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TAKE 56 「嬉しい」
しおりを挟む翌朝、看護師さんが検温に来た音で目が覚めた。眠りが浅く、さっき寝たばかりのような気がする。
「体温は落ち着きましたね。血圧も……うん、大丈夫。気分はどう?」
ベテランらしき看護師さんは、テキパキと朝の仕事を片付けていく。
「はい。痛みもだいぶ収まりました」
「今日、ドレーン取れますよ。で、ご飯も五分粥に昇進」
「あ、それは嬉しいっ」
ドレーンはお腹に詰まってるみたいで嫌だったし、五分粥になれば、少しは食べた気分になる。順調に回復してるみたいで有難い。
「やっぱり若いと回復が早いわね」
「はい。ありがとうございます」
看護師さんが言った通り、その後すぐ医師が来て、僕の憂鬱の一つを解消してくれた。これで座るのが随分楽になる。
物理的な辛さは少しずつだけど良くなってる。問題は精神的な方だ。
――――記者会見って、何時からかな。エンタメの場合、午前中はないと思うけど。
東さんはまだ来ない。僕はスマホを手に取り、享祐に連絡しようか逡巡した。
「わっ!」
手に持っていたスマホが突然震える。マナーモードにしてるから音はならないけど、享祐から着信だ。
「はいっ」
僕は一つ深呼吸をしてから応じた。聞きたかった享祐の声が耳から幸福にしてくれる。
『伊織。体調、どうだ?』
「うん、随分良くなってきた。さっき、腹に刺さってたドレーン抜いてもらって楽になったよ」
真向正直な感想だ。僕の言い方だけで十分に伝わったと思う。
『そうか。ああ、よかった……』
心から安堵した様子が今度は僕に伝わった。心配かけてるな……ごめん、享祐。
「僕のことは心配しなくて大丈夫だよ。先生も順調に回復してるって言ってくれたし」
『心配するななんて無理言うなよ。いや、それはいいんだ。伊織はゆっくり休んで回復に努めてくれればそれで』
電話の向こうの享祐は辛そうだ。
「あの、享祐。僕は若いしすぐに治るよ。だから、元気出して。辛そうな享祐は嫌だよ」
『あ……ああ、そうだな。ごめん、いや、実は本気で参ってて。だらしないな』
「そんなことない。気持ちは……嬉しいから」
スマホを持つ手が熱い。話しながら、周りの景色が滲んでくる。
『伊織、今日、17時から記者会見をする』
締め付けられていた胸がピクンと跳ねる。突然僕は緊張を覚えた。
「う……ん」
『伊織が入院してから、色々なことがあって……』
言い淀む様子の享祐。僕の心臓はどんどん大きく早く打ち始めていく。
『俺らのこと、好き勝手発信してる連中もいるんだ』
「そうなんだ。東さん、僕を気遣ってか全然教えてくれなくて」
『そりゃそうだよ』
「それで……記者会見ではっきりさせるんだね?」
いつまでも先延ばしにはできない。僕は意を決して自ら踏み込んだ。僕は享祐が良ければ構わないんだ。
『ああ……そのつもりだ』
――――やっぱり、そうなんだ。
「嬉しい」
驚いた。僕の口から、自分でも驚くような言葉が突いて出ていた。言ってから理解した。僕はずっと、このことを望んでいた。待っていたんだ。
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