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第4章
自主公演
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紋司郎が知八を連れて杜若の見舞いに訪れたのは、一週間後のことだった。
「はよう良うなって貰わな、困りますで」
紋司郎が杜若の手をぐっと握って言うと、杜若は困ったように笑った。
「ありがとうございます」
「杜若おじさん、自主公演中止してしまわはるんですか?」
知八の問いに、杜若が申し訳なさそうに答えた。
「そうなんよ。色々と力添えをしていただいたのに申し訳ないです」
紋司郎はじっと杜若を見つめて言った。
「そのことなんやけどな、杜若さん。考えてみたんやけど、やはり、なんとしても幕は上げなあかんと思う」
「せやけど旦那、今月中の退院は無理です」
思わず綾之助が口をはさんだ。杜若の病状を知っているはずなのに、紋司郎はなぜそんなことを言うのだろう。
「もうお客さんにもチケットを買うてもろたんや。今後のことを思たら、この興行はやらなあかん」
公演が中止となれば、チケットは払い戻さなければならない。劇場の支配人は杜若に同情してくれるだろうが、それでも使用料を一銭も支払わないというわけにはいかないだろう。杜若は赤字を抱え込むことになる。
「私は、もう一度、あんたに舞台に立って欲しいんや」
紋司郎は杜若の両手を固く握り締めて、力強く言った。
「相模屋さん」
「代役を立てましょう。幸い、今月は私は舞台がないんや」
紋司郎のことばに杜若はパチクリと目を瞬かせた。
「私があなたの代わりに舞台に立ちます」
杜若も綾之助も仰天した。
「ほんまは僕がやりたかったんやけど、お前に六郎太夫は無理やっておじいさまに言われてもうて。まあ、それはそうなんやけど」
知八は残念そうに言った。杜若は慌てて言った。
「そないなこと、とてもやないけど、お願いできません」
「違う、そやない。私が、あなたにお願いをしてるんです。この公演はとても意味のあるものや。会社も、音右衛門兄さん自身も諦めていた梶原を私かて見たい。若い役者にも見せたい。杜若さん、うんと言うてくれへんか」
なんて人だろう、と綾之助は思った。ここまでの心意気を持った人が他にいるだろうか。綾之助は改めて紋司郎に惚れ直す思いだった。
ハラハラと杜若の目から涙がこぼれた。
「よろしくお願いします」
二日間・四公演の杜若の自主公演は満員御礼だったため、綾之助は座席から舞台を観ることは叶わなかった。関係者が舞台を見られる調整室も、ほんの数人しか立ち入れないため、ほとんどの役者は舞台を観ることは叶わなかったのだが、杜若の名代の綾之助は特別扱いで、調整室の舞台中央寄りの特等席で舞台を見ることができた。
杜若の入院を知っている客たちは、その熱気でこの公演を支えた。決して広いとは言えない劇場内にはバッタリの度に万雷の拍手。要所を捉えた大向うの声。役者もその熱気に乗せられて、素晴しい演技をした。紋司郎は初役である六郎太夫をたった十日で仕上げた。巧者揃いの素晴らしい舞台だった。
終演後、綾之助は地下鉄に飛び乗って、興奮冷めやらぬまま杜若の病室へと走り込んだ。
「どうやった?」
落ち着いた声で杜若は尋ねた。
「大盛況です! みなさん、素晴らしかったです!」
「そうかあ」
杜若はゆっくりとうなずいた。
「和泉屋さんの梶原は凄まじいやろ」
「はい。それは惚れ惚れする男振りでした」
「せやろ。あれが、上方の梶原やで」
杜若はとても満足そうに笑った。
「私は、あの梶原をもう一度見たかったんや」
「はよう良うなって貰わな、困りますで」
紋司郎が杜若の手をぐっと握って言うと、杜若は困ったように笑った。
「ありがとうございます」
「杜若おじさん、自主公演中止してしまわはるんですか?」
知八の問いに、杜若が申し訳なさそうに答えた。
「そうなんよ。色々と力添えをしていただいたのに申し訳ないです」
紋司郎はじっと杜若を見つめて言った。
「そのことなんやけどな、杜若さん。考えてみたんやけど、やはり、なんとしても幕は上げなあかんと思う」
「せやけど旦那、今月中の退院は無理です」
思わず綾之助が口をはさんだ。杜若の病状を知っているはずなのに、紋司郎はなぜそんなことを言うのだろう。
「もうお客さんにもチケットを買うてもろたんや。今後のことを思たら、この興行はやらなあかん」
公演が中止となれば、チケットは払い戻さなければならない。劇場の支配人は杜若に同情してくれるだろうが、それでも使用料を一銭も支払わないというわけにはいかないだろう。杜若は赤字を抱え込むことになる。
「私は、もう一度、あんたに舞台に立って欲しいんや」
紋司郎は杜若の両手を固く握り締めて、力強く言った。
「相模屋さん」
「代役を立てましょう。幸い、今月は私は舞台がないんや」
紋司郎のことばに杜若はパチクリと目を瞬かせた。
「私があなたの代わりに舞台に立ちます」
杜若も綾之助も仰天した。
「ほんまは僕がやりたかったんやけど、お前に六郎太夫は無理やっておじいさまに言われてもうて。まあ、それはそうなんやけど」
知八は残念そうに言った。杜若は慌てて言った。
「そないなこと、とてもやないけど、お願いできません」
「違う、そやない。私が、あなたにお願いをしてるんです。この公演はとても意味のあるものや。会社も、音右衛門兄さん自身も諦めていた梶原を私かて見たい。若い役者にも見せたい。杜若さん、うんと言うてくれへんか」
なんて人だろう、と綾之助は思った。ここまでの心意気を持った人が他にいるだろうか。綾之助は改めて紋司郎に惚れ直す思いだった。
ハラハラと杜若の目から涙がこぼれた。
「よろしくお願いします」
二日間・四公演の杜若の自主公演は満員御礼だったため、綾之助は座席から舞台を観ることは叶わなかった。関係者が舞台を見られる調整室も、ほんの数人しか立ち入れないため、ほとんどの役者は舞台を観ることは叶わなかったのだが、杜若の名代の綾之助は特別扱いで、調整室の舞台中央寄りの特等席で舞台を見ることができた。
杜若の入院を知っている客たちは、その熱気でこの公演を支えた。決して広いとは言えない劇場内にはバッタリの度に万雷の拍手。要所を捉えた大向うの声。役者もその熱気に乗せられて、素晴しい演技をした。紋司郎は初役である六郎太夫をたった十日で仕上げた。巧者揃いの素晴らしい舞台だった。
終演後、綾之助は地下鉄に飛び乗って、興奮冷めやらぬまま杜若の病室へと走り込んだ。
「どうやった?」
落ち着いた声で杜若は尋ねた。
「大盛況です! みなさん、素晴らしかったです!」
「そうかあ」
杜若はゆっくりとうなずいた。
「和泉屋さんの梶原は凄まじいやろ」
「はい。それは惚れ惚れする男振りでした」
「せやろ。あれが、上方の梶原やで」
杜若はとても満足そうに笑った。
「私は、あの梶原をもう一度見たかったんや」
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