前の女は、自分の見栄を満たしてはくれるが、自分の足元を固めてはくれない。

「……後にしてくれ。今は忙しいんだ」

 怒鳴りたい心を最大限の理性でこらえて、シャルルは冷たく突き放した。

「公務なんて、適当にサインをすれば良いじゃないですかぁ。それより私の美しさを飾る方が、王室の威厳に繋がりますわ!」 

 その言葉が、かつてクリスティーヌが口にしていた「王室の威厳とは、民への誠実さの積み重ねです」という言葉と重なり、シャルルの心に暗い影を落とした。

 王宮は、静かに気づき始めていた。

 誰が“本物”で、誰がそうでないのかを。

 それはまだ、表立った断罪ではない。
 だが確実に、事態は動き始めていた。

 ――静かなざまぁの幕開けであった。
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