公爵子息だったけど勘違いが恥ずかしいので逃走します

市之川めい

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第二部

裏切り……?

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 ジュール達のグループは護衛任務のため食事を終えると外に行った。残った俺達のグループは馬の管理と馬車の点検、荷物の搬入だ。

 出発時、王女がレオンを伴って軽やかな足取りで家から出てきた。

「みなさんご機嫌よう」

 王女の声が若干弾んでいるように聞こえる。いよいよ入国だしな、そう思おう。
 フェリー大隊長から任務の説明を受けた後、牧場主と若者達に見送られながら出発した。


 ここからイリュダ王国方面には深い森が広がっている。馬に跨り、馬車の横で一定の距離を取りつつ乱れのないよう、濃い緑色の葉が生い茂った木々の下を進む。最近はこの辺りには魔物の出現の報告はなく平和が保たれており、時折小動物が顔を見せるくらいで獰猛な生物もいない。
 警護中で二人きりになれないのだから当然だが、レオンは何も言ってこない。あの緑色の瞳で俺を見つめることもしない。後ろめたい気持ちがあるからなのか、任務中だからか知らないが、信じられると思ったレオンも結局は俺から離れていくんだろうと、不安が胸の中に広がっていく。


 森を抜けると、まだ先だが地平線上に長い建造物があるのが見えてきた。国境沿いに建てられている城壁で、グレンロシェ建国当時にいた岩を作り出す異能の使い手によって作られたらしい。さすがに国中全てを取り囲んではいないが、山間部や川以外の敵が比較的容易に侵入しやすそうな場所にあり、防御力を高めている。現在向かっているグレンロシェ側の検問所を通り過ぎた少し後に、イリュダ王国の検問所がある。

 イリュダ側の検問所は町の外れにあり、そこの町長が王女一行の到着を歓迎した。

「ようこそいらっしゃいました」

 イリュダ語だが、このくらいならばハディード学園で習うため通常は理解できる。
 イリュダ王国の国境警備兵達に連れられ、この町で一番の宿まで案内された。やるべきことはいつも通り変わらない。ローテーションをこなし、夕食を取り、就寝する。前日に夜間の警備があったので、今夜はない。レオンも王女に呼ばれず俺達と共にいるが任務に関する話はすれど、それ以外の不必要な会話はしない。

 こういう時こそジュールの悪絡みが役に立ちそうだが、ユリウスと上手くいったことで毒気が抜けたようだ。『王女様とやったのか?』とか、『王女様は良かったか?』とか、なんで訊かないんだよ! 自分だけ幸せそうにしやがって! 恋人と別れるかもしれないこっちの身にもなれよ――という外に出さない訴えは、もちろん念の為ダニーから離れた場所でしている。


 イリュダ王国入国後二日間の道のりを経て王都へ入った。隣国で気候や文化が良く似ているため、都市の作りにグレンロシェと大きな差はない。平民街には民家が所狭しと建てられ、広場には市場いちばが開き人々がひしめき合っている。貴族街も我が国と同じような感じだが、土の違いだろうか――若干建物の色が濃いように見受けられた。

 イリュダ王国のルーク王太子からの招待なのでローズ王女は王宮に滞在され、俺達にも部屋が割り当てられている。宮殿に到着し一通ひととおりの儀式を終えた後、王女は王太子から午後の茶会に誘われ、身だしなみ準備を始めるために侍女達と共に部屋に入った。
 警護任務中以外の隊員達はフェリーに呼び出され、王宮内にある広い応接室に集まった。イリュダ側から今回の滞在中の執務用に貸し出された部屋だろう。奥側にソファーとローテーブルがあるがそこは使わず、フェリーは手前側に立っていたため隊員達もそれに倣う。

 フェリーは隊員達にイリュダ王国へ無事に到着したことへの労いを簡単に述べてから、明日以降に予定されている工場視察などの任務についての説明と最終確認を始めた。視察にはルーク王太子と宰相、その護衛達が同行することになっている。

 話が終わった後はちょうど王女が王太子とのひとときのためにサロンへ向かう時間だった。フェリーから「お茶を嗜まれている間は小隊長の二人が護衛につくので、他の隊員達は休むように」と、短い休憩時間を与えられえた。
 問題は起こしてはならないめ外出は許可されていない。訓練や休息と、それぞれ時間を過ごす。ジュールはユリウスと消えたので、あの晩の続きを楽しもうとしているのだろう。
 俺はレオンと行動が許可されている王宮庭園を歩き、一角いっかくにあったベンチを見つけそこに腰を下ろした。

「レオン、おまえも座れ。遠慮するなよ」
「ジルベール様。お気遣い、ありがとうございます」

 色々訊きたいことはあったが、いざこうやって二人になったらどう切り出そうか躊躇ためらいが生じてしまう。見たところ近くに人はいないが、ここは外国の王宮内で俺の部屋ではない。万が一気持ちが昂って取り乱したりしては貴公子としてならない行動だし、逆に愛を確かめ合って盛り上がったとしてもここではやれない。
 だが……少しだけなら問題ないよな?
 遠くから見られても分からないように上着を脱いで膝の上に掛け、その中で自然に左手をレオンの右手の上に重ねた。久しぶりに感じるレオンの体温……指を絡めると、少し厚くなってゴツゴツしている部分に触れた。俺の下肢を奉仕するために手のひらで擦られた時にも分かる、剣の鍛錬によってできたタコ。
 出発前日にしたのが最後だから――何日してないんだ? 俺はそろそろ限界なんだが、任務完了まで残念ながら同じ時間以上を待たないといけない。レオンはどうなんだ?

「レオン」
「はいジルベール様」
「昨晩はどうだったんだ? 良かったか?」
「良かった――とは、どういう意味でしょうか?」
「だからローズ王女だよ。ずっと一緒だっただろ」

 レオンは「ああ」という顔で頷いた。

「はい。とても良く、ローズ王女殿下が丁寧に指導してくださり、大変素晴らしい時間を過ごせました」
「は?」

 自分から訊いたのだが、「私が好きなのはジルベール様だけです」というレオンの返事を疑っていなかった。
 予想だにしない答えに俺が俯いて黙っていると、レオンは不思議そうな緑色の瞳で俺を覗き込んだ。青色の瞳は雲ひとつない晴天のようではなく、今にも雨が降りそうな瞬間を切り取っているだろう。

「ジルベール様、ご気分が優れませんか? よろしければ部屋に戻ってマッサージいたします」

 
 俺はレオンが得体の知れない人物に思えて怖くなった。理解できない。子どもの時から常に一緒に、あれだけ俺のそばにいて、体を重ね、愛を確かめ合ったはずのレオン。
 俺が知っているレオンは温厚誠実で無私無欲、俺に忠誠を誓い、一途なレオン。二股など、レオンから一番遠いものではなかったのか? 
 だが一方でもう一人の……俺の中で作り上げた、架空のレオンもいる。それは父上の方に忠実なレオンだ。父上の意向に沿い、俺に恭順な振りをしているレオン。王女と関係を持った後にも、まだ俺に媚びようとするからには、やはりこっちが本当の姿だったのか。

 ――ふっ、俺に見抜かれるなんて、レオンはやはり人を欺くことに慣れていない。それに『丁寧に指導』って……王女にリードしてもらったのか? まあそっちは初めてだしな。

「いや……おまえも疲れているだろう。大丈夫だ。それにそろそろ殿下達の茶会も終わるだろうから、部屋に戻っておこう」

 ここでの修羅場は完全に回避したい。戸惑いを腹の奥に押し込めて言うと、レオンは一瞬のの後に「はい、ジルベール様」と、いつもの判で押したような返事をして従った。


 王宮に滞在しているため食材や道具は豊富にある。この日の夕食はゼンが腕によりをかけて作った、何種類もの料理が出された。当然王女には前菜からデザートまで一皿ずつ時間をかけて提供されるが、国王軍隊員はビュッフェ形式で好きな物を取れるようになっている。
 ルーク王太子は別の執務が入っているようで、ローズ王女は夕食を一緒にされない。その王女が今夜の相手として選んだのはフェリーで、レオンではないことが意外だった。しかもそのまま朝まで同じ部屋で過ごすようだ――と、近くの席で食事していた第十隊の隊員らが話していたのを漏れ聞いたのだが、実は今回だけでなく、今までにも頻繁にそうだったらしい。

 えっ、てことはレオンだけじゃなく、ローズ王女もレオンとフェリーに二股してるってことか? フェリーは第一隊から第十隊を束ねる大隊長で父上の直属の部下だし、細身の鍛えられた体は若く見えるが、少なくとも三十五は超えているだろう。十八歳の王女とは年が離れ過ぎている気がするが……

 二人が真剣だと仮定して――いくらフェリーが大変優秀で国王軍大隊長だったとしても、王女との交際は反対されるはずだ。国王軍には似つかわしくない、洗練された雰囲気と柔らかい物腰から高位貴族出身だろうと想像するが、四大公爵家でなければ結婚も許可されない。
 王女がレオンを気に入っているという話は、周りを騙すために王女が流したということか。
 逆の可能性、レオンがやはり本命で、フェリーを……いや、そうならば隠す必要がない。レオンは英雄だし年も近い、そして王家の血を引く四大公爵家子息。申し分のない好条件だ、反対意見も出ない。完璧なストーリー過ぎて、ジュールのような一部からは嫌味を言われるくらいか。
 
 いずれにせよ王女の考えが読めない。王族だから下々しもじもの者達には理解できない高尚な考えをお持ち――というわけではなく、恋する若い女性の思考回路が分からない。フェリーとレオンはお互い納得しているならいいが、そうでなければ疑心暗鬼になって鬱憤が溜まり、最後は爆発させるだけだろう。
 レオンに対する俺のように……
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