公爵子息だったけど勘違いが恥ずかしいので逃走します

市之川めい

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第二部

疑問

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 ジュールとアーノルドとは違う意味で、エディとレオンの二人もこの場にいる全員からの視線を向けられている。
 俺もそこに焦点を合わせてはいるが、何も見てはいない。頭の中で先ほどのダニーとの会話が絶え間なく繰り返され、他の情報を受け入れる余地がないからだ。

 護られているって、レオンにか? 確かに魔王が現れた時は助けられた。だがそれは仕える主人が攻撃されたところを救ったという状況で、もし俺じゃなくて他の仲間だったとしても、レオンなら助けようとするだろう。
 ダニーが言っていたのはそういう意味ではなかった。もっとこう…………

 レオンに、『子どもの時から好きだった』と言われたが、いくらレオンが優秀だとはいえ同い年だし、その頃から俺の保護者のように振る舞うのは不可能だ。

 だったらどうしてそう思われる?
 言い方が悪いが――俺の元々の気質がジュール達のようであれば、エディがさっきやったような形で怒られるか呆れられ、何も言われないだろう。ダニーは俺のことを思って伝えてくれた。
 だが、護られているという意味が分からない。剣術の先生を雇ったのは父上だが……父上が大事にしているのは昔からレオンだけだ。
 それにダニーは言い直したが、初めはと言ってた。剣術だけの話じゃない。
 ギファルド家嫡男として周りや使用人達から大切に扱われているのは否定しないが、ただのジルベールとして見てくれる人など、レオン以外に思いつかない。


  
 周囲から「おおー」という声が上がった。二人ともお手本のような剣さばきだ。レオンはかなりの使い手で、そのレオンからの攻撃を軽やかに受け止め、エディも次々と攻撃を繰り返している。
 レオンが上から振り下ろした剣をエディが力強く弾くと、レオンが後ろに一歩よろけた。そのままエディはレオンが体勢を整える前に剣をレオンの首元へと持っていった。

「参りました」
 
 エディは無言で頷いてから隊員達の方を向き、
「次は五人ずつの模擬戦形式で、ふたつに分かれてやろう」と指示を出した。
 一定時間ごとに隊員を入れ替え、最後は他の班の隊員とも対戦をし、初日の訓練は終了した。


 国王軍の寮は軍事宮からさほど離れていない場所にあるが、使用するのは地方出身者か希望者のみで、俺達のような王都に住居がある者は自分の家に帰る。
 学園時代と変わったのは、国王軍では新入隊員という立場のため、歩きか馬に乗って軍事宮へ行くことにしたくらいだ。ギファルド家の紋章が入った馬車では、ジュール達のような隊員から余計な反感を買ってしまう。
 俺(達)が歩けば高貴な雰囲気でやんごとなき身分の者だとすぐに分かるだろうが、家紋がなければすぐに身元が露見しないため都合が良い。熱い視線を寄せてくる令嬢が多いし。
 レオンには「皆、貴公子のようなジルベール様に見とれている」と言われるが、正直彼女達の視線の先はレオン――という気がしてならない……いや、やっぱりそれは俺の勘違いだろう。いくらレオンが英雄だからといって、俺は(対外的には今も)四大公爵家嫡男、眉目秀麗の金髪碧眼だ。



 グレンロシェ王国から離れた国同士での戦争などはあるが、ディーツェル大陸の治安はこのところ大きく見れば安定している。そのため国王軍、特に王都詰めの隊員達の目下もっかの任務は個々の鍛錬や模擬戦訓練、ハディード学園の生徒との合同訓練などで、俺達も日々精進していた。
 ジュール達は相変わらず四人でつるみ、周りを蔑視するような雰囲気を漂わせてはいたが、初日の効果があったのか、口に出すことは控えているようだった。
 あの後エディから説明を受けた隊員の異能だが、やはり皆戦闘向けの能力で、シャンティエのような人の内心を読む異能を持つ者はいなかった。そもそも相当貴重だから滅多に存在しない――存在すら知らない者も多いが、完璧な貴公子の俺としては一安心だ。
 

  
 この日、いつものように訓練場に集まった際、エディから任務の話があった。

「急だが再来週、ローズ王女殿下が隣国イリュダ王国にある工場施設のご視察、及びにイリュダ国王陛下主催の夜会パーティーへご出席される。その警護だが、私達第九隊五班と第十隊二班が担当することに決まった。今回王族専属の護衛は同行せず私達が行うため、綿密な準備とやり取りが必要となる。忙しくなるので心得ておくように」

 再来週――正確には十五日後だ。皆、一様に「なぜ?」という顔をした。
 イリュダはグレンロシェが国境を接している国の中で一番大きい国だ。二つの王都は比較的近い場所に位置しているが、それでも馬車で行く場合十日はかかる。

 異能の中には移動の能力を持つ者もいる。ガイが持っている、服などを移動できる異能はそれほど珍しくはないが、人――特に自分以外の誰かを伴い移動できる能力は貴重な上、回数と人数には限りがあるため王族といえども緊急時以外、私用では控えられている。
 国王軍では、それぞれが持っている異能の使い方に関して条件が厳しく決められている。任務外で使い過ぎて緊急招集時に使えなかった、という事態は許されないからだ。
 
 イリュダは工業技術が進み国が豊かなため、教育水準が高く治安も安定している。そのため今回のような異例の訪問も許可されたのだろう。
 だが王族の外出の際は専属の護衛を伴うことが通常である。国王軍も遠方に行くときや大勢の人が集まる場所では同時に派遣されるが、馬車や建物警備が主な任務であり、基本的に個人に付き添い護るような訓練は受けていない。
 

「エディさん。今回の急なイリュダ行きの理由、またなぜ国王軍が担当することになったのか、ご存知ですか」

 ダニーが尋ねた。
 
「詳しくは分からない。ただ今回イリュダへいらっしゃるのは王女殿下のみで国王陛下夫妻や王太子殿下、第二王子殿下は王都に残られる。そのため王女殿下のご配慮で、私達国王軍が護衛をすることになったと聞いている」

 それらしく理由を作っているが、大方おおかたレオンが目的だろうか。他の隊員達も、そう想像しているに違いない。
 グレンロシェとイリュダの関係は良好で、何世代か前にイリュダの王女がグレンロシェの王太子妃として嫁いできてから時間が経っている。そろそろまた両国間での結婚があるのではないかと、事前に縁を繋いでおいて利を得ようとする者達の間で言われている。あくまで噂程度であり、実際に誰と誰がなど具体的な話が進んでいるわけではないが、王女はそれでもイリュダ王国の王子と結婚する気がないことを示すために、あえてレオンを連れていき牽制しようとしているのだろうか。
 
 
 いくら元々鍛えているとはいえ、戦いや魔物などから国を守ることを前提としている国王軍と、王族の警護ではやるべきことが全く違う。
 それに国王軍には平民もいる。今回指名された班の隊員達の身分はほとんど分からないが……ジュールなどもし貴族だったとしても、言動は平民よりも劣る。これほど急では礼儀作法の習得すら間に合わない。
 王女自らの指名わがままということの差し引きで、多少の言葉遣いやエチケットの間違いならば大目に見てもらえるのかもしれないが……王女は気が強そうだし、一途しつこそうだ。
  
 
「国王軍が護衛をするのは分かったけど何で俺達なんだ? 王女様直々のご指名ってか?」

 ジュールの発言は一応尋ねてはいるが、決めつけている口調だ。もちろんレオンを横目に嫌らしい様子で。

「私達の責務は上からの指示に従い与えられた任務を遂行することであり、その内容について雑談することではないよ」

 エディが一同を見渡した。レオンは当たり前だが、何も言わない。

「では、今日はこれから第十隊二班と合同でフェリー大隊長からの説明を受ける。その後はそれぞれ自分の持ち場についての打ち合わせだ」


 
 遠征任務時での着替えなどが必要なため、今夜は帰宅が許された。
 明日からしばらくの間、屋敷には帰れない。レオンは母親のクリスティーナから話があると言われ、別棟にある彼女の部屋へ行った。レオンが個人の部屋を使うようになってから時々こういう風にレオンは母親に呼び出されているが、もちろん寂しさからではないだろう。

 学園で学んでいた頃は勉学や仕事についてのことだったようで、俺が『もう話は終わったのか?』と訊けば、レオンは、『訓練のことで……』などと答えていた。
 英雄だと分かった時以降は、より正確に言うならば出生の秘密を知った後は、アンドレ父上との会話を取り持っているのだと予想している。
 もちろん恭順なレオンはそれを匂わすような素振りを見せないし、俺がそれとなく『クリスティーナとの話は済んだのか?』と尋ねても、以前と同じような言葉が返ってくる。
 だが、子どもの時からそれこそ家族同然に接しているレオンだ。上手く言えないが――昔は、主人の前で使用人同士が私用の話をするのをはばかる、という感じだったのだが、最近は俺に聞かせられない話をするため、というような雰囲気に思えてしまう。

 俺の思い過ごし……というか、思い込み、被害者意識だろう。レオンはそのような態度を取っていない。だが俺は……彼らが俺をギファルド家から追い出す計画を立てていると疑ってしまう。問い詰めたところで、決して口を割らないことは分かっている。
 いくらレオンが俺にどれだけ恭順な態度を取ろうとも、俺のことが好きだと言おうとも、レオンから向けられる愛情を完全に信じきれないのは、当然彼にやましい部分や行いがあるわけではない。

 俺自身の問題――心の弱さだ。この世に生を受けてから今現在に至るまで、一番の味方であるはずの両親からの愛が欠乏しているせいだろう。幼い頃の……拒否された時の絶望感が黒いとげを持って深く根を張っている。レオンを信じ切り、全てを受け渡した後に裏切られたなら、俺はその棘に打ち砕かれてもう戻れない。
 それならば予防線を設け、超えないでいることを選んでしまうのは自然なことではないだろうか……
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