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プロローグ
しおりを挟む夜も更けた街並み。いかがわしい店の妖しげなライトが道しるべの歩道を、僕は俯いてとぼとぼと歩いていた。
ついさっき、僕はバイトをクビになった。有名居酒屋チェーン店の店員。到底理解しがたい理不尽な理由で。
「え!? クビ? そんな、どうしてですかっ!」
僕はクビになるようなことをしでかした覚えが全くなかった。シフトには豆に入るし休日深夜上等でバンバン入れてた。だって、こっちは生活かかってるんだ。勉学とバイト以外はなにもしてない(できない)と言っていいほど。お客様にも覚えが良く……。
「私も相模原(さがみはら)君をクビになんてしたくないよ。評判はこの店で一番いいし、仕事も早い」
「だったら……」
「そう思ってこれまで耐えていたんだ。でもね。もう無理! 君を取り合って張り合う他のバイトの痴話げんかの仲裁は……それで辞めていくバイトも多くて、店が回らない。女の子だけじゃない、男子もなんだよ? いくら君が優秀で評判よくても、一人では回せないだろ?」
「そんな……それは僕のせいじゃない!」
かなり頑張って抵抗したが店長の意志は固かった。こんな貧乏人の僕を取り合うとかいったいみんな何を考えてるんだ……。
平穏な店経営を願う店長に最後は頭を下げて拝まれ、僕は飲むしかなかった。そして今ここ。深夜の街を肩を落として歩いている。
僕は、とびっきりの貧乏学生だ。小学生の頃、両親が夜逃げ同然で家を出て、僕を母方の祖母に預けて消えてしまった。家の事情もわからなかった僕だけど、祖母のおかげでたくましく生きてきた。
成績だけは良かったおかげで高校、大学と奨学生として進むことができ現在に至る。学費は国家が出してくれるが生活費はそうもいかない。全てをバイトで補っているのだからバイトは死活問題なんだ。
――――居酒屋のバイトは深夜で稼げるし、何と言っても賄いが付くのが最高だったのに……。
僕はめそめそしながら、学生用アパートに向かって歩いていた。すぐにも新しいバイト先を探さなければならないが、とにかく今は帰るしかない。
「君、そこのイケメン君」
背後で誰かが声をかけてきた。後ろを振り向くと、そこにだいぶ酒の入った背の高いビジネスマンっぽい人が。
こんな夜中まで飲んでるなんて幸せな人だな。僕は人生何度目かのどん底にいるんだから気安く声なんてかけないでほしいよ。
「どう、今から飲まない? おごるよ?」
「いいえ、結構です」
僕は二十歳だけど酒は飲まない。飲めないと言ったほうがいいかもしれない。酒なんて金のかかるものに関わっている余裕などこっちにはないのだ。大体、見ず知らずの男におごられてただで済むわけない。
「そう? 残念だなあ。そのくるんとした髪、くりっとした瞳とぷっくり唇。もろタイプなんだよー」
髪は天パーだ。美容院に行けないから自分で切ってる。だがタイプと言われてもなんも嬉しくない。
「そうだ。じゃあ酒抜きで5万でどう?」
なにーっ! 5万とか……欲しいけど……。いや、何を考えている。僕はどうも、仕事がなくなったことがあまりにショックだったのか、目の前の現金に飛びつきそうになった。
「すみません。祖母の教えで体は売りません」
僕はきっぱり言って踵を返すと、そのまま帰路をたどった。
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