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第11話 政略結婚で、こんなに幸せになるなんて
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それから、幾つもの季節が巡った。
ヘルマン侯爵領は、王国内でも指折りの安定した地として知られていた。
派手な改革ではない。だが、飢えがなく、争いがなく、明日を信じられる土地。
その中心に立つのが、ノエル・ヘルマン侯爵と、その妻クリスティーヌ。
互いの弱点を知り、隠さず、責めず、補い合う。
それが二人のやり方だった。
・・・・・・・・・
「おとうさまー!」
私室の扉が勢いよく開き、小さな影が飛び込んでくる。
「まってー!」
その後ろから、足音の違いだけでエルにも分かる、少し年下の子がよちよちと続いた。
エルは書類から顔を上げると、即座に立ち上がった。
「おっと、走ると危ないよ」
そう言いながらも、しゃがみ込んで両腕を広げる。
勢いのまま飛び込んできた子を、慣れた手つきで受け止めた。
エルは迷いなく、愛おしい我が子を抱き上げる。かつて 顔や名前を覚えるのが苦手だったはずの彼は、今では子どもたちの足音を聞いただけで、どちらが来たのかを完璧に言い当てる。
大切なものを、心で覚えることを知ったからだ。
「きょうね! ぼくね!」
「うん、ゆっくりでいいよ」
子どもの話が長くなるのを、エルはちゃんと分かっている。
それでも遮らず、最後まで聞く。
――かつて「欠陥」と呼ばれた男の姿とは、思えない。
「……ふふ」
思わず笑うと、ノエルがこちらを見た。
「どうかした?」
「いいえ。すっかり、良いお父さんだなと思って」
エルは少し照れたように目を伏せる。
「君が、教えてくれたからだよ。人を見る、ってどういうことか」
・・・・・・・・・
「かあさまー!」
今度は、私の方へと子どもが走ってくる。
「みて! えをかいたの!」
差し出された紙には、少し歪んだ家と、人が四人。
手を繋いでいるように見える。
「まあ……とても上手ね」
「ほんと?」
「ええ。これは、誰と誰?」
問いかけると、子どもは迷いなく答えた。
「おとうさまと、かあさまと、ぼくと、あかちゃん!」
その言葉に、エルと視線が合う。
私のお腹に手を当てると、エルは自然にその上から手を重ねた。
「……家族が、増えるね」
「ええ」
それだけで、胸が満たされる。
・・・・・・・・・
夕方、子どもたちが庭で遊び疲れて眠ってしまった後。
遠い辺境の地では、かつての王子が慣れない実務と民の不満に追われ、日々を後悔の中で過ごしているという。
……けれど、そんな噂さえ、今の私たちの耳には届かない。
視界にあるのは、この愛おしい日常だけだ。
二人で並んでソファに腰掛け、静かな時間が流れる。
「ねえ、エル」
「なに?」
「私たち、最初は政略結婚でしたよね」
「そうだね。条件は、かなり合理的だった」
「でも――」
私は、彼の肩にそっと寄りかかる。
「こんなに幸せになるなんて、思っていませんでした」
エルは一瞬、言葉を探すように黙った後、静かに言った。
「僕は……君が隣にいる限り、何が起きても間違えないと思える」
彼は、私の指を一本一本、確かめるように絡める。
「完璧じゃなくていい。忘れても、失敗しても、君がいれば……君が僕を導いてくれるなら、僕は迷わない」
「ええ、生涯、あなたの『索引』として寄り添わせてください。……愛しています、エル」
「愛してるよ、クリス」
見つめ合い、どちらからともなく微笑む。
「政略結婚で、こんなに幸せになるなんてね」
「本当に」
窓の外では、領地に夕陽が落ちていく。
守るべきものがあり、
共に歩く相手がいる。
それだけで、人は強くなれる。
かつて欠陥と呼ばれた男と、
彼を信じ続けた女。
二人が選び取った未来は、
確かに、幸福だった。
――物語は、ここで幕を閉じる。
Fin.
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
ここまでお読みいただき、本当にありがとうございました。
地味だと言われ、価値を見過ごされてきた二人が、
「理解される場所」を見つけていく物語を書きたくて、このお話を紡ぎました。
最後までお付き合いいただけたこと、心から感謝しています。
もし少しでも
「この二人、好きだな」
「読んでよかったな」
と思っていただけたなら、
お気に入り登録や感想などで教えていただけると、とても励みになります。
また次の物語でお会いできたら嬉しいです。
本当に、ありがとうございました。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
ヘルマン侯爵領は、王国内でも指折りの安定した地として知られていた。
派手な改革ではない。だが、飢えがなく、争いがなく、明日を信じられる土地。
その中心に立つのが、ノエル・ヘルマン侯爵と、その妻クリスティーヌ。
互いの弱点を知り、隠さず、責めず、補い合う。
それが二人のやり方だった。
・・・・・・・・・
「おとうさまー!」
私室の扉が勢いよく開き、小さな影が飛び込んでくる。
「まってー!」
その後ろから、足音の違いだけでエルにも分かる、少し年下の子がよちよちと続いた。
エルは書類から顔を上げると、即座に立ち上がった。
「おっと、走ると危ないよ」
そう言いながらも、しゃがみ込んで両腕を広げる。
勢いのまま飛び込んできた子を、慣れた手つきで受け止めた。
エルは迷いなく、愛おしい我が子を抱き上げる。かつて 顔や名前を覚えるのが苦手だったはずの彼は、今では子どもたちの足音を聞いただけで、どちらが来たのかを完璧に言い当てる。
大切なものを、心で覚えることを知ったからだ。
「きょうね! ぼくね!」
「うん、ゆっくりでいいよ」
子どもの話が長くなるのを、エルはちゃんと分かっている。
それでも遮らず、最後まで聞く。
――かつて「欠陥」と呼ばれた男の姿とは、思えない。
「……ふふ」
思わず笑うと、ノエルがこちらを見た。
「どうかした?」
「いいえ。すっかり、良いお父さんだなと思って」
エルは少し照れたように目を伏せる。
「君が、教えてくれたからだよ。人を見る、ってどういうことか」
・・・・・・・・・
「かあさまー!」
今度は、私の方へと子どもが走ってくる。
「みて! えをかいたの!」
差し出された紙には、少し歪んだ家と、人が四人。
手を繋いでいるように見える。
「まあ……とても上手ね」
「ほんと?」
「ええ。これは、誰と誰?」
問いかけると、子どもは迷いなく答えた。
「おとうさまと、かあさまと、ぼくと、あかちゃん!」
その言葉に、エルと視線が合う。
私のお腹に手を当てると、エルは自然にその上から手を重ねた。
「……家族が、増えるね」
「ええ」
それだけで、胸が満たされる。
・・・・・・・・・
夕方、子どもたちが庭で遊び疲れて眠ってしまった後。
遠い辺境の地では、かつての王子が慣れない実務と民の不満に追われ、日々を後悔の中で過ごしているという。
……けれど、そんな噂さえ、今の私たちの耳には届かない。
視界にあるのは、この愛おしい日常だけだ。
二人で並んでソファに腰掛け、静かな時間が流れる。
「ねえ、エル」
「なに?」
「私たち、最初は政略結婚でしたよね」
「そうだね。条件は、かなり合理的だった」
「でも――」
私は、彼の肩にそっと寄りかかる。
「こんなに幸せになるなんて、思っていませんでした」
エルは一瞬、言葉を探すように黙った後、静かに言った。
「僕は……君が隣にいる限り、何が起きても間違えないと思える」
彼は、私の指を一本一本、確かめるように絡める。
「完璧じゃなくていい。忘れても、失敗しても、君がいれば……君が僕を導いてくれるなら、僕は迷わない」
「ええ、生涯、あなたの『索引』として寄り添わせてください。……愛しています、エル」
「愛してるよ、クリス」
見つめ合い、どちらからともなく微笑む。
「政略結婚で、こんなに幸せになるなんてね」
「本当に」
窓の外では、領地に夕陽が落ちていく。
守るべきものがあり、
共に歩く相手がいる。
それだけで、人は強くなれる。
かつて欠陥と呼ばれた男と、
彼を信じ続けた女。
二人が選び取った未来は、
確かに、幸福だった。
――物語は、ここで幕を閉じる。
Fin.
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
ここまでお読みいただき、本当にありがとうございました。
地味だと言われ、価値を見過ごされてきた二人が、
「理解される場所」を見つけていく物語を書きたくて、このお話を紡ぎました。
最後までお付き合いいただけたこと、心から感謝しています。
もし少しでも
「この二人、好きだな」
「読んでよかったな」
と思っていただけたなら、
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また次の物語でお会いできたら嬉しいです。
本当に、ありがとうございました。
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